リムルさんちの大家族日記
テンペストは今日も平和。たぶん。
毎朝、魔王リムルは同じことでため息をつく――それは「朝食会議」。シュナは和食を提案し、ベニマルは味見を始め、ソウエイは一言で片付け、ハクロウは食事の魂について長々と語り、ランガはリムルの足元で尻尾を振る。そしてシオンが黒くて謎めいたものを持って乱入し、それが食べ物だと主張する。テーブルはいつも通りの大混乱。
リムルは毎日心の中で思う。「俺は魔王なんだぞ?」
これはテンペストのごく普通の日々を記録した物語。ゴブタは町で迷子になり、ゴブゾ部隊は迷子の子供と勘違いした優しい人々に助けられる。ミリムが訪れては何かを壊す。ガビルはカッコよく登場しようとするが毎回失敗。クモ子は夜中にこっそりと何かを作り、朝には城の廊下に新たな謎の罠が仕掛けられている。
最大の問題はシオン。リムルを助けたいという気持ちは本物だが、料理はひどく、書類仕事はめちゃくちゃで、力が強すぎてドアを壊しまくる。リムルは毎日「ありがとう、シオン」と言いながら、内心では静かに泣いている。
ある日、リムルはひらめく。「テンペストの観光パンフレットを作ろう!」自分たちの故郷の素晴らしさを他国
リムルさんちの大家族日記 - ベニマル登場!俺を表紙に載せろ作戦と、まさかの裏切り者
シュナの工房で二通目の手紙が見つかった翌朝——水曜日の朝は、静かに始まった。
中庭に朝日が差し込んでいる。石畳に光が広がって、テンペスト城の石壁が明るく照らされていた。リムルは城の中庭に立って、パンフレットの素材メモを見直していた。
(強さを示す写真が足りない——シュナがそう言ってた)
昨日の夜、工房で見た二通目の手紙の文字がまだ頭に残っていた。でも今は動くしかない。手を止めたら何も進まない。
ベニマルに頼もう。あいつが剣を構えた写真が一枚あれば、テンペストの守りの強さが伝わる。
ちょうどそのタイミングだった。
中庭の入り口に、人影が現れた。
黒髪に赤いメッシュが映える長い髪。鋭い赤い目。左の頬に小さな傷跡。腰に刀を差して、腕を組みながら悠然と歩いてくる。背が高くて、一歩一歩に無駄がない。朝の光の中でも、その存在感は異様に大きかった。
ベニマルだ。
隣にいたシオンが背筋を伸ばした。
ベニマルは中庭の真ん中まで来て、止まった。腕を組んだまま、リムルを見る。
「[serious]パンフレットに俺の写真を使いたいという話、聞いたぜ」
「[gentle]ああ。協力してほしいんだ。テンペストの強さを伝えるためにベニマルに——」
「わかってる」
ベニマルは片手を上げて遮った。それから、ゆっくりと笑った。自信満々の、いつもの顔だ。
「[excited]俺が表紙に出ればいい。テンペスト最強の戦士の写真を表紙に使えば、それだけで外の国の連中は震え上がるぜ」
シオンが、ぴたりと固まった。
「[serious]……何を言っているんですか」
「事実を言ってるだけだぜ」
「[angry]表紙はリムル様に決まっています。テンペストの盟主はリムル様ですわ。何を当たり前のことに反論させているんですか」
「魔王がのほほんと立ってる写真より、俺が剣を構えた一枚の方が威厳があるだろ。外の国が見るのはそういうもんだぜ」
「[cold]リムル様の存在感は他の誰にも出せません」
リムルは二人の間に入った。
「[gentle]まあ、落ち着いて。二人の意見も聞くから——」
二人が同時に振り向いた。
「「リムル様、どう思われますか?」」
ぴったり同じタイミングで同じ言葉が飛んでくる。
リムルは固まった。
(どっちも答えられない……!)
「[sarcastic]……まあ、その、しょうがないな。とりあえず撮影を始めよう」
──
渋々撮影が始まった。
シオンがカメラを構える。ベニマルが中庭の石畳に立って、剣を抜いた。朝の光が刀身に反射してきらりと光る。
「[serious]待て」
シオンが止まった。
「光の角度が悪い。もう少し左から当たる位置の方がいい」
シオンは黙ってカメラを左に動かした。
「[serious]待て」
「[surprised]今度は何ですか」
「表情が違う。もっと精悍な顔で撮らないと意味がないぜ。今の俺の顔を見ろ——これじゃなくて、こういう感じだ」
ベニマルが目を細めて、顎を少し引いた。確かに印象が変わる。シオンはカメラをゆっくり構えた。
「[serious]待て」
シオンの額に、うっすらと青筋が浮いた。
三十分が経った。撮れた写真は十枚にも満たない。
そこへベニマルが言った。
「[cold]あと、パンフレットに他の幹部の写真を載せる場合は、俺の写真より小さくしてくれ。序列をちゃんと示すべきだぜ」
シオンのカメラを持つ手が、ぴたりと止まった。
「[angry]……今、何とおっしゃいましたか」
「序列の話だ。当然だろ」
「[angry]リムル様を差し置いて序列とは何ごとですか!!」
声が城の石壁に反響した。
「[angry]リムル様こそがこの国の頂点です! ベニマル様が一番大きい顔をする道理がどこにあるんですか!!」
「[angry]俺は写真の話をしてるんだぜ! 戦力的な序列というものがあるだろ!」
「[angry]写真の大きさが戦力を示すわけではありませんわ!!」
リムルは二人の間で「落ち着いて……!」と言ったが、どちらも聞こえていなかった。
ベニマルは剣を構えたポーズのまま動かなくなった。シオンはカメラを胸に抱えて石になった。
撮影が完全に止まった。
声は城の外まで届いていた。
──
昼前には、中央市場のごった煮広場で噂が飛び交っていた。
「城でリムル様の幹部がケンカしてるって聞いた?」
「パンフレットの取り合いらしいぜ」
「え、幹部が仲違いしてるの……?」
店の前で立ち話するゴブリン族の住民たち、露店の間を歩くリザードマン族の若者たち——声がどんどん広がっていく。
リムルはその頃まだ城の中庭でベニマルとシオンをなだめようとしていた。
そこに、音もなく人影が現れた。
黒い服に黒い長髪。表情のない顔。どこから来たのかわからない立ち方をしている。ソウエイだ。
「[serious]リムル様。手紙の件、調査結果を報告する」
リムルはベニマルとシオンから離れて、ソウエイに向き直った。
「[serious]わかった。聞かせてくれ」
「差出人は外部ではない」
リムルは黙って続きを待った。
「テンペスト内部の住民だ。建国当初から暮らしている古参のゴブリン族——長老グループが出元と特定した」
(内部……?)
「動機は二つある。一つ目——パンフレットで外から大勢の人間が来れば、今の静かな暮らしが壊されるという恐怖。二つ目——リムル様は外への見栄えばかり気にして、中に住む私たちの声を聞いていないという不満」
リムルはしばらく黙っていた。
外の国にテンペストの良さを伝えたかった。それだけのつもりだった。でも内側から、嘘のパンフレットを作るな、という声が上がっていた。
(俺は……住民に相談したか?)
「長老グループのリーダーは誰だ」
「ゴブゾーという名の古参長老だ」
リムルは頭の中に、その名前を深く刻んだ。
ゴブゾー。
──
昼過ぎ、ソウエイから続報が入った。
「[serious]ゴブゾーが市場で演説している」
リムルは城を出た。
ごった煮広場の大通りに、人垣ができていた。輪の中心に、腰の曲がった老ゴブリンが立っている。白くなりかけた角が二本。進化していない古い姿のまま——EP2の夕暮れ時に掲示板の前で見た、あの老ゴブリンだ。
ゴブゾーは静かに、しかしよく通る声で話していた。
「[serious]ほら見ろ。パンフレットなどという余計なことをするから、幹部たちが仲違いした」
周囲の住民が静かに聞いている。
「[serious]リムル様の判断は、今回ばかりは間違っておる。外の国に見せびらかすより、テンペストに住む私たちの生活を守る方が先ではないのか」
数人の住民が、ゆっくりとうなずいた。
リムルは人垣の外から声をかけようとした。足を踏み出した。
ゴブゾーが背中を向けた。
そのまま、ゆっくりと立ち去っていく。後ろ姿しか見えない。白い角が人混みに消えていく。
住民たちの視線がリムルに集まった。
(俺がパンフレットを作ろうと言い出したせいで——)
「[sarcastic]……まあ。しょうがない、か」
自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。でも、その言葉は虚ろだった。
──
夕方、城に戻ったリムルはシュナの工房に向かった。
城から西へ歩いて十分。二階建ての建物の前に、シュナが立っていた。
いつもの落ち着いた立ち方じゃなかった。両手を胸の前で組んで、扉の前で動かずにいる。桜色の髪が夕日で赤く染まっていた。
「[serious]シュナ?」
シュナは振り返った。その目が、わずかに揺れていた。
「……中を、見てください」
扉を開けた。
工房の中は荒れていた。
壁に貼ってあったデザイン案が全て剥がれて、床に散乱している。EP2のごった煮広場で撮った子どもたちの写真、EP3の温泉郷の写真、これまで丁寧に集めてきた素材が全て——破り捨てられていた。
紙の破片が床に広がっている。あの子どもたちの笑顔が、ぐしゃぐしゃに丸まっている。
「[sad]せっかく集めたものが……」
声が震えていた。泣かないように、唇をきつく結んでいた。
リムルはその場に立ったまま、動けなかった。
ドタンと足音が聞こえた。ベニマルが工房の入り口に現れた。シオンも続いた。二人は中を見て、それぞれ表情が変わった。
「[angry]……犯人を見つけ出して叩きのめす」
低い声だった。さっきまでのケンカのトーンとは全く違う。
「[angry]絶対に許しません」
シオンが刀に手をかけた。
「[serious]二人とも、まず落ち着いて」
声が出た。でも、自分の胸の中では静かに何かが積み重なっていた。
ベニマルとシオンのケンカ。ゴブゾーの演説。うなずいた住民たちの顔。そして、この床に散らばった紙の破片——全部が今日一日で起きたことだ。
(俺が、パンフレットを作ると言わなければ——)
そこまで考えて、首を振った。
でも、振り切れなかった。
──
夜になった。
リムルは一人で城の屋上に出た。
テンペストの街を照らす魔素灯——地面に埋め込まれた魔道具から放たれる淡い光——が、ぽつぽつと広場や街路を照らしている。昼間のカオスが嘘みたいに静かだ。遠くで誰かの笑い声が聞こえる。普通の夜だった。
足もとに、黒い塊が来た。
ランガだ。漆黒の体毛をふわりとなびかせながら、しっぽをゆっくり振って寄り添ってくる。リムルの足もとに頭をもたせかけた。
リムルはランガの頭に手を置いた。
温かい。
「[whispers]俺は……テンペストのことを、本当にわかっているのか?」
風が吹いた。魔素灯の光が少しだけ揺れた。
外の国に伝えたかったテンペストの姿。住民たちが感じていた不安。ベニマルとシオンのケンカ。ゴブゾーの後ろ姿。シュナの震える声。
全部が頭の中でぐるぐる回った。
答えは出なかった。
ランガがしっぽをゆっくりと振った。それだけだった。でもリムルには、それで十分だった。
魔素灯の光の中で、テンペストの夜は静かに続いていた。
ベニマルとシオンのケンカは、まだ終わっていない。ゴブゾーの演説に同調した住民の数は、明日には増えているかもしれない。工房を荒らした犯人の影も、まだ掴めていない。
そして、ゴブゾーの後ろ姿がリムルの頭から消えなかった。あの老ゴブリンが守りたかったものは——本当は何だったのか。