Re:ゼロから始める異世界生活〜全員おかしくなった件について〜
夏木スバルはある朝、ロズワール邸で目を覚まし、鏡に向かって思わず叫んだ。そこに映っていたのは、短い髪で大きく慌てた目をした少女――しかし、それは間違いなく、完全に、紛れもなく彼自身だった。
彼だけではなかった。エミリアス・ヴァレリアは今や少年となり、廊下でぼんやりと困惑した表情で自分の頬をつついている。レムは背の高い静かな青年に変わり、虚ろな表情で自分の手をじっと見つめていた。図書室のビアンカ・ビートリスは、今や小さな少年で、大きな瞳に怒りをたたえていた。
ロズワール邸の全員が一晩で性別を入れ替えてしまったのだ。
原因は?地下室にあった光り輝く石板。古代魔法を研究していたビートリスが「うっかり」触れてしまったという。「警備があまりにも不十分だったのよ」と彼女は目を合わせることなく言い張った。
石板の刻文を読み解いたビートリスは悪い知らせを伝えた。呪いを解くには、全員が石板の近くに集まり「本当の気持ちを正直に伝える」必要があるという。簡単そうに聞こえるが、「本当の気持ち」とは明らかに愛する相手への告白を意味していた。期限は七日間。過ぎれば変化は永遠のものになる。
混乱はすぐに始
Re:ゼロから始める異世界生活〜全員おかしくなった件について〜 - 鏡の向こうの自分、隣のアイツは誰だ!?
目が覚めた瞬間、何かがおかしかった。
枕の感触はいつもと同じ。窓から差し込む朝の光も、白い天井も、ロズワール邸の2階西翼にある自分の部屋——全部いつもどおり。
なのに。
寝起きの頭がぼんやりしたまま、スバルは体を起こした。腕が、なんか、ちがう。そう思いながら視線を落とした。白いシャツの袖から伸びる腕が、細い。筋肉の張りがない。昨日まであった、ちょっと自慢の前腕の筋肉が、綺麗さっぱりなくなっている。
(……寝ぼけてるのか、俺)
首をひねりながら立ち上がる。足の感触が、心なしか地面に近い気がした。靴を履いていないにもかかわらず、いつもより床が遠い。
スバルは部屋の隅に置かれた鏡に目を向けた。
───そこに、知らない女の子がいた。
「……は?」
思わず声が出た。声が、高い。自分の声じゃない。でも確かに自分の口から出た。
黒髪のショートヘア。深い茶色の瞳。顔立ちは丸くて、どこか幼い印象。身長は168cmほど——昨日より低い。白いシャツに黒のパンツ。首には赤いスカーフ。左こめかみには小さな傷跡。
全部、スバルの特徴だ。
でも、女の子だ。
「……嘘だろ」「[scared]嘘だろおおおおおお!!!」
廊下まで聞こえたんじゃないかってくらいの大声だった。スバルは鏡に飛びつき、自分の頭をつかんで引っ張った。痛い。夢じゃない。頬をつねった。痛い。現実だ。
「[scared]ちょっと待って待って待って!?」
もう一度全身を確認する。服の中を恐る恐る覗いた瞬間、スバルは悲鳴をあげて上着を力いっぱい閉じた。顔が燃えるように熱くなる。
「[scared]マジか……マジのやつか……!」
声が裏返る。高い声で叫んでも、なんかもう全部がおかしくて、スバルはしばらく鏡の前で立ち尽くした。窓の外、邸の庭園に霧がかかっている。朝早い時間だ。鳥が1羽、屋根の上を横切っていった。何事もないみたいに。
(落ち着け。落ち着け、俺……私? どっちだ今)
深呼吸。もう一度鏡を見る。黒髪の女の子がこっちを見ている。頬が赤い。目が少し潤んでいる。
(これが……今の俺、ってこと?)
考えてもわからなかった。でも、ここで部屋に閉じこもっていても何も解決しない。スバルは決意した。廊下に出る。状況を確認する。
扉を開けた瞬間、廊下に人影が二つあった。
「[surprised]って、誰!?」
「[cold]……誰だ、お前は」
低い声が返ってきた。廊下に立っていたのは、見慣れない男が二人。一人は背が高くて、淡いピンク色の短い髪をした青年。腕が太くて、声が低くて——でもその立ち姿に、どこか見たことのある雰囲気がある。もう一人はその隣にしゃがみ込んでいた。こちらも男で、空色の髪。うつむいて、自分の両手をじっと見ている。
「[serious]名前を言え。何者だ」
ピンク髪の男がそう言った。声は低くて威圧的なのに、どこかペースを乱されている感じがした。自分の太い腕をちらちら見ている。
スバルは首をかしげた。
「[surprised]えっと……私、スバル。夏木スバルなんだけど」
「……は?」
静寂。
「[surprised]スバル?」と、しゃがみ込んでいた空色の髪の男が顔を上げた。「[sad]私も……私もスバルさんですか? えっと、私はレムで……」
「[cold]私がラムだ。」ピンク髪の男が腕を組んだ。「[cold]……腕が太い。声が低い。バカの自分にはほど遠い造形だが、間違いなくバカだと思う」
「[angry]ラム!?」
確かにラムだった。喋り方が完全にラムだった。あの特有の冷たくて少し毒のある言い回し。スバルは思わず笑いそうになった。笑えない状況なのに。
「[sad]姉さんが……男になってる」
レムがぽつりと呟いた。自分の手を開いたり閉じたりしている。指が長くて、力がある。いつもの細い手じゃない。
三人は廊下の真ん中で、しばらく互いを見つめ合った。邸の廊下は南側に窓が8つ並んでいて、朝の光が斜めに差し込んでいる。遠くで使用人の声がした。
「[serious]……全員、こんな感じか」
「[serious]おそらく」レムが静かに答えた。「[serious]他の皆さんも」
「[serious]大広間に集まるぞ」
スバルは言った。自分の高い声にまだ慣れなかったけど、今は気にしてる場合じゃない。やるべきことは一個だ。全員を把握する。状況を整理する。
「[serious]動けるか、二人とも」
「[cold]バカに心配される筋合いはない」
「[serious]大丈夫です」
ラムが先に歩き出した。レムがそのあとに続く。スバルも歩き出した。
──その直後、盛大にバランスを崩した。
「[scared]うわっ!?」
足の重心がいつもと全然ちがう。重心が低いし、歩幅の感覚がズレてる。廊下の段差もない平らな床なのに、体がふらついた。スバルは咄嗟に壁に手をついた。間に合わなくて、前のめりになったところ——誰かに腕をつかまれた。
「[cold]……本当にバカだな」
ラムだった。太い腕でスバルの細い腕を引っ張り上げる。その力が普通に強くて、スバルは情けなく助けられた。
「[serious]ありがと……」
「[cold]礼はいい。転ぶな」
歩き出しながら、スバルはふと下を見た。スカートの裾がひらりと揺れる。
「[scared]……なんで俺スカートはいてんの!?」
「[cold]さあ」
「[cold]私もわからない」
「[serious]そこ揃えて言わないでくれ!?」
廊下の途中で、使用人たちと鉢合わせた。見慣れない顔の男が3人、こちらを指さして口々に言う。
「お前、誰だ?」
「いや俺こそ、お前誰だよ」
「俺はクラウスなんだが!?」
「俺もクラウスだ!!」
「[laughing]ははははは!」
笑ってる場合じゃないのに、笑ってしまった。高い声で笑ったら自分でも驚いた。ラムに冷たい目で見られた。
なんとか笑いをおさえながら大広間に向かう。1階の中央に位置する大広間——天井には魔法のシャンデリアが3基ぶら下がって、マナを灯す光が柔らかく広間を照らしている。メイザース領の辺境にあるこのロズワール邸は、普段は静かな朝を迎えるのが常だ。でも今日は明らかにそうじゃない。
扉を押し開けたスバルは、そこに既に人影があるのを見た。
壁に背を預けて、腕を組んでいる。
長身だった。182cmはある。紅の短髪に、黒いメッシュが混じっている。光の加減でそのコントラストがよく見えた。体格は男性のそれで、肩幅が広く、立ち姿に隙がない。でも一番目を引くのは瞳だ——赤い。赤くて、縦に細長い、龍のような縦スリットの瞳。
その瞳が、扉を開けたスバルを捉えた。
「[serious]……来たか」
低い声。聞き覚えがある声。
「[surprised]レオン……?」
「[serious]ああ」
レオン・カルディナ。スバルの護衛騎士で、元は鬼族の女性だった——ロズワール邸に来て以来、ずっとそばにいる存在だ。鬼族は角を魔力の源に持ち、額に一対の角が生える。レオンのその角は今も健在で、男の顔にあっても不思議と馴染んでいた。
レオンはスバルに向かってまっすぐ歩いてくる。
「[serious]お前の護衛は引き続き俺がやる」
「[surprised]いや、うん、それはまあ……」
「[serious]守る対象が女の子になったなら、なおさら離れられない」
言いながら、レオンがスバルの隣に来た。隣というか、ほぼくっつく距離まで来た。肩と肩の隙間が10センチもない。
「[surprised]近い近い近い!!」
「[serious]護衛の距離だ」
「[surprised]護衛の距離、近すぎる!!」
後ずさった。一歩引いたら、レオンも一歩詰めてきた。また後ずさる。また詰めてくる。
スバルは壁に背中がつくまで追い詰められた。
レオンがこちらを見下ろしている。その赤い縦スリットの瞳は揺れていない。真剣で、まっすぐで、冗談を言っている様子がゼロだ。
(……なんでそんな顔するんだ、こいつ)
胸の奥で何かが脈打った。ドキドキする。レオンとはずっと一緒にいて、信頼できる相手だと思っていた。今だってそれは変わらない。でも今感じているこのざわめきは——信頼とはちょっと、ちがう気がした。
(女の子の体になったせいで変になってるだけだ。そういうことにしとこう)
「[serious]……離れてくれると助かる」
「[serious]嫌だ」
「[angry]即答!?」
そこへラムとレムが入ってきた。ラムがレオンとスバルを一瞥して、ため息をついた。
「[cold]護衛がうるさいぞ、バカ」
「[cold]それはバカのせいだ」
「[serious]なんでそこ同意するんだレオン!」
レムがしゃがみ込んで、自分の手をまた見ていた。大きな手だ。いつものレムの手じゃない。しばらく見つめてから、顔を上げた。
「[serious]……取り急ぎ、全員の状況を確認しましょう」
静かな声だった。いつものレムより低いけど、落ち着いた口調はそのままだ。
「[serious]そうだな」スバルは頷いた。「[serious]邸の全員がこうなってるのか。原因がなんなのかも、まだわからない」
「[cold]原因は地下にある」
ラムが言った。全員がラムを見る。
「[cold]さっき、地下から光が見えた。一人で確認しに行こうとしたら止められた」
その瞬間だった。
足元から、ごうん、と低い音がした。邸全体が、かすかに揺れた。シャンデリアの光がゆらりと揺れて、床から伝わってくる振動がじんわりと足の裏に響く。
全員が無言で床を見た。
レオンがスバルの前に出た。反射的に、体を盾にするように。
壁の隙間から——青白い光が、細く漏れ出してくる。地下から来ている。
「[serious]……行くぞ」
誰も反対しなかった。
地下への階段を下りながら、スバルは廊下の窓ガラスに自分の姿が映るのを見た。黒髪の女の子が歩いている。背は168cmで、赤いスカーフをしている。左こめかみに小さな傷跡。
(……本当に俺なんだよな、これ)
変な感じだった。慣れない。でも不思議と、パニックは少し落ち着いていた。体が変わっても頭は同じだ。考え方も、行動力も、変わってない。
スバルは苦笑した。
(まず、この新しい自分に慣れることから始めるか)
青白い光が、階段の下から強くなっていく。
地下2階にある封印室——そこに何かがある。原因がある。邸の誰もがこの朝目を覚まして戸惑っていて、スバルたちはその答えを探しにいく。
「[serious]着いたら気をつけろ」レオンがスバルのすぐ後ろで言った。「[serious]離れるな」
「[serious]わかってる」
「[serious]離れるな」
「[serious]今言ったじゃん」
「[serious]もう一度言った」
後ろで小さく、レムが「いつもどおりですね」と呟いた。ラムが「バカとバカが二人いる」と言った。
階段の先、青白い光の中に、答えが待っている。
この騒動は、始まったばかりだった。