Re:ゼロから始める異世界生活〜全員おかしくなった件について〜
夏木スバルはある朝、ロズワール邸で目を覚まし、鏡に向かって思わず叫んだ。そこに映っていたのは、短い髪で大きく慌てた目をした少女――しかし、それは間違いなく、完全に、紛れもなく彼自身だった。
彼だけではなかった。エミリアス・ヴァレリアは今や少年となり、廊下でぼんやりと困惑した表情で自分の頬をつついている。レムは背の高い静かな青年に変わり、虚ろな表情で自分の手をじっと見つめていた。図書室のビアンカ・ビートリスは、今や小さな少年で、大きな瞳に怒りをたたえていた。
ロズワール邸の全員が一晩で性別を入れ替えてしまったのだ。
原因は?地下室にあった光り輝く石板。古代魔法を研究していたビートリスが「うっかり」触れてしまったという。「警備があまりにも不十分だったのよ」と彼女は目を合わせることなく言い張った。
石板の刻文を読み解いたビートリスは悪い知らせを伝えた。呪いを解くには、全員が石板の近くに集まり「本当の気持ちを正直に伝える」必要があるという。簡単そうに聞こえるが、「本当の気持ち」とは明らかに愛する相手への告白を意味していた。期限は七日間。過ぎれば変化は永遠のものになる。
混乱はすぐに始
Re:ゼロから始める異世界生活〜全員おかしくなった件について〜 - 本音は全員の前で——左手が石になる夜
夜が明けた。
スバルはまだ昨夜のことを引きずっていた。庭園でエミリアスの「ぼくの気持ちは本当なんだ」という声。欠片がポケットの中で眩しく光ったこと。走って逃げた自分。
(なんで逃げたんだろう、あたし)
そう考えながら廊下を歩いていると、禁書庫につながる扉が勢いよく開いた。
ビアンカだった。
白髪をざっとひとつにまとめた、長身の男性の体。でも金色の目の鋭さはどこまでもビアンカのままで、その目の下には薄暗いクマがくっきりついていた。右手の魔導書は相変わらず離していない。
「[serious]全員、大広間に集まるのよ」
声が低い。普段の冷静さよりもっと張り詰めた、何かを言わなければならない人間の声だった。
「[surprised]ビアンカ……寝てないの?」
「[cold]不愉快だが、眠れなかったのよ」
それだけ言って、先を歩く。スバルはその背中を見ながら、嫌な予感を覚えた。
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大広間に全員が揃った。
スバル、エミリアス、レオン。昨夜の庭園の件があって、三人の空気は微妙にぎこちない。エミリアスはテーブルの端で銀髪の前髪をそっとかき上げ、スバルから少し目を逸らした。レオンは壁際に立ったまま腕を組んで、エミリアスとスバルの間を赤い縦スリットの目で交互に見た。
ビアンカが魔導書を机に置いた。その隣に、石板の欠片をそっと並べる。欠片は今朝も青白く光っていたが、昨日より少し、光の色が重くなった気がした。
「[serious]石板の最後の一行を解読した」
部屋が静かになった。
「[serious]解呪の条件は、気持ちに正直になるだけじゃない。最も大切な者の名前を呼んで——全員の前で、最も恥ずかしい本音を叫ぶこと。さらに、一人でも偽れば全員が永遠に元に戻れない」
「[surprised]……は?」
「[serious]連帯責任制なのよ。一人が逃げれば全員アウト」
「[scared]全員の前で一番恥ずかしいことを叫ぶ……? そんなの絶対無理!!」
「[cold]俺が人前で叫ぶ姿など想像もしたくないな」
腕を組んだまま、レオンが静かに言った。表情は変わっていないが、額の小さな角のあたりがぴりっと固まっている。
エミリアスは頬をじわっと赤くして口をつぐんだ。
「[sad]ぼくが……王選候補として、人前で……まあ……えっと……」
言葉が出てこない。右手が銀髪をかき上げ、また下ろす。
ビアンカがため息をついた。
「[cold]だから全員が無理だと思っているから、今まで解けなかったのよ」
重い言葉だった。否定できない。誰も何も言わなかった。
「[sad]……あの、ぼく……姉さんのことを兄と呼ぶのか弟と呼ぶのか、そっちの方が恥ずかしくて……」
テーブルの隅で、空色の髪の青年——レムが頭を抱えていた。後ろにラムが腕を組んで立っていた。
「[cold]姉さまのためならどんな恥ずかしいことでも言えるわ」
ピンクの短髪、低くなった声。でも言い方はどこまでもラムだった。
「[serious]お前だけだよそれ!!」
思わずツッコんだ。一瞬、張り詰めた空気が少しだけ緩んだ。でもすぐに、また重くなった。
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昼になった。
廊下を歩いていたスバルは、使用人棟の方向から妙な空気を感じた。
廊下の角でラムが立っていた。その表情が、いつもの澄ました顔より固かった。
「[cold]……使用人の一人が、アーラム村に行った」
「[serious]え」
「[cold]呪いの騒動が怖くなって、買い物がてら知人に話してしまったらしいわ。村から使者が来た。村人が邸の周囲に集まり始めているって」
「[scared]なんで!」
「[cold]王選候補エミリアス様が呪いにかかっているという話が広まれば、王都の王選管理機関に報告が入るのも時間の問題よ」
淡々とした口調だったが、目が鋭かった。
スバルは廊下の奥を振り返った。エミリアスが壁に手をついて立っていた。
いつから聞いていたのか、わからない。銀髪が顔の横に垂れて、その表情が見えない。
「[sad]ぼくのせいで……みんなに迷惑を……」
小さな声だった。175cmの体が、縮んで見えた。
スバルはエミリアスに歩み寄ろうとした。肩に手を伸ばそうとした、その瞬間。
前に、人が出た。
レオンだった。
「[cold]お前が王選候補だから話がここまで大きくなるんだ。スバルの側から離れろ」
低い声だった。感情を押さえ込んだような、平坦な声。
エミリアスの目が揺れた。傷ついた色が、淡い紫と銀のオッドアイに滲む。
「[sad]……分かりました」
それだけ言って、エミリアスは廊下を歩いて行った。足音が遠ざかる。部屋の扉が、静かに閉まった。
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「[angry]なんでそんなこと言うんだよ!!」
スバルはレオンの正面に立った。
「[angry]エミリアスが悪いわけじゃないだろ! 王選候補だから厄介って……そんな言い方、ないじゃないか!」
レオンは表情を変えなかった。赤い縦スリットの目が、まっすぐスバルを見ている。
「[serious]お前を守るためだ。それ以外に理由がいるか」
「[angry]守るためって……相手を傷つけていい理由にはならないよ」
声が揺れていた。怒りと、もう少し別の何かが混じって。
レオンの目が、一瞬だけ細くなった。でも何も言わなかった。
スバルはレオンの横を通り過ぎた。
エミリアスの部屋の前に立つ。扉を叩く。
「[serious]エミリアス。あたし、スバルだよ」
返事がない。
「[serious]エミリアス?」
沈黙。
「[gentle]……ごめん」
ポケットの中の欠片が、じわりと赤みを帯びた光を放った。青白かった光が、今は赤く染まっている。スバルは気づいていた。呪いが進んでいることを。でもどうすればいいか分からなかった。
扉に額を当てて、立ち尽くした。
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夜になった。
4日目の夜。
スバルは一人で地下への石段を降りていた。
理由は単純だった。部屋にいても眠れない。欠片の光が赤く点滅するたびに焦りが増す。だったら石板を直接見た方がましだ——そう思ったのだ。
地下2階の封印室に入る。
室温が低い。石造りの壁、薄暗い空間。石台の上の石板は、今夜は青白い光よりも、赤みがかった光を強く放っていた。表面の古代ルグニカ文字が、光の中でうごめくように見える。
「[serious]……解呪の糸口、何かないのかよ」
誰もいない部屋に、声が吸い込まれた。
スバルは石板の前にしゃがんだ。表面の文字をそっと指でなぞった。ひやりとした石の感触。文字の一つ一つが、深く刻み込まれている。
その瞬間。
ドン、と光が弾けた。
室内が真っ白になる。スバルの視界が一瞬——消えた。
次の瞬間、床だった。
冷たい石の床に倒れていた。頭がぼうっとする。体が重い。
(何が……)
左手が、おかしかった。
スバルは左手を顔の前に持ってきた。指先から手首にかけて——皮膚が、薄く灰色に変色していた。触ってみる。感覚が、ない。
右手で左手の指を握った。冷たい。石みたいに冷たい。
「[scared]……え」
声が、小さかった。
「[scared]え、えっ、何、これ」
立ち上がろうとして、足がもつれた。壁に手をついて、なんとか立つ。左手を見る。また見る。灰色は確かにそこにある。動かせる。動く。でも感覚が来ない。
「[scared]やばい、やばいよ!!」
叫んでいた。封印室の石の壁に声がぶつかって跳ね返る。
足音が来た。
石段を降りる音。扉が開く。
ビアンカだった。金色の目が封印室を素早くスキャンして、スバルの左手に止まった。
「[surprised]……貴様、石板に触ったのか」
「[scared]ちょっと指でなぞっただけ! そしたら光って、気がついたら倒れてて、左手が——」
ビアンカが欠片を取り出した。欠片をスバルの左手に近づける。欠片が赤黒く、強く光った。
ビアンカの表情が、初めて崩れた。金色の目が細くなって、口元が固くなる。
「[serious]……スバル。よく聞くのよ」
「[scared]なに、なんなの、これ石化? 石化してんの!?」
「[serious]落ち着け。今すぐ全部になるわけじゃない」
ビアンカが欠片を再度かざして、石板を見た。しばらく無言だった。
「[serious]……タイムリミットは七日間の固定じゃなかった。本音を隠し続ける時間に比例して、石化が加速する仕組みだったのよ」
「[scared]比例って」
「[serious]隠せば隠すほど、体が早く石になる。今夜、貴様一人で本音を押し込めてここまで来た。その分が出た」
スバルの左手が、冷たいままだった。
「[whispers]……これは、石板の製作者の設計が思ったより性質が悪いのよ」
珍しい声だった。ビアンカが、動揺している声だった。
スバルは左手を右手でそっと包んだ。冷たい。自分の手なのに、体温が感じられない。石みたいな感触が、指先から手首まで続いている。
体が震えた。
怖い。怖かった。昼間のエミリアスの傷ついた顔も、レオンの揺るがない目も、全部まだ胸に刺さったままで——それを誰にも言えないまま、体が石になっていく。
「[scared]……ビアンカ。あたし、どうすれば」
ビアンカは答えなかった。金色の目が石板を見ている。その横顔は、いつもの計算高い顔じゃなかった。何かを探している、焦りのある顔だった。
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部屋に戻ったスバルは、左手に包帯を巻いた。
右手で固く、固く、巻いた。灰色の皮膚が見えないように。誰かに気づかれないように。
窓の外は暗かった。ロズワール邸の庭園が黒く沈んで、木々の影だけが夜風に揺れている。昨夜エミリアスと並んで歩いたあの小道が、今は誰もいない。
(本音を言えない)
そう思った。
レオンへの怒りも。エミリアスへの——なんなんだろう、この感情も。自分でもよく分からないまま、ずっと押し込めてきた。
(それが、体を石にしてる)
ポケットの欠片が、赤黒い光を不規則に明滅させた。点いた。消えた。また点いた。
廊下から、足音が聞こえた。
重い足音。レオンの歩き方だ。
部屋の扉の前で、止まった。
スバルはそっと灯りを消した。闇の中で膝を抱えた。左手の包帯が、暗がりでも白く見える。
扉は開かなかった。
廊下の足音が、しばらくそこに留まって——また遠ざかった。
スバルは暗い部屋の中で、左手を右手でぎゅっと握った。冷たい感触。感覚のない指先。
このまま何も言わなければ、朝になったらどこまで広がっているのか——考えるのが、怖かった。