Re:ゼロから始める異世界生活〜全員おかしくなった件について〜
夏木スバルはある朝、ロズワール邸で目を覚まし、鏡に向かって思わず叫んだ。そこに映っていたのは、短い髪で大きく慌てた目をした少女――しかし、それは間違いなく、完全に、紛れもなく彼自身だった。
彼だけではなかった。エミリアス・ヴァレリアは今や少年となり、廊下でぼんやりと困惑した表情で自分の頬をつついている。レムは背の高い静かな青年に変わり、虚ろな表情で自分の手をじっと見つめていた。図書室のビアンカ・ビートリスは、今や小さな少年で、大きな瞳に怒りをたたえていた。
ロズワール邸の全員が一晩で性別を入れ替えてしまったのだ。
原因は?地下室にあった光り輝く石板。古代魔法を研究していたビートリスが「うっかり」触れてしまったという。「警備があまりにも不十分だったのよ」と彼女は目を合わせることなく言い張った。
石板の刻文を読み解いたビートリスは悪い知らせを伝えた。呪いを解くには、全員が石板の近くに集まり「本当の気持ちを正直に伝える」必要があるという。簡単そうに聞こえるが、「本当の気持ち」とは明らかに愛する相手への告白を意味していた。期限は七日間。過ぎれば変化は永遠のものになる。
混乱はすぐに始
Re:ゼロから始める異世界生活〜全員おかしくなった件について〜 - 七日目の夜明け——全部バレても、全部本物だった!
昨夜からずっと、廊下の時計がカチカチと音を立てていた。
深夜。ロズワール邸の地下への石段を、スバルは一段一段降りていった。包帯を巻いた左腕を右手で抱えながら。石化した部分が腕の半分まで来ている。感覚はない。でも重さだけは確かにある。
封印室の扉が、ゆっくりと開いた。
石板——ヴェルタ・セクラの碑——が、赤黒い光を不規則に放っている。七日目。タイムリミット。その言葉がスバルの頭の中でぐるぐる回っていた。
エミリアスが、もう来ていた。石化した左手の指先を右手でそっと包みながら、石板の前に立っている。七日間、銀髪の美青年の姿だったその人が、今夜も変わらない穏やかな表情でスバルを見た。
「[gentle]……来たね」
「[serious]来たよ」
そこへ、廊下から足音が響いてきた。右足を少し引きずるような音。レオンだ。封印室の入り口に差し掛かった瞬間——
ズスン。
レオンが敷居に右足を引っかけて、盛大によろけた。
「[cold]……問題ない」
立て直しながら腕を組む。顔は真っ赤だ。石化した右足がまだ少し痺れているらしく、その足首をぐるりと回している。
「[sarcastic]入り口で転んで問題ないって言ったの、初めて見たよ」
「[angry]転んでいない。よろけた」
エミリアスが石化した左手を庇おうとして、思い切り顔をしかめた。痛みをこらえる顔だ。
「[surprised]あっ……いたた」
「[serious]だから来る前にちゃんと言えばよかっただろ、二人とも」
スバルは壁に肩をもたせかけて、呆れたため息をついた。でも笑えてきた。七日目の深夜に、こんな入場をする人たちだ。
最後にビアンカが入ってきた。白髪を後ろでまとめた42歳の魔導師が、右耳に触れないよう首をわずかに傾けながら、石板の前に静かに進む。金色の目が石板を見つめた。
「[cold]時間がないのよ。始めなさいよ」
四人が石板の前に半円を作った。
誰も口を開かなかった。
封印室の室温は常に13度。石造りの壁。石板の赤黒い光が揺れる。ビアンカが持つ石板の欠片は、ほとんど光を失いかけていた。
一秒。二秒。十秒。
沈黙が部屋を満たす。
——スバルは、震える足を踏み出した。石板の正面に一歩進んで、石化した左腕を全員に向けて開いて見せた。包帯の上から、灰色の輪郭が見える。
大きく息を吸った。
「[crying]……あたし、みんなのことが大好きだ」
声が出た。思ったより、ちゃんと出た。
「エミリアス。七日間、銀髪の美青年の姿になっても、あの穏やかな話し方は何一つ変わらなかった。訳のわからない状況で、あたしがパニックになるたびに、隣に来てくれた。何度も、何度も」
ビアンカの持つ欠片が、かすかに白く光った。
「レオン。不器用で、どこか的外れで、全部一人で抱えようとするのが本当にバカだなって思ってた。でも——あの守り方が、ずっとあたしを支えてた。壁に拳をぶつけるたびに、痛くないわけないって分かってたから」
レオンが腕を組んだまま、視線を床に落とした。
「ビアンカ先生。あなたがいなかったら最初の一日で全員パニックのまま終わってた。冷静に計算して、全員を引っ張ってくれた。先生って呼ぶのがいつも嫌そうだったけど、それでも答えてくれた」
「[cold]……先生と呼ぶなと何度言った」
小さな声で言った。でも否定はしなかった。
スバルの声が、初めて本当に詰まった。
「……あたし、ずっと一人で死んでた」
封印室が静まり返った。
「死に戻り——って言っても、どういう意味か分からないよな。あたしが死ぬたびに、時間が巻き戻る。また始まる。また頑張る。それを、ずっと誰にも言えないでいた。言ったら嫌われると思ってたから。化け物だって思われると思ってたから」
欠片が白く輝いた。さっきより強く。
「でも——本当は。本当はずっと、誰かに話したかった。一人じゃない、って思いたかった。あたしは弱い。ひとりじゃ何もできない。でも——みんなと一緒にいたい。それが、あたしの一番の本音だ」
最後の言葉を言い切った瞬間、石化した左腕の色が、わずかに薄れた。灰色が、少しだけ肌色を取り戻した。
スバルは右手で顔を覆った。泣くつもりはなかった。でも目が熱くなった。
そのとき。エミリアスが石化した左手を胸に当てて、一歩前に出た。
「[sad]……ぼくも、本当のことを言う」
声が震えていた。でも続けた。
「王選候補として、いつも堂々としていなきゃいけないと思ってた。怖いと言ったら、失望されると思ってた。でも——本当は怖かった。一人で背負うのが、ずっと怖かったんだ」
右手で、銀髪をかきあげる。その癖がいつも通りで、スバルの胸に温かいものが来た。
「七日間。スバルが笑うたびに、前に進む力が湧いてた。怒るたびに、ぼくも本気になれた。スバルのことが——ずっと、好きだったよ」
声が割れた。でも最後まで言い切った。
欠片が一段と強く輝いて、エミリアスの左手の指先から石化が戻り始めた。灰色がじわじわと消えていく。
スバルの胸の奥で、何かがバクンと跳ねた。
(え。今——この気持ち——)
内心で叫ぶ間もなく、今度はレオンが天井を向いた。
深呼吸。一回。二回。
「[serious]……俺は不器用だ。守ることしかできない。それが独りよがりだって、今回初めて分かった」
腕を組んだまま、でも声は低くて真剣だった。
「[angry]スバル。お前のそばにいさせてくれ。お前がいない世界なんか——俺にはいらない」
叫ぶように言い切った。
沈黙。
レオンが自分の言葉を振り返ったのか、みるみる顔が赤くなっていく。
「[cold]……今のは忘れろ」
「[laughing]無理だよ!全員聞いてたし!欠片めちゃくちゃ光ってるし!!」
欠片が白く輝いていた。確かに。
エミリアスとレオンが同時に相手に気づいた。互いの告白の内容を認識して——同時に顔を逸らした。気まずい沈黙が二人の間に漂う。
「[sarcastic]……仲いいわね、二人とも」
感情の読めない声で言った。でも石板の欠片はまだ完全に白くなっていない。赤みが薄れながらも、まだ残っている。
封印室に緊張が戻ってきた。
ビアンカが欠片をじっと見つめた。長い沈黙だった。
それから——目を逸らしたまま、小さな声で口を開いた。
「[whispers]……私が、石板にうっかり触ったのは」
全員が動きを止めた。
「うっかりじゃなかったのよ」
沈黙。
「みんながずっと本音を言わないで、お互いに気を遣ってばかりいるのが……いらいらして。ちょっとだけ、背中を押したかっただけなのよ。ごめんなさい……」
最後の言葉が絞り出された瞬間——
ズドン!!!
石板が眩しいほどの白い光を放った。封印室の壁が震える。欠片が手の中で輝き、ビアンカが思わずそれを握りしめた。光は封印室から溢れ出て、廊下に、階段に、邸全体に広がっていく。
「[crying]ビアンカ先生……それが一番恥ずかしい本音じゃないですか!!」
「[cold]先生と呼ぶな、と——」
言いかけたところで、欠片がさらに強く光った。ビアンカが固まった。
「[surprised]……弟子と、思っていたことがバレたのよ……」
口を閉じた。顔が赤い。42歳の魔導師が珍しく、はっきりと赤い顔をしていた。
光が、爆発した。
白。全部白。
封印室から邸全体を包む、眩しい光の波が広がって——
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光が収まったとき、最初に気づいたのは手だった。
スバルは自分の左手を見た。包帯を取り払うと、そこにあったのは——感覚のある、自分の手だった。ちゃんと動く指。ちゃんとした肌色。
男の手だ。
「……あ」
封印室の壁にかかった小さな鏡に、自分の顔が映っている。黒いショートヘアに、深い茶色の瞳。左こめかみの小さな傷跡。七日間忘れかけていた顔だ。
隣を見た。
銀色の長い髪。淡い紫と銀のオッドアイ。七日間ずっと「美青年」だったその人が——元の姿で、真っ赤な顔でスバルを見ていた。
エミリアスだ。女の子の姿に戻ったエミリアスが、頬を両手で押さえながら立っている。
「[surprised]……あれ」
「[surprised]あれって何だよ」
「さっきぼくが言ったこと……なかったことに——」
「[serious]なかったことにならないよ全部本音なんだから!!」
反対側を見ると、レオンが元の姿——凛々しい女騎士の体に戻って、壁を向いて顔を隠していた。紅の短髪に黒いメッシュ。額の小さな角がぴくりとも動かない。耳まで赤い。
「[cold]……俺も、忘れてくれ」
「[angry]だから忘れないって!欲だって全部本音だったんだろ!?」
スバルはエミリアスとレオンの元の姿を交互に見た。
七日間、男の姿で話してきたせいで——なんで元の姿の方が新鮮に感じるんだ。なんでこっちの方がドキドキするんだ。
「なんで戻っても動揺してるんだよあたし!!」
「[laughing]……それはこっちも同じですわ」
エミリアスが、泣きそうな顔で笑った。
「[cold]俺も」
壁を向いたまま、低い声で言った。
スバルはエミリアスの手をそっと握った。石化していた手が、今は温かい。ちゃんと温かい。
エミリアスが固まった。頬がさらに赤くなった。
「[surprised]え——」
「[gentle]全部本物だったんだよ。あたしも、エミリアスも」
そこでレオンが振り返った。壁から離れて、スバルとエミリアスを見て——つないだ手を見て、太い眉がぴくりと動いた。
「[cold]……次は俺の番だからな」
真っ赤な顔で、でも目は真剣だった。
スバルは思わず頭を抱えた。
「なんで戻ってもこれなんだよ!修羅場じゃないか!!」
「[sarcastic]感傷に浸るのはその辺にしなさいよ」
ビアンカの声が割り込んだ。三人が振り返ると、白髪の小柄な姿に戻ったビアンカが、床に散らばった石板の残骸をひとつ拾い上げていた。
あの大きな石板が、跡形もなく砕けている。欠片が封印室の石床に散らばって、淡い光を放ちながら静かに冷えていく。
ビアンカの金色の目が細くなった。
「[serious]……まだ文字が残っているのよ。この欠片に」
三人が動きを止めた。
「[surprised]文字?」
「[serious]知らない名前。それから——ロズワールへの手紙のような文章が浮かんでいるのよ」
ビアンカがぽつりと呟いた瞬間、封印室の入り口に人の気配があった。
ロズワールだった。
邸の執務室から下りてきたのだろう。封印室の入り口に立って、欠片の光に気づいて近づいてくる。全員が白光に包まれたことを感じ取って来たのか、いつもの飄々とした表情が——ほんの一瞬だけ、固まった。
ロズワールはビアンカの手から欠片を受け取り、文字を読んだ。
何も言わなかった。
そのまま欠片を、自分のポケットに入れた。
「[surprised]ロズワール、それ何が書いてあったんですか」
「[cold]いずれ話すよ」
微笑んだだけだった。答えない。その表情が、いつもと少しだけ違うことに気づいたのは——たぶんスバルだけじゃない。
ビアンカが静かに視線をロズワールのポケットに向けたまま、何かを考えている。
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封印室から廊下に出ると、東の窓から光が差し込んでいた。
朝日だった。
ロズワール邸の庭園が、夜明けの橙色に染まっている。人工池の水面に光が跳ねて、東屋の木の影が長く伸びている。七日ぶりに見る、ちゃんとした朝の景色だった。
スバル、エミリアス、レオンが並んで窓の外を見た。
「[gentle]七日間……終わってみると、全部楽しかったね」
エミリアスが、朝日を見ながら言った。
「[cold]楽しいとは一言も言っていないが」
レオンが言った。でも口元が、ほんの少し柔らかい。
「[gentle]うん、楽しかった」
スバルは笑った。
三人が並んで、朝日を見ている。
その後ろで、ビアンカは廊下の壁にもたれて、ロズワールが去っていった方向をじっと見ていた。金色の目が静かに細くなっている。
欠片に刻まれていたあの名前と、手紙の文章。ロズワールがあの表情をした理由。
これで全部終わったわけじゃない——ビアンカはそう確信していた。
朝日の中で三人が笑う声が、廊下に響いていた。