Re:ゼロから始める異世界生活〜全員おかしくなった件について〜
夏木スバルはある朝、ロズワール邸で目を覚まし、鏡に向かって思わず叫んだ。そこに映っていたのは、短い髪で大きく慌てた目をした少女――しかし、それは間違いなく、完全に、紛れもなく彼自身だった。
彼だけではなかった。エミリアス・ヴァレリアは今や少年となり、廊下でぼんやりと困惑した表情で自分の頬をつついている。レムは背の高い静かな青年に変わり、虚ろな表情で自分の手をじっと見つめていた。図書室のビアンカ・ビートリスは、今や小さな少年で、大きな瞳に怒りをたたえていた。
ロズワール邸の全員が一晩で性別を入れ替えてしまったのだ。
原因は?地下室にあった光り輝く石板。古代魔法を研究していたビートリスが「うっかり」触れてしまったという。「警備があまりにも不十分だったのよ」と彼女は目を合わせることなく言い張った。
石板の刻文を読み解いたビートリスは悪い知らせを伝えた。呪いを解くには、全員が石板の近くに集まり「本当の気持ちを正直に伝える」必要があるという。簡単そうに聞こえるが、「本当の気持ち」とは明らかに愛する相手への告白を意味していた。期限は七日間。過ぎれば変化は永遠のものになる。
混乱はすぐに始
Re:ゼロから始める異世界生活〜全員おかしくなった件について〜 - 石になっていく左腕——言えない理由が、全部あふれた日
朝が来た。
昨夜、スバルは左腕を包帯でぐるぐると巻いて、そのまま眠った。眠れたとは言えない。目を閉じるたびに、左手の冷たさが気になった。感覚のない指先。石みたいな皮膚。包帯の下で、何かが静かに進んでいる——そんな気がして、ずっと目が覚めていた。
食堂の椅子を引く音が、廊下まで聞こえてきた。
スバルは長袖の上からさらに上着を羽織って、食堂に入った。腕が見えないように。バレないように。いつも通りに見えるように。
席についた瞬間だった。
上着の袖がずれた。肘のあたりから、灰色の皮膚がはっきりと見えた。
廊下から声がした。
「[surprised]スバル!」
ドタドタと足音が来た。エミリアスが食堂に飛び込んでくる。銀髪が揺れて、175cmの体が勢いよく椅子につまずきかけながら、スバルの前に立った。その顔から、血の気が引いていた。
淡い紫と銀のオッドアイが、スバルの腕に釘付けになっている。
「[crying]なんで……なんで言わなかったの!!」
泣きそうな声だった。泣きそうなのに、震えてもいた。
「待って、エミリアス、これは——」
「[crying]肘まで来てる。一晩でここまで……! ずっとひとりで抱えてたの!?」
手が伸びてきた。エミリアスの手が、スバルの石化した左腕をそっと包もうとする。ためらいがちで、でも必死な手だった。
その瞬間。
食堂の入口で、ドン、と音がした。
レオンだった。壁に拳を叩きつけた音だった。
紅の短髪に黒いメッシュ。赤い縦スリットの目が、スバルの腕を見ている。太い眉が、きつく寄っていた。額の小さな角が、ぴくりとも動かない。
「[sad]……俺が、守れなかった」
低い声だった。感情を押し殺した、絞り出すような声。
壁に当てた拳が、白くなっていた。
スバルは二人の顔を交互に見た。エミリアスの泣きそうな目。レオンの唇を噛む横顔。どちらも、スバルのことを思っている顔だった。その温かさが、罪悪感と一緒に胸に刺さった。
何も言えなかった。
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大広間に全員が集められた。
ビアンカが長テーブルの中央に立っていた。白髪を後ろでまとめた、42歳の魔導師——男性の体になって数日が経っても、金色の目の鋭さだけは変わらない。右手の古びた魔導書が、今日は少し固く握られている。
机の上に、石板の欠片が置かれた。昨日まで青白く光っていたそれが、今朝は赤黒い色をしている。不規則に、明滅を繰り返している。
「[serious]全員、腕か足か、どこか出せ」
「[surprised]え、なんで」
「[cold]不愉快だが、昨夜ずっと考えていたのよ。石化はスバルだけじゃない可能性がある」
金色の目が、全員を順番に見た。
ビアンカが欠片を持って、レオンの前に立った。欠片をレオンの右足に近づける。
ぱっ、と欠片が赤く光った。
レオンの右足の、すねのあたり。皮膚が薄く、灰色になっていた。
「[surprised]……嘘だろ」
「[serious]次」
エミリアスの左手。指先から第一関節のあたりまで、やはり灰色だった。エミリアスは自分の指先を見て、右手で銀髪をかき上げてから——かき上げた手を、途中で止めた。
「[surprised]……まあ」
それだけだった。言葉が続かなかった。
ビアンカが最後に自分の右耳に欠片を近づけた。光る。右耳の縁が、うっすら灰色だった。
「[cold]……私もか。まあ、仕方ない」
言い方はいつも通り冷めていた。でも指先が、ほんのわずかに震えていた。
「[scared]全員……全員が石化してる!?」
「[serious]スバルだけが本音を隠しているわけじゃなかったのよ。全員が隠している。だから全員が石になり始めている」
大広間が静かになった。
そこにラムが入ってきた。ピンクの短髪。表情は硬い。
「[serious]お伝えしなければならないことがあります。王都から、王選管理の使者が向かっているという連絡が届きました」
エミリアスが顔から表情を失った。
「[sad]……王選管理の使者」
「[serious]アーラム村に話が伝わった。呪いにかかった王選候補がいると。王都の耳に入るのは時間の問題でした」
壁際に、エミリアスが後退りした。背中が壁についた。そのまま動かなくなった。
「[sad]ぼくのせいで……王選候補が呪いにかかっていると知れたら、資格を……」
「[cold]待て。今そっちを考えるな」
「[sad]でも、みんなに——」
「[cold]今は石化の方が先だ」
その瞬間。
レオンが立ち上がった。右足を前に出そうとして——ズルッと滑った。
ドスン!!
盛大に床に落ちた。
全員が見た。
レオンが、石化し始めた右足を引きずって立ち上がろうとしながら、「[angry]問題ない」 と言った。
ラムが無表情のまま言った。「[cold]問題しかないですわね」
「[scared]レオン、立てる!?」
「[angry]立てる」
立てていなかった。膝をついたまま、意地でテーブルに手をかけている。
「[cold]貴様は座っていろ、まったく」
重苦しかった空気が、ほんの少しだけ緩んだ。でもすぐに、また重くなった。
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午後になった。
廊下で、レオンがエミリアスの前に立っていた。
「[cold]お前が王選候補だから話がここまで大きくなる。スバルの近くにいるな」
スバルは廊下の角から聞こえた瞬間に、二人の間に飛び込んだ。
「[angry]レオン、もうやめて」
レオンが振り返った。赤い縦スリットの目がスバルを見る。
「[angry]エミリアスを傷つけることが、守ることじゃないよ」
「[cold]お前を守るためなら、俺は何でもする」
揺るがない声だった。迷いが一ミリもない。
スバルは言葉に詰まった。
(なんで。なんでそんなに、迷わないんだよ)
エミリアスを見た。銀髪の青年が静かに唇を引き結んでいる。傷ついている。それが見える。でも何も言わない。言えないのか、言わないのか——
(どっちへの気持ちも、整理できない)
その時。石化した左腕が、じくりとした。感覚がない場所なのに、重さだけは伝わってくる。現実が、感情に蓋をした。
「[gentle]……ぼくは、大丈夫ですわ」
エミリアスが言った。小さな声で。大丈夫じゃなさそうな顔で。
「[serious]大丈夫じゃないだろ」
「[gentle]大丈夫、にしなきゃいけないんです。ぼくが揺らいでいたら、スバルが困る」
スバルの胸に何かが刺さった。
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夕方になった。
大広間に、また全員が集まっていた。ビアンカが石板の解析結果を共有するためだった。
レオンが静かに立ち上がった。右足を引きずりながら。
「[serious]俺が先に石になれば、残りの石化が止まるかもしれない」
全員が黙った。
「[surprised]……は?」
「[serious]俺一人が全部引き受ければ、呪いのリソースが俺に集中する。お前たちは助かる可能性がある」
「[angry]そんな根拠どこにもない!!」
「[cold]でも可能性がある。それで十分だ」
レオンが歩き出した。出口に向かって。
「[angry]待って!!」
スバルは走った。石化した左腕を思い切り前に伸ばした。
届かなかった。
感覚のない腕は、空気をつかんだだけだった。指先がかすりもしない。灰色の左手が、ただ虚空に伸びている。
レオンの背中が、遠ざかっていく。
スバルの膝が、床についた。
そのまま崩れるように、大広間の床にうずくまった。石化した左腕を右手で握る。冷たい。自分の手なのに、冷たい。
誰も声をかけなかった。
エミリアスが一歩踏み出しかけて、止まった。スバルに近づいたら、もっと傷つけるかもしれない——その迷いが、足を縛っていた。ビアンカが魔導書を強く握ったまま、じっと立っていた。
沈黙だった。
「[crying]……あたし、ずっと一人で抱えてきた」
震える声が、広間に落ちた。
「[crying]本音を言ったら嫌われると思ってた。だから……誰にも言えなかった。何度も、何度も——死んで、また始まって、それでも誰にも言えなくて」
死に戻り。何度死んでも誰にも言えなかった、あの孤独。言葉にした瞬間、喉が焼けるように痛かった。
誰も動かなかった。
エミリアスの目に、涙が浮かんでいた。一歩踏み出せないまま、スバルを見ていた。
ビアンカが、石板の欠片をじっと見つめていた。
しばらく。
しばらくして、ビアンカが口を開いた。
「[gentle]……ねえ」
いつもと違う声だった。冷めていない。計算がない。ただの声だった。
「[gentle]石板に、もう一行あったのよ。ずっと読めなかった一行が……今、読めた」
全員が顔を上げた。
ビアンカの金色の目が、欠片を見たまま——にじんでいた。
「[whispers]本音を叫ぶ者は、最も愛する者の痛みを引き受ける覚悟を持て」
静寂。
「[serious]本音を口にすれば呪いは解ける。だがその者は……大切な人の石化の痛みを、全て自分が引き受けることになる」
エミリアスが息をのんだ。レオンが廊下の入口で立ち止まった。
「[cold]……なんで最後の条件だけ、字が小さいのよ。嫌がらせなの」
ぼやいた。声は低くなったが、言い方はどこまでもビアンカのままだった。
凍りついた空気が、ほんの少しだけ揺れた。
スバルは床から顔を上げた。
石化した左腕を、右手でそっと握った。冷たい。感覚がない。でも——これは、自分の腕だ。
震えていた。目も、手も。でも目の奥に、何かがともり始めていた。
かすかな、でも確かな光が。