ドラゴンボール学園ラブコメ! オラ、恋愛わかんねぇ!
カプセル中学校へようこそ――日本のごく普通の学校。だけど、このクラスは何ひとつ普通じゃない。
転校生のカカロットは、野生の黒髪にいつもニコニコ笑顔、そして唯一の情熱は「昼食のおかわりをできるだけ多くもらうこと」。彼はのんびり屋で心優しく、食べ物と友情以外のことにはまったく無頓着。ところが、なぜか周りの女の子たちが次々と彼に恋心を抱き始めているのだ。
まずは幼なじみのチチ。賢く真面目で、いつか医者になることを夢見ている彼女は、ずっとカカロットのことが好き。毎朝告白の練習を欠かさないけれど、告白しようとすると必ずカカロットに「ねぇチチ、ハンバーグちょうだい?」と邪魔されてしまう。彼女は毎日心の中で悲鳴をあげている。
次にベジータ――ライバルで隣人、そして歩くプライドの塊。誰かを好きだなんて絶対認めないけど、クラスで一番自信満々なブルマに(下手に)アピールしようと奮闘中。その方法は? 彼女を罵倒すること。もちろん全然うまくいっていない。
カカロットの親友クリリンは、ひそかにチチに恋をしている。でもカカロットが親友だから、何も言えずにただ見守り、拳を握りしめるばかり。
第4話では大事
ドラゴンボール学園ラブコメ! オラ、恋愛わかんねぇ! - 修羅場!ペアダンス争奪戦——友達って言ったよね?
水曜日の昼休み。
廊下に給食の匂いが残っている。カレーでも揚げ物でもない、今日はハヤセ川産のミソラ米を使った混ぜご飯らしかった。カカロットは教室を出て、窓際に寄りかかりながら、さっきの給食を思い返していた。
(おかわり3杯で止められたのは納得いかない)
「[gentle]……カカロット、くん」
チチが廊下の端から歩いてきた。深緑の長い髪を肩の後ろに流して、両手でノートを胸に抱えている。グレーの目が、少し緊張しているように見えた。
「[gentle]なんかいいことあった? チチ」
「[serious]……そういう話じゃなくて」
チチは一度、唇をぎゅっと閉じた。深呼吸。
「[serious]ペアダンス大会のこと、なんだけど——」
「あら、ちょうどよかった」
廊下の向こうから声がした。
薄い水色の長い髪。白衣じゃなくて今日は制服姿だけど、ブルマはいつでもどこか実験中みたいな顔をしている。手にタブレット端末を持っていた。画面に何かデータが表示されている。
「[cold]ダンスの動作解析データが取りたくて。カカロットくん、ペア組んでくれない?」
「え——」
チチの声が止まった。
ブルマはチチをちらりと見た。一秒。それから、チチが何を言おうとしていたか、全部わかったみたいな顔をした。わかった上で、割り込んだ。
廊下がざわっとなった。
「[surprised]給食8杯のカカロットくんですよね?」
今度は隣のクラスの方から声がした。
金髪を二つ結びにした女の子が、廊下の角から顔を出している。ランチ——隣の2年4組の子だ。明るいオレンジ色の目をしていて、どこかつかみどころのない笑顔をしている。
「[excited]一緒に踊りませんか! 給食おかわり記録持ちと踊ったら絶対楽しいと思って!」
廊下に三人が並んだ。
チチ、ブルマ、ランチ。
全員がカカロットを見ている。
カカロットは三人を見回した。頭を掻く。
「[gentle]みんなで一緒に踊れないの?」
三人が同時に、深いため息をついた。
廊下の向こうから覗いていた2年3組の男子数人が、その光景を見てざわめいた。「今ため息三人分聞こえたよな」「うん、聞こえた」「なんなんだあいつ」という声が聞こえてくる。
昼休みが終わる頃には、「カカロットに三人が同時に声をかけて全員あしらわれた」という話が2年3組どころか隣のクラスにまで広まっていた。
---
午後の授業が始まっても、教室の空気は落ち着かなかった。
「[angry]ちょっと、カカロットにペア頼もうとしてたの、チチじゃなかった?」
「[sarcastic]ブルマさんも同じこと考えてたって聞いたけど」
女子の間でひそひそが続いている。どちらを応援するか、という話に早くもなっているらしかった。
男子の方はもっとシンプルだった。「なんで転校してきてあんなに声かけられてんだよ」という素直な嫉妬が廊下に漂っていた。
クリリンは自分の席で、それを全部聞いていた。
チチが必死な顔で廊下に立っていた場面が、頭の中から消えない。ブルマが割り込んだ瞬間のチチの表情。一瞬だけ見えた、焦りと悔しさが混ざった顔。
(見てなきゃよかった)
でも見ていた。全部。
その時、廊下でどんとぶつかるような音がした。
「[angry]ブルマ!」
ベジータが廊下に立っていた。濃紺の髪を逆立てて、燃えるような赤い目でブルマをまっすぐ見ている。
「[angry]カカロットとペアを組む、だと?」
「[cold]……なに?」
ブルマは振り返った。表情が変わらない。
「[serious]俺と組め。俺は学年1位だぞ」
「[sarcastic]……成績とダンスは関係ないでしょ」
一刀両断だった。
ベジータが固まった。
「な——それは——」
「[cold]データが取りたいの。あなたは邪魔しないで」
ブルマは廊下を歩いていった。
ベジータが残された。
赤い目が、廊下の先のブルマの背中を追いかけている。口が少し開いている。何も言えない。
廊下の角を曲がったところで、ベジータは壁に背中をつけた。腕を組む。組んだ腕を離す。また組む。
耳が、赤かった。
「黙れよ……」
誰もいない廊下に、小さな声だった。
---
5時間目が終わった後、クリリンは教室に戻れなかった。
廊下を歩いて、気づいたら非常階段の前に立っていた。ここから上に行けば屋上だ。
金属の手すりを掴んで、階段を上る。
屋上のドアを開けると、風が来た。10月の風は冷たい。ミソラ市の東の方にコモレビ丘陵が見えて、南にはハヤセ川が光っている。晴れた午後だった。
フェンスに両手をかけた。
チチが廊下でブルマに先を越された顔を、また思い出した。
(あいつのこと、好きなんだ。カカロットのことが。ずっと前から)
わかってる。知ってる。
(だったら背中を押してやれよ、クリリン)
頭ではわかる。カカロットに「チチがお前のことを好きなんだ」と言えばいい。たぶんカカロットはきょとんとして、でも少しは気づいてくれるかもしれない。それがチチのためになる。友達のためになる。
でも、口が動かない。
どうして動かないのか、もうわかってた。
フェンスを、両手でぎゅっと握った。
「[whispers]……僕はなにをやってるんだろ」
声が出た瞬間、なぜか涙が来た。
予想してなかった。急だった。指の関節が白くなるくらいフェンスを握って、クリリンは空を見上げた。青い空に白い雲。风が吹いて、水色の短い髪が揺れる。
泣くつもりなんてなかった。でも、止められなかった。
誰もいない屋上で、涙が一粒だけ頬を落ちた。
---
放課後になった。
カカロットが廊下を歩いていると、チチに呼び止められた。
「[gentle]ねえ、カカロット。ちょっとだけ」
「[gentle]なんかいいことあった?」
チチは答えなかった。「こっち」と言って、校舎裏の方に歩き始めた。
校舎裏は、誰もいない。グラウンドとは反対側の、コンクリートの壁と草のにおいがするあたり。日が傾いて、影が長くなっている時間だった。
チチが立ち止まった。カカロットに向き直る。
深緑の髪が風に揺れた。グレーの目が、まっすぐカカロットを見ている。
チチは一度だけ、ノートの端を強く握った。
「[serious]お願いがあって」
「うん」
「[serious]ペアダンス大会……わたしと、組んでほしいんです」
声が少しだけ震えていた。
「[serious]理由は……その」
カカロットは少し考えた。一秒、二秒。
「[excited]うん、いいよ!」
あっけなかった。
「[excited]チチ友達だもんな! 練習、一緒にがんばろうぜ」
チチが固まった。
「……友達」
声が、小さかった。
カカロットはニコニコしている。何が問題なのか、まったくわかっていない。いつも通りの顔だ。
チチは唇をぎゅっと噛んだ。グレーの目に、じわりと何かが浮かんだ。でも、まばたきを一回して、それを消した。
笑顔を作った。
「[gentle]……うん。ありがとう」
カカロットは「よし、じゃあ飯食いに行くか」と言いながら歩き始めた。
チチは一人、その場に少しだけ立っていた。
(友達)
風が吹いた。コンクリートの壁に影が伸びている。
(そうだよね。そうだって、わかってた)
でも、刺さった。
---
翌木曜の朝、ホームルームが始まる前だった。
ブルマが教室に入ってきて、自分の席に座りながら、特に誰に言うでもなく言った。
「[cold]やっぱりカカロットくんにお願いしようかな。ペアダンス」
教室の空気が変わった。
チチが顔を上げた。
ブルマがチチを見た。
二人の目が合った。一秒。
「え、でもチチさんも——」
「どっちが先に頼んだの?」
女子たちがざわめいた。気づいたら、教室がなんとなく二つに割れていた。チチの席の周りに集まっている子たちと、ブルマの方を向いている子たち。
「[serious]今日は絶対に負けない」
チチが小声でつぶやいた。ノートを握る手に力が入っている。
「[sarcastic]言うのは自由よ」
ブルマがタブレットを開きながら、涼しい顔で答えた。
モリノ先生がホームルームを始めようとして、教室の空気に気づいた。30代の国語の先生で、いつでも少し疲れた目をしている。胃薬の瓶を机から出しながら、小さく言った。
「[sad]……もう少し平和にできませんか。できませんよね」
胃薬を一粒飲んだ。
カカロットは最後列の窓際の席で、外を見ていた。グラウンドに朝の光が落ちている。コモレビ丘陵のなだらかな稜線。いい天気だな、と思っていた。
教室が恋愛戦争の様相を呈していることに、一ミリも気づいていなかった。
廊下の外では、クリリンが壁に背中をつけて目を閉じていた。
ペア届出の締め切りまで、あと二日。