告白は放課後、屋上で。〜九浪カグラのハーレム生徒会〜
告白は放課後、屋上で。〜九浪カグラのハーレム生徒会〜
春、桜が満開の季節。私立アイリス学園に入学した新入生・九浪カグラは、極めて単純な理由で生徒会長選挙への立候補を決意する。それは、想い人を学園の屋上に呼び出し、告白する権限を手に入れるため。彼の風変わりな選挙演説は予想外にも大反響を呼び、学園三大美少女たちの目に留まってしまう。
最初に近づいてきたのは、学園の絶対女王・天川シオン。非の打ち所がない完璧超人……かと思いきや、極度の人見知りで友達ゼロ。彼女はカグラに「会話の練習相手」を命じるが、彼の無自覚で不器用な優しさに、初めて胸をときめかせる。
次に現れたのは、バスケ部の元気なエース・速水カナタ。カグラの身のこなしを見込んでマネージャーに勧誘しようとするが、彼が自分の大失態を救ってくれたことで恋に落ちる。そして最後に、クールでゲーム好きな図書委員・栗花落ナズナ。カグラのゲームの腕前を聞きつけて勝負を挑むも敗北。彼の実力に感服し、いきなり「家で一晩中ゲームをしよう」と大胆な誘いをかける。
三人からの突然の、しかもほぼ同時の告白にカグラが混乱する中、美少女たちはある盟約を結ぶ。「最
告白は放課後、屋上で。〜九浪カグラのハーレム生徒会〜 - ツンデレ大地震!女王様の放送事故で心の壁が崩壊!
あの日から、数日が経っていた。
入学式の桜も、あがり症発覚の全校集会も、バスケ部でのドタバタも、もう少し前の出来事だ。
四月下旬。
アイリス学園の昼休みは、いつも騒がしい。教室で弁当を広げるグループ、グラウンドでボールを追いかける運動部、廊下でたわいもない話に花を咲かせる女子たち。
生徒会長・九浪カグラは、そんな喧騒から少しだけ離れた場所で、ため息をついていた。
本館三階。
生徒会室の窓からは、グラウンドが見下ろせる。
カグラは長机の上に、書類の山をどっさりと広げていた。部活動の予算申請書、備品の注文票、行事の企画書……。
「なあ、これ、会長の仕事か?」
カグラが、向かいで同じく書類と格闘している副会長に声をかける。
眼鏡をかけた二年生の男子、副会長のサクマは、書類から顔も上げずに言った。
「そうですよ。全部、会長の決裁がいるんです」
「マジかよ……。俺、計算とか苦手なのに。あ、この数字、一桁多くないか?」
「それ、去年の分です。参考資料なので、見なくていいです」
「えっ!? おお、そうか……あぶねえ」
くせっ毛の混じった黒髪を、がしがしとかく。
(会長になって、屋上の鍵は手に入れたけど……まさかこんなに紙と戦うとは思わなかったな)
大好きなゲーム機を置いてきたことを、少しだけ後悔する。
副会長のサクマが、冷静に提案した。
「図書室に行ったらどうですか? 放課後、シフトで鍵当番の先生がいない日は、静かでいいらしいですよ。書類を見るのに最適です」
「お、いいなそれ! そうする!」
カグラはパッと顔を輝かせると、書類の山を抱え込んだ。
その日の放課後。
本館二階の図書室は、しん、と静まり返っていた。
蔵書数は約一万二千冊。閲覧席は三十二席あるけど、期末テスト前でもなければ、放課後に利用する生徒は十五人程度だ。
今日は特に少ない。
窓際の席で、一人の男子生徒が宿題の参考書を睨んでいるだけだった。
奥にある「自習コーナー」と呼ばれるスペース。
本棚で死角になっていて、外からは見えにくい。
カグラはそこに陣取ると、長机の上に書類を広げた。
窓からは、ちょうどグラウンドが見える。
視線を上げると、体操着姿の生徒たちが、声を張り上げてバスケットボールを追いかけている。ポニーテールの女子がひときわ目立つ。あれは速水カナタだろうか。
(カナタ、今日も頑張ってるな)
カグラは少しだけ口元をゆるめると、視線を手元に戻した。
予算申請書。剣道部、バスケ部、演劇部……。
「部活ごとに物価が違いすぎるだろ……」
つぶやきながら、一枚一枚、確認していく。
鉛筆の走る音だけが、静かに響いた。
どれくらい経っただろうか。
日が傾き始め、図書室の中がオレンジ色に染まり始めた頃。
——コツ、コツ。
革靴が、床を叩く音がした。
規則正しい、迷いのない足音。
それが、図書室の奥の「自習コーナー」の前で、ぴたり、と止まった。
カグラが顔を上げる。
逆光で、一瞬、相手の顔が見えなかった。
でも。
腰まである長い銀色の髪が、シルエットを縁取っている。
切れ長の、アイスブルーの瞳。
背筋がピンと伸びた、完璧な姿勢。
学園の誰もが知っている、その姿。
二年生の天川シオンが、そこに立っていた。
まるで、映画のワンシーンみたいに。
(うわあ、きれいな人だな)
カグラは素直に、そう思った。
シオンは、カグラの顔を見ると、ふいっと視線を横に逸らした。
それから、少しだけ早口で、まくしたてるように言った。
「わ、私と一緒に本を読んでもいいわよ! 感謝しなさい!」
カグラは、きょとんとした。
「え?」
シオンの声が、いつもより少し高い。
耳の先が、ほんのり赤いように見えるのは、夕陽のせいだけじゃないはずだ。
「偶、偶然よ! ここが、私のいつもの席なんだから! あなたが勝手に使ってただけじゃない! 私、ここの図書委員だし!」
シオンは、手に持っていたハードカバーの本を、ぎゅっと胸に抱きしめた。
しわが寄るのも気にしないくらい、強く。
カグラは、書類から手を離すと、あっけらかんと言った。
「ああ、そうなんだ。いいぜ、座れば? ていうか、ここ、図書館なんだから、みんなの席でしょ」
シオンは、一瞬だけ固まった。
それから、すごく小さな声で言った。
「……へ?」
「だから、座りたいなら座ればいいじゃん」
カグラは、隣の椅子を、ぽんぽん、と叩いた。
「あ、あ、ああ……そう、そうよね! 当然だわ! 私を拒否するなんて、天地がひっくり返ってもありえないもの!」
シオンは、顔を真っ赤にしてそう宣言すると、まるでロボットみたいにぎこちない動きで、カグラの隣の席に、ガタン、と座った。
距離は、一メートルくらい。
近いようで、遠い。
彼女の手に持った本が、小刻みに震えている。
カグラは、それを見て、なんとなく気がついた。
(あ、この人、緊張してるんだ)
実は、シオンは一週間も前から、ずっとカグラのことを見ていた。
体育館の裏で、速水カナタと楽しそうに話すカグラを。
生徒会室で、副会長と二人で仕事をするカグラを。
廊下ですれ違う時、友達と笑い合うカグラを。
いつも、誰かが彼の周りにいる。
いつも、彼の周りは明るい。
シオンには、それが、まぶしくて仕方がなかった。
彼女は、学園の誰もが認める「完璧な女王様」だった。成績はトップ。容姿も端麗。立ち居振る舞いは非の打ち所がない。
でも、その肩書きが、みんなを遠ざけていた。
周りにいたのは、彼女の家柄や見た目だけを理由に近づいてくる、取り巻きだけ。
本当の友達は、生まれて十六年、一人もできたことがない。
あんな風に、誰かと笑い合いたい。
あんな風に、誰かの隣を歩きたい。
誰にも言えない、心の奥の、小さな、小さな、つぶやき。
その相手に、どうしてかカグラが選ばれたのは、彼が他の誰よりも、まっすぐで、裏表がなさそうに見えたからだ。
今日も、話しかけようと思って、何度も足を止めた。
でも、勇気が出なくて、その度に図書室の前をうろうろして。
気がついたら、こんな命令口調で、当たってしまっていた。
(私の、大バカ……!)
シオンは、膝の上で両手を握りしめた。
沈黙が、流れた。
長い、長い、沈黙。
壁にかかった時計の秒針だけが、カチ、カチ、と音を立てている。
カグラは書類に目を落とした。
シオンは、手に持った本のページを、一枚もめくらずに、ずっと同じ場所を見つめている。
手の震えは、まだ止まらない。
カグラは、ふと顔を上げた。
「なあ、なんか話そっか? せっかく隣に座ってるんだし」
シオンは、びくっ、と肩を揺らした。
それから、周りに誰もいないのを確認して、またもや命令口調で言った。
「は、話す!? わ、私と話せることを、光栄に思いなさい! きょ、今日は特別なんだから!」
声は相変わらず強いけど、目が、うるうるしている。
カグラは、彼女の手が、本を持つ指が、かすかに震えているのを見た。
なんとなく、ピンときた。
「緊張しなくていいぜ。俺、そんなに怖くないと思うけど」
カグラが笑いかける。
その瞬間。
シオンの顔が、ボッ! と、一気に赤くなった。
耳の先から、首まで、真っ赤っかだ。
「べ、べ、別に緊張なんかしてないわ! この大バカ!!」
シオンは、バン! と机を叩いて立ち上がると、抱えていた本を全部床に落とし、自分の鞄を掴んで、脱兎のごとく図書室から飛び出していった。
バタン!
扉が閉まる音が、静かな室内に響く。
床には、何冊かのハードカバーが落ちていた。
「……え? なに? 俺、なんかした?」
カグラは、ぽかんと口を開けて、閉まった扉を見つめた。
(すげえな。本当に飛び出していった)
彼は、自分がやったことの重大さに、全く気づいていなかった。
図書室の外の廊下。
シオンは、壁にもたれかかって、ずるずるとしゃがみ込んでいた。
心臓が、バクバクと音を立てている。
胸の奥が、ぎゅうっと熱い。
(み、見抜かれてる……私の素が、全部バレてる……!)
顔が、熱くて仕方がない。
手で仰いでも、ぜんぜん冷めない。
「あわわ……大バカって言っちゃった……どうしよう……」
彼女は、真っ赤になった顔を両手で覆った。
彼に、初めてのことを言われてしまった。
『緊張しなくていいぜ』
そんなセリフ、生まれて初めてだった。
みんなは、私を見ると緊張して逃げ出すのに。
彼は、私が緊張しているのを、見抜いた。
そして、笑った。
怖くないよ、って。
「……こんなの、ずるい」
シオンは、しゃがみ込んだまま、長い銀色の髪が床に広がるのも構わずに、じっとしていた。
初めてだった。
こんなに、誰かと話したいと思ったのは。
翌日。
昼休み。
カグラへの気持ちをどう伝えればいいのか、一晩中考えたシオンが出した結論は、とんでもないものだった。
「みなさま、ご昼食中失礼いたします! 生徒会副会長の、天川シオンです!」
校内放送のマイクを通した彼女の声が、学園中のスピーカーから響き渡った。
教室。廊下。グラウンド。
お弁当を食べていた生徒たちが、一斉に顔を上げる。
放送室は、本館二階の端っこ。
放送部の部員は、部室の前で突然現れた女王様に「ど、どうぞ……」と場所を譲らざるを得なかった。
シオンは、真っ白になった頭で、マイクのスイッチを入れていた。
(私にできること……そうだ、歌よ! 昔、お母様に教えてもらったあの歌を歌えば、きっと彼にも私の凄さが伝わるわ!)
彼女の脳内では、バラ色の未来が広がっている。
「今日は、特別な、日に、したいと思います! 私から、みなさんに、プレゼントです!」
一瞬の静寂。
それから、彼女はおもむろに、息を吸い込んだ。
「あなたのために チョコレートの歌を 歌ってあげる!」
そして。
シオンの「チョコレートの歌」が、始まった。
……それは、歌では、なかった。
リズムはめちゃくちゃ。
音程は、果てしなく外れている。
気持ちだけが先走った、壊滅的な、壮大な、放送事故だった。
「チョコレート♪ チョコレート♪ 私のハートは とろけるチョコ♪」
教室でそれを聞いていた速水カナタは、吹き出したお茶を霧のようにまき散らした。
「はーっはっは!! なに、あれ、めっちゃ音痴やん!! 誰!? 放送室ジャックしたん!?」
図書室で本を読んでいた栗花落ナズナは、持っていた本を落とし、前髪で隠した目を押さえて、肩を震わせた。
「……何あれ、新手の拷問? 笑い死ぬかと思ったじゃん」
校内中から、笑い声が沸き起こる。
教室では、誰かが机を叩いて笑い転げている。
廊下で、誰かが真似して歌い出す。
校内SNS「ハナトーク」のタイムラインは、一瞬で埋め尽くされた。
『放送事故www』
『誰だこの歌姫www 音程死んでるwww』
『チョコレート♪ チョコレート♪ ってww 俺も今日から歌うわww』
『あの声、天川様じゃね?』
『まさかww あの完璧な人がこんな歌歌う訳ww』
放送室。
シオンは、自分の声が学園中に響き渡っているという事実だけで頭がいっぱいだった。
(みんな、驚いてるわよね! この素敵な歌に!)
彼女は、自分の歌が笑われているなんて、夢にも思っていなかった。
生徒会室で、副会長と一緒に放送を聞いていたカグラは、あまりの衝撃に、持っていたペンを落としていた。
「……えっと。これ、エンターテイメント、だよな?」
副会長のサクマは、眼鏡の位置を直しながら、冷静に言った。
「いや、音程的には、ただの放送事故です」
カグラは、耳を澄ました。
必死な声。
懸命な声。
昨日、図書室で震えていた、あの声。
(なんだか、一生懸命で、すごく、いいじゃないか)
カグラは、にっこり笑った。
「でもおもしれえ! 俺、こういうの大好きだよ! 明日、ハナトークで褒めとこ!」
そして、歌が終わった。
「ふう……歌いきったわ」
シオンが、マイクのスイッチを切ろうとした、その直前。
ハナトークのタイムラインを、放送部の部員たちが覗き込む声が、マイクに拾われた。
『天川様って、あんなに音痴なんだwww 完璧な人かと思ってたww』
『なんか、親近感わいたわwww 私も歌ヘタだしwww』
「……え?」
シオンの手が、止まった。
『今日の放送事故、語り草になるなwww』
『一気にファンになったわ。笑いの神やん』
シオンの顔から、血の気が引いていく。
「……なに、これ」
自分の歌声が、笑われている。
完璧な、私が。
笑われて、いる。
ぐらり、と世界が揺れた。
「……やだ」
シオンは、マイクを床に落とした。
ガァン!!
不快なハウリングが、学園中に響き渡る。
生徒たちが、耳を塞いだ。
シオンは、涙が溢れそうになるのを堪えながら、放送室を飛び出した。
完璧な仮面は、粉々に砕け散った。
廊下を走る。
誰もいない場所へ。
誰にも見つからない場所へ。
人に見られるのが怖い。
笑われるのが怖い。
こんな自分を、知られてしまうのが、怖い。
シオンは、息を切らせて、本館の階段をひたすら上っていった。
四階の、人気のない廊下の突き当り。
『屋上へ続く階段』
そこは、生徒会長以外、立ち入り禁止の聖域だった。
シオンは、踊り場の壁に背中を預けると、ずるずると座り込んだ。
「……うっ……ううっ……」
堰を切ったように、涙が溢れてきた。
ポケットから、小さな銀色の鍵を取り出す。
PTA会長をしている父親から、こっそりと渡されていた、屋上の予備鍵だ。
でも、ここまで。
もう、屋上にすら逃げ込めない。
(私は、ただ……友達が欲しかっただけなのに)
涙が、膝の上のスカートに、ぽつり、ぽつり、と落ちた。
「おーい、天川さん!」
遠くから、彼の声が聞こえた。
カグラは、走ってきたらしく、息を切らせている。
階段の下から、彼が顔を覗かせた。
シオンは、泣き顔を見られたくなくて、顔を膝に埋めた。
「……来ないで! み、見ないで……! 私、こんなに、みっともないの……」
声が、震えている。
カグラは、立ち止まらなかった。
そのまま階段を上りきると、シオンの隣に、しゃがみ込んだ。
「お前の歌、最高に面白かったよ」
カグラは、心から笑って、そう言った。
「……笑ってるじゃない! 私のこと、笑い者にして! あんなの、ただの音痴で、ただの、放送事故で……!」
シオンが、顔を上げて叫ぶ。
アイスブルーの目から、大粒の涙がこぼれ落ちている。
化粧が落ちて、ぐしゃぐしゃの顔だった。
でも、カグラはそんなこと、全く気にしなかった。
「ちげえよ。笑ったけど、そうじゃねえんだ」
カグラは、ポケットから、屋上の鍵を取り出した。
「俺、ああいうの、大好きだ。一生懸命で、裏表なくて、かっこ悪くて。完璧な人より、ずっといい」
カチャリ。
鍵が開く音。
屋上への扉が、ゆっくりと開かれた。
夕陽が、差し込んでくる。
カグラは、泣いているシオンに、手を差し出した。
「なあ、友達になろうぜ」
シオンは、涙で濡れた目を、大きく見開いた。
「……とも、だち?」
「おう。俺と、友達。嫌か?」
シオンは、首を振った。
ブンブンと、銀色の髪が揺れる。
「嫌じゃ、ない……嫌じゃない! 私、ずっと、友達が欲しかったの! ……でも、私、こんなで、友達なんて、作り方もわからなくて……べ、別にあなたのためじゃないんだから……!」
堰を切ったように、泣きじゃくるシオン。
カグラは、その手を取って、引っ張り上げた。
「無理しなくていいって。俺、そういうの得意じゃないし。お前は、そのままでいいよ。……あ、でも、歌は練習した方がいいかもな。また校内放送でやったら、今度こそ先生に怒られるぜ」
カグラが笑う。
それを見て、シオンも、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、小さく笑った。
「……そんなの、もう、しないわ。この、大バカ」
それは、誰にも見せたことのない、生まれて初めての、素直な、笑顔だった。
夕陽を浴びて、涙の跡が金色に光って。
その笑顔を見た瞬間。
カグラの胸の奥で、何かが、かすかに引っかかった。
——ドクン。
これは、なんだ。
中学時代、他校の屋上で出会った、あの女の子。
夕陽の中で、泣きながら、笑って。
(あの子と、同じだ)
表情も、声も、雰囲気も、まるで違うのに。
笑顔だけが、どうしても、重なって見えた。
胸の奥が、じわりと熱くなる。
「行こうぜ、屋上。鍵、開いたから」
カグラは、首をかしげるシオンの手を引いて、屋上への階段を上がった。
扉の向こうに、青い空が広がっている。
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