告白は放課後、屋上で。〜九浪カグラのハーレム生徒会〜
告白は放課後、屋上で。〜九浪カグラのハーレム生徒会〜
春、桜が満開の季節。私立アイリス学園に入学した新入生・九浪カグラは、極めて単純な理由で生徒会長選挙への立候補を決意する。それは、想い人を学園の屋上に呼び出し、告白する権限を手に入れるため。彼の風変わりな選挙演説は予想外にも大反響を呼び、学園三大美少女たちの目に留まってしまう。
最初に近づいてきたのは、学園の絶対女王・天川シオン。非の打ち所がない完璧超人……かと思いきや、極度の人見知りで友達ゼロ。彼女はカグラに「会話の練習相手」を命じるが、彼の無自覚で不器用な優しさに、初めて胸をときめかせる。
次に現れたのは、バスケ部の元気なエース・速水カナタ。カグラの身のこなしを見込んでマネージャーに勧誘しようとするが、彼が自分の大失態を救ってくれたことで恋に落ちる。そして最後に、クールでゲーム好きな図書委員・栗花落ナズナ。カグラのゲームの腕前を聞きつけて勝負を挑むも敗北。彼の実力に感服し、いきなり「家で一晩中ゲームをしよう」と大胆な誘いをかける。
三人からの突然の、しかもほぼ同時の告白にカグラが混乱する中、美少女たちはある盟約を結ぶ。「最
告白は放課後、屋上で。〜九浪カグラのハーレム生徒会〜 - 初恋の正体発覚!?文化祭大崩壊でみんなバラバラ!
放課後のチャイムが、校舎中に響き渡る。
六月初旬。アイリス学園の窓からは、初夏の青空がよく見えた。もうすぐやってくる文化祭の準備で、教室も廊下も普段よりざわついている。
九浪カグラは生徒会室で書類を片付け終えると、背伸びをした。
「よし、今日も終わった! 文化祭の準備、手伝いに行くか!」
くせっ毛の黒髪が、動くたびにぴょんと跳ねる。明るい茶色の目は、いつものようにキラキラとしていた。
その時だ。
スマホが震えた。
ハナトークに、同時に三件のメッセージ。
『放課後、屋上に来るように。命令よ。』(天川シオン)
『カグラ! 屋上で待ってるで! 緊急やねん!』(速水カナタ)
『屋上。五分以内に来ないと、あんたのゲームデータ初期化するじゃん?』(栗花落ナズナ)
カグラは首をかしげた。
(三人から同時に呼び出しって、なんだ?)
でも、深く考えずに、生徒会室を出た。ポケットには、誰よりも先に手に入れた屋上庭園の鍵がある。
屋上へ向かう階段を上がりながら、カグラはぼんやりと思った。
(そういえば、この感じ、どこかで……)
中学二年の秋。あの日も、こんなふうに階段を上がった。
たどり着いた屋上で、泣いている女の子を見つけた。
夕陽を背に、肩を震わせて。
声をかけると、その子は振り返って、泣き笑いの顔を見せた。
「ありがと。もう大丈夫だよ。明日、転校しちゃうけど」
名前も聞けなかった。
忘れられない笑顔だけが、ずっと胸に残っている。
カグラは鍵を開け、屋上の扉を押した。
初夏の日差しが、一気に飛び込んでくる。
そして、そこに立っていた三人の姿。
まず目に入ったのは、腰まである銀色のストレートヘア。切れ長のアイスブルーの瞳が、カグラを射抜くように見つめている。背筋をピンと伸ばした、完璧な姿勢。
天川シオンだ。
その隣には、高いポニーテールをぴょんぴょん跳ねさせた速水カナタ。大きなクリッとした猫目が、カグラを見るとパッと輝く。体操着のままだ。部活の途中で抜けてきたらしい。
そして、花壇の陰にもたれかかるようにして立つ、小柄な影。パッツンと切り揃えた黒髪のボブ。前髪で右目を隠し、左目だけが深い赤紫色に光って、カグラをジト目で睨んでいる。栗花落ナズナだ。
三人とも、いつになく真剣な顔だった。
「な、なんだ? 改まって」
カグラが問いかけると、シオンが一歩前に出た。
「九浪カグラ。よく聞きなさい」
言葉の一つ一つを、噛み締めるように。
「私たち三人は、今日ここに、一つの決意を固めて集まったわ」
「そうや。もう、ごまかしはナシやで!」
カナタがポニーテールを揺らして頷く。
「めんどくさ。でも、あたしも今回は本気じゃん?」
ナズナが、前髪の奥からカグラを見上げる。
シオンが、深く息を吸った。
「私たちは三人とも、九浪カグラ。あなたのことが好き。本気で、譲れないほどに」
カグラの目が、まん丸になる。
「は!?」
シオンは止まらない。
「だからここに、正式に宣言するわ。一番あなたを振り向かせた人が、彼女になる。これが、私たち三人の……カグラ争奪戦の、ルールよ」
「うち、負けへんからな! 絶対、カグラを振り向かせたる!」
「ゲームなら負けないって言ったじゃん。恋愛だって同じだし。確率と理論で、あんたを攻略する」
カグラは、ポカンと口を開けたまま、三人の顔を順番に見た。
シオンは顔を真っ赤にして、それでもまっすぐにカグラを見ている。
カナタは拳を握りしめ、まるで試合前の選手みたいに気合十分だ。
ナズナは照れ隠しに視線を逸らしながらも、耳だけが真っ赤に染まっている。
カグラの頭の中は、真っ白だった。
(三人とも、俺のことを? こ、こんなの、どうすれば……)
「とにかく! 一番は私よ! カグラに一番近づく権利は、この天川シオンにあるんだから!」
シオンが叫ぶと同時に、カナタが飛び出した。
「なに言うてんの! うちが最初にマネージャーに誘ったんやで! カグラはうちのもんや!」
「はいはい。物理的距離で言えば、あたしが一番近いし。家に連れ込んだ実績もあるじゃん?」
三人が、カグラを中心にして激しく言い争い始める。
「わ、私が命令するんだから!」
「うちが笑わせたるんや!」
「ゲームで決着でしょ」
そして、カナタがカグラの腕に抱きつこうとした、その瞬間。
「だめよ!」
シオンがカナタを止めようと、腕を掴んだ。
押し合いになる。
「ちょっ、離してや!」
「いやよ! 抜け駆けはずるい!」
その混乱の中で——
カチン。
小さな、金属音。
シオンのスカートのポケットから、小さな何かが落ちた。
それは、屋上のコンクリートの上を、カラカラと転がって。
カグラの足元で、止まった。
「ん?」
カグラは、反射的にそれを拾い上げた。
そして、全身が固まった。
指先に触れた、冷たい感触。古びた金属。藍色の花びらをかたどった、小さなヘアピン。
時間が、止まる。
(これ——)
カグラの頭の中に、鮮明な映像がフラッシュバックする。
中学二年の秋。
夕陽に染まる、他校の屋上。
泣いていた女の子。
その髪に、まさにこれと、全く同じ形の、藍色のヘアピンが、光っていた。
「……これ」
カグラの声が、震える。
心臓が、痛いくらいに脈打っている。
「こ、これ……どうして、シオンが……」
シオンが、ハッとした顔で振り返る。
「あっ! そ、それは私のお守りよ! 中学の頃からずっと……!」
彼女は慌ててカグラの手からヘアピンを取り返すと、大切そうに胸に抱いた。
「え、それ……」
横から、カナタが声を上げた。
「うちも、おんなじの持ってるで! ほら!」
彼女は体操着のポケットをまさぐって、同じ藍色のヘアピンを取り出した。
「はあ!?」
今度はナズナが、自分のカバンを慌てて開ける。
「偶然かよ……あたしもだし」
彼女の小さな手のひらに、やはり全く同じ、古びたヘアピンが乗っていた。
屋上に、重い沈黙が落ちる。
三人の手の中の、三つのヘアピン。
風が吹いて、銀色の髪も、ポニーテールも、黒いボブも、静かに揺れた。
カグラの呼吸が、止まる。
(三人とも……持ってる?)
中学の秋。屋上の女の子。
「明日、転校しちゃうけど」
名前も聞けなかった。どこに転校するのかも、知らなかった。
ただ覚えているのは、夕陽の色と、泣き笑いの顔と——
そして、このヘアピンだけ。
(じゃあ、あの子は……三人の中の、誰か、なのか?)
カグラの初恋の相手は。
「……なあ」
声が、掠れる。
「それ、どこで手に入れたんだ?」
シオンが、驚いた顔でカグラを見る。
「これは……中学の時、姉妹校の文化祭で買ったの。出店で売ってて、すごく気に入って……え、まさか九浪くん、このヘアピンを知ってるの?」
カナタが、目を丸くした。
「うちもや! 中学ん時、バスケの練習試合で行った学校の文化祭で買ったんや! めっちゃ可愛くて、一目惚れして……え、うそ、カグラ、これ見たことあるん?」
ナズナが、眉をひそめる。
「……あたしもだ。中学の時、合同ゲーム大会で行った学校で。同じデザインのが他にないか探したけど、見つからなかった。あんた、なんでそんな顔してるの?」
三人の声が、遠く聞こえる。
カグラは、震える手で、ポケットの中の、屋上の鍵を握りしめた。
(みんな、俺と同じ中学じゃないのに)
(それなのに、みんな俺の知らない場所で、このヘアピンを……)
あの女の子と、同じものを。
「俺……中学の時、好きになった子がいて」
カグラは、絞り出すように言った。
「他校の屋上で、偶然会って。泣いてて。話しかけたら、笑ってくれて。綺麗な子だった。でも、次の日転校しちゃって。名前も聞けなかった。覚えてるのは……藍色の、花びらのヘアピンをつけてたことだけだ」
三人が、固まる。
風が、止まった。
シオンの顔から、血の気が引いていく。
「……うそ」
カナタの口が、大きく開いたまま閉じない。
「……マジで?」
ナズナが、初めて、前髪の奥から両目を見せた。金色の右目と、赤紫色の左目。二つの色が、信じられないものを見るように、カグラを見つめる。
「……そんなの、バグじゃん」
沈黙。
四つの心臓の音だけが、聞こえるようだった。
カグラの初恋の相手は、この三人の中の誰かなのだ。
そして、誰も、それが自分だとは言い切れない。
「うちや! うちに決まってる!」
突然、カナタが叫んだ。
「うち、昔からよう泣いてたし! それに、絶対カグラと運命で結ばれとるんや! 今から一緒に体育館行って、うちのシュート見て! きっと思い出すから!」
彼女はカグラの手を引っ張ろうとする。
「ちょっと待ちなさい! その論理はおかしいでしょ! 泣き虫なら誰でもいいの!? 私の方がずっと、カグラにふさわしいんだから!」
シオンが、カグラの反対の手を掴む。
「……二人とも、感情的すぎ。こういうのは確率と証拠で決めるべきじゃん? カグラ、今すぐ図書室に行って、データを照合するよ。中学時代の行動範囲とか、記憶とか、全部洗い出す」
ナズナが、カバンからタブレットを取り出そうとする。
三人が、カグラを巡って、また激しく言い争い始めた。
でも、さっきまでの勢いとは、何かが違う。
自分の方がカグラの初恋の相手にふさわしいと、誰もが必死に主張する。
その声は、震えている。
誰が、カグラの一番なのか。
もう、授業のチャイムなんて聞こえない。
教室の飾り付けも、メニュー表の作成も、ウェイトレスの衣装合わせも——
文化祭の準備のことなんて、誰の頭からも、完全に消え去っていた。
それから数日。
学園中の空気が、変わった。
文化祭前日。
本来なら、最後の追い込みで、どの教室もてんやわんやの大騒ぎになるはずの放課後だった。
しかし、一年三組の教室だけは、異様な静けさに包まれていた。
「……ねえ、飾りつけ、誰がやるの?」
クラスメイトの女子が、おそるおそる声を上げる。
壁には、作りかけのペーパーフラワーが、半分だけ貼られていた。色とりどりの花びらは、机の上に散らばったままだ。
カナタは、いない。
「シオンさんたちは?」
別の生徒が尋ねる。
シオンも、いない。
「栗花落さんが作るって言ってたメニュー表は?」
誰かが、机の上の紙切れを手に取った。
そこには、綺麗な文字で書かれた紅茶の種類の横に、なぜかゲームのドット絵で描かれたキャラクターと、「攻略難易度★3」「オススメサブウェポン:クッキー」などと、わけのわからない走り書きがされていた。
ナズナも、いない。
「カグラ……会長も、ここ数日ずっと屋上にこもってるし」
教室の隅で、誰かがため息をついた。
「どうすんの、明日」
誰も、答えられなかった。
沈黙が、教室を冷たく覆っていく。
その頃。
シオンは、自宅マンション「グランヒルズ立花丘」の十五階、自分の部屋で、紅茶のカップを磨き続けていた。
八畳の洋室は、いつもは整然としているのに、今はテーブルの上に無数のティーパックや茶葉の缶が散乱している。
「お母様……私、どうすればいいの」
彼女は、手の中の藍色のヘアピンを見つめながら、うわ言のように繰り返す。
(もし、私があの時の女の子じゃなかったら?)
(カグラの初恋は、私じゃなかったら?)
胸の奥が、ぎゅうっと締め付けられる。
あの日、放送室でマイクを握った時よりも。
全校集会で声を震わせた時よりも。
何倍も怖かった。
「私が、完璧に愛してあげるのに。世界で一番、カグラを幸せにできるのに……どうして、自信が持てないの……」
ティーカップを磨く手が、震える。
目の前の紅茶の練習も、明日の文化祭の準備も、全部頭から消えていた。
ただ、カグラの顔だけが浮かんで、消えない。
彼が初めて見せてくれた、あの笑顔。
「ともだちに、なりたいだけだったのに……」
涙が、カップの上に落ちた。
体育館の隅。
誰もいない、暗い倉庫の前で。
カナタは体育座りをして、膝を抱えていた。
「うちは……アカン。謝る資格なんて、ない」
いつも跳ねているポニーテールが、しおれた花みたいに垂れている。
大きな猫目は、涙でぐしゃぐしゃだった。
彼女はさっきまで、体育館のコートで、一心不乱にシュートを打っていた。
百本。二百本。
それでも、心のモヤモヤは晴れない。
「うちが、あの時の女の子だったら……カグラは、うちのこと、好きになってくれるんかな」
でも、違うかもしれない。
もし、シオンやナズナが、カグラの初恋の相手だったら。
「うち、どうしたらええんやろ。誰かに決めてほしい。でも、嫌や。カグラを誰かに取られるのは、絶対に嫌や……」
彼女は顔を膝に埋めて、声を殺して泣いた。
バスケットボールが、コロコロと、足元から転がっていく。
いつもなら、真っ先に追いかけるのに。
今は、立ち上がることさえできなかった。
図書室の奥。
自習コーナーの、本棚の死角。
ナズナは、タブレットやノートを広げて、何かを必死に計算していた。
「……違う。この式じゃない。あの日のカグラの行動範囲と、三人の中学時代の移動記録の重なりは……」
彼女の指が、空中で止まる。
前髪の奥で、金色の右目が、不安定に揺れていた。
「……全部、同じなんだ。確率的に、三人とも五分五分。絞り込めない」
ガタン。
彼女は椅子の背にもたれかかった。
「あたし、計算高く立ち回ったつもりだったのに」
ゲームの攻略チャートみたいに。
誰よりも効率よく、カグラに近づいて、好感度を上げて。
そうすれば、いつかきっと……
「結局、計算なんて、何の役にも立たないじゃん。あたしが一番、ずるいのに」
手元に、作りかけのメニュー表がある。
紅茶の名前の横の、ゲームキャラの落書き。
いつの間に描いたんだろう。
「こんなの、渡せないし……」
ナズナは、メニュー表をくしゃりと丸めて、カバンに押し込んだ。
図書室の静けさが、今日はやけに身に染みる。
そして、文化祭当日。
十月の、よく晴れた土曜日。
アイリス学園の校門には「アイリスフェスタ」の大きな看板がかけられ、色とりどりの風船や花飾りが揺れている。模擬店のいい匂いが、校庭中に漂っていた。
一年三組の教室にも、「メイド&執事カフェ ~桜の木の下で~」という看板が立てられていた。
しかし。
「……なにこれ」
最初の来場者が、入り口で立ち止まった。
教室の内装は、半分しかできていなかった。
壁にはペーパーフラワーがまばらに貼ってあるだけで、テーブルクロスはシワだらけ。床には作りかけの飾りが散乱している。
「いらっしゃ……あっ!」
ガッシャーーーン!!
カナタが、トレイごと三杯の紅茶を床にぶちまけた。
「ご、ごめんなさい! うち、今日はまだ何も練習してなくて……」
彼女は這うようにしてカップを拾い集める。膝の擦り傷は、今日も新しい。でも、笑顔は全く浮かばない。
「お客様、こちらへ……ええと、メニュー表がどこにも……」
別の男子生徒が、カウンターで慌てている。メニュー表の束を探したが、結局見つかったのは、例のゲームの攻略チャートのような落書きが描かれた紙だけだった。
「これがメニュー!? 紅茶の種類が『回復魔法』で、クッキーが『防御力アップアイテム』って書いてあるんだけど!」
客が困惑した声を上げる。
その時。
教室の中央で、シオンが、銀製のティーポットを高く掲げた。
「これが、私の至高の一杯よ! 感謝なさい!」
ドバッ。
彼女がカップに注ごうとした紅茶は、狙いが大きく外れて、白いテーブルクロスの上に茶色い水たまりを作った。
彼女の手は、震えていた。
「……おい、あれ天川さんだろ?」
「めっちゃ不器用じゃん……」
「ていうか、ここやばくね?」
入口に集まった野次馬たちが、ヒソヒソと囁き合う。スマホを取り出して、ハナトークに投稿し始める者もいた。
教室の後ろで、クラスメイトたちが、冷たい目で三人とカグラを見つめている。
「俺たち、何のために一週間準備してきたと思ってるんだ」
「今までの準備、全部無駄にした」
「天川も、速水も、栗花落も、勝手すぎるだろ……」
小声の非難が、鋭い針のように三人に突き刺さる。
カグラは、教室の真ん中で立ち尽くしていた。
(みんな、俺のために文化祭を台無しにしちゃったんだ)
彼の明るい茶色の目から、初めて、光が消えた。
「九浪、天川、速水、栗花落。職員室に来るように」
入り口に、担任の教師が立っていた。
その声は、抑揚がなく、氷のように冷たかった。
文化祭が終わった。
片付けも、ほとんど終わった夕暮れ。
空には、分厚い雨雲が立ち込め始めていた。
シオンは、誰にも言わずに屋上へと向かった。
彼女が持つ合い鍵で、静かに扉を開ける。
誰もいない、灰色の空の下の屋上庭園。
花壇のアイリスは、風に揺れて、うつむいていた。
「お母様……」
彼女は、手の中の藍色のヘアピンを握りしめた。
冷たい金属が、手のひらに食い込む。
「私、また……ダメだった。友達ができたと思ったのに。好きな人ができたのに……全部、私が壊しちゃった」
完璧なはずの銀色の髪が、雨風で乱れていく。
彼女はそこで、一人、声を上げて泣いた。
体育館の隅の倉庫。
暗闇の中で、カナタはうずくまっていた。
「うちのせいや。うちが、調子に乗ったから。みんなの迷惑考えへんで、自分勝手に走って……」
いつもの百パーセントの笑顔は、かけらも残っていない。
「カグラを好きにならなきゃ、よかったんかな……ううん、そんなこと、思いたくない。でも……」
彼女は、膝を抱える腕に、ぎゅっと力を込めた。
図書室は、すでに閉まっていた。
でも、ナズナはこっそりと窓から入り込んで、自習コーナーのいつもの席に座っていた。
「……あたしのせいでしょ。全部」
タブレットの光だけが、彼女の青白い顔を照らしている。
「計算して、効率よく立ち回って。ゲームみたいに攻略できると思った。でも、人の気持ちは、そんなんじゃないのに」
彼女は、作りかけで丸めたメニュー表をカバンから取り出して、そっと抱きしめた。
「ごめん、カグラ。あたし、あんたのこと、本気で好きになっただけなのに……それなのに、何もかも、めちゃくちゃにしちゃった」
カグラは、三人を探していた。
「シオン! カナタ! ナズナ! どこだよ!」
彼は、校舎の中を走り回った。
教室。
廊下。
体育館。
どこにも、三人の姿はない。
(みんな、自分を責めて、どっかに隠れちゃったんだ)
(違うのに。悪いのは、俺なのに)
カグラは、校庭に飛び出した。
その時。
ポツリ。
冷たいものが、額に落ちた。
ポツリ、ポツリ。
大粒の雨が、土の上に黒い染みを作っていく。
すぐに、それは滝のような土砂降りに変わった。
カグラは、立ち尽くした。
雨が、髪を濡らし、制服を重くする。
くせっ毛の黒髪は、額に張り付いた。
(俺が——)
中学の頃から、ずっと。
屋上で泣いていた女の子に、もう一度会いたいって。
それだけで、会長になって。
そのせいで、三人が俺を好きになってくれて。
(俺が、誰かを好きになったから——)
顔を上げる。
雨に霞む校舎の窓からは、暖かな明かりが漏れている。
でも、自分はここだ。
冷たい雨の中。
誰もいない、暗い校庭のど真ん中。
「……俺のせいだ」
カグラの目から、熱いものがこぼれ落ちた。
雨と混ざって、それはすぐに見えなくなる。
「俺が、好きになったから、みんな壊れちゃった。シオンも、カナタも、ナズナも。みんな、傷つけて……俺、最低だ」
声が、喉に詰まる。
息が、うまく吸えない。
彼は、その場に膝をついた。
泥が、ズボンに染み込む。
それでも、構わなかった。
「……っ……う……」
いつも太陽みたいに笑っていたカグラが、初めて声を殺して泣いた。
涙も、声も、ほとんど雨に消されて。
誰も、その泣き声を聞いていない。
三人も、彼がこんなに泣いていることを知らない。
四人は、バラバラの場所で、バラバラに傷ついて。
同じ冷たい雨に打たれていた。
ただ、雨だけが、全てを無遠慮に濡らしていく。
六月の冷たい雨は、夜になっても、まだ止みそうになかった。Noveliaとは?
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