デスノート:嘘つきたちの恋文
夜神月(ライト)は完璧な生徒だ。成績トップ、容姿端麗、誰からも愛されている。しかし、誰も知らない本当のライト――世界は愚か者ばかりだと密かに思っている彼の姿を。
そんな彼がデスノートを手に入れる。名前を書かれた者は誰でも死ぬというノートだ。ライトは正義の神となり、犯罪者を一人ずつ消し去ることを決意する。彼は無敵だと思っていた――そう思っていたのだ。
そこへエルが現れる。
エルは世界最高の名探偵。本名も顔も明かさず、椅子にしゃがみ込み、山のような甘いものを食べる奇妙な男だ。見た目は変わっているが、その頭脳は恐ろしいほど鋭い。そしてすでにライトがキラと呼ばれる殺人者だと疑っている。
ある日、エルはライトに真っ直ぐ近づき言う。「友達になろう、ライトくん」と。その瞳はまったく笑っていない。ライトはそれが罠だと知っている。エルはライトが嘘をついていると見抜いている。二人はお互いの本心を完全に見透かしている――それでも、何事もないかのように笑い合い、会話を続ける。正直、ちょっと滑稽だ。
しかし、共に過ごす時間が増えるにつれて、奇妙なことが起こる。
ライトはエルのことが頭から離れなくなる
デスノート:嘘つきたちの恋文 - 神になりたかった少年と、落ちてきた黒いノート
世界は退屈だ。
夜神月(ライト)は窓際の席から校庭を眺めながら、そう思っていた。
黒いショートヘアに、深い茶色の瞳。前髪が少しだけ眉にかかる。白いシャツに黒いスラックス。スレンダーで均整のとれた体型。席に座っているだけなのに、なんとなく目を引く。クラスの女子が「夜神くんって、いるだけで絵になるよね」と言っていたのを、本人は聞いていた。
聞いていたけど、特に何も感じなかった。
(今日で何回目だ、この話。微分積分。意味があるのか、これに)
黒板には数式が並んでいる。月にとっては全部見えている。難しくもない。答えも出る。でも、それだけだ。授業が終わっても、何も変わらない。明日もまた同じ教室で、同じ先生が同じ数式を書く。
校庭で体育の授業をしているクラスが見えた。誰かが転んで、周りが笑っている。月はその光景をぼんやり見ながら、(みんな楽しそうだな)と思った。でも羨ましいとは思わなかった。
チャイムが鳴った。
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放課後、月が教科書をカバンに詰めていると、声をかけてくる女子が三人いた。
「[excited]夜神くん、今日一緒に帰らない?」
笑顔。全開の笑顔。月は一瞬で切り替える。
「[gentle]ごめん、今日は家の用事があって」
「[sad]えー、そうなんだ。残念」
「[excited]また今度ね!」
「[excited]絶対ね!」
三人が廊下に消えた。
月の顔から笑顔が消えた。
(全員、俺の顔しか見ていない。本音を知ったら全員逃げるくせに)
カバンを持って廊下に出る。少し先で、さっきの女子Aが友人に何か話していた。
「[excited]でも絶対私のこと好きだよ。視線が違うもん!」
月はその横を完全にノーマークで通り過ぎた。一度も振り返らなかった。
廊下の窓から秋の空が見えた。2003年の11月。雲が一つもない、青すぎる空。
月はそれを一秒だけ見て、また歩き出した。
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校庭の隅に、黒いノートが落ちていた。
月は下校途中にたまたまそれを見た。誰かが落としたのか、草の上に無造作に置いてある。表紙は真っ黒。雨で少し湿っているのに、妙に重そうに見えた。
拾い上げた。
表紙に英語でこう書いてある。
**DEATH NOTE**
(悪趣味なノートだな)
捨てようかと思った。でも手が止まった。なんとなく気になった。それだけの理由で、月はそのノートをカバンに入れた。
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自宅に帰ると、リビングから母・幸子の「おかえり」という声が聞こえた。月は「ただいま」と答えて、そのまま二階の自室に上がった。
東京都世田谷区の一戸建て。2階南側の月の部屋は六畳の洋室で、勉強机と本棚と小さいベッドだけがある。シンプルな部屋だ。
机の前に座って、カバンからそのノートを出した。
最初のページを開く。
そこには日本語で、こう書いてあった。
──このノートに名前を書かれた人間は死ぬ。
月は眉を上げた。
続きを読む。
──名前を書く際、その人間の顔を思い浮かべなければならない。同姓同名の人間が死なないようにするため。
──死因を書かなければ心臓麻痺になる。
──死因を書く場合は、名前を書いてから6分40秒以内に書く。
──所有権を放棄すると、そのノートに関する全ての記憶が消える。
最後のルール。月は一瞬だけそこで目が止まった。
(記憶が消える? 面白いルールだ)
でもすぐに次のページに目を移した。あとは白紙だった。何も書いていない。
月は机にノートを置いて、少し考えた。
馬鹿げた話だ。こんなルールを書いたノートが、校庭に落ちている。誰かのいたずらか、作り話か。あるいは変な宗教でも関係しているのか。
でも、何かが気になった。
(試してみればいい)
部屋のテレビをつけた。夕方のニュースが流れていた。アナウンサーが険しい顔で話している。
──連続強盗殺人事件の容疑者、XX。被害者は五名。証拠は複数確認されているが、弁護側は……
月はテレビ画面を見た。容疑者の顔が大きく映っている。中年男。目が細い。笑っているような口元。
月はその顔をしっかりと頭に刻んだ。そのままノートを手に取って、ペンを持った。
名前を書いた。
時計を見た。
秒針が動く。
10秒。20秒。30秒。
(どうせ何も起きない)
39秒。
40秒。
テレビの画面の右下に、速報テロップが流れた。
──【速報】連続強盗殺人事件容疑者・XX、心臓麻痺により突然死亡。
月の手が震えた。
ペンを握ったまま、動けなかった。
怖い、とは思わなかった。違う。全然違う感覚だった。
(本物だ)
胸の奥で何かが激しく脈打った。熱い。頭が冴えていく感覚がある。視界が広がるような、おかしな感じ。
(この世界の腐った犯罪者を、全部消せる)
それは純粋な歓喜だった。
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翌日から、月は動き始めた。
まず、勉強机の引き出しに細工をした。二重底のトラップ。不正に開けようとするとノートが焼ける仕掛け。設計に一時間かけた。完璧に動作するのを確認してから、デスノートをその引き出しに入れた。
次に、父の書斎に入った。父・夜神総一郎は警察庁の幹部で、家に仕事の資料を持ち帰ることがある。月はその中から、証拠が固まっているのに法の抜け穴で逃げ続けている凶悪犯のリストを静かにコピーした。
(お父さんが何年もかけて捕まえられなかった連中だ)
毎晩、月は自室でノートを開いた。資料の顔写真をしっかり頭に入れて、名前を書く。一人、また一人。
世田谷の静かな住宅街に、夜の電車の音だけが聞こえていた。
1週間で、52名が死んだ。
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テレビのワイドショーが騒がしくなったのは、3日目くらいからだった。
──世界各地で凶悪犯が相次いで心臓麻痺。何らかの関係性か──
ネットはもっと早かった。犯罪者だけが死んでいることに気づいた人たちが、掲示板に書き込みを始めた。呼称が広まった。「キラ」。英語の「Killer」から来ているらしい。キラを神と呼ぶサイトが乱立し始めた。1日のアクセス数は数百万件を超えているという記事まで出た。
月はそのニュースを聞きながら、少しだけ口の端が上がるのを感じた。
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ある晩の夕食だった。
テーブルに父・総一郎、母・幸子、妹・粧裕、そして月の四人が座っていた。
父の総一郎は50代前半。白髪交じりの短髪で、背筋がいつも真っ直ぐだ。食事中も険しい顔をしていることが多い。今日は特に眉間の皺が深かった。
「[serious]世界中で凶悪犯が心臓麻痺で死んでいる」
茶碗を置く音がした。
「[serious]これは殺人だ。どんな理由があっても、人を殺していいはずがない」
粧裕が顔を上げた。中学生の妹は、月に似て整った顔をしている。黒髪で目が大きい。
「[excited]お兄ちゃん、ニュース見てる? キラって絶対かっこいいよね!」
「[angry]粧裕! そんなこと言うんじゃない!」
父がテーブルを叩きそうな勢いで言った。母が「まあまあ」と困り顔をする。
月は穏やかな顔で箸を持ったまま、粧裕の方を見た。
「[gentle]粧裕、お父さんの言う通りだよ」
「[sad]えー……」
父が少しだけ表情を緩めた。「月はわかっているな」という顔をしている。
月はご飯を一口食べた。
(お父さんが一生かけて捕まえられなかった犯罪者を、俺は1週間で52人裁いた)
表情は変えなかった。完璧に穏やかなまま、箸を動かし続けた。
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深夜0時過ぎ。
月は自室でノートを開いていた。机の上には資料のコピー。今夜も何人か書いた。テレビは音量を小さくしてつけっぱなしにしていた。
そのとき、テレビから聞き慣れない音が流れた。
緊急のテロップ。
──全世界同時中継・特別放送──
月は手を止めてテレビを見た。
画面に、白髪の中年男性が映っている。スタジオのような場所に座っている。カメラを真っ直ぐ見ている。
「[serious]私がLだ」
静止。
月の体が一瞬だけ固まった。
「[cold]キラ。お前は悪だ。必ず捕まえる」
(顔が見えた。名前さえわかれば)
月はすぐに動いた。パソコンを開いて、その男の顔をネットで検索する。白髪、中年、今テレビに出ているL。数秒で記事が出た。「リンド・L・テイラー」。外国人らしい。
月はノートを手に取った。顔を頭に刻んで、名前を書いた。
テレビを見た。
男が胸を押さえた。その場で崩れ落ちた。
(やった)
月が息をのんだ、その瞬間。
テレビの映像が切り替わった。
スタジオではなく、黒い画面。そして、音声変調されたざらざらした声が流れ始めた。
「[cold]今死んだのは死刑囚の替え玉だ」
月の手が止まった。
「[cold]だが今の行動でいくつか分かった。キラは関東地方にいる。キラは顔と名前で人間を殺せる。そして──キラは、実在の人間を殺せる」
沈黙。
月はテレビ画面を見たまま、動けなかった。
(罠だった。最初から、全部。俺を試す罠だった)
手が震えた。怒りだ。でも、ただの怒りじゃない。もっと別の何かが、その奥にあった。
生まれてはじめて、こう思った。
(自分と対等に戦える相手がいる)
世界は退屈だった。ずっとそうだった。学校も、授業も、クラスメイトも、何もかも。月の本気を必要とするものが、この世界には何一つなかった。
でも今、テレビの向こうで誰かが、月を完璧に罠にはめた。
(こいつは誰だ)
月はテレビ画面を見つめた。黒い画面。もう声は流れていない。それでも月はそこから目を離せなかった。
怒りがある。屈辱がある。でも、それよりもっと強い感覚が胸の奥にある。
言葉にするなら、渇望だ。
(もう一度戦いたい。こいつと)
自分でも意味がわからなかった。殺すべき相手なのに。消すべき邪魔者なのに。なぜ、もっと戦いたいと思うのか。
月は手の中のペンを見た。
デスノート──黒い表紙のノート。このノートに人間の名前を書けば死ぬ。顔を思い浮かべて、名前を書けば。40秒後に心臓が止まる。それだけの話だ。
シンプルなルール。でも今、Lの本名がわからない。顔もわからない。替え玉を使われた。それが月の最初の、完璧な敗北だった。
(Lか)
窓の外を見た。東京の夜。世田谷の住宅街に、遠くのビルの灯りがぼんやり見える。秋の空気が窓ガラスを冷やしていた。
月はしばらくその灯りを眺めた。
俺は神になる。犯罪者のいない世界を作る。誰も逆らえない、完璧な秩序を作る。そのために、このノートを使う。
その計画は変わらない。
でも今日から、一人だけ別に考えなければいけない相手ができた。
月はノートを閉じた。引き出しの二重底にしまった。ちゃんとトラップが動くか確認した。問題ない。
ベッドに横になった。天井を見た。
(次は負けない。絶対に)
でも、眠りにつくまでの間、月の頭の中にはずっと、あの音声変調された声が残っていた。
これが、始まりだった。