デスノート:嘘つきたちの恋文
夜神月(ライト)は完璧な生徒だ。成績トップ、容姿端麗、誰からも愛されている。しかし、誰も知らない本当のライト――世界は愚か者ばかりだと密かに思っている彼の姿を。
そんな彼がデスノートを手に入れる。名前を書かれた者は誰でも死ぬというノートだ。ライトは正義の神となり、犯罪者を一人ずつ消し去ることを決意する。彼は無敵だと思っていた――そう思っていたのだ。
そこへエルが現れる。
エルは世界最高の名探偵。本名も顔も明かさず、椅子にしゃがみ込み、山のような甘いものを食べる奇妙な男だ。見た目は変わっているが、その頭脳は恐ろしいほど鋭い。そしてすでにライトがキラと呼ばれる殺人者だと疑っている。
ある日、エルはライトに真っ直ぐ近づき言う。「友達になろう、ライトくん」と。その瞳はまったく笑っていない。ライトはそれが罠だと知っている。エルはライトが嘘をついていると見抜いている。二人はお互いの本心を完全に見透かしている――それでも、何事もないかのように笑い合い、会話を続ける。正直、ちょっと滑稽だ。
しかし、共に過ごす時間が増えるにつれて、奇妙なことが起こる。
ライトはエルのことが頭から離れなくなる
デスノート:嘘つきたちの恋文 - 独房の中の本物——キラの記憶を捨てた夜
父の顔が、いつもより少しだけ老けて見えた。
夜神総一郎は玄関の前に立っていた。制服のボタンを全部きちんと留めて、手帳を左手に持ったまま、息子の目をまっすぐ見ていた。
「[serious]月……本部への任意同行を、断れない状況になった」
月は少しだけ眉を動かした。驚いた表情。ちょっと困った顔。18年間、こういう表情の出し方を無意識に磨いてきた。
「[gentle]わかった。行くよ」
穏やかに答えた。父の肩が、かすかに落ちた。
——安心したのか、それとも悲しくなったのか。月には判断できなかった。どうでもいい、とも思えなかった。
玄関を出る前に、月はちょうど1秒だけ振り返った。廊下の先、二階への階段。自室のドア。デスノートは机の引き出し、二重底の中にある。カメラの死角に仕込んだ場所だ。Lの捜査員が来ても、あれを見つけるのは不可能だ。
(問題ない)
月は前を向いて、ドアを閉めた。
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ティアラ・パレスホテル——東京都港区の高層ホテルで、Lがフロアを丸ごと貸し切って捜査本部にしている——の地下2階は、月が思っていたより狭かった。
コンクリートの壁。金属の扉。8台のカメラ。
月は部屋に通された瞬間から、カメラの位置を数えた。天井の四隅に2台、壁に4台、換気口の近くに1台、ドアの枠に1台。合計8台。3秒かからなかった。
手錠をかけられた。
金属の冷たさが手首に触れた瞬間、月の頭の中では一本の計算式が動き始めていた。
(状況証拠だけだ。0.87の相関係数は「可能性が高い」というだけで「証拠」じゃない。俺が完璧に無実の人間として振る舞い続ければ、向こうが先に折れる)
論理は合っている。正しい。間違いない。
なのに。
竜崎の顔が、するりと頭の中に入ってきた。捜査本部であの名前を告げた時、どんな顔をしていたのか。月は知らない。知らないのに、なぜか想像してしまっていた。猫背で、無表情で、ぼそぼそと「夜神月」と言ったのか。それとも——
月は奥歯を噛んだ。
(感情は邪魔だ。後で全部消す)
コンクリートの壁に背中をつけて、月は目を閉じた。
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監禁2日目の深夜。
月は天井を見ていた。静かだった。外の音は何も聞こえない。ホテルの地下という場所は、そういう意味では完璧な密閉空間だった。
(今しかない)
月は目を閉じた。
デスノートの所有権を放棄する——それは、このノートのルールの一つだ。所有権を手放せば、ノートに関する記憶は全て消える。キラとしての計画も、犯行も、竜崎との頭脳戦も、何もかも。
問題は、消えた後の自分が戻ってこられるかどうかだ。
キラとしての月が最後の瞬間に思った。
——まあ、いいか。
次の瞬間、何かが静かに、音もなく剥ぎ取られた。
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目を開けた。
冷たい。手が冷たい。手首に何か固いものが当たっている。金属だ。手錠だ。
なんで俺、手錠をされているんだ。
月は床に座り込んだまま、部屋を見渡した。コンクリートの壁。金属の扉。天井にカメラが見える。
(……ここ、どこだ)
頭の中を整理しようとした。自分の名前は夜神月。18歳。東応大学の学生。父は警察庁の——キラ対策本部の本部長だ。
キラ。
その言葉の意味は分かる。犯罪者を次々と殺している謎の存在の呼び名だ。ニュースで聞いたことがある。世間を騒がせている話だ。
でも、それが自分と何の関係があるんだ。
月は立ち上がろうとして、うまくできなかった。足に力が入らない。手錠の鎖が壁に繋がれていて、移動できる範囲が限られている。
なんで。
なんで俺がここにいる。
理由が全く分からなかった。思い出せない。何かあったはずなのに、何も繋がらない。頭の中が、白く空っぽだった。
月は膝を抱えて、壁に顔を押しつけた。
涙が出た。
演技じゃなかった。本当に怖くて、孤独で、何も分からないから泣いていた。静かに、声も出さずに、ただ涙が頬を伝った。
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24階の監視室では、Lが一台のモニターをじっと見ていた。
黒くまとまった髪。オッドアイの左右で色の違う瞳——左が銀、右が深い青——が画面を映している。いつもの猫背姿勢で膝を抱え、コーヒーのカップを手に持ったまま、動かない。
(……演技か?)
その問いを頭の中に立てた。
答えが出なかった。
今まで見てきた月の顔は——完璧だった。笑顔も、驚いた顔も、怒った顔も、全部どこかで計算されていた。Lには分かった。分かる人間だから、Lはここまで追い詰めることができた。
でも。
今のモニターの中の月は、違う。膝を抱えて、壁に顔を押しつけて、泣いている。計算された泣き方じゃない。涙を「使っている」顔じゃない。ただ、混乱して、怖くて、泣いている18歳の顔だった。
コーヒーに角砂糖を三個まとめて落とした。じゃぽん、と小さな音がした。
もう一度、映像を見た。
「[serious]……ワタリ」
「[gentle]はい」
ワタリが静かに答えた。白髪の紳士で、Lのすべての行動を支える男だ。
Lは答えようとして——止まった。何を言おうとしていたのか、自分でも整理できなかった。
その瞬間、ワタリがコーヒーのポットを動かした。
バシャ。
「[surprised]あっ……」
端末の隅に、コーヒーがかかった。画面が一瞬、ブラックアウトした。
Lがものすごい速さで振り向いた。
「[scared]今のが見えませんでした」
「[sad]申し訳ございません……すぐ巻き戻します」
ワタリが恐縮しながら操作した。画面が戻る。月がまだ泣いている。
Lは数秒、その映像を見た。それから角砂糖を一個、コーヒーではなくそのまま口に放り込んだ。
甘い。
——そのことに、気づいていなかった。
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翌日。
ティアラ・パレスホテルのロビーに、一人の女性が来た。
木ノ葉深雪は、両手を前に揃えて、フロントスタッフに向かって丁寧に言った。
「[gentle]月くんを解放してください。あの人は絶対にキラじゃありません」
フロントスタッフが困った顔をした。
「[serious]お客様、こちらにそのようなご案内をする立場では——」
「[serious]月くんのクラスメイトです。直接、担当の方に話を聞いてもらえますか」
深雪は笑顔を崩さなかった。でもその目は、笑っていなかった。
月くんが竜崎に囚われている。あの変な男に、月くんが閉じ込められている。その事実が、深雪の頭の中でずっと繰り返されていた。
フロントスタッフが困り果てて内線を回した。しばらくして、電話が繋がった。
「[cold]……クラスメイト?」
ぼそぼそとした、感情のない声だった。
監視室では、Lがワタリに小声で確認していた。
「[cold]木ノ葉深雪?」
「[gentle]月くんに恋愛感情を持っている模様です」
Lはお茶を一口飲んだ。それから角砂糖を——また口の中にそのまま入れた。ワタリが黙って見ていた。
「[cold]……なるほど」
内線の向こうで、Lの声が深雪に届いた。
「[cold]証拠がないなら帰ってください」
通話が切れた。
深雪は受話器が戻される音を聞いた。ロビーのソファに、ゆっくりと腰を下ろした。
膝の上で、拳を強く握った。
あの男がいなければ。あの男さえいなければ、月くんは今頃——。
深雪の中で、何かが固まっていく感触があった。竜崎という名前と結びついた感情が、怒りよりも、もっと冷たくて重い何かになっていった。
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3日目。
月は床に座って、カメラを見上げた。
涙はもう出ない。疲れたのか、感覚が鈍くなったのか、分からない。ただ、ここに誰か知っている人間がいることは確かだと思った。カメラの向こうに、誰かがいる。
月はカメラに向かって、口を開いた。
「[sad]……俺がここにいる理由を教えてくれ」
声が掠れていた。
「[sad]竜崎に会わせてくれ」
キラの記憶がある月なら、絶対にしなかった言葉だった。Lに弱みを見せることは、かつての月にとって敗北と同じだった。
でも今の月には、そんな計算はない。ただ、誰かに説明してほしかった。なんでここにいるのか、何が起きているのか、誰か知っている人間に会いたかった。
その「誰か」として、なぜか竜崎の顔が出てきた。
変な奴だと思っていた。猫背で、裸足で、コーヒーにやたら砂糖を入れる奴。学校で隣に座っていた。詳しくは思い出せないけど、確かにそこにいた顔だった。
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監視室で、Lは応答ボタンの上に指を置いた。
動かなかった。
モニターの中の月が、カメラを見上げている。声が少し掠れている。「竜崎に会わせてくれ」と言っている。
そのまま、数秒。
応答しなかった。でもモニターから目を逸らせなかった。
(これは……)
思考がうまく動かなかった。月への疑惑は変わらない。0.87の相関係数は消えない。状況証拠は積み上がっている。
でも。
今の月の目に、計算はない。ただの18歳の目だった。
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4日目の深夜。
月は眠れなかった。
天井を見ていた。ここに入れられてから、父は来ない。学校の友達の声も届かない。竜崎は応答しない。
全部の繋がりが、断ち切れていた。
月はそこで、初めて気づいた。
——自分は、ずっと孤独だった。
キラとしての仮面も、完璧な優等生の仮面も、今はどちらもない。ただの夜神月として、これほど何も持っていないことを、月は知らなかった。いつも誰かに囲まれていたのに。いつも笑顔で話しかけられていたのに。
それが全部、仮面の向こうの話だったとしたら。
本当の自分のことを知っている人間は、今この世界に一人もいない。
その事実が、静かに、じわりと重くなった。
そのとき。
独房の扉の小窓が、小さく開いた。
スライドして、差し入れ口から何かが押し込まれた。小さな紙の皿。その上に、白いケーキが一切れ。添えられた小さな紙には、一言だけ書いてあった。
——糖分補給。明日も話を聞きます。
差出人の名前は、なかった。
月は床に座ったまま、そのケーキを見た。しばらく動けなかった。
竜崎だ、と思った。
なぜ分かるのか、説明できない。でも、分かった。あの男以外に、こういうことをする人間が思いつかなかった。コーヒーに砂糖を5個入れる男が、「糖分補給」という言葉で差し入れをする。それ以外の誰でもない。
月の目から、涙がこぼれた。
なぜ泣いているのか、自分でも分からなかった。うれしいのか、悔しいのか、それとも単純にすごく疲れているのか。全部が混ざっていて、整理できなかった。
ただ、泣きながらケーキを食べた。甘かった。
——独房の壁に背をつけて、膝を抱えたまま、月は天井を見た。
竜崎のことを考えていた。俺を閉じ込めた張本人なのに。なぜか胸の中に居座り続ける顔。
(なんであいつのことばっかり気になるんだ……あいつ俺を閉じ込めた張本人なのに……まさか俺、あいつのこと……いや絶対違う、違う違う違う!)
月は頭を左右に振った。
それから、また静かに涙が滲んだ。
コメディとシリアスの、どちらとも決められない場所で、月は夜を越えていた。
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監視室では、Lがモニターの前に座ったまま、月の映像を見ていた。
ケーキを差し入れた自分の行動の意味を、考えようとしていた。でも考えられなかった。
(捜査上の意味は……ない)
それは分かっていた。なのになぜやったのか、L自身に説明ができなかった。
「[cold]ワタリ」
「[gentle]はい」
「[cold]監禁の法的期限は」
ワタリが少し間を置いた。
「[gentle]50日間です。残り46日」
Lはモニターから目を逸らさなかった。
46日。その間に証拠を固めなければ、月を釈放しなければならない。それはわかっていた。論理的な結論だった。
でも今、Lの中で積み上がっているのは確信ではなかった。
別の何かが、少しずつ、静かに重くなっていた。