デスノート:嘘つきたちの恋文
夜神月(ライト)は完璧な生徒だ。成績トップ、容姿端麗、誰からも愛されている。しかし、誰も知らない本当のライト――世界は愚か者ばかりだと密かに思っている彼の姿を。
そんな彼がデスノートを手に入れる。名前を書かれた者は誰でも死ぬというノートだ。ライトは正義の神となり、犯罪者を一人ずつ消し去ることを決意する。彼は無敵だと思っていた――そう思っていたのだ。
そこへエルが現れる。
エルは世界最高の名探偵。本名も顔も明かさず、椅子にしゃがみ込み、山のような甘いものを食べる奇妙な男だ。見た目は変わっているが、その頭脳は恐ろしいほど鋭い。そしてすでにライトがキラと呼ばれる殺人者だと疑っている。
ある日、エルはライトに真っ直ぐ近づき言う。「友達になろう、ライトくん」と。その瞳はまったく笑っていない。ライトはそれが罠だと知っている。エルはライトが嘘をついていると見抜いている。二人はお互いの本心を完全に見透かしている――それでも、何事もないかのように笑い合い、会話を続ける。正直、ちょっと滑稽だ。
しかし、共に過ごす時間が増えるにつれて、奇妙なことが起こる。
ライトはエルのことが頭から離れなくなる
デスノート:嘘つきたちの恋文 - カメラの向こうの本音と、隣の席の敵
竜崎の言葉が、帰り道もずっと頭にこびりついていた。
「甘いものが家族です」。
あのセリフを聞いた時、月は追及しなかった。賢明な選択だったと思う。でも——家に帰って夕飯を食べ、風呂に入って、自室の電気を消してもまだ、あの一言が消えなかった。
(演技だ。決まってる。俺を油断させるための芝居だ)
そう自分に言い聞かせて、月は目を閉じた。
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年が明けた。
2004年1月上旬。東京は乾いた空気が続いていた。世田谷の住宅街は正月の静けさがまだ残っていて、月の自宅の前の道には車もほとんど通らない。
月が翌朝目を覚ましたのは、いつも通り6時15分だった。
カーテンを少し開けて、冬の白い陽光が自室に差し込むのを確認してから——月は止まった。
(……コンセント)
机の右横にある電源タップ。角度が、昨日と違う。ほんの数ミリ。普通の人間なら絶対に気づかない差だ。でも月は、部屋の配置を正確に記憶している。毎日、全ての物の位置を頭に入れておく癖が、いつの間にかついていた。
ゆっくりと、月は部屋を見渡した。本棚。埃のパターンが違う列がある。天井の角。壁の継ぎ目。エアコンのリモコン置き場。
(全部、触られてる)
怒り、ではなかった。
むしろ、するりと冷静になった。月の頭が、ここで「感情モード」から「分析モード」に切り替わる感覚がある。これはいつものことだ。
月はメモ帳を取り出した。ベッドの縁に腰かけて、ペンを持って、記憶を整理しながらカメラの位置を書き出し始めた。コンセントの角度から察するに、内部にレンズが仕込まれている。本棚の触れた列——背表紙の隙間。天井の継ぎ目の不自然な影——あそこにも一台。エアコンのルーバーの角度が微妙に変わっている、内部だろう。
数時間かけて、月は64台分の設置推定箇所をリストアップした。
(思ったより徹底している。でも、死角はある)
机の引き出しを特定の角度で開け、体の向きをカメラから15度ずらす。この動作ルーティンを確立するのに、さらに30分かかった。何度か試して、最適な体の角度を体に覚えこませた。
それ以降、月の部屋はまるで何も変わらなかった。
参考書を開いて、ノートを取る。夕食は家族と一緒に食べて、10時に電気を消す。どこにも不審な点はない。ただの受験生が、年明けの勉強をしているだけの映像が、毎日撮れるだけだ。
(やれるもんならやってみろ)
そう思いながら、月は完璧な優等生を演じ続けた。
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ティアラ・パレスホテル——東京都港区に位置する地上40階建ての高級ホテルで、Lはフロア丸ごとを捜査本部として借り切っている——の24階、モニター室には今夜も27台のディスプレイが並んでいた。
Lは床に裸足で座り、膝を抱えた独特の姿勢で画面を見ていた。角砂糖が五個目のコーヒーに沈んでいく。
画面の中の月は、参考書のページをめくっていた。
(行動パターンの統計処理が必要だ。キラの犯行時刻と、このキャラの行動時間帯の相関を——)
そう思いながら、Lの視線が止まった。
月の妹——粧裕が部屋に入ってきた映像だ。算数のプリントらしきものを持って、「お兄ちゃん、ここわかんない」とぐずっているのが音声からも聞こえる。
月が少し顔をしかめた。面倒くさそうな顔。でも追い払わなかった。参考書をひとつ脇に置いて、プリントをのぞき込む。何か説明して、粧裕が「あ、そっか」という顔をした。そのとき、月が粧裕の頭に手を伸ばして、少しだけ不器用に、ぽんと一回だけ触れた。
Lは、その映像を三秒間見つめた。
(不審な行動はない。次のカメラに切り替えるべきだ)
でも手が動かなかった。
捜査上の意味はゼロだ。それはわかっている。それでも——月がああいう顔をするということを、Lは知らなかった。完璧な笑顔でも、計算された表情でもない、ただちょっと面倒くさそうで、それでいて追い払わない、あの表情。
Lはコーヒーを一口飲んだ。
切り替えた。他のカメラを確認する。月の部屋、月の机、月の引き出し。全部、何も起きていない。
深夜0時を過ぎた。月が電気を消した。画面が暗くなる——でも、動体検知カメラが反応した。月が窓際に立っている。電気のない暗い部屋の中で、外の街灯の光だけを受けて、窓の外をぼんやりと見つめている。
その横顔が、画面に映っていた。
Lの手が、無意識に拡大ボタンを押した。
画面の中の月の顔が、大きくなった。窓の外を見ている。何を考えているのか、表情からはわからない。ただ、静かに、外を見ている。
三秒。五秒。
(……何をやっている)
Lは自分の手を見た。拡大ボタンを押した、その手を。
素早く解除した。モニターを通常の倍率に戻した。角砂糖を三個、一気にコーヒーへ投入した。
ワタリが静かに部屋に入ってきて言った。
「[serious]夜神月くんへの疑惑は——何か新しい材料が?」
Lは画面から目を離さないまま答えた。
「[cold]統計処理中です」
画面の端では、グラフが少しずつ形になりつつあった。キラの犯行時刻。月の行動記録。それらを重ねると、微妙な相関が見えてくる。まだ数字としては出ていない。でももうすぐ出る。
その直後。深夜2時を回ったところで、月が突然起き上がった。
Lが思わず前に身を乗り出した。
(証拠隠滅——? 深夜2時に動いた、どこへ——)
月は廊下に出て、階段を下りて、キッチンへ行った。冷蔵庫を開けた。牛乳のパックを出して、コップに少し注いで、一口飲んで、しまった。そのまま部屋に戻って、またベッドに倒れ込んだ。
10秒で終わった。
Lはしばらく、画面を見つめた。
(……夜中に喉が渇いたんですね)
コーヒーを一口飲んだ。味がしなかった。
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正月明けの学校は、なんとなくふわふわした空気が漂っていた。
月が教室に入ると、竜崎はすでに隣の席にいた。猫背で、裸足で、白いシャツの裾を出したまま、机の上に苺タルトを二個並べていた。どこから調達してくるのか、本当にわからない。
月は席に着いて、チラッとタルトを見た。
「[serious]なんで俺の分まであるんだ」
「[cold]昨日の夜中、夜神くんが牛乳を飲んだ後すぐ寝たのを確認しました。朝食を摂ったかどうか確認できなかったので、糖分補給が必要かと」
月は一瞬、固まった。
(こいつ、監視映像で俺の夜中の牛乳まで見てた)
「[sarcastic]……監視が趣味か」
「[cold]趣味ではありません。必要だと思っているので」
平然としている。全く悪びれない。月は窓の外を一秒見てから、タルトを手に取った。悔しいが、腹は減っていた。
そのとき、後ろのほうからひそひそ声が聞こえた。
「ねえ、竜崎くんってずっと月くんのそばにいるよね」
「また二人だけの世界だ……」
「絶対月くんのこと好きでしょ、あれ」
ガラケーのシャッター音が一回した。
月が素早く振り向くと、後ろの席の女子グループが三人、慌ててガラケーを机の下に隠した。全員が「何でもないです!」という顔で前を向いた。
月の頬に、わずかに熱が集まった。
「[serious]……なんで俺が監視されてるんだよ」
「[laughing]月くんは人気者なんですね」
「[angry]笑うな」
「[cold]笑っていません」
確かに顔は真顔だった。でも、声に何かが混じっていた。月には判別できなかった。
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午後の授業は現代文だった。
月は教科書を開きながら、内容には全く集中していなかった。隣で竜崎も教科書を開いているが、あの男がこの授業に意味を感じているとは思えない。
しばらくして、竜崎の隣の席——月の反対側——の女子生徒が、竜崎に小声で話しかけた。筆記用具を貸してほしいらしかった。
竜崎はシャーペンを無言で差し出した。女子がありがとうと言うと、竜崎が「どうぞ」と静かに答えた。
月は教科書を見たまま、その会話を横で聞いていた。
シャーペンの芯が折れた。
机の下で、気づいたら強く握りすぎていた。パキッ、という小さな音がした。月は手の中の折れたシャーペンを見た。
(……なんで俺が)
なんで気になるんだ。あれは捜査のための接触だ。Lが情報を集めている。それだけだ。それ以外の何でもない。
(関係ない。全く関係ない)
月は芯を換えながら、そう思った。思うようにした。
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放課後の教室は静かだった。
最後の生徒がドアを閉めて出ていくと、残ったのは月と竜崎だけになった。黒板消しの白い粉が空気に漂っていた。西日が窓から差し込んで、床に長い影を作っていた。
竜崎は窓際に立って、外を見ていた。いつものポーズだ。少し前傾みの猫背で、腕を体の前で軽く組んで、視線を遠くに向けている。
月は席に座って、鞄に教科書を入れながら、さりげない声で言った。
「[serious]正月ってどこか帰った? 実家とか」
(今日こそ何か引き出す。何気ない話題を装って、出身か、親か、関係者の情報を——)
竜崎は少しだけ、黙った。
一秒、二秒。
「[cold]帰る場所が、私にはありません」
窓の外を見たまま、淡々と言った。
月は教科書を入れる手を止めなかった。止めたら、反応していることがバレる。でも、頭の中では情報の整理が走った。実家なし。あるいは実家と縁が切れている。あるいはウソだ。
「[serious]……家族は」
二話の放課後と同じ質問だった。でも、今回——竜崎の目は凍らなかった。
ただ、外を向いたまま、同じ調子で続けた。
「[cold]私は生まれてこのかた、友達と呼べる人間が一人もいませんでした」
月は、鞄に手を入れたまま止まった。
「[cold]才能があると言われるほど、周囲が遠ざかっていきました。特別に賢いとわかると、人は近づかなくなる。最初から、ずっとそうでした」
(これは罠だ。俺を油断させるための——)
即座にそう分析しようとした。でも。
竜崎の横顔を見た瞬間、月の中で何かが止まった。
窓の外を見て、特に感情もなく、ただ事実を並べているような顔。昨夜、カメラ越しに見た——夜中の月自身の横顔と、構図が重なった。暗い部屋の中で外を見ていた、あの感じ。誰かに見せるためじゃない表情の感じ。
(待て。これは……)
「[cold]月くんは友達が多くていいですね」
竜崎が普通の顔でそう付け加えて、窓際から離れた。机の上のタルトの空容器をひょいと持って、ゴミ箱に向かった。
月は、何も言えなかった。
反論の言葉が、出てこなかった。「俺の友達も大半は演技の相手だ」とは言えない。「俺も本音で話せる人間なんていない」とは言えない。
(……計算か。本音か)
判別できなかった。これまで、大体の人間の言動はどちらかに分類できた。でも竜崎の言葉は、どちらの箱にも収まらない。分類不能だった。
竜崎が鞄を持って、「では」と言った。裸足でスニーカーを手に持って、いつも通り廊下に出て行った。
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帰り道。
月は一人で通学路を歩いていた。
夕方の空は橙色に染まっていて、道沿いの冬枯れた木が黒いシルエットになっていた。風が冷たかった。マフラーの端を少し引き上げた。
(敵だ)
月は歩きながら、頭の中でそう繰り返した。
(あいつは俺を捕まえようとしている。「捜」と言いかけた。監視カメラを仕込んだ。全部、全部計算だ)
それは本当のことだ。論理的に正しい。一点も揺らがない。
でも胸の奥が、ずっとバクバクしていた。
最寄り駅に着いた。改札を抜けて、ホームで電車を待った。向かいのホームの広告看板が風で少し揺れていた。月はそれを見ながら、さっきの竜崎の声を思い出した。
「友達と呼べる人間が一人もいませんでした」。
その声に、感情がなかった。悲しんでいるわけじゃなかった。ただ、事実を言っていた。それが一番まずかった。
(……敵だ)
もう一度言い聞かせた。
電車が来た。乗り込んで、ドアが閉まった。車窓に夕暮れの街が流れた。月は吊り革を持ちながら、うまく結論が出せないまま家の最寄り駅まで揺られた。
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自宅のドアを閉めた後、月は靴を脱がずに少しだけ止まった。
玄関の壁にもたれて、天井を見上げた。電球の光が白く広がっていた。
(なんなんだ、あいつは)
正直に言えば、それが月の結論だった。分析でも、計算でも、警戒心でも、何でもなく。ただ、わからなかった。
奥から「ただいまは?」と妹の声がした。月は「ただいま」と答えて、靴を脱いだ。
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深夜、ティアラ・パレスホテルの捜査端末では、グラフが静かに形を整えていた。
キラの犯行時刻と、月の情報アクセス時刻。二つのデータを重ねた散布図の画面の端に、小さな数字が表示されている。
相関係数:0.87。
画面は暗いホテルの部屋に、青白い光を放ち続けていた。