デスノート:嘘つきたちの恋文
夜神月(ライト)は完璧な生徒だ。成績トップ、容姿端麗、誰からも愛されている。しかし、誰も知らない本当のライト――世界は愚か者ばかりだと密かに思っている彼の姿を。
そんな彼がデスノートを手に入れる。名前を書かれた者は誰でも死ぬというノートだ。ライトは正義の神となり、犯罪者を一人ずつ消し去ることを決意する。彼は無敵だと思っていた――そう思っていたのだ。
そこへエルが現れる。
エルは世界最高の名探偵。本名も顔も明かさず、椅子にしゃがみ込み、山のような甘いものを食べる奇妙な男だ。見た目は変わっているが、その頭脳は恐ろしいほど鋭い。そしてすでにライトがキラと呼ばれる殺人者だと疑っている。
ある日、エルはライトに真っ直ぐ近づき言う。「友達になろう、ライトくん」と。その瞳はまったく笑っていない。ライトはそれが罠だと知っている。エルはライトが嘘をついていると見抜いている。二人はお互いの本心を完全に見透かしている――それでも、何事もないかのように笑い合い、会話を続ける。正直、ちょっと滑稽だ。
しかし、共に過ごす時間が増えるにつれて、奇妙なことが起こる。
ライトはエルのことが頭から離れなくなる
デスノート:嘘つきたちの恋文 - 席替えと告発——左右に挟まれた完璧な仮面が、今日ひびわれる
竜崎が「友達が一人もいなかった」と言った日のことを、月は何度か思い出していた。
思い出すたびに(計算だ)と頭の中で処理する。そう処理するしかない。だって竜崎は捜査に関わっている。相関係数0.87——そのグラフはもうほぼ完成しているはずだ。月はそれを知っている。
でも、あの横顔が頭から消えない。
2004年1月下旬。空気が乾ききっていた。教室の窓に結露がついていた。月が朝、登校すると黒板の前にクラスメイトが集まっていた。
席替えの結果が貼り出されている。
月は人混みをさらっと避けて、自分の名前を探した。——見つけた。新しい座席。窓際から二列目。
「[excited]月くん! 今日からよろしくね!」
声がした。
月が振り返ると、すでに新しい席に座っていた女子生徒が、満面の笑みで手を振っていた。木ノ葉深雪。月より少し早く登校していたらしく、教科書もノートもきちんと机の上に並べてある。準備が良すぎる。
深雪のことは知っていた。学年でも指折りの秀才で、生活委員もやっていて、顔立ちも整っていて、周りからの評判が高い。月と似たポジションにいる人間だ——表向きには。
「[gentle]こちらこそ、よろしく」
完璧な笑顔を返した。
月が席に着いた。左隣が深雪。右隣は——
椅子が引かれる音がした。
当然のような顔で、竜崎が月の右隣に座っていた。猫背。裸足。シャツの裾が出ている。コーヒーカップ持参。どこから持ってきたのか、今日も全くわからない。
「[cold]私はここの方が統計的に集中できます」
担任が顔をしかめた。
「竜崎くん、あなたの席は反対側の列ですよ」
「[cold]ご確認ありがとうございます」
そう言って、微動だにしなかった。コーヒーに角砂糖をひとつ落とす。ふたつ。みっつ。
担任が「……まあ、今日だけですよ」と折れた。
月は窓の外を一秒だけ見た。
(最悪だ)
顔は完璧な微笑みのままだった。
後ろの席から声が聞こえた。
「ねえ、月くん両サイドから固められてて会長みたいじゃん」
笑いが広がった。深雪が「ほんとだ」と言って上品に笑う。竜崎は完全に無視して四個目の角砂糖をコーヒーに投入している。
深雪が竜崎の方を見て、爽やかな声で言った。
「[gentle]竜崎くん、お砂糖そんなに入れたら体に悪いよ」
「[cold]脳の活動には糖分が必要です」
「[gentle]でも四個は……」
五個目が沈んだ。
深雪の笑顔が、ほんの一瞬だけ固まった。
月はそれを視界の端で見ていた。(こいつ、今の0.3秒で竜崎を「変人」として処理した)——その判断の速さは、深雪が思っているよりずっと月にバレている。
---
昼休み、深雪が月を購買に誘った。
「[gentle]月くん、一緒に行こ? 竜崎くんには私から言っておくから」
「先手を打ってる」と月は思った。竜崎への連絡を遮断しようとしている。言葉にはしていない。でも動きがそう言っていた。
購買の帰り道、深雪が明るい声で言った。
「[gentle]月くん、今日放課後って空いてる? 数学、一緒に確認したいところがあって」
「[gentle]……いいよ」
断る理由が作れなかった。断れば「なぜ」を問われる。問われれば竜崎の話になる。そうなると面倒なことになる。月は笑顔で承諾した。
深雪は嬉しそうに「じゃあ竜崎くんにも伝えておくね」と言って、竜崎のところへ行った。
月は少し離れた場所からその会話を見ていた。深雪が何か言い、竜崎が無表情で頷く。
竜崎が月の方を見た。
「[cold]了解しました。では明日以降で」
月に向かって、静かにそう言った。
遮断、成功——深雪はそう思っているだろう。月にはわかった。でも竜崎の「了解しました」には何の感情も乗っていなかった。それが逆に月の頭に引っかかった。怒らない。拗ねない。ただ「了解」。
(こいつは本当に何も気にしていないのか、それともすべて計算のうちなのか)
午後の授業中、深雪が小さく折ったメモを月の机に置いた。
視線を前に向けたまま、月はメモを開いた。
——竜崎くん、ちょっと変すぎない? クラスのみんなも引いてるよ。月くんが付き合ってあげてるの、優しいね。
月は紙をもう一度折り畳んだ。
(俺の反応を見ながら竜崎のイメージを壊そうとしている。わかりやすい工作だ)
即座にそう分析した。
でも、その直後に別の感情が浮かんだ。
(……なんで今、少し腹が立った?)
自分への疑問だった。深雪への怒りじゃない。竜崎を「変人」としてネガティブに語られた、その事実への、説明がつかない反応。
月はメモに返事を書いた。「大丈夫、気にしてないよ」——完璧な笑顔の文字で。深雪に渡しながら、月は机の下でもう一枚、別の紙切れに短く書いた。
——深雪の言ったことは無視していい。
竜崎の机の上に、さりげなく滑り込ませた。
竜崎がそれを視界の端でとらえた。手元に引き寄せて、読む。返事を書かない。小さく折って、ポケットにしまった。
それだけ。
深雪がその一連の動作を、教科書の陰からじっと見ていた。笑顔は崩れていない。でも目が笑っていなかった。
月は前を向いたまま、自分がしたことの意味を考えていた。
(俺は今、竜崎を庇った。……計算か? 深雪に余計な工作をさせないための牽制か? そうだ。それだけだ)
竜崎がメモをポケットにしまった瞬間——なぜか胸の奥が少し軽くなった感じがした。月はその感覚を無視した。無視しようとした。
うまく無視できなかった。
---
放課後、深雪との勉強会は笑顔でこなした。数学の確認問題、雑談、帰り際の「また明日ね」——全部、完璧にやった。
帰宅すると、父の総一郎がリビングにいた。
いつもと違う空気だった。
総一郎は月を見て、一瞬だけ何か言いかけた。でも首を振って、「何でもない」と目を伏せた。夕飯の間も、箸の動きがいつもより鈍かった。
月は(父さんに何かあった)と思いながら、普通の夕食を演じた。
翌朝。
総一郎が月の部屋のドアをノックした。
「[serious]月、少しいいか」
扉を閉めて、父は立ったまま言った。声が、かすかに震えていた。
「[serious]昨日の捜査本部で……お前の名前が出た。Lが——キラ容疑者として、夜神月の名前を挙げた」
月は父の目を見た。
総一郎の目が、月の反応を静かに観察している。信じたい、でも確かめずにはいられない——そういう目だった。警察官の目だった。父親の目でもあった。
「[serious]俺はお前を信じている。だが……」
言葉が途切れた。
「[surprised]…………まさか」
月はゆっくりと眉を寄せた。驚愕の表情。困惑の色。自分でも感心するくらい自然に出た。声のトーンも、目の動きも、全部完璧だった。
「[serious]なんで俺が……根拠は何なんだよ」
「[serious]FBI捜査官12名の死亡パターンと、お前の情報アクセス時刻。統計的な一致だそうだ。相関係数0.87——Lはそれを証拠として提出した。俺は……激昂して反論した。お前を信じると言った。でもLの論理は揺るがなかった」
父の声が、最後に少し割れた。
月は「ありがとう、信じてくれて」と言った。穏やかに。息子らしく。
部屋に戻って、ドアを閉めた。
引き出しを閉める手に、少しだけ力が入った。
(竜崎が——俺の名前を出した)
その事実だけが、頭の中でぐるぐる回った。
キラ容疑者。正式発表。俺の名前を、あいつが——。
怒りか。間違いなく怒りはある。だが、それだけじゃない。何か別の感情が混ざっている。あの猫背で、机の端に角砂糖を並べていた男が、捜査本部で「夜神月」と声に出した。そのことが、分析として処理できない形で月の中に刺さっていた。
---
ティアラ・パレスホテルの24階。青白いモニターの光の中で、Lはケーキのフォークを持ったまま止まっていた。
画面には統計グラフ。数字は正確だ。論理も揺るがない。「キラ最有力容疑者——夜神月」。その言葉を口にした瞬間、ワタリが横顔を一度だけ見た。何も言わなかった。
Lはケーキを一口食べた。
その動作が、いつもより0.3秒だけ遅かった。
---
翌日の学校で、竜崎は何事もなかったように月の隣に座っていた。苺ショートを食べながら、チラリと月の顔を見て言った。
「[serious]月くん、今日は顔色が少し違いますね」
「[serious]別に何もないよ」
笑顔で返した。完璧な笑顔だ。
竜崎が少しの間、月の顔を見た。フォークがケーキに刺さったまま止まっている。
「[cold]私はあなたを追い詰めたいわけではありません」
静かに、そう言った。
またケーキを食べ始めた。
月は前を向いたまま、その言葉を頭の中で展開した。
(本音か、計算か。俺には——もう判断できない)
それが一番まずかった。これまでは判断できていた。大体の人間の言動はどちらかに分類できた。でも竜崎の言葉は、その分類を拒否する。
怒っている。間違いなく怒っている。あいつは俺を告発した。それは事実だ。なのに、この「追い詰めたいわけではありません」という声が、胸の奥に刺さる理由が月にはわからなかった。
昼休み、深雪が月の隣に来て囁いた。
「[whispers]月くん、また今日も竜崎くんと二人でいるけど大丈夫? 変な噂になるよ」
月は深雪を見た。
笑顔を作ろうとした。
一瞬だけ——間があった。
0.5秒か、1秒か。とにかくそこに、確実に「間」があった。
「[gentle]月くん?」
深雪が首を傾けた。その目が、月の表情の「間」をしっかりと捉えていた。
月はすぐに笑顔に戻った。
「[gentle]大丈夫だよ、気にしすぎ」
でも遅かった。深雪はその一瞬を見た。月もそれをわかっていた。
仮面に、小さなヒビが入った。
---
放課後、帰り支度をしていると、竜崎が「これ」と小さなケーキの箱を差し出してきた。
月は箱を見た。手に持ったまま、竜崎を見た。
「[serious]……何これ」
「[cold]昨日のメモのお礼です」
月は一秒だけ迷った。受け取るか、受け取らないか。あいつは俺を告発した。その事実は変わらない。なのに——
無言で受け取った。
深雪が教室の入り口から、その様子を見ていた。笑顔のまま、拳を握り締めていた。
---
帰り道、月はケーキの箱を手に持ったまま歩いた。
冬の空は低く、色が薄かった。風が冷たい。マフラーを引き上げる気にもなれなかった。
(竜崎が俺を告発した。それは事実だ)
頭ではわかっている。次の一手を考えなければならない。捜査本部に引き込まれる前に、動かなければならない。デスノートの秘密を守るための計算を、今すぐ始めなければならない。
なのに頭の片隅で、「追い詰めたいわけではありません」という声がまだ繰り返されていた。
月は自宅の玄関の前で立ち止まった。ドアを開ける前に、ケーキの箱を一秒だけ見た。
(なんでこいつのケーキを受け取ったんだ、俺は)
答えが出なかった。
ドアを開けた。
奥から妹の声がした。月は「ただいま」と答えて、靴を脱いだ。
ケーキの箱は、まだ手の中にあった。