デスノート:嘘つきたちの恋文
夜神月(ライト)は完璧な生徒だ。成績トップ、容姿端麗、誰からも愛されている。しかし、誰も知らない本当のライト――世界は愚か者ばかりだと密かに思っている彼の姿を。
そんな彼がデスノートを手に入れる。名前を書かれた者は誰でも死ぬというノートだ。ライトは正義の神となり、犯罪者を一人ずつ消し去ることを決意する。彼は無敵だと思っていた――そう思っていたのだ。
そこへエルが現れる。
エルは世界最高の名探偵。本名も顔も明かさず、椅子にしゃがみ込み、山のような甘いものを食べる奇妙な男だ。見た目は変わっているが、その頭脳は恐ろしいほど鋭い。そしてすでにライトがキラと呼ばれる殺人者だと疑っている。
ある日、エルはライトに真っ直ぐ近づき言う。「友達になろう、ライトくん」と。その瞳はまったく笑っていない。ライトはそれが罠だと知っている。エルはライトが嘘をついていると見抜いている。二人はお互いの本心を完全に見透かしている――それでも、何事もないかのように笑い合い、会話を続ける。正直、ちょっと滑稽だ。
しかし、共に過ごす時間が増えるにつれて、奇妙なことが起こる。
ライトはエルのことが頭から離れなくなる
デスノート:嘘つきたちの恋文 - 奇人登場、友達になりましょう(目は笑っていない)
夕食の席が、いつもと違う空気だった。
父・夜神総一郎は、箸の動きが鈍かった。
普段は食事中も背筋を伸ばして、「今日の学校はどうだった」「勉強は遅れていないか」と質問してくる人だ。それが今日は、米粒を口に運ぶだけで、何も言わない。目の下に薄く影がある。50代前半の顔に、疲れが色として染み出ていた。
妹の粧裕が茶碗を持ちながらちらちらと父を見ていた。母の幸子は黙って汁椀を並べ替えた。
沈黙が続いたあと、総一郎がぽつりと言った。
「[serious]捜査本部の人間が、5人になった」
誰も何も言わなかった。
「[serious]最初は141人いた。みんな、キラが怖くて辞めていった」
月はご飯をひと口食べた。噛んで、飲み込んだ。
(141人が5人。それはつまり——捜査が実質的に機能していない、ということだ)
「[gentle]大変だったね、お父さん」
完璧な息子の言葉を、完璧なトーンで。
総一郎が少しだけ顔を上げた。目に感謝の色が浮かんだ。月はその反応を見ながら、内心では別のことを考えていた。
(残り5人。しかも捜査員が怖がっている。いまの体制でキラを追うのは、砂で壁を作るようなものだ)
つまり——自分はほぼ安全圏にいる。
粧裕が顔を上げた。
「[excited]でもさ、キラって犯罪者しか殺さないんでしょ? 怖くないじゃん」
「[angry]粧裕!」
父の声が、いつより鋭く響いた。母が「まあまあ」と困った顔をする。
月は箸を置いて、妹の方に穏やかな顔を向けた。
「[gentle]粧裕、お父さんの言う通りだよ。殺すことは、理由があっても良くない」
「[sad]……うん」
総一郎が「月はわかっているな」という顔をした。月は小さく頷いて、またご飯を食べ始めた。
(妹の感覚は、正直なところ、俺に近い。裁かれるべき人間が裁かれている——何がおかしいんだ)
でも、それを口に出すことは、永遠にない。
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深夜、自室のデスクに座って、月はノートを開いた。
黒い表紙——デスノート。このノートに顔を思い浮かべて名前を書くと、40秒後にその人間が心臓麻痺で死ぬ。死因を指定するなら、名前を書いてから6分40秒以内に書けばいい。ルールはシンプルで、実際に機能する。先週だけで52人の凶悪犯が死んだ。
引き出しの二重底からノートを取り出すとき、月は確認する癖がついていた。トラップは正常か。盗聴器はないか。カメラは。全部問題なかった。
父の資料から控えていたリストを広げる。証拠が揃っているのに法の抜け穴で逃げ続けている名前たち。月は顔写真をしっかり頭に入れて、一人ずつ書いた。
(これでいい)
ペンを置くとき、一切の迷いがなかった。
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翌朝、月が教室に入ると、クラスが微妙にざわついていた。
担任の石田先生が黒板の前に立って、いつもより少し大きな声で言った。
「ええと、今日から転入生が来ます。皆さん、仲良くしてあげてください」
扉が開いた。
最初に目に入ったのは、猫背だった。
異様な猫背。肩を内側に丸め、頭を少し前に傾けて、それでいてひょろっとした体型に不釣り合いな落ち着き払った顔をしている。白いシャツの裾がズボンから半分出ている。そして——足元。スニーカーを手に持っていた。裸足で、教室の床を踏んでいた。
沈黙。
クラス全員が固まった。
その人物は教室の前に立って、コーヒーカップを片手に持ったまま(どこから持ってきたのか)、角砂糖をひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつと静かに投入した。カップの中がどうなっているか、傍から見ていても恐ろしかった。
「竜崎です。よろしくお願いします」
それだけ言った。無表情で。声は低くも高くもなく、感情の起伏がほぼゼロだった。
クラスがざわめき始めた。「え何あの人」「裸足で来た」「砂糖何個入れた今」という声が聞こえた。
月は笑わなかった。
(この人間——目が笑っていない)
竜崎は教室全体をさっと見渡した。その視線が月のところで、一瞬だけ止まった。止まったのは本当に一瞬だったが、月にはそれがわかった。
担任の石田先生が「竜崎くんは月くんと同じ進学クラスで、席も隣になります」と言った。
竜崎は月の隣の席に来た。椅子を引いて座る前に、月の顔を正面から見て言った。
「[cold]友達になりましょう、月くん」
月は内心で即座に止まった。
(——今、こいつは俺の名前を呼んだ。自己紹介の前から。担任がまだ席を指示しただけで、名簿を見せたわけじゃない。なのに名前を知っている)
「[gentle]こちらこそ。よろしく」
完璧な笑顔。自分でも感心するくらい自然に出た。
竜崎はその返答に0.5秒だけ間を置いた。
「[cold]その笑顔、素じゃないですね」
——大きな声で。クラス全体に聞こえる声量で。
月の笑顔が、0.1秒だけ固まった。
「えっ月くんって笑顔が作り物なの!?」
「え、どういうこと、わかるの?」
「確かに綺麗すぎる笑顔だとは思ってたけど……」
クラスの数人が身を乗り出した。女子のひとりが「え、じゃあ普段の夜神くんって……」と言いかけて口を押さえた。別の男子が「そういえばあの笑顔、モデルのポスターみたいだよな」とぼそっと言って、周りが笑った。
月は立ち上がった。
「[serious]違う! 自然な笑顔です!」
生まれて初めて、教室で声が上ずった。
爆笑が起きた。月は座り直して窓の外を見た。秋の終わりの校庭。落ち葉が風に転がっていた。(なんで俺が焦ってるんだ……)
竜崎はコーヒーを一口飲んで、何事もなかったように前を向いていた。
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休み時間になると、竜崎は当然のように月の机に角砂糖入りのコーヒーを持参して、隣に座った。どこから調達しているのか、本当にわからない。
月は(距離を置くべきだ)と思いながら、教科書を開いていた。
「[serious]月くんはキラ現象についてどう思いますか」
唐突だった。
月はページをめくる手を止めた。こういう質問を軽く投げてくる人間は珍しくない。テレビでキラの話題が出れば、周りのクラスメイトも意見を言い合う。だから月には「いいことだと思うけど、でも怖いよね」という答えが用意してある。
でも、竜崎の目が。
(こいつ、答えを試している)
月は慎重に言葉を選んだ。
「[serious]犯罪者が減ってるのは事実だろ。それを正義と呼ぶかどうかは、見方次第だと思う」
「[cold]正義という概念が、誰かの主観に依存している場合——それは本当に正義と呼べますか」
月は一瞬、動きを止めた。
(こいつ……俺と同じ土俵で話せる)
その瞬間に気づいた。会話に引き込まれている。真剣に返答を考えている。こんな感覚は、生まれて初めてだった。
(待て待て待て。俺はこいつを警戒しなきゃいけないのに——なんで話が面白いんだ)
「[serious]主観に依存しない正義なんて存在しない。でも、その主観が多数に支持されたとき——それは客観に近づく」
「[cold]なるほど。多数決が正義を作る、という考え方ですね」
竜崎は少し考えるように、角砂糖をコーヒーに沈めた。
「[cold]では、多数が間違えたとき——その正義は正義のまま存在できますか」
月は返答を探した。竜崎の目が、分析装置みたいに月の表情を読んでいる。動いてはいけないと思いながら、月の中で何かがぐるぐる回り始めていた。
(面白い。こいつとの会話が、面白い)
それが一番まずかった。
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昼休み、月と竜崎が並んで弁当を食べていると、クラスの女子三人が少し離れた場所でこそこそ話しているのが聞こえた。
「ねえ、竜崎くんってひょっとして月くんのことが好きなんじゃない? ずっと隣にいるし、朝からじっと見てたし」
「確かに視線がすごかったよね」
「見てた見てた! なんか……熱い目で」
月は弁当の蓋を持ったまま固まった。
「[serious]違う! こいつはただの……ただの……」
言葉が出てこなかった。
「ただの」の後に何を付ければいいのか、適切な言葉がまったく見つからなかった。転入生、と言いたかった。クラスメイト、と言いたかった。でも二秒経っても三秒経っても何も出てこなくて、月は自分でも信じられないくらい困惑した。
竜崎が助け舟を出すように、平然と言った。
「[cold]友達です」
「[serious]そう! それ! 友達!」
食い気味に同意してしまった。
女子たちが「仲良いね……」と言いながら去っていった。月は弁当のおかずを見つめた。卵焼きが妙に主張してくる気がした。
そのとき竜崎が静かな声で言った。
「[cold]月くんが私を友達と認めてくれるなら、その方が……捜」
——言いかけて、止まった。
月は顔を上げた。
「[serious]……捜?」
「[cold]何でもないです。角砂糖もう一個入れますか」
コーヒーに角砂糖を落とした。コトン、という小さな音。
(今こいつは「捜」と言いかけた。捜査——そういう単語に続く何かを、俺に対して言いかけた)
月の中で、警戒のレベルが一段階上がった。
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放課後の教室。
他の生徒が帰り、廊下の声も遠くなって、教室の中には月と竜崎だけが残っていた。竜崎は窓際に立って、外を見ながら角砂糖を齧っていた。固形の砂糖をそのまま口に放り込むという謎の行動。月はそれを机の前から見ていた。
秋の光が斜めに差し込んで、教室の床に長い影を作っていた。風が窓ガラスを揺らす音がした。静かだった。
月は(こいつの情報を引き出せれば)と考えながら、軽い話題を装って口を開いた。
「[serious]竜崎って、家族は?」
その瞬間——
竜崎の目が、凍った。
0.5秒。いや、もっと短かったかもしれない。でも月は確かに見た。角砂糖を齧る動作が止まり、窓の外に向けていた視線が、どこか遠い空白に向かった。表情は動かない。でもその無表情が、普段の無表情と違った。普段は計算の匂いがする。今は——空白の匂いがした。
すぐに元に戻った。
「[cold]甘いものが家族です」
平然と、角砂糖をまた一個口に入れた。
月は追及しなかった。
(今は追い詰めない方がいい。こいつは何かを隠している。そして、追い詰めたら隠す側に回る。今は情報を集める段階だ)
「[serious]そうか。……俺は毎日家族で夕食食べるよ」
「[cold]月くんは家族仲がいいんですね。夕食は毎日ご家族全員で?」
(こいつ今、俺の家族構成を確認した)
月は穏やかに答えた。「ほとんどね」と。
(父親が捜査本部長だということは、もう調べているかもしれない)
しばらく沈黙があった。悪い沈黙じゃなかった。それが少し気持ち悪かった。
竜崎が「では、また明日」と言って、鞄を持った。スニーカーを手に持ったまま、裸足で廊下に出て行った。
月は一人になった教室で、椅子に座ったまま窓の外を見た。竜崎がさっきまで見ていた景色と同じ方向。夕日が沈みかけていた。校庭の銀杏の葉が、風に揺れていた。
(あいつは何者だ)
帰り道、月は通学路を歩きながら考え続けた。転入生として現れた。名前を調べてきた。捜という言葉を言いかけた。家族の話を聞いてきた。目が0.5秒だけ凍った。
ひとつひとつのピースは小さい。でも全部を並べると、輪郭が見えてくる。
(あいつはキラ捜査に関係している可能性が、ある)
それだけじゃなかった。月が一番困っていたのは別のことだった。
さっきの会話が、まだ頭の中で続いていた。「多数が間違えたとき、正義は正義のまま存在できますか」という言葉が、ぐるぐる回っていた。答えを出せていない。まだ考えている。こんな感覚は——初めてだった。
(敵の情報を集めたいから、記憶に残ってる。それだけだ)
そう言い聞かせた。
胸の奥で、何かがとくとく打った。
それだけだ、と月はもう一度、自分に言った。