デスノート:嘘つきたちの恋文
夜神月(ライト)は完璧な生徒だ。成績トップ、容姿端麗、誰からも愛されている。しかし、誰も知らない本当のライト――世界は愚か者ばかりだと密かに思っている彼の姿を。
そんな彼がデスノートを手に入れる。名前を書かれた者は誰でも死ぬというノートだ。ライトは正義の神となり、犯罪者を一人ずつ消し去ることを決意する。彼は無敵だと思っていた――そう思っていたのだ。
そこへエルが現れる。
エルは世界最高の名探偵。本名も顔も明かさず、椅子にしゃがみ込み、山のような甘いものを食べる奇妙な男だ。見た目は変わっているが、その頭脳は恐ろしいほど鋭い。そしてすでにライトがキラと呼ばれる殺人者だと疑っている。
ある日、エルはライトに真っ直ぐ近づき言う。「友達になろう、ライトくん」と。その瞳はまったく笑っていない。ライトはそれが罠だと知っている。エルはライトが嘘をついていると見抜いている。二人はお互いの本心を完全に見透かしている――それでも、何事もないかのように笑い合い、会話を続ける。正直、ちょっと滑稽だ。
しかし、共に過ごす時間が増えるにつれて、奇妙なことが起こる。
ライトはエルのことが頭から離れなくなる
デスノート:嘘つきたちの恋文 - 桜並木の手錠——本物の俺が選んだのは、この手だった
昨夜、月はあまり眠れなかった。
Lが「明日、試験だ」と告げた時、月は一瞬だけ固まった。東応大学の入学試験。2004年2月中旬。記憶のない月には、それが「いつ申し込んだのか」すら分からない。でも書類は揃っていた。当然だ——キラとしての月が全部手続きしていたのだから。
(記憶のない俺が受けて、どうなるんだ)
不安だった。正直に言えば、すごく不安だった。でも手首の手錠がカチャリと鳴るたびに、隣にはLがいた。猫背で、裸足で、深夜のくせにコーヒーをすすっているLが。
その事実が、なぜか少しだけ、落ち着きを与えてくれた。
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翌朝のバスは、思ったより混んでいた。
月とLは並んで座席に腰を下ろした。二人の手首をつなぐ鎖——長さ2.5メートル——が、ぶら下がっている。
周囲の乗客が、ちらちらと二人を見ていた。
向かいのサラリーマンが目を逸らす。隣の主婦が少し席を遠ざける。スマホを見ていた大学生らしき男が、二度見する。
月は完璧な笑顔を作ったまま、小声でLの耳元に言った。
「[whispers]頼むから普通にしてくれ」
Lは窓の外を向いたまま、一切の感情なく答えた。
「[cold]普通にしています」
「[whispers]なんで窓の外をそんな目で見てんだ、観光バスじゃないんだぞ」
「[cold]通過する街並みを分析しています」
「[whispers]分析するな、試験前だろ」
Lはコーヒーを一口飲んだ。角砂糖が三個入っている朝の一杯を、バスの中でも手放していなかった。
月は額を押さえた。
(こいつ、本当に……)
心の中で悪態をつきながら、でも月はバスの揺れに合わせて少しだけ体が傾いた時、手錠の鎖が引っ張られる感触が手首に来た。Lが同じ方向に傾いていた。
——また、胸の奥で何かがじわりとした。
月は窓の外を向いた。
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試験会場の受付は、大混乱だった。
「え、あ、お二人は……お連れですか?」
「[cold]受験者です」
受付の女性が固まった。二人の手首をつなぐ手錠を見て、隣の同僚に素早く目配せする。同僚が小声で「え、どうする?」と言っている声が月には聞こえた。
月は前に出た。
「[gentle]ご迷惑おかけしてすみません。事情がありまして」
完璧な笑顔。声のトーンも完璧だ。
(こいつのせいだろうが)
心の中では全力で叫んでいた。でも顔には一ミリも出さない。これくらいの演技は、月にとっては呼吸と同じだ。
Lが受験票を差し出した。
「[cold]ただ試験を受けに来ました。書類に不備はないはずですが」
受付係が上司を呼ぶ。上司が来る。上司がさらに上の人間を呼ぶ。その間、Lはスイーツワゴンから持ってきた小袋の角砂糖を一個ずつ口に放り込みながら、会場内の掲示板を眺めていた。
月は何度もすみませんと頭を下げながら、特別対応の担当者が決まるのを待った。
後ろの受験生たちがひそひそと話しているのが聞こえた。
「あの二人、何?」
「手錠……警察?」
「でもあっちの人、すごくイケメンじゃない?」
月は聞こえていないふりをした。
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試験が始まると、会場の空気が変わった。
ざわめきが、静寂に変わる。
月はシャープペンシルを手に取って、最初の問題を見た。
——数学。好きだ。
次の瞬間には、月の意識から手錠も、Lも、会場の視線も、全部消えた。問題用紙だけが世界になった。
隣を見なかった。でも、かすかに聞こえるシャープペンシルの音の速度で分かった。Lも同じだ。さっきまでのぼんやりした観光客みたいな顔は消えていて、ペンが淡々と動いている。
月は前を向いた。
解く。それだけだ。
二時間後、試験監督が「終了」と告げた時、月は最後の一問を書き終えていた。
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成績発表は、その日のうちに掲示板に出た。
受験生たちが群がる中、月とLは少し離れた場所から眺めていた。鎖のせいで人混みに近づきにくいせいもあったけれど、それだけじゃなかった。
人垣が少し薄くなったタイミングで、月は掲示板を見た。
首席。夜神月。
その隣に、もう一つ。
首席タイ。竜崎。
会場がどよめいた。二人の名前が横に並んでいる。手錠で繋がれた二人が、試験で同じ頂点に立った——という事実が、受験生の間に波のように広がっていった。
Lが掲示板を見たまま、静かに言った。
「[cold]予想通りだね」
「[sarcastic]お前な……」
月は一瞬、笑いそうになった。こらえた。笑えるわけがない、と思った。
でも——なんで笑いそうになったんだろう。
その疑問を、月は横に置いた。
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入学式の壇上は、想像以上に広かった。
マイクの前に二人で並んで立つ。在校生と保護者の視線が一斉に向く。手錠で繋がれた新入生二人というこの光景に、客席がざわついているのが分かった。
月がまず口を開いた。事前に頭の中で組み立てていた挨拶文を、完璧なトーンで読み上げる。感謝、抱負、社会への貢献——それらしい言葉を選んで、滑らかに流した。
それに続いて、Lがマイクに近づいた。
「[serious]砂糖の重要性についてお話ししたいと思います。人間の脳はブドウ糖を消費して活動しており、特に集中力を要する知的作業においては」
客席が静まり返った。
月はLの脇腹を肘で、そっと、しかし確実についた。
Lがわずかに動じた。
「[cold]……本学での抱負についてお話しします」
その瞬間、手錠の鎖がかちゃりと鳴った。二人の肘がぶつかった拍子だ。
月がLを見た。Lが月を見た。
怒りじゃなかった。苦笑いでもなかった。
何か別の——うまく名前のつかない表情が、一瞬だけ二人の間を通って消えた。
月は前を向いた。
(……悪くない、と思った)
即座に打ち消そうとした。でも遅かった。この男と並んで同じ頂点に立ったという事実が、月の中で何かを積み上げていた。キラでも優等生でもない、ただの夜神月として感じた「悪くない」という感覚が、ここにある。
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試験後のキャンパスは、冬の終わりの匂いがした。
東応大学の正門からイチョウ並木を抜けると、桜並木があった。まだ二月だから花は咲いていない。でも枝先に小さな膨らみが見えた。もうすぐ春が来る、その予告みたいに。
月とLがその並木の下を歩いていると、前から人影が近づいてきた。
月が、思わず立ち止まった。
木ノ葉深雪が、そこにいた。
深雪の目は最初から潤んでいた。手錠で繋がれた月とLを見た瞬間、その口元がぎゅっと歪んだ。
「[crying]月くん……ずっと、心配してたのに」
声が震えていた。
月が「深雪、説明が——」と口を開きかけた、その瞬間だった。
深雪が月の前を通り過ぎて、Lの方へ踏み出した。
「[angry]月くんを返してください!」
声が桜並木に響いた。
「[angry]あなたが月くんを苦しめてるんでしょう! 手錠なんてつけて、月くんが何をしたっていうんですか!」
Lはまっすぐ深雪を見た。無表情のまま。
でも——月はLの指先に気づいた。ほんの少しだけ、震えていた。
どこか遠い場所から声が届いた。誰にも届かない声が。
「[laughing]三角関係かー。人間ってマジで最高だな」
桜の枝の間に座った巨大な影が、リンゴを齧りながら三人を見下ろしていた。大きな赤い目がニヤニヤと輝いている。月にも、Lにも、深雪にも——その死神の姿は見えなかった。
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深雪が月の左腕を、両手でつかんだ。
「[crying]一緒に来て、月くん。ここにいる必要なんてない」
引く力は強かった。涙がこぼれ始めていた。
同時に、手錠で繋がれた右側で、鎖がぴんと張った。
Lが動いていた。捜査のためという意識はおそらくそこにはなかった。ただ体重をかけて、踏ん張っていた。月から離れまいとする、それだけの力で。
月は、左右に引っ張られた。
左には深雪の涙。右には鎖の重さ。
頭の中で何かが高速で回転した。竜崎は俺を閉じ込めた男だ。キラとして告発した男だ。敵だ。そういう言葉と——怖い夢の後のプリン。肩にかかった毛布。「あなたがキラでないことを、私は心から願っています」という、ぼそぼそとした小さな声。
ぐちゃぐちゃに混ざり合った。
考えるより先に、月の右手がLの手を、強く握り返していた。
深雪の手が、力なく離れた。
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深雪は一瞬だけ、月の目を見た。
その目が、自分に向いていないことを理解した。
月の目は——Lの手を見ていた。自分が今、何をしたか、気づいて固まっている目だった。
深雪の膝から力が抜けた。涙が一気にこぼれ落ちた。謝ることもなく、何も言わずに、深雪は回れ右をして走り出した。その背中が桜並木の向こうへ消えていく。
足音が遠ざかる。
月は動けなかった。
Lの手を握ったまま、動けなかった。自分がした行動の意味が、静かに、じわりと広がっていく。頭の中が白い。俺は今、何を——。
Lも動かなかった。握られた自分の手を見下ろしていた。胸の奥で何かが速く脈打っているという事実を、いつものように論理で処理しようとして、できなかった。数秒がすごく長く感じた。
二人とも、何も言えなかった。
手錠の鎖が、かちゃりと小さく鳴った。それだけだった。
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誰にも見えない場所で、リュークが桜の幹にもたれかかった。
リンゴの芯だけになったそれを放り投げながら、大きな赤い目を細めた。
「[laughing]デスノートより面白いもん見つけちまったな、月くんよ」
誰にも届かない声だった。
月の頭の中には、一つの問いが浮かんでいた。
——俺は今、キラの記憶がない。今の俺は、本物の夜神月だ。本物の俺が選んだのは、この男の手だった。
でも記憶が戻ったら?
キラに戻った自分は、この手を——殺すのか?
答えは出なかった。桜の枝先が風に揺れた。膨らみかけた花の蕾が、かすかに揺れた。
リュークが手錠の鎖をぼんやり眺めながら、ひとりごちた。
「[whispers]そっちの方が、ノートより難しい問題だな」
誰にも聞こえなかった。
月は二人の間に漂う沈黙が、これまでのどの沈黙とも重さが違うことに気づいていた。それを言葉にする方法を、月は持っていなかった。
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桜並木から遠ざかっていく深雪の背中を、月が視線で追っていた時だった。
深雪が、路上で立ち止まった。
何かを拾い上げた。
黒い表紙のノートだった。
深雪がそれをぱらりと開いた。一瞬だけ、深雪の顔が変わった。驚くのでも、無表情になるのでもない。何かを決めたような顔に。
月にはその表情の細かいところまでは見えなかった。離れすぎていた。ただ、深雪がそのノートをカバンにしまって歩き去るのは見えた。
その光景を、月よりもずっとはっきりと見届けていた存在がいた。
「[sarcastic]あーあ。もう一冊あるんだよなー、デスノート」
リュークはリンゴをもう一個、どこからともなく取り出して齧った。
その時、Lのポケットで端末が振動した。
Lが片手で画面を確認した。暗号化された通信——ワイミーズハウスからだった。ワイミーズハウスとはイギリスにある孤児院兼天才児育成機関で、L自身もそこの出身だ。その画面に表示されていたのは、後継者候補「ニア」と「メロ」の来日予定通知だった。合流まで72時間。
Lの顔に、月に向けるのとは別種の、微細な緊張が走った。
月が横から端末を覗き込んだ。
「[serious]何かあったか」
Lが画面を閉じた。
「[cold]また連れが増えます」
淡々とした一言だった。
その意味が、月にはまだわからなかった。
手錠の鎖が二人の手首をつなぎ、桜の枝先が風に揺れ続けた。
これは、探偵とキラの頭脳戦じゃない。
嘘をつきながら恋をした、二人の——まだ名前のない話の、始まりだった。