サードインパクト☆ラブコメ大作戦!
ある朝、大三学中学校の2年1組は大混乱に包まれた。新しい転校生がやってきたのだ。碇シンジ――小柄で黒髪の少年で、「別にここに来たかったわけじゃないんだから…」とぶつぶつ呟くのが止まらない。
しかし、シンジの本当の問題は転校ではなかった。なぜか三人の少女たちが、一斉に彼こそが自分たちがそばにいるべき「絶対的な存在」だと決めてしまったのだ。
まず一人目は綾波レイ。白い髪に赤い瞳、無表情の彼女は毎朝、手作りの弁当をシンジの机に置く。「食べて」とだけ言い残し、すぐに去っていく。理由を尋ねると、「必要だから」とだけ答える。説明も理屈も一切なし。
次に惣流アスカ・ラングレー。赤い髪でドイツ育ち、クラスで一番声が大きい。 「あんた、全然ダメじゃない!だから私が面倒見るんだから感謝しなさいよ!」とシンジの後をついて回る。助けているのか、ただ騒いでいるのかは誰にもわからない。
そして三人目――ここから事態は本格的におかしくなるが――担任の葛城ミサト先生だ。「シンジく〜ん!おはよう!先生、すごく心配してたんだから!」授業中にお菓子を差し入れ、放課後は一緒に帰ろうとし、教師と生徒の境界線をすっかり忘
サードインパクト☆ラブコメ大作戦! - 逃げちゃダメだ、でも逃げたい——転入初日の大災難
机の上に、見知らぬ誰かの弁当が置いてあった。
風呂敷に包まれた小さな弁当箱。差出人は誰にもわからない。そしてシンジには、それを誰かに聞く勇気もなかった。
——少し、時間を戻そう。
第三東京駅のホームに降り立ったのは、4月の朝だった。
ドアが開いた瞬間、空気が変わった。山の匂いがした。箱根の外輪山から流れてくる、少し湿った冷たい風。でもそれだけだ。普通の朝の匂い。
碇シンジ、14歳。黒くて短い髪は少しボサボサで、白いシャツに黒のズボン。猫背で小柄で、こげ茶色の目はいつも少し下を向いている。ボストンバッグを両手で持ちながら、ホームの端に立っていた。
駅舎の出口に、白い看板があった。
「ようこそ 第三東京市へ」
それだけ書いてある。シンプルすぎる看板だ。
(第三東京市、か)
シンジは改札を出て、駅前に立った。
そこで、少し立ち止まる。
——なんか、変だ。
建物の間隔が、均等だ。コンビニとマンションの間隔も、マンションと次のマンションの間隔も、まるで定規で測ったみたいにそろっている。道幅も広くて、街路樹の植え方もきれい。電線が少なくて、空が広い。
地方都市らしいのに、どこか人工的な感じがする。
駅前を行き交うスーツ姿の大人たち。みんな同じ方向に歩いていく。目を細めて見ると、駅の東側に灰色のビルが見えた。窓が少ない、背の高いビル。学校の隣に建っているらしい。
(あれが、ゲヒルン・スクエアってやつか)
シンジはバッグを持ち直して、歩き出した。
この第三東京市は、15年前に国が作った街だと聞いた。「次世代教育特区」とかいう名目で、箱根の山のふもとに計画的に作られた都市。住民の多くが教育関係の仕事をしていて、街全体がゲヒルン教育財団という組織の影響下にある、という話だった。
叔父さんが、出発前にそう教えてくれた。
「シンジくん、あそこはちょっと特殊な場所だから」と、困った顔で言っていた。
特殊。その言葉の意味が、今ならちょっとわかる気がした。
(なんか……作り物みたいな街だ)
道路の脇に、ハヤセ川が流れていた。川幅は広くて、水音が静かに聞こえる。桜の木が並んでいて、花びらが川面に落ちていた。4月の朝。その景色だけは、本物っぽかった。
シンジは少し足を止めて、川を見た。
花びらが一枚、ゆっくり流れていく。
……どこへ行くんだろう、と思った。自分みたいだな、とも思った。行き先が、よくわからない。
「ここが2年1組です」
案内の先生が言った。シンジは廊下に立っていた。ドアの向こうから、ざわざわという声が聞こえる。
(32人……)
先生がドアを開ける。
ざわめきが止まった。
33の視線が、一斉に刺さった。
シンジはうつむいた。とっさに。反射的に。靴の先を見ながら、黒板の前に立つ。
(ちゃんと言わないと。名前、言わないと)
「……碇、シンジ……です」
声が裏返った。最悪だった。「シンジ」の「シ」のあたりで完全に変なトーンになった。クスクスという笑い声が、教室の右側から聞こえた気がした。
顔が熱い。
(よろしくお願いします、って言わないと。言わないと——)
でも、声が出ない。
先生が「よろしく」とフォローしてくれた。シンジは小さく頭を下げた。早足で窓際の席に向かった。窓の外には、中庭のケヤキの木が見えた。大きな木だ。葉が出始めていて、黄緑色が眩しい。
(見て、ケヤキ。いい木だな)
しばらくケヤキを見ていた。クラスのざわめきが再開して、視線が散らばっていくのを感じた。
少し、呼吸が楽になった。
でも、担任はまだ来ていなかった。
シンジは周りをそっと見回した。知らない顔ばかり。当たり前だ、今日初めて来たんだから。でも誰かと目が合いそうになって、すぐうつむいた。
——その瞬間、チャンスだと思った。
「[whispers]ちょっとトイレ……」
隣の席が空いていたのがせめてもの救いだった。そっと立ち上がって、教室を出た。
廊下を歩きながら、シンジは心の中で呟いた。
(逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ……)
でも、足は屋上に向かっていた。
(……情けない)
わかってる。自分でも。逃げちゃダメだって口で言いながら、足はもう逃げてる。矛盾してる。でも止まらない。
4階の扉を開けると、風が吹いてきた。
屋上は広かった。フェンスで囲まれていて、端にベンチが2つある。給水タンクが1台。あとは空だけ。箱根の山が遠くに見えた。山の稜線がくっきりしていて、空が青かった。
シンジはベンチに座って、コンビニのおにぎりを取り出した。
昨日の夜、ナミキ通りのコンビニで買っておいたものだ。150円の肉まんと迷って、結局おにぎりにした。なんとなく。理由はない。
パリパリとビニールを剥がして、一口食べる。
味がしなかった。いや、正確には味はある。でも何も感じない。
(はあ……)
山の方から、鳥の声が聞こえた。なんの鳥だろう。シンジには鳥の種類がわからなかった。叔父さんの家の庭にも来る鳥に少し似てた気がした。
そのとき。
視界の端に、白いものが見えた。
シンジは顔を上げた。
給水タンクの影に、誰かいる。
白い髪。
日光の中でも白い、ちゃんと白い髪。風に少し揺れている。その顔は——赤い目が、まっすぐシンジを見ていた。
目が合った。
シンジは固まった。相手も動かない。一秒。二秒。
そして少女は、くるりと背を向けた。
音もなく、屋上の扉に向かって歩いていく。扉が開いて、閉まった。
それだけ。
「[surprised]……え」
シンジは立ち上がりかけて、でも止まった。
(誰だ、あれ。同じクラス……か? でも、見たことない。っていうか今日が初日だからわかるわけないか)
おにぎりの残りを持ったまま、しばらく扉を見ていた。
風が通り過ぎた。
春の匂いがした。
教室に戻ると、担任が来ていた。
「あ、碇くん! トイレ長かったね!」
明るい声。30代くらいの女の人だ。シンジが席に着くと、ニコニコしながら「大丈夫だった?」と聞いてきた。国語の先生らしい。名前は……黒板に書いてある。葛城ミサト、と。
シンジは小さく頷いた。
席に座って、前の黒板を見て——そこで気がついた。
机の上に、何かある。
小さな包み。風呂敷に包まれた、弁当箱くらいの大きさのもの。
自分のカバンの横に、置いてある。
(……何これ)
シンジはきょろきょろした。隣の席の子が、不思議そうにシンジを見た。
「[whispers]これ、誰のかわかる?」
「[surprised]え? 知らない。最初からあったけど」
前の席の子にも聞いた。後ろの子にも。みんな首を横に振った。
授業が始まった。シンジは包みを膝の上に乗せたまま、しばらく前を向いていた。
でも気になる。すごく気になる。
昼休みになって、シンジはそっと風呂敷を解いた。
弁当箱が出てきた。
蓋を開けると——いい匂いがした。
きんぴらごぼう。卵焼き。鮭の塩焼き。白いご飯。全部、きちんと並んでいる。卵焼きは四角くてきれいな形をしていた。
「[surprised]……え、なにこれ」
思わず声が出た。でも周りはもうそれぞれ昼ごはんを食べ始めていて、誰も聞いていない。
シンジは一口、卵焼きを食べた。
甘い。だしの味がする。柔らかくて、ちゃんとした卵焼きだ。
「[surprised]……美味しい」
声に出てしまった。
隣の子がちらっとこっちを見た。シンジは口を閉じた。でも、箸は動いた。鮭を食べた。きんぴらを食べた。全部、ちゃんと美味しかった。
(誰が……置いたんだろう)
シンジは食べながら、考えた。トイレに行っている間だ。屋上にいた時間も含めると、20分くらいは席を空けていた。その間に誰かが置いていった。
白い髪の少女のことが、ふと頭に浮かんだ。
関係ないかもしれない。関係あるかもしれない。でもわからない。
弁当箱の底を見ても、名前は書いていなかった。
(……謎だ)
シンジは箸を置いて、窓の外のケヤキを見た。風に葉が揺れていた。
誰かが、自分のために弁当を作ってくれた。理由も名前もわからないけど、確かにそこにある。温かくて、美味しかった。
胸の真ん中が、じわりとした。
どう表現すればいいかわからなかったけど、悪い気持ちじゃなかった。
放課後。
下駄箱に向かったとき、上履きの横に封筒が挟まっているのに気がついた。
白い封筒。名前は書いていない。ただ、シンジの靴箱に入っていた。
(なんだろう)
廊下の端で、シンジは封筒を開けた。
中には書類が入っていた。転入手続きの補足書類、と書いてある。サインが必要なやつっぽい。学校の名前が印刷されていて、下の方に——
シンジの手が止まった。
差出人のところに、こう書いてあった。
「ゲヒルン教育財団 理事長室 碇ゲンドウ」
「[whispers]……父さん」
廊下の喧騒が、遠くなった気がした。
碇ゲンドウ。自分の父親。何年も会っていない、自分の父親。
学校の理事長室から、書類が来た。
ゲヒルン教育財団——この街の学校を実質的に運営している財団——の理事長が、自分の父親だった。
(知らなかった……いや。聞かされていなかった)
シンジは書類をゆっくり折りたたんだ。
叔父さんに「第三東京市に転入してほしい」と言われたのは、先月のことだ。理由は教えてもらえなかった。「お父さんから連絡があって」とだけ言われた。
ずっと疑問だった。なぜ今なのか。なぜここなのか。
その答えが、少し見えた気がした。
——父さんが、この学校を管理している。
だから、ここへ来させた。
(……なんで)
怒りが来た。次に、情けない気持ちが来た。最後に、何かよくわからないものが来た。悲しいのかもしれない。でもはっきりわからない。
書類を鞄に入れて、シンジは学校を出た。
ハイツ・シラカバ102号室。
1K。家賃は月3万8000円、と聞いた。ゲンドウが事務的に手配した部屋だ。
ベッドと机と小さな冷蔵庫。カーテンは白。壁は白。何も飾っていない。シンジが来る前からそうで、来てからも変わっていない。変える気にならなかったから。
シンジはベッドに寝転がった。
イヤホンを耳に入れる。音楽が流れ始める。チェロの音だ。重くて、でも落ち着く音。叔父さんの家にいた頃から聴いていた曲だ。
天井を見る。
白い天井。何もない天井。
頭の中でいろんなことが浮かんだ。自己紹介で裏返った声のこと。給水タンクの影にいた白い髪の少女のこと。誰かが置いていった弁当のこと。美味しかった卵焼きのこと。そして封筒の、差出人の名前のこと。
(逃げちゃダメだ)
また、その言葉が浮かんだ。
でも今夜は、その言葉が空っぽに聞こえた。逃げちゃダメだって、わかってる。でもじゃあどうすれば、って——わからない。
父さんは何を考えているんだろう。
なんで今なのか。何を期待しているのか。一切教えてくれない。
チェロの音が続いている。
窓の外で、風が吹いた気がした。
シンジは目を閉じた。
明日また、あの32人の中に座る。また誰かと目が合いそうになって、うつむく。逃げたくなる。たぶん逃げる。そしてまた自分に言い聞かせる。
逃げちゃダメだ、って。
でも。
——あの弁当は、美味しかった。
それだけは確かだった。
誰かが、自分のために何かをしてくれた。理由もわからず、名前もわからず、それでも。
シンジはもう一度、天井を見た。
白い天井。
まだ何も変わっていない。でも、何かが少しだけ、引っかかっている。
弁当の差出人は、誰なんだろう。