サードインパクト☆ラブコメ大作戦!
ある朝、大三学中学校の2年1組は大混乱に包まれた。新しい転校生がやってきたのだ。碇シンジ――小柄で黒髪の少年で、「別にここに来たかったわけじゃないんだから…」とぶつぶつ呟くのが止まらない。
しかし、シンジの本当の問題は転校ではなかった。なぜか三人の少女たちが、一斉に彼こそが自分たちがそばにいるべき「絶対的な存在」だと決めてしまったのだ。
まず一人目は綾波レイ。白い髪に赤い瞳、無表情の彼女は毎朝、手作りの弁当をシンジの机に置く。「食べて」とだけ言い残し、すぐに去っていく。理由を尋ねると、「必要だから」とだけ答える。説明も理屈も一切なし。
次に惣流アスカ・ラングレー。赤い髪でドイツ育ち、クラスで一番声が大きい。 「あんた、全然ダメじゃない!だから私が面倒見るんだから感謝しなさいよ!」とシンジの後をついて回る。助けているのか、ただ騒いでいるのかは誰にもわからない。
そして三人目――ここから事態は本格的におかしくなるが――担任の葛城ミサト先生だ。「シンジく〜ん!おはよう!先生、すごく心配してたんだから!」授業中にお菓子を差し入れ、放課後は一緒に帰ろうとし、教師と生徒の境界線をすっかり忘
サードインパクト☆ラブコメ大作戦! - 早起きは三文の徳?弁当の謎とがんばれのメモ
アラームが鳴る前に目が覚めた。
午前五時十七分。ハイツ・シラカバ102号室の天井は、いつも通り白かった。
シンジは布団を蹴って起き上がった。
(今日こそ、絶対に見届ける)
転入して五日目。毎朝、机の上に置いてある弁当。差出人は誰も知らない。昨日も一昨日も、教室に来た時にはもう置いてあった。じゃあ、もっと早く来ればいい。単純な話だ。
シンジは顔を洗って制服を着た。まだ外は暗い。窓の向こう、ハイツ・シラカバの細い路地に街灯が一本だけ点いていて、オレンジ色の光が濡れたアスファルトに落ちていた。
歩いて十五分のダイサン中へ、六時前に着いた。
校門はもう開いていた——というか、公立校なので普通に入れた。廊下は電灯が半分しかついていない。薄暗い。自分の足音が思ったより響いて、シンジは思わずつま先立ちになった。
2年1組の教室のドアの前に立つ。
ドアに耳を当てる。音はない。
そっと引いてみる——鍵がかかっている。
(よし。まだ誰も来ていない)
シンジは廊下の壁に背中を当てて、ずるずると床に腰を落とした。ここで待てばいい。この廊下を通らずに教室に入る方法はない——たぶん。
待った。
十分。
二十分。
廊下がだんだん明るくなってきた。自動で電灯が全部点いたらしい。遠くの職員室の方から、誰かがコーヒーを飲む音が聞こえた。
三十分。
シンジは膝を抱えたまま、うとうとし始めていた。昨日も緊張して早く起きてしまって、睡眠が足りていない。瞼が重い。
「……逃げちゃダメだ」
自分に言い聞かせた。起きてろ。
四十分が過ぎた頃、遠くの階段から足音が聞こえた。シンジはびくっと頭を上げた。廊下の角——誰かが来る。
シンジは立ち上がり、ドアの横に張り付いた。足音が近づいてくる。心臓の音がうるさかった。もうすぐだ。もうすぐ弁当の主がわかる。
足音が止まった。
少し先の廊下の分岐点で、用務員のおじさんが雑巾を持って立っていた。ゆっくりと窓を拭き始めた。
……関係なかった。
シンジは壁に額をくっつけた。
その五分後、自分のクラスの鍵を持った先生が来て、「碇くん、こんな早くどうしたの?」と驚かれながら教室のドアが開いた。
シンジが席に座ると——弁当は、もうそこにあった。
「[surprised]……え」
また、あった。白い風呂敷に包まれた弁当。今日は隣に、小さな野草の花が一輪添えてある。
どこから入ったんだ。廊下に誰も来なかった。鍵はかかっていた。四十分以上ずっと見張っていたのに。
シンジはきょろきょろしながら廊下に飛び出したが、人影はなかった。右を見て左を見て、また教室に戻ってきた。
謎は深まるばかりだった。
「あんた、なんで目の下にクマがあるの?」
登校してきたアスカが、シンジの席の横に立って呆れた顔で覗き込んだ。
艶やかな赤髪を揺らして、アクアブルーの目を細めている。今日も制服がびしっとしていて、いつ見ても姿勢がいい。
「ちょ……ちょっと、早起きしてて」
「[sarcastic]早起きしてあのクマ? 何時に起きたの」
「……五時くらい」
「[surprised]は? 何それ、何しに?」
シンジは机の上の弁当を指さした。アスカはそれを見て、「あーね」と言った。
「[sarcastic]張り込みしたってこと? 朝五時から?」
「……空振りだったけど」
「[laughing]ぷっ——あはは! で、また置いてあったの!?」
アスカが腹を抱えて笑った。周りの子が何事かと振り返る。シンジはだんだん顔が熱くなってきた。
そしてアスカは、自分の席から大きめのランチボックスを取り出してシンジの机に「どん」と置いた。
「[serious]私のも食べなさい。昨日より絶対うまいから」
「[serious]昨日は卵焼きが少し焦げすぎてたって分かってる。今日は完璧に作り直した」
隣の席の鈴原トウジが、ジャージの袖で机を拭きながらこっちを見ていた。14歳、関西出身、声がでかい。
「[laughing]アスカさん、また対抗弁当持ってきたんか。昨日より匂いはええな」
「[angry]鈴原、関係ないでしょ!」
「関係あるで。俺たちも毎日観戦してるんやから」
気づいたら周りの席が少しずつ身を乗り出していた。昨日から始まった「碇弁当対決」——クラスの昼の娯楽として定着しつつある。
昼休みになると、教室の空気が変わった。
シンジの机の上には二つの弁当がある。謎の弁当と、アスカの弁当。
周りの何人かが「どっちから開けるか見よ」と言い合っている。
シンジはゆっくりと謎の弁当の風呂敷を解いた。今日は出汁巻き卵、鶏の照り焼き、ひじきの煮物。いい匂いがする。
アスカが、一瞬だけ黙った。
「[angry]私のから食べなさいよ! 順番ってもんがあるでしょ!」
「え……でも、順番って言っても——」
「[angry]先にあっちを食べたら私のが冷めるじゃない!」
「ど、どっちも美味しいから……」
「[angry]それ答えになってないのよ!」
「[laughing]ドン引きするくらい必死やな」
「[angry]鈴原黙れ!」
シンジはおそるおそる謎の弁当から箸を付けた。出汁巻き卵を一切れ。口の中でじんわりと旨みが広がった。
アスカの顔が赤くなった。機嫌の悪い時の赤じゃない。なんか違う。でも、アスカは机をバン、と叩いた。
「[serious]次は絶対に私のから食べなさい。これは命令」
シンジは小さく頷いた。アスカのランチボックスを開ける。確かに——卵焼きの焦げが昨日より薄い。おにぎりの形もしっかりしている。三日前に初めて持ってきた時から、確実に上手くなっていた。
「……うまくなってるね」
アスカが、ちょっとだけ目を逸らした。
「[sarcastic]当たり前でしょ。私が本気出せばこんなもんよ」
でも、アクアブルーの目の端が少し笑っていた。
午後の授業が終わった後、シンジはまだ弁当の主を探していた。
1階、2階、3階。図書室をのぞいて、購買部のカンティーナの前を通って、体育館の入口まで歩いてみた。誰かが自分に何かを届けてくれる、その理由がどうしても気になった。
渡り廊下に差しかかった時。
ゲヒルン・スクエア——ダイサン中に隣接するあの灰色のオフィスビル——と校舎をつなぐ廊下。窓が少なくて、少し薄暗い場所だ。
向こうから、背の高い人影が歩いてきた。
シンジが顔を上げた。
サングラス。手袋。ダークスーツ。感情を読ませない口元。
(あ)
足が止まった。
「父さん……」
声にならない声だった。碇ゲンドウ。ダイサン中と系列校を統括するゲヒルン教育財団の理事長——自分の父親。何年も会っていなかった人。
ゲンドウの歩みが、ほんの少しだけ緩んだ。サングラスの奥の目が——シンジの方を向いた。
確かに、目が合った。
シンジは口を開きかけた。「と、父さん」と呼びかけようとした。
ゲンドウは、何も言わなかった。
シンジのすぐ横を、まっすぐに通り過ぎた。振り返らない。足音が遠ざかっていく。渡り廊下の奥、ゲヒルン・スクエア側のドアが静かに閉まった。
シンジはしばらく、そこに立ったままだった。
壁に手をついた。
(理事長だから、ここにいるのは当然か。うん、仕事でここに来てただけだから。それだけだ)
自分に言い聞かせた。でも目の奥が、じんわりと熱くなった。怒りなのか、さびしいのか、もうよくわからなかった。ただ——何も言わないというのは、どういう意味なんだろう、とは思った。
シンジはゆっくりと教室に戻った。
「喫茶店がいいか、お化け屋敷がいいか、多数決!」
放課後、文化祭の出し物を決めるホームルームが始まった。ダイサン中の文化祭「ケヤキ祭」——毎年10月の第3土日に開催される、クラスごとに出し物を競う行事だ。
アスカが即座に手を上げた。
「[serious]喫茶店! ドイツ菓子メニューも入れれば他のクラスと差が出る。絶対こっちがいい」
「お化け屋敷の方が盛り上がるやろ! 去年の3年1組が優勝したんはお化け屋敷やったんやから!」
クラスが二つに割れた。挙手を数えると——喫茶店が16票、お化け屋敷が16票。ぴったり同数。
空気が少しだれた。
アスカの視線がシンジに向いた。
「[cold]碇。あんたはどっちなの」
シンジはうつむいた。
渡り廊下のことがまだ頭の中にあった。ゲンドウが何も言わずに行ってしまったこと。弁当の主が誰なのかわからないこと。なんだか今日、少し疲れていた。
「ど……どっちでもいいよ、僕は」
教室の空気が、ふっと静まった。
アスカが椅子を引いて立ち上がった。
「[angry]どっちでもいい? 自分の意見もないの!?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「[angry]そういうわけじゃないなら何なの! 自分のクラスのことなのに、なんで逃げるのよ! 本っっっ当にダメね、あんた!」
アスカの声がよく通った。クラスの何人かが気まずそうに窓の外を見た。鈴原がこちらをちらっと見て、すぐそっぽを向いた。
シンジは何も言い返せなかった。口が動かなかった。椅子を引いて、立ち上がった。
「……ちょっと、外の空気吸ってきます」
逃げた。また逃げた。廊下を歩きながら、頭の中で声がした。逃げちゃダメだ——でも足は止まらなかった。
屋上の扉を押し開ける。
風が来た。夕方の風で、少し冷たかった。空がオレンジと紫に染まっていた。箱根の山の稜線がくっきりと見える。トワダ丘陵の向こうで、太陽が沈みかけていた。
シンジは給水タンクの影にしゃがんで、膝を抱えた。
アスカに怒鳴られた言葉が頭の中で繰り返された。自分の意見もないの。逃げるのよ。ダメね。
(そうだよ。ダメだよ、僕は)
誰かに認められたくて、でも何も言えなくて、いつも逃げる。それがずっと続いている。叔父さんの家でも。今日も。
遠くで鳥の声がした。
足音が聞こえた。
シンジは顔を上げようとした——でも、その前に足音が止まった。
ふっと気配があって、それから——静かになった。
シンジはゆっくり顔を向けた。誰もいない。でも、自分の膝のすぐ横に何かが置かれていた。
缶コーヒー。温かい。
まだほかほかしていた。買ってきたばかりだ。缶の表面に、小さな紙がテープで貼りつけてある。
シンジは手に取った。
「がんばれ」
たった三文字。小さな字で、はっきりと。
シンジはしばらくそのメモを見つめたまま動けなかった。
(誰だろう)
弁当を置いてくれる人と同じ人なのか。別の誰かなのか。わからない。顔も名前も知らない。でも——誰かが、ここに来てくれた。シンジがここにいるのを知っていた。そして、何かを置いていってくれた。
一人じゃないかもしれない。
胸の真ん中が、じわりとした。涙が出そうになるのを、シンジはこらえた。こらえながら、缶のプルタブを引いた。
プシュ、と音がした。
コーヒーを一口飲んだ。苦かった。結構苦かった。でも、温かかった。
シンジはぽつりと呟いた。
「[whispers]……逃げちゃダメだ」
今度は、少しだけ違う声になった気がした。
翌日、仕切り直しのホームルームが始まった。また16対16。クラスが静まった。
シンジは机の下で、手をぎゅっと握った。昨夜ずっと考えていた。コーヒーの缶を持ったまま屋上に座って、空が暗くなるまで。
ゆっくりと、右手を上げた。
少し震えた。
「[scared]ぼ……僕は、喫茶店がいいと思います」
教室が静かになった。シンジは続けた。声が裏返りそうだったが、最後まで言った。
「お化け屋敷だと、お客さんとゆっくり話せないから……喫茶店の方が、みんなと話せる時間が増えると思うんで」
一拍。
アスカが腕を組んだ。
「[cold]……ふん。まあまあの意見ね」
鈴原が「じゃあ俺もそっちで」と手を上げた。喫茶店が17票になった。
「喫茶店で決定!」
拍手が起きた。笑い声も混じった。シンジは手のひらに汗をかいたまま、それでもちょっとだけ顔を上げた。自分の声が、クラスを動かした。たぶん生まれて初めての感覚だった。
(言えた)
ふと窓の外に目をやった。
ダイサン中の東側、隣接するゲヒルン・スクエアの6階の窓に——人影が見えた。
サングラス。
ゲンドウが、こちらを見下ろしていた。
いつからいたのか。何を思って見ていたのか。サングラスの奥は何も読めなかった。
シンジはその視線を受けたまま、少しだけ前を向いた。
拍手の音が、まだ教室に続いていた。でも——がんばれのメモは、今もポケットの中にある。誰がくれたのかは、まだわからないままだった。