サードインパクト☆ラブコメ大作戦!
ある朝、大三学中学校の2年1組は大混乱に包まれた。新しい転校生がやってきたのだ。碇シンジ――小柄で黒髪の少年で、「別にここに来たかったわけじゃないんだから…」とぶつぶつ呟くのが止まらない。
しかし、シンジの本当の問題は転校ではなかった。なぜか三人の少女たちが、一斉に彼こそが自分たちがそばにいるべき「絶対的な存在」だと決めてしまったのだ。
まず一人目は綾波レイ。白い髪に赤い瞳、無表情の彼女は毎朝、手作りの弁当をシンジの机に置く。「食べて」とだけ言い残し、すぐに去っていく。理由を尋ねると、「必要だから」とだけ答える。説明も理屈も一切なし。
次に惣流アスカ・ラングレー。赤い髪でドイツ育ち、クラスで一番声が大きい。 「あんた、全然ダメじゃない!だから私が面倒見るんだから感謝しなさいよ!」とシンジの後をついて回る。助けているのか、ただ騒いでいるのかは誰にもわからない。
そして三人目――ここから事態は本格的におかしくなるが――担任の葛城ミサト先生だ。「シンジく〜ん!おはよう!先生、すごく心配してたんだから!」授業中にお菓子を差し入れ、放課後は一緒に帰ろうとし、教師と生徒の境界線をすっかり忘
サードインパクト☆ラブコメ大作戦! - 炭化卵焼きと弁当バトル宣言
朝のホームルームまで、あと十分。
二年一組の教室に入ったシンジは、ドアを開けた瞬間に固まった。
——また、ある。
窓際の自分の席。その上に、風呂敷に包まれた小さな弁当箱が、昨日とまったく同じように置いてあった。
シンジはおそるおそる周りを見回した。まだ登校している生徒は十人くらいしかいない。誰も自分の席に注目していない。そっと近寄って、弁当箱を手に取ろうとした瞬間——
「碇ぃ!! もしかして彼女おるんか!!」
でかい声が、朝の教室に炸裂した。
振り返ると、ジャージ姿の男子が目をまんまるにして立っている。鈴原トウジ——関西から来たらしく、ジャージとハイテンションがトレードマークの男子だ。昨日の自己紹介の時、シンジの隣の席になった。
「ちがっ、違うよ! これ、知らない人が置いていったんだよ!」
「[excited]嘘つけー! 昨日もあったって聞いたぞ! 転入初日からって、お前すごすぎやろ!!」
トウジの声はよく通った。
教室中がざわついた。
「え、碇くん彼女いるの?」「転入初日で!?」「どんな子?」
女子たちがどっとこっちを見てくる。男子たちもニヤニヤしながら遠巻きに眺めている。シンジは顔が熱くなるのを感じた。耳の先まで赤くなっている、たぶん。
「ち、ちがうって! 本当に知らない人なんだよ! 昨日もトイレ行ってる間に置いてあって、誰も見てなかったって言うし……!」
「[laughing]そんな都合のいい話ある?!」
信じてもらえない。シンジはうつむいた。頭の中でぐるぐると考える。——でも本当に、誰なんだろう。昨日も今日も、自分が席を外した隙に置いていく。この教室に自由に出入りできる誰かが、自分のために弁当を作ってきている。
それが一番気味悪かった。嬉しいより先に、なんか怖い。
「碇くん、もしかして屋上でだれかに会ったりした?」
「あ……」
白い髪の少女の顔が、ちらっと浮かんだ。でも関係あるかどうかわからない。
シンジが言いよどんでいると、教室のドアが——
バァン!!
外側から蹴り開けられた。
全員が反射的にドアの方を向いた。シンジも向いた。
廊下の光を背負うように、一人の少女が立っていた。
艶やかな赤い髪が、肩から背中まで緩くうねっている。目の色は鮮やかなアクアブルー——澄んだ青じゃなくて、挑発的な青。身長はシンジより高い。スカートの裾をしゃんと揃えて、顎をわずかに上げた立ち方。
強気な表情。こっちを見る目に、一切の遠慮がない。
シンジは、その視線がなんか圧力みたいで思わず目を逸らした。
少女は教壇に向かってツカツカと歩き、先生のいない黒板の前に立った。クラス全員を見渡して、一息吸って——
「[serious]私は惣流アスカ・ラングレー。ドイツから来たわ。日本語もドイツ語も英語も話せる。成績はずっとトップよ。わからないことがあったら聞きなさい、教えてあげるから」
……沈黙。
クラス全員が呆気にとられて、誰も何も言えなかった。
そのままアスカは教室をゆっくり見渡して——シンジで目が止まった。
「[cold]あんた、碇シンジ?」
「……え、あ、うん」
なんで名前を知ってるんだ。シンジが固まっていると、アスカはシンジを頭のてっぺんからつま先まで品定めするような目で見て、
「[sarcastic]……ふーん。思ったよりパッとしないわね」
そう言いながら、シンジの斜め前の空席にスタスタと座った。
なんで自分を名指しで呼んだのか。なんでその席を選んだのか。聞こうとしたけど、アスカはもうシンジを見ていなかった。前を向いて、颯爽と教科書を出している。隙がない。
トウジが隣でシンジの耳元に顔を寄せてきた。
「[whispers]……すごい子来たな」
シンジはそっとうなずいた。それしかできなかった。
一時間目が終わった瞬間だった。
シンジが伸びをしようとしたら、斜め前の席から「はい」と言いながら誰かが教科書をドンと自分の机に置いた。
アスカだった。
「[serious]昨日の授業の続きよ。ここ、難しいから先にやっておきなさい」
「え……あの、ちょっと待って」
「何? ここがわからない? じゃあ最初から教えてあげる」
アスカは聞いていなかった。机に乗り出すようにして、教科書のページを指でトントンとたたきながら、ものすごいスピードで説明し始める。
シンジはそもそも昨日の授業の内容をほとんど覚えていなかった。話が噛み合わない。でもアスカは気にしない。どんどん先に進む。
となりでトウジが「碇、すごいな、家庭教師やん」とひそひそ言ってくる。シンジは助けを求めるようにトウジを見た。トウジはニヤニヤしながら目を逸らした。助けてくれない。
体育の授業は、さらに大変だった。
準備体操が終わった瞬間、アスカが大声で「ペアは私と組みなさい! 絶対に命令よ!」と言い放った。
シンジはとっさに反対方向に全速力で走った。
「[angry]ちょっと!! なんで逃げるの!!」
「ご、ごめん、もう別の人と組んじゃって!」
「まだ誰とも組んでないじゃない!!」
追いかけてくる足音がする。シンジは体育館の端を全速力で逃げながら、逃げちゃダメだ、と頭のどこかで思いつつ、でも足が止まらなかった。クラスのみんなが爆笑しながら見ていた。
昼休みになった。
シンジが自分の席に戻ると、机の上にはまた例の風呂敷弁当があった。
開けようとしたところへ、ドスン、とアスカが自分のお弁当箱を机の横に叩きつけてきた。
「[serious]一人で食べるなんて暗いのよ。私と食べなさい」
シンジが何か言う前に、アスカはシンジの机の上の風呂敷弁当を見た。
目が止まった。
「……それ、誰の?」
「わ、わからない。今日も気づいたらあって……」
アスカの目がすうっと細くなった。口元がきゅっとなる。
「……ふーん」
それだけ言った。それだけだったけど、なんか空気が変わった気がした。アスカはそのまま窓の外を向いて、自分のお弁当箱を黙って開けた。
シンジはよくわからないまま、謎の弁当のふたを開けた。今日も卵焼きと鮭だった。きれいに詰まっている。美味しそうだった。
隣でアスカが、ものすごく静かにお弁当を食べていた。
なんか怖かった。
翌朝。転入三日目。
シンジが教室に入ると——また弁当があった。そして。
「[excited]はい、これ。私が作ってきてあげたんだから、感謝しなさい!!」
アスカが教室のドアの前に仁王立ちで待っていて、シンジにお弁当箱を突きつけてきた。
周りのクラスメイトたちがざわざわし始める。トウジが「おっ、弁当!?」と反応して近寄ってくる。
シンジは受け取った。ずっしりしている。……なんか重い。
ふたを開けた。
シンジの手が止まった。
卵焼きが、真っ黒だった。
炭みたいに黒い。表面がパリパリに焦げていて、端っこがちょっとだけ原型をとどめている程度だ。おにぎりは……握力で米粒がつぶれているのか、もちもちというより完全に餅の密度になっていた。きんぴらごぼうは、ちゃんとした色をしている。これだけは大丈夫そうだ。
クラスの半分くらいが遠巻きに固唾をのんで見守っていた。
シンジは恐る恐る箸を出した。卵焼きの端をちょっとだけつまんで、口に入れた。
……苦い。
ものすごく苦い。焦げの苦さが口の中に広がった。それだけじゃなくて、なんか中がまだ半熟のところもある。外が真っ黒なのに中が生っぽい、という謎の卵焼きだった。
「[serious]感想は?!」
アスカが腕を組んで、真剣な目でシンジを見ている。
シンジは顔が引きつっているのを自分でもわかった。どうしよう。どうすれば。
「え……あ……お、おいしい……かも?」
「[angry]その顔のどこがおいしいって顔よ!!」
アスカがすごい勢いで突っ込んできた。
教室が爆笑の渦になった。トウジが腹を抱えて笑っている。女子グループも必死に笑いをこらえている。シンジは謎の弁当と炭化弁当の二つを前に、頭を両手で抱えた。
「[angry]なんで正直に言わないのよ! まずかったら言いなさいよ!!」
「そ、そういう、こと、言えないでしょ普通……!」
「[sarcastic]普通?! まずい弁当を食べさせて感想を聞かれたら正直に言うのが筋ってもんでしょ!!」
「それを言ったらまずいって怒るでしょ絶対!!」
「当たり前でしょ怒るわよ!! でもまずいっていうのを正直に言わないのも怒るわよ!! どっちにしろ怒るわよ!!」
「それじゃあどうしろって……!!」
クラスがさらに爆笑した。
アスカは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。シンジは息切れしながら机の上の二つの弁当を見た。なんでこうなったんだろう。
トウジが涙をぬぐいながら「碇、お前大変やな……」とぼそっと言った。シンジはため息をついた。
放課後。転入四日目。
「[serious]あんたの家ってどこ? 送ってあげるわよ。感謝しなさい」
アスカが下駄箱でシンジの腕をつかんだ。腕を引っ張りながら校舎を出ていく。シンジが「え、あの、一人で帰れるんだけど」と言う間もなかった。
ナミキ通り商店街——ダイサン中から西へ歩いて八分ほどの商店街だ。全長三百五十メートルほどで、食べ物屋から古本屋まで四十二軒くらいが並んでいる。シンジが最初の夜に肉まんを買おうか迷ったコンビニも、ここにある。
アスカは迷いなくその中の一軒の前で立ち止まった。
ケーキ屋「フリューゲル」。ドイツ菓子の専門店らしく、飾り窓の中に見慣れない形のケーキが並んでいる。
「[gentle]ここのアプフェルシュトゥルーデル、ドイツのより美味しいのよ」
アスカが独り言みたいにそう言って、店に入っていった。シンジもなんとなくついていった。
アプフェルシュトゥルーデルというのは、薄い生地にリンゴの詰め物を巻いた焼き菓子らしい。アスカは迷わず二つ買って、一つをシンジに押しつけてきた。
「食べなさい」
「え、あの、お金は」
「いいわよ。奢ってあげる、感謝しなさい」
なんでも感謝しなさいと言う人だ、とシンジは思った。
二人で商店街の通りに出て、並んで歩きながら食べた。アプフェルシュトゥルーデルは、生地がサクサクして、中のリンゴが甘くて少し酸っぱかった。美味しかった。
しばらくの間、二人は黙って歩いた。商店街のざわめきが周りにある。魚屋のおじさんが値段を叫んでいる。子供がお母さんに手を引かれて歩いている。
アスカが、前を向いたまま口を開いた。
「[whispers]……ドイツではね、友達があんまりいなかったの」
シンジは少し驚いた。声がいつもより小さかった。
「帰国子女って、どこへ行っても浮くのよ。日本にいる時は外国人みたいに見られるし、ドイツにいる時は日本人って言われるし。英語でしゃべると生意気って思われたりして」
前を向いたまま、淡々と話す。自慢でも愚痴でもなく、ただ事実を話しているような口調だった。
シンジはしばらく黙っていた。なんて言えばいいかわからなかった。でも、そのまま黙ってるのも違う気がした。
「……僕も、転校ばかりしてたから」
アスカが少しだけこっちを向いた。
「友達、いなかったよ。どうせまた引っ越すしって思うと、仲良くなる気にもなれなくて」
これが、アスカに自分のことを話した、初めての瞬間だった。シンジは言いながら、自分でも少し驚いた。なんで話したんだろう。
アスカはしばらく何も言わなかった。また前を向いた。アプフェルシュトゥルーデルを一口かじった。
「……ふーん」
それだけだった。それだけだったけど、さっきまでとちょっと空気が違った。
二人の間の沈黙が、なんか前より柔らかくなった気がした。気のせいかもしれない。でも、なんかそんな気がした。
シンジはアプフェルシュトゥルーデルの残りをかじりながら、アスカがずっと纏わりついてくる理由が、強さを見せたいだけじゃないかもしれないと、ぼんやり思った。
ハイツ・シラカバ102号室。
夜。
シンジはベッドに寝転がって、イヤホンをつけていた。チェロの音が流れている。白い天井を見上げて、今日あったことをぐるぐると思い返していた。
炭化した卵焼き。爆笑するクラス。アスカの「友達がいなかった」という声。
謎の弁当は、今日も誰が置いたのかわからなかった。アスカは「そんなの知らないわよ」と明言していた。嘘をついている感じはなかった。だとすると、本当に別の誰かが——
ブー、と震動した。
携帯電話だった。
画面を見ると、「非通知設定」という文字が出ていた。
シンジはイヤホンを外して、通話ボタンを押した。
「……もしもし?」
何も聞こえない。
ざあっ、という微かなノイズだけが、数秒間流れた。
そして、通話が切れた。
シンジは画面を見つめた。折り返しを試みた。当然、かからない。非通知だから。
間違い電話かもしれない。でも。
シンジはもう一度天井を見た。
謎の弁当の主は、誰なのか。
父のことを、考えた。ゲヒルン教育財団の理事長室から来た書類のこと。この街の学校を管理しているのが碇ゲンドウだという事実のこと。
誰かが、シンジがここにいることを知っている。
チェロの音が、イヤホンの外から薄く漏れて聞こえていた。
シンジは目を閉じた。眠れる気がしなかった。