サードインパクト☆ラブコメ大作戦!
ある朝、大三学中学校の2年1組は大混乱に包まれた。新しい転校生がやってきたのだ。碇シンジ――小柄で黒髪の少年で、「別にここに来たかったわけじゃないんだから…」とぶつぶつ呟くのが止まらない。
しかし、シンジの本当の問題は転校ではなかった。なぜか三人の少女たちが、一斉に彼こそが自分たちがそばにいるべき「絶対的な存在」だと決めてしまったのだ。
まず一人目は綾波レイ。白い髪に赤い瞳、無表情の彼女は毎朝、手作りの弁当をシンジの机に置く。「食べて」とだけ言い残し、すぐに去っていく。理由を尋ねると、「必要だから」とだけ答える。説明も理屈も一切なし。
次に惣流アスカ・ラングレー。赤い髪でドイツ育ち、クラスで一番声が大きい。 「あんた、全然ダメじゃない!だから私が面倒見るんだから感謝しなさいよ!」とシンジの後をついて回る。助けているのか、ただ騒いでいるのかは誰にもわからない。
そして三人目――ここから事態は本格的におかしくなるが――担任の葛城ミサト先生だ。「シンジく〜ん!おはよう!先生、すごく心配してたんだから!」授業中にお菓子を差し入れ、放課後は一緒に帰ろうとし、教師と生徒の境界線をすっかり忘
サードインパクト☆ラブコメ大作戦! - 逃げちゃダメだ、でも全部バレた——弁当ゼロの三日間と前夜の衝撃
机の上が、空っぽだった。
三日前まで必ずあった白い風呂敷の包み。出汁の匂い。卵焼きの黄色。全部、消えていた。
シンジはカバンを床に置きながら、その空白をじっと見つめた。
(なくなった)
席に座る。窓の外、中庭のケヤキが朝の風に揺れている。隣の席を横目で見ると、綾波レイは静かに前を向いて教科書を開いていた。シンジの方を一切見ない。
斜め前のアスカは、シンジが来た時から視線を窓に固定したまま動かしていない。艶のある赤髪が光の中でゆれる。でも顔は向かない。
三日間、ずっとこうだった。
「ホームルームはじめまーす」
ミサトが入ってきた。濃い紫のショートボブが弾む。琥珀色の目が教室を流れるように見渡す——でも、シンジのところで止まらない。
1時間目。国語の授業が始まった。
ミサトはいつものように教室を歩き回りながら、生徒を次々と指名していく。
「鈴原くん、この文の主語はどこ?」
「[scared]あ、えーっと……ここ、やと思います」
「正解!」
一列ずつ。前から後ろへ。窓側から廊下側へ。
シンジの番が来る——はずだった。
ミサトの視線が、シンジのひとつ前の席を過ぎて、そのまま後ろの席に移った。
「松本さん、続きを読んで」
飛ばされた。
シンジは机の上の教科書の文字を見つめた。行がぼやける。口の端を少し引き結んで、また前を向いた。
隣の席の鈴原が、こっちをちらっと見た。
何かを言いかけた顔だった。でも前の席の子が「今はやめとき」と小声で止めた。
鈴原は黙った。
クラス全員が、空気を読んでいる。
——三人が距離を置いているから、誰も近づけない。そういう構図になっている。シンジは自分がガラスのケースの中に入れられているみたいだと思った。見えるのに、触れない。声が届かない。
* * *
昼休み。シンジは屋上に上がった。
ポケットの中にコンビニのレシート。ローソンで買ったツナマヨおにぎりが一個。百三十八円。
給水タンクの陰のベンチに座る。風が冷たい。空は高くて青くて、箱根の山の稜線がくっきり見えた。
(ここに来たら、前は)
温かい缶コーヒー。「がんばれ」のメモ。あの三文字がポケットの中にある。今も持っている。捨てられない。
今日は何もない。ベンチが冷たい。風だけが吹いている。
シンジはおにぎりの包みを剥がした。一口かじる。
味がしない。しないわけじゃない。ちゃんとツナの味がする。でも口の中に広がらない気がした。
「……結局、僕は何も変わってないんだ」
声に出すと、思ったより静かに聞こえた。
あの日、手を挙げた。「喫茶店がいいと思います」と言えた。クラスが動いた。初めての感覚だった。あれは本物だと思っていた。
でも四話目——じゃない、その翌日。また「どっちでもいい」と逃げた。昨日と同じだ。一歩進んで、また元に戻る。
おにぎりをもう一口。飲み込む。
(三人とも、本気で怒ってる)
アスカは目を合わせない。レイは弁当を置かなくなった。ミサトは授業で当てない。三種類の「無視」が、全部違う痛み方をする。アスカのは熱い。レイのは冷たい。ミサトのは……なんか、寂しい。
——その時。
下から声が聞こえた。
女の子の声。怒鳴り声。
「[angry]あんたなんかに、シンジの何が分かるのよ!!」
シンジはおにぎりを持ったまま立ち上がった。
* * *
屋上の扉を蹴破るように開けて、階段を三段飛ばしで降りる。1階。中庭への扉。
飛び出した先、ケヤキの木の下。
アスカがいた。レイがいた。
アスカは泣いていた。
アクアブルーの目が赤くなっている。ごしごしと腕で拭くから余計に赤い。腕を振りながら叫ぶ声が震えていた。
「[crying]私、ずっと一人で頑張ってきたの! 誰にも負けないって、ずっとそうやってきた! でも、認めてほしかっただけなの! それだけなのよ! 碇が……あんたがっ……」
レイは微動だにしない。银白色の髪。深紅の瞳。158センチの細い体が、ケヤキの幹のそばにまっすぐ立っている。
でも、その目が——。
かすかに潤んでいる。
アスカが言葉を切った瞬間。
レイが、静かに口を開いた。
「……私も」
声が小さくて、でも聞き取れた。
「認めてほしかった。碇くんに」
アスカの顔が固まった。
「……は」
「あなたと、同じ気持ちだった」
抑揚のない声。でも、その声には何か——すごく丁寧に積み上げてきたものが、崩れる寸前みたいな感じがあった。
アスカが言葉に詰まっている。
シンジはケヤキの手前で足が止まっていた。遠巻きに固まっているクラスメイトが四、五人いる。でも誰も声を出せない。
そこへ、廊下側から足音。
「[surprised]二人とも落ち着いて! 先生が間に入るから! シンジくんのことは先生が一番——」
ミサトが駆けてきた。紫のショートボブが揺れる。手を広げながら二人の間に滑り込もうとして——
ぴたっ、と止まった。
「……シンジくんのことは先生が一番、って……」
自分の言葉を、自分でなぞって。
「……先生が一番って、何を言ってるんだろ、先生」
琥珀色の目が、わずかに揺れた。いつも元気で、どんな時でも「大丈夫だよ!」と笑えるミサトが、珍しく言葉を失っている。
一秒の沈黙。
三人の視線が、一斉にシンジに向いた。
刺さる。
足が震えた。口の中が乾く。逃げたい——逃げたい、でも。
(逃げちゃダメだ)
シンジは一歩、前に出た。ツナマヨのおにぎりを握ったまま。
「……僕が、悪かった」
声が震えた。続けた。
「みんなの気持ち、ちゃんと考えなくて。ごめん」
アスカが目を細める。
「[cold]……それだけ? 謝るだけ?」
「違う。ちゃんと……僕の意見、言う」
「怒られても、嫌われても。逃げない」
言葉が出た。がんばれのメモがなくても、誰かに背中を押してもらわなくても。自分の口から出た。
アスカが、ぐいっと顔を背けた。でも肩が少しだけ落ちた。怒っている肩の力が、ほんの少し抜けた。
レイはシンジを見ていた。視線が外れない。何も言わないけど、外れない。
シンジは踵を返した。
「教室で、みんなの前で話す」
歩き出す。
ミサトが目を丸くした。「あ、先生より先に——」と呟いて、慌てて後をついてくる。気づいたら、アスカもレイも、無言でシンジの背中についてきていた。
* * *
ざわついていた教室が、シンジが扉を開けた瞬間に静まった。
クラスメイト全員の目が集まる。三十二人分。
シンジは椅子を引かなかった。立ったまま。
「文化祭の喫茶店、ドイツ風でも和風でもなく——全部混ぜたものにしたい」
ざわ、と空気が動いた。
「アスカのドイツケーキと、レイの和菓子と、あと……ミサト先生の……えっと……おつまみは、やめて……とにかく、みんなの良いところを全部出すお店にしよう」
一拍。
クスクス笑いが起きた。クスクスがどっと弾けた。「おつまみはやめてって!」「正直!」という声が重なって、教室が笑い声に満ちた。
ミサトが「え、私のおつまみそんなにダメ!?」と大声で言って、また笑いが広がった。
「[angry]はあ!? なにそれ、めちゃくちゃじゃない!」
アスカが立ち上がって怒鳴った。でも——口元が、わずかに緩んでいた。
レイが小さく頷いた。それだけだった。でもそれがレイの「賛成」だと、シンジには分かった。
ミサトが鼻をすすった。泣き笑いの顔で。
「[crying]シンジくん……成長したねぇ……」
「先生が一番言えた立場じゃないのに……もうっ……」
鈴原が「よっしゃ! 全部混ぜ喫茶店で行くぞー!」と叫んで、クラスが拍手した。
シンジはクラスの真ん中に立ったまま、笑い声の中にいた。
——初めて、笑い声の中心に立っている。教室が自分のせいで笑っている。怒られたわけじゃない。呆れられたわけじゃない。この笑いは、温かい。
胸の奥で何かが、じわっとした。
* * *
文化祭前日の夜。
教室の窓から外は真っ暗だった。廊下の電灯だけが黄色く点いている。折り紙、画用紙、テープ。シンジは一人で残って、喫茶店の飾り付けを仕上げていた。
他のみんなは帰った。「シンジくんも早く帰りなよー」とミサトに言われたけど、もう少しだけと断った。明日、ちゃんとした形で迎えたかった。
ハサミで画用紙を切る。チョキ、チョキ。静かな音が廊下に吸われていく。
折り紙でドイツ風の星を折って、和紙で梅の花を切って、それを隣に並べる。アスカとレイのイメージを混ぜた飾り付け。うまくできているかは分からないけど、シンジはこれが「みんなの喫茶店」だと思った。
カバンを肩にかけて、教室の電気を消した。
廊下を歩く。1階へ降りる。正面玄関じゃなく、ゲヒルン・スクエア側の渡り廊下を通る方が近道だった。
ゲヒルン・スクエア——ダイサン中に隣接する地上六階・地下二階の灰色のオフィスビル。ゲンドウが率いる教育財団の本部。夜になっても一部の窓に明かりが点いていた。
渡り廊下を進む。夜の空気が窓ガラスを冷やしていた。シンジの足音が響く。
——地下に続く駐車場スロープの手前で、足が止まった。
スロープの先。明かりがある。人影が二つ。
低い声が聞こえた。
聞いたことのある声だった。
シンジは壁に張り付いた。息を止めた。折り紙の束を胸に抱えたまま。
「綾波。計画通りに進めろ」
ゲンドウの声だった。
感情のない声。サングラスの向こうで、何も動かない声。
静寂。
そして——
「……はい、理事長」
レイの声だった。
シンジの手から、折り紙が一枚、はらりと落ちた。
音に気づかないよう、シンジは動かなかった。動けなかった。
(計画)
頭の中で何かが、ゆっくりとひっくり返り始めた。
弁当。毎朝、鍵のかかった教室に置いてあった弁当。「必要だから」という言葉。がんばれのメモ。転入の命令。「期待している」というたった一言。
全部が——父の計画の一部だったのか。
レイは命令されていた?
今日の中庭も。教室の提案も。あの「認めてほしかった」という涙も——全部、誰かの計画の駒として動いていた?
シンジは壁に背中を押し当てながら、ずるずると、床に崩れ落ちた。
膝が床につく。折り紙がひらひらと散る。星の形と、梅の花の形が、廊下の薄暗い電灯の下に広がった。
泣きたいのか、怒りたいのか。分からなかった。
頭が真っ白で、何も考えられない。ただ、信じていたものが音を立てて崩れる感覚だけが、じわじわと全身に広がっていった。
散らばった折り紙の中に、自分が切った梅の花がある。
レイの和菓子のイメージで作った、それ。
シンジはそれを見つめながら、動けないまま——翌朝、文化祭当日が来ることを知っていた。