HUNTER×HUNTER リキッドスチール
薄暗く果てしないハンター試験、第一試験会場のトンネル。不気味なほど静かな目をした少年が、受験者の群れに紛れ込む。名はクロ、十四歳。天性の観察眼と、心の奥底に秘めた念能力を持つ。
ゴン、キルア、クラピカ、レオリオと行動を共にするうち、彼の乾いたユーモアはレオリオと衝突し、的確な助言はクラピカの感心を買う。ゼビル島では、一瞬その手に走った金属的な輝きがキルアの目に留まり、若き暗殺者はその秘密を暴こうと決意する。
真実が明かされるのは天空闘技場。キルアに問い詰められたクロは、液体金属を操る能力「メタリックスキン」を披露する。だが、それは氷山の一角に過ぎない。彼の真の系統は特質系。その能力「ゲームステート・インターフェース」は、自らのオーラの親和性を六系統すべてに任意で再配分することを可能にする。それは神にも等しい力だが、残酷な制約を伴う。再配分は一日に一度限り、そして単一系統の出力を八割以上に引き上げれば、一時間に及ぶ激しい肉体的苦痛が代償として降りかかる。
この力が、過去の亡霊を引き寄せる。クロの殺された師の元同僚、ヴァレクが、彼の手に宿る金属に気づく。嘲笑は深く突き刺さる。「あのジ
HUNTER×HUNTER リキッドスチール - 地下トンネルの異物
地下トンネルの入り口は、ザバン市の廃ビル地下にぽっかりと口を開けていた。薄暗い蛍光灯が、かろうじて通路を照らしている。湿った空気と、どこか錆びた鉄の匂いが混ざっていた。
404人の受験者たちが、ざわつきながら集まっている。
試験官のサトツが、ポケットに手を突っ込んだまま振り返った。痩せ型の男で、紫の髪をぴっちりと撫で付けている。眼鏡の奥の目は、値踏みするように受験者たちを眺めていた。
「一次試験の内容を説明する」
声はよく通った。受験者たちのざわめきが、ぴたりと止む。
「この地下通路を走ってもらう。全長約80km。私のペースに遅れずついてくること。脱落した者はその場で失格だ」
サトツはそれだけ言うと、くるりと背を向けた。
「開始だ。ついて来い」
サトツが走り出す。ゆったりとした、ランニングと呼べるペースだった。しかし、次の瞬間、受験者たちは理解する。これはただのランニングではない。
10分後には、もう脱落者が出始めた。
20分もしないうちに、喘ぎながらへたり込む者が続出する。遅れずついてくること、というルールは残酷なほど明確だった。止まった者、ペースが落ちた者は、無言で道を塞ぐ係員に連れて行かれる。
群衆の中で、クロは無駄のないフォームで走っていた。
黒髪をオールバックに整え、後ろで短く一つに結んでいる。光を吸い込むような深い黒色の瞳は、ただ前方だけを見据えていた。感情が一切読み取れない。ハイネックの軍服風コートのボタンも外さず、濃紺のズボンに黒い革靴。まるで散歩にでも来ているかのような、落ち着き払った走りだった。
年齢より成熟した、引き締まった細身の体。その左の手首から肘にかけて、時折、銀色の線が淡く浮かんで消える。師の形見である銀のペンダントが、コートの下で小さく揺れた。
背筋が伸び、隙のない立ち姿は、走っていても崩れない。周囲の喧騒も、脱落していく者たちの悲鳴も、彼には聞こえていないようだった。
(集まったな、今年も。ろくな奴はいない、と思ってたけど……)
群衆の中で退屈そうに走っていたキルアが、青い目を細めた。
逆立った銀色の髪が、蛍光灯の光を受けてほのかに輝く。猫科の動物を思わせる大きな瞳が、クロの背中を捉えていた。
(あいつ、年、近いのか? それに、走り方が変だ)
キルアの観察眼は、暗殺者として培われたものだ。
クロはまったく無駄な力を使っていない。まるで機械のように、必要な筋肉だけが動き、他は完全に脱力している。疲れている様子も、必死さもない。
(面白い奴がいるじゃん)
その時だった。
サトツが、走りながら微かにオーラを放出した。念能力を知らない一般人なら、ただのプレッシャー、不安感として感じる程度のものだ。選別のための、ささやかな威圧。
クロの肩が、一瞬だけ強張った。
ほんのわずかな反応。だが、キルアは見逃さなかった。
(あっ……今、反応した)
キルアの顔に、危険な笑みが浮かんだ。
一方、少し後方ではレオリオが喘いでいた。
「く、クソッ……なんで、一次試験がマラソンなんだよっ……!」
スーツ姿の長身の男。サングラスをかけた顔は汗まみれで、暑さと疲労で真っ赤だ。背負った大きなバッグが、走りのバランスを崩している。
「レオリオ、無駄口を叩くな。体力を消耗する」
隣を走る金髪の美少年が、落ち着いた声で言った。クラピカの走りもまた、無駄がなく洗練されている。民族衣装のような藍色の服が、淡い光を受けて静かに揺れていた。
「う、うるせえっ! こっちはなあ……!」
その時だった。
レオリオの足がもつれた。疲労で膝が抜けたのだ。彼は前のめりに倒れかけ、背負ったバッグが肩から滑り落ちる。
「レオリオ!」
クラピカが叫ぶ。だが、止まったら失格だ。
次の瞬間、滑り落ちかけたバッグを、片手がひょいと持ち上げた。
クロだった。
クロは無言でレオリオのバッグを抱え、速度を落とすことなく走り続ける。その手はまるで空気でも掴むように軽々と重い荷物を支え、靴音だけが規則正しく響いていた。肩越しにちらりと見ただけで、眉一つ動かさない。まるで塵でも拾ったかのような無関心さだった。
「あ……お、おいっ!」
「すまない、ありがとう!助かった!」
クラピカが礼を言うが、クロは振り返りもしなかった。その黒い瞳は、相変わらず前方のサトツだけを見据えている。
「なんだあいつ……?」
「わからない。でも、礼は言っておく」
「おい!」
明るい声がした。
いつの間にか、クロの横に並んだ少年がいた。
逆立った深緑の髪。眠そうなのに好奇心にぎらつく大きな茶色の瞳。
釣り竿を背負った、154cmほどの小柄な体。クロの胸のあたりまでしかない。
ゴン=フリークスが、クロの顔をのぞき込む。
「すごい力だね! あのバッグ、すごく重そうだけど!」
クロは答えない。
「俺、ゴン! 君、名前は? 年は? なんでハンター試験受けたの?」
矢継ぎ早の質問。純粋な、邪気のない好奇心だった。
普通なら、うんざりする。
だが、クロはほんの少しだけ、口元を動かした。苦笑にも見える、微妙な表情。
(こいつは……)
ゴンの視線は、まったく悪意がない。ただ、面白いと思ったことを面白いと言う。そんな純粋さが、逆にクロの心に小さな棘を刺した。
(こういう光が、何よりも眩しい)
心の奥に閉じ込めている暗い炎が、チリチリと音を立てる。
「ねえ、教えてよ!」
「おい、俺にも聞かせろよ」
今度はキルアが割り込んできた。
銀髪の少年は、ゴンの隣に並び、クロを品定めするように見る。青い瞳が、危険な光を帯びていた。
「お前、さっき試験官の"アレ"が見えたんだろ?」
直接的な問いかけ。
クロの黒い瞳が、初めてキルアを正面から捉えた。
走りながら、二人の視線がぶつかる。
一瞬の沈黙。
「……お前こそ」
クロの声は、低く、平坦だった。
でも、キルアにはそれで十分だった。お互いが念能力者であること。それを暗黙のうちに確認し合った瞬間だ。
「へえ……やっぱりな」
キルアの顔に、危険な笑みが戻る。
「え? 何? 二人とも何の話してるの?」
ゴンが首をかしげる。
でも、その顔も真剣だった。言葉の意味はわからなくても、二人の間に走った緊張感を、彼ははっきりと感じ取っていた。身を乗り出すようにして、さらに二人の顔を見比べる。
「お前、名前は?」
キルアが聞いた。
「クロ」
ただ一言。
「クロか。覚えたぜ」
キルアは笑い、それ以上は何も言わなかった。
でも、その目は言っていた。
――お前がどんな能力を持っているのか、後でじっくり見せてもらうぜ。
長い地下トンネルに、出口の光が差し込み始める。
最初は針の先ほどの小さな白だった。それが、徐々に大きくなり、トンネル全体を白く染めていく。
受験者たちから、安堵の吐息が漏れた。
「はあ……やっと、終わりか……」
レオリオが額の汗を拭う。
しかし、クロの目は、出口の光を見ながらも、まったく別のものを見ていた。
その瞬間、クロは走りながら初めて口を開いた。
「試験官、次の試験はもっと面白いものですか」
サトツは振り返らなかった。
でも、口元だけで笑ったのがわかった。
「面白いかどうかは人次第だ」
クロの黒い瞳の奥に、一瞬だけ暗い炎が燃え上がる。その瞳は試験官の背中を焼き尽くすかのように見つめ、しかしすぐに感情の幕で覆い隠された。
ハンターライセンスが欲しいわけじゃない。
その先にある何か――。
彼が求めているのは、資格でも、名誉でもなく、ただ一つの手がかり。
師を殺した仇を追うための、ただの手段だ。
「クロ!」
ゴンの声が、その暗い炎をかき消すように響く。
「試験が終わったら、もっと話をしよう! 俺、君のこと、もっと知りたい!」
クロは答えなかった。
でも、ほんの一瞬、口元が緩んだ気がした。
(こいつは…本当に…)
眩しすぎる光が、トンネルから溢れ出す。
404人の受験者たちは、それぞれの思いを胸に、出口の光に向かって走り続けていた。
脱落者はすでに半数を超えていた。
第287期ハンター試験は、まだ始まったばかりだ。
そしてクロは、その光の中に足を踏み入れながら、ふと思った。
(ハンター試験、か。師が話してくれたように、馬鹿げているが、面白い舞台だ。あの銀髪——キルア、と言ったか——おそらく俺と同じ領域に立っている。あの目は、遊びの目だ。それにあのゴンという少年。警戒心もなく、すぐに距離を詰めてくる。うざったいが、不思議と悪い気はしなかった。)Noveliaとは?
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