HUNTER×HUNTER リキッドスチール
薄暗く果てしないハンター試験、第一試験会場のトンネル。不気味なほど静かな目をした少年が、受験者の群れに紛れ込む。名はクロ、十四歳。天性の観察眼と、心の奥底に秘めた念能力を持つ。
ゴン、キルア、クラピカ、レオリオと行動を共にするうち、彼の乾いたユーモアはレオリオと衝突し、的確な助言はクラピカの感心を買う。ゼビル島では、一瞬その手に走った金属的な輝きがキルアの目に留まり、若き暗殺者はその秘密を暴こうと決意する。
真実が明かされるのは天空闘技場。キルアに問い詰められたクロは、液体金属を操る能力「メタリックスキン」を披露する。だが、それは氷山の一角に過ぎない。彼の真の系統は特質系。その能力「ゲームステート・インターフェース」は、自らのオーラの親和性を六系統すべてに任意で再配分することを可能にする。それは神にも等しい力だが、残酷な制約を伴う。再配分は一日に一度限り、そして単一系統の出力を八割以上に引き上げれば、一時間に及ぶ激しい肉体的苦痛が代償として降りかかる。
この力が、過去の亡霊を引き寄せる。クロの殺された師の元同僚、ヴァレクが、彼の手に宿る金属に気づく。嘲笑は深く突き刺さる。「あのジ
HUNTER×HUNTER リキッドスチール - 試験の牙と隠された光
トリックタワーの内部は、ひんやりとした空気に満ちていた。石壁の隙間から、どこか遠くの水滴の音が聞こえる。クロは四人の後ろを歩きながら、壁の石の積み方、通路の分岐点に残る微細な靴跡、天井の高さの変化を、まるで呼吸するように頭の中に叩き込んでいた。
クロの黒い瞳は、光を吸い込むような深さで前を見ている。黒髪をオールバックに整え、後ろで短く一つに結んだ髪が歩くたびに小さく揺れた。背筋は針金のように真っ直ぐで、左手首から肘にかけて時折銀色の線が淡く浮かんでは消える。
「ここ、なんだか変な感じがするね!」
ゴンが逆立った深緑の髪を揺らしながら振り返った。大きな茶色の瞳が好奇心にぎらついている。
「罠が多すぎる。まともな塔じゃないな」
キルアはポケットに手を突っ込んだまま、壁に刻まれた小さな傷を指先でなぞった。青いアーモンド型の瞳が猫のように細められる。銀色の髪が、ほの暗い通路でぼんやりと光っていた。
「気をつけて進みましょう。一次試験を突破した者でも、ここで半数は落ちると聞きます」
クラピカが短く言った。金髪の美少年は藍色の民族衣装を揺らしながら、警戒を怠らない目で通路の先を睨んでいる。
「つーか、なんで俺たちがこんな面倒なことしなきゃならねえんだよ……」
レオリオがため息をついた。長身のスーツ姿はもう汗でくたびれており、サングラスの奥の目が疲れ切っている。
そのときだった。
通路の幅が突然広がり、五つの扉が目の前に現れた。それぞれの扉の上に、AからEまでの文字が刻まれている。中央の石碑には、かすれた文字でこう書かれていた。
『五人が全員、同じ扉を選べ。合意なき者は、この先には進めぬ』
「五人全員で合意しろってことか……」
レオリオが額の汗を拭った。
クロは無言で五つの扉の前に立った。まるで機械のように、視線を走らせる。A扉の床の微細な擦り傷。C扉の蝶番の緩み具合。E扉の隙間から漏れる気流の方向。すべてが数秒でデータとして頭の中に叩き込まれた。
「Bだ。Bを選べ」
声は平坦で、温度がなかった。
「はあ!? ちょっと待てよ、なんでBなんだ!? 説明しろよ!」
レオリオが声を荒げた。
「説明している時間で、正解ルートが閉まる可能性がある。選べ」
クロは振り返りもしない。
「だからって、なんで見ず知らずのお前の言うことを、何の理由もなく信じなきゃならねえんだ! まるで俺たちを道具か何かみたいに扱いやがって!」
レオリオが一歩前に出た。拳を握りしめ、血管が浮き出ている。
クロはようやく振り返った。その黒い瞳に、レオリオの怒りが映る。でも、そこに感情はない。ただの情報として処理しているだけだ。
「B扉の床には、複数名が通過した摩耗痕がある。C扉の蝶番は油が新しい。踏まれた形跡がない。AとEは気流の方向が逆流している——閉塞区画だ。Dは罠の痕跡がある。消去法だ」
淡々と、数字を読み上げるように。
レオリオの口が開いたまま固まった。
「お前……いつの間にそこまで……」
「今は議論している場合じゃない。レオリオ、彼に従おう。時間がない」
クラピカが冷静に割って入った。
「だ、だが……!」
「彼の判断は正確だ。感情的になるな」
レオリオは唇を噛みしめ、拳が震えている。怒りが収まっていない。それでも、クラピカの言葉に押されて、無言でB扉の前に立った。
「すごいや、クロ! そんな細かいところまで見てたんだね!」
ゴンは純粋な尊敬の眼差しでクロを見つめている。
クロは答えない。ただ、B扉を押し開け、先に進んだ。
通路を抜けると、そこは小さな踊り場になっていた。壁には魔法の鏡がはめ込まれており、他のルートを選んだ受験者たちの姿が映し出されている。彼らは床の落とし穴に落ちたり、壁から飛び出した槍に貫かれたり、次々と脱落していく。
「うわっ……!」
レオリオの顔色が変わった。
クロの判断が正しかったことが、無言で、残酷に証明されていく。
キルアは口元だけで笑った。
(やっぱりな。こいつはそういう奴だ)
塔の中盤。
通路が大きく開けた場所に出た。そこは、まるで闘技場のような円形の空間だった。そして、中央には三人の囚人が立っている。
巨体の男が一人。全身が傷跡だらけで、腕の太さはクロの腰ほどもある。
「ハンター試験だと? 笑わせるな。お前らみたいなガキどもが、俺たちを倒せると思ってるのか!」
囚人が吠えた。
「ルールは簡単だ。三人のうち、一人でも倒せたら通過させてやる。ただし——負けたら死ね」
「誰が戦う?」
「俺がやる!」
「じゃあ、俺は見てるぜ」
ゴンが釣り竿を構えて飛び出そうとした、そのとき。
レオリオが先に動いていた。
「俺がやる! お前らは下がってろ!」
さっきのクロへの怒りがまだ燻っているのだろう。レオリオは巨体の囚人に向かって突っ込んでいった。
でも。
「遅いんだよ!」
囚人の拳が、レオリオの腹にめり込んだ。
ドッ。
鈍い音。
レオリオの体が、まるで人形のように壁に叩きつけられた。背中から壁にぶつかり、そのまま床に崩れ落ちる。
「ぐっ……ああ……!」
口から血が滴り落ちた。肋骨が嫌な音を立てている。
囚人は嗤いながら、倒れたレオリオに近づく。
そのときだった。
クロが動いた。
音もなく。予備動作すらなく。まるで、その場に初めからいなかったかのような自然さで、囚人の背後に立っていた。
指先が、囚人の首の急所を無音で押さえる。
「ぐっ……!?」
囚人の巨体が、一瞬で硬直した。
クロは感情のない黒い瞳で囚人を見下ろし、そのまま数秒。力を込める。
ドサリ。
囚人が倒れた。
「お、お前……今、何を……」
レオリオが床に這いつくばったまま、呆然とクロを見上げている。
クロはレオリオに背を向けた。
「お前の組み手は、右に体重が偏っている。次は死ぬ。直せ」
それだけ言って、歩き出す。
「なっ……! 助けたくせに、なんでそんな言い方しかできねえんだよ! 礼を言おうとしたのに!」
レオリオが怒鳴った。
でも、クロは振り返らない。
「あいつなりの気遣いだ、レオリオ。助けたことを、助けたと感じさせたくないんだろう」
クラピカが小声で言った。
「やっぱりな」
キルアが口の端を吊り上げた。
(トンネルでレオリオのバッグを拾った時と同じだ。助けるが、感謝されるのを拒む。めんどくせえ奴だけど、悪い奴じゃねえんだろうな)
塔を出たとき、外はすっかり夜だった。
満天の星空が広がり、遠くで波の音が聞こえる。試験官が飛行船に乗り込めと促した。
次の試験はツェビル島——プレート収集試験だ。
──
ツェビル島の朝は、濃い霧に包まれていた。
亜熱帯林の湿った空気が肌に絡みつく。見上げれば、巨大な樹木が天を覆い、葉の隙間からわずかな光が漏れているだけだ。
「ルールを説明する。各自、プレートを集めろ。他人のプレートを奪うのも自由。規定枚数を集められなければ失格だ」
試験官の合図で、受験者たちが一斉に島の中へ散っていった。
クロはすぐには動かなかった。
高台に登り、15分かけて島の地形と受験者の動線を観察する。
(あの5人組——最も多くのプレートを持っている。動きに無駄がない。おそらく、協力体制が整っている。ならば……)
クロの頭の中で、罠の設計図が組み上がっていく。
「ゴン、お前は正面から近づけ。気づかれても構わない。むしろ、気づかせろ」
「わかった、任せて!」
ゴンは説明を全部聞かないうちに、笑顔で走り出していた。
クロは一瞬、言葉を失った。
(……信頼、だと? まだ出会って数日だぞ)
でも、その純粋な背中を見ながら、クロの口元がほんの少しだけ緩んだ。
「キルア、お前は左から。俺が右から挟む。ターゲットはリーダーだ」
「了解。でもよ、クロ」
キルアが青い瞳を細めた。
「お前、本当はもっと面白いもん持ってるんだろ?」
クロは答えない。ただ、キルアの目を見つめ返した。
作戦が始まった。
ゴンが正面から突っ込む。ターゲットグループの注意がゴンに集中した瞬間——
クロが右から、キルアが左から。
まるで影のように、リーダーの懐に飛び込んだ。
クロの指先が、リーダーのプレートを奪い取る。そのとき。
指先から手の甲にかけて、銀色の液体金属のような光が一瞬だけ走った。
0.3秒にも満たない発現。
でも、キルアは見逃さなかった。
(……やっぱりな)
キルアが口の中で呟いた。
クロはキルアの視線に気づいて目を合わせる。でも、何も言わない。
キルアも問わない。
──
そして、最終試験を経て。
ハンター試験終了後、広場には合格者たちが集まっていた。
「やったー! ライセンスゲットだ!」
ゴンがライセンスを高々と掲げて跳びはねている。
「次はどこ行くの? クロもまた一緒に行動しない?」
ゴンが無邪気に提案した。
クロは一拍置いた。
「……俺は一人で動く」
短く答え、荷物を肩にかけて立ち上がる。
「世話になったな、クロ」
レオリオがぶっきらぼうに手を挙げた。
クラピカが静かに一礼する。
「まあ、縁があればな」
キルアが軽く言いながら、クロの目を真っ直ぐに見る。その青い瞳は、次に会う時には本当のことを話せという、無言の要求だった。
クロは人混みに踏み込んだ。
その瞬間。
「……師匠の仇は、天空闘技場に……」
ゴンだけが、その言葉の断片を聞いた。
クロは気づかず、人混みに消えていく。
ゴンは足を止め、その背中を見送った。大きな茶色の瞳に、純粋な心配と、絶対にまた会うという根拠のない確信が混ざっている。
「……クロ……」
夕日が、ルブリカの街を茜色に染めていた。
クロの背中が、人混みの中に溶けて消える。
でも、ゴンの心の中には、その言葉が小さな棘のように刺さったままだった。Noveliaとは?
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