HUNTER×HUNTER リキッドスチール
薄暗く果てしないハンター試験、第一試験会場のトンネル。不気味なほど静かな目をした少年が、受験者の群れに紛れ込む。名はクロ、十四歳。天性の観察眼と、心の奥底に秘めた念能力を持つ。
ゴン、キルア、クラピカ、レオリオと行動を共にするうち、彼の乾いたユーモアはレオリオと衝突し、的確な助言はクラピカの感心を買う。ゼビル島では、一瞬その手に走った金属的な輝きがキルアの目に留まり、若き暗殺者はその秘密を暴こうと決意する。
真実が明かされるのは天空闘技場。キルアに問い詰められたクロは、液体金属を操る能力「メタリックスキン」を披露する。だが、それは氷山の一角に過ぎない。彼の真の系統は特質系。その能力「ゲームステート・インターフェース」は、自らのオーラの親和性を六系統すべてに任意で再配分することを可能にする。それは神にも等しい力だが、残酷な制約を伴う。再配分は一日に一度限り、そして単一系統の出力を八割以上に引き上げれば、一時間に及ぶ激しい肉体的苦痛が代償として降りかかる。
この力が、過去の亡霊を引き寄せる。クロの殺された師の元同僚、ヴァレクが、彼の手に宿る金属に気づく。嘲笑は深く突き刺さる。「あのジ
HUNTER×HUNTER リキッドスチール - 仮面の亀裂と因縁の名前
天空闘技場の観客席は、熱狂の渦に包まれていた。
歓声が壁に反響し、床を震わせる。二百階のリングでは、ゴンが正面から相手に突っ込んでいた。逆立った深緑の髪を汗で額に貼りつかせ、大きな茶色の瞳が敵の拳の軌道を追う。彼の戦い方はいつもそうだ。避けもせず、小細工もせず、真正面から相手の攻撃を受け止めて、そのまま押し返す。
リング上で、対戦相手の大男が棍棒を振り下ろした。
ゴンは足を止めない。棍棒が肩をかすめる瞬間、体を沈めて懐に飛び込んだ。拳が相手の鳩尾にめり込む。鈍い音が空気を震わせ、大男の巨体がくの字に折れた。
「[excited]まだだ!」
倒れかけた相手の腕を掴み、そのまま背負い投げ。マットがドスンと大きく揺れた。
観客席の一角で、クロは腕を組んでそれを見ていた。黒い瞳がリングを睨む。背筋は針金のように真っ直ぐ伸びている。左の手首から肘にかけて、薄く銀色の線が浮かんでは消えていた。
ゴンが相手を押さえ込む。レフェリーがカウントを取る。
クロの体は微動だにしない。
しかし、ゴンが劣勢に追い込まれた一瞬——相手の反撃で後ろに吹っ飛ばされ、リングに背中を打ちつけた瞬間——クロの上体がほんの少しだけ前傾みになった。自分でも気づいていない、ほんの数センチの動き。
「[sarcastic]へえ」
隣に座っていたキルアが、口の端を吊り上げた。銀色の髪が照明を受けて輝く。猫科の獣を思わせる青いアーモンド型の瞳は、リングではなく、クロの横顔を見ていた。
(こいつ、やっぱりそんな顔もできんだな)
ゴンが立ち上がる。相手はもう動けない。勝負はついた。
クロは静かに背もたれに体重を戻した。その顔からは、また何も読めなくなる。
次はキルアの番だった。
彼の戦いはゴンとは対照的だった。相手の動きを冷たく先読みし、一歩も踏み込ませない。攻撃は最小限。無駄な動きは一切ない。まるで氷の刃で相手を切り刻むような、正確で非情な試合運び。
クロはキルアの試合も無表情で見ていた。だが、キルアが相手の関節を極め、一瞬で戦闘不能にした時、クロの口元がほんの少しだけ歪んだ。それは、同じ世界の住人に向ける、暗い理解の表情だった。
試合が終わり、通路でゴンが駆け寄ってくる。
「[excited]クロ、見てた!? どうだった、俺の試合!」
汗で光る顔いっぱいに笑みを浮かべて。
「[cold]相手の二撃目、左に体重が寄りすぎていた。倒すならあの瞬間だった」
クロは短く答えた。視線はゴンではなく、通路の先の暗がりに向けられている。
「[surprised]え……あ、そうかも! でも、あの時はまだ相手の動きが読めてて——」
ゴンは気にしない。むしろ真剣にクロの指摘を頭の中で再生している。
「[sarcastic]ま、あの程度の相手なら問題ねえだろ」
後ろからキルアが合流した。ポケットに手を突っ込んだまま、クロの方をちらりと見る。
クロは何も言わず、二人に背を向けて歩き出した。
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その夜。
ルブリカの街は闘技場を中心にした歓楽街「リングサイド」が不夜城のように輝いている。だが、宿屋デュラム・インの一室は静かだった。壁は分厚く、窓の外の喧騒は遠くかすかに聞こえるだけだ。
クロは窓際の椅子に座っていた。手には冷めた紅茶のカップ。湯気はもう立っていない。
部屋のドアがノックもなく開いた。
キルアだった。
「[cold]よお」
キルアは部屋に入ると、ドアを背にして立った。腕を組み、クロをじっと見下ろす。
「[cold]お前、本当の能力はなんだ」
いきなり本題だった。
クロの手がカップを置く。陶器が触れ合う小さな音が、静寂を破った。
「[cold]……何のことだ」
「[sarcastic]とぼけんなよ。ツェビル島でのプレート争奪戦——お前がリーダーの懐に入った時、指先に銀色の光が走った。0.3秒もなかったが、俺は見たぜ」
クロの黒い瞳が、キルアの青い瞳とぶつかる。
「[cold]メタリックスキンだ。お前も知ってるだろ」
「[sarcastic]ああ、知ってるぜ。皮膚に液体金属を纏う操作系の能力。でもな、あの光はそれだけじゃ説明できねえ」
キルアが一歩前に出る。空気が張り詰めた。
「[serious]飛行船でのボール奪取もだ。お前があのネテロのボールを取った時の動き——あれは操作系の身体強化だけじゃ不可能だ。まるで未来が見えてるみてえに、最適な軌道を選んでた」
クロは黙っていた。
キルアは感情で迫ってはいなかった。同情でも懇願でもない。ただの事実として、論理として、クロの隠しているものを暴こうとしている。
「[serious]俺たちが知らないまま隣にいる方が危険だろ」
その言葉に、クロの眉がほんの少し動いた。
(こいつは、俺のことを危険視しているんじゃない。知らないまま戦うことを、危険だと言っている)
「[gentle]クロ」
いつの間にか、ゴンが部屋の入り口に立っていた。大きな茶色の瞳は、何も問い詰めてはいない。責めても、急かしてもいない。
ただ、そこにいる。
クロはその無言の重さに、観念したように口を開いた。
「[cold]……ゲームステート・インターフェース」
低い声だった。
「[cold]俺の真の能力は特質系だ。六系統のオーラ親和性を、一日一回だけ自由に配分できる」
「[surprised]え……それって、つまり、今日は強化系で明日は放出系みたいな?」
ゴンが目を見開く。
「[cold]そうだ。状況に応じて、どの系統の能力者にもなれる」
「[serious]反則だな。だが、そんな便利な能力に制約がないわけねえよな」
キルアの言葉に、クロは小さく息を吐いた。
「[cold]ああ。一つの系統に80%以上配分して使用した場合、その後一時間、全身に激痛が走る」
クロの声は平坦だった。しかし、その部分だけ一瞬、間が空いた。
「[cold]痛みの間は念の使用も不可能だ。一時間、動けなくなる」
「[serious]一時間も動けなくなるだって……? もし戦闘中にそんなことが起きたら……」
「[cold]死ぬな」
クロはあっさりと言った。
「[scared]怖くないのか、クロ!? そんな危ないことしてて!」
ゴンが詰め寄る。その声には本気の心配が滲んでいた。
「[cold]ちょっと面倒くさいだけだ」
クロの返事はあまりにも事務的で、それがかえって本音から目をそらしていることを露呈していた。
キルアは黙っていた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「[gentle]話してくれてありがとう」
それだけだった。
それ以上も、以下も言わない。同情も、心配も、助言も。ただ、受け止めただけ。
クロの肩から、ほんの少しだけ力が抜けた。自分でも気づかない、わずかな変化だった。
ゴンは黙ってクロを見ている。その純粋な瞳には、それでも変わらずにクロが映っている。
三人の間に、試験中の緊張感とは違う、静かな連帯が生まれた。
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翌日。
朝日が昇る前に、クロは控え室へ向かう通路を歩いていた。
両側の石壁には歴代の闘士たちの写真が飾られている。その無数の顔が見下ろす中を、ただ一人進む。
今日の対戦カードは掲示板に貼り出されていた。
『230階リング クロ 対 ヴァレク』
その名前を見た時、クロの足は一瞬止まった。しかし、表情は変わらない。ただ、目の奥の温度がわずかに下がっただけだ。
通路の先から、足音が聞こえた。
重く、引きずるような足取り。
その男は、クロの三メートル手前で立ち止まった。
鉄灰色の短髪が油っぽく乱れている。左頬を縦断する深い刀傷。異様に瞳孔の開いた濁った灰色の瞳が、クロの全身を舐め回すように見下ろした。口が歪み、歯がむき出しになる。
ヴァレクだった。
「[cold]……そのオーラ」
ヴァレクの声は静かで、しかし背筋にへばりつくような粘つきがあった。
「[cold]液体金属みてえなオーラの質……ゴルド・ハイネンの弟子か」
クロの足が止まった。
体中の血液が、凍りつく音が聞こえるようだった。振り返った時のクロの顔は、もはや無表情ではなかった。何年も封じ込めていた何かが、表面を裂いて滲み出している。
「[laughing]ひひっ、その顔、傑作だぜェ」
ヴァレクは歪んだ笑みを深くした。指輪をカチカチと鳴らしながら、クロだけに届く声量で囁く。
「[whispers]あの老人はなァ、最後までお前の名前を呼んで泣いてたぞ」
クロの呼吸が止まった。
「[whispers]『クロ……クロ……』ってなァ。いい声で泣いてたぜェ」
ヴァレクの声は、まるで甘い蜜のように耳に絡みつく。
「[laughing]ひひひ、明日が楽しみだぜェ。師匠の仇が、今度はどんな声で泣くのか——」
クロの手が、制御を失った震えと共に強く握り締められた。
銀色の線が左腕に浮かび上がり、指先が液体金属のように変化し始める。オーラが膨れ上がり、通路の空気が震えた。
ヴァレクは笑いながら、その場を去っていった。
クロは立ち尽くしたままだった。
顔からは血の気が引き、それでいて目だけが異様な熱を帯びている。怒りと痛みが、全身を硬く縛りつけていた。
「[scared]クロ!!」
ゴンが通路の向こうから走ってくる。キルアも一緒だった。
「[serious]今の……あいつは何だ」
キルアはクロの変わりように、一瞬言葉に詰まる。
「[cold]……関係ない」
クロは二人を見なかった。静かだが、完全に拒絶の色を帯びた声で告げる。
「[cold]二人は来るな」
「[angry]なに言ってんだよ! 来るなって、どういうこと!」
ゴンがクロの腕に触れた。
クロはその手を、静かに——しかし明確に振り払った。
「[serious]お前がさっき話してくれたから言う。これは俺たちにも関係がある」
キルアが一歩前に出る。
クロは振り返らなかった。
その背中は、試験中の無駄のない立ち振る舞いではなかった。全身が怒りと痛みで固まり、硬質な孤独をまとっている。
「[cold]これは、俺の戦いだ」
クロはそれだけ言うと、リングへの通路を歩き出した。
「[angry]待てよ、クロ!!」
ゴンが追いかけようと足を踏み出す。
しかし、キルアが肩を掴んで止めた。
「[serious]今は行かせろ」
キルアはクロの背中から目を離さない。その青い瞳は、昨夜の優しさを消し、冷徹な分析の色に戻っていた。
「[serious]あいつ、今は誰の言葉も聞けねえ。復讐の炎に飲まれてる」
「[sad]でも、あのままじゃ……!」
ゴンの声は震えていた。
クロの背中が、通路の暗がりに消えていく。
二人はその背中を見送ることしかできなかった。リングの向こうで、観客の歓声が地響きのように響いてくる。
次の対戦が、始まろうとしていた。