HUNTER×HUNTER リキッドスチール
薄暗く果てしないハンター試験、第一試験会場のトンネル。不気味なほど静かな目をした少年が、受験者の群れに紛れ込む。名はクロ、十四歳。天性の観察眼と、心の奥底に秘めた念能力を持つ。
ゴン、キルア、クラピカ、レオリオと行動を共にするうち、彼の乾いたユーモアはレオリオと衝突し、的確な助言はクラピカの感心を買う。ゼビル島では、一瞬その手に走った金属的な輝きがキルアの目に留まり、若き暗殺者はその秘密を暴こうと決意する。
真実が明かされるのは天空闘技場。キルアに問い詰められたクロは、液体金属を操る能力「メタリックスキン」を披露する。だが、それは氷山の一角に過ぎない。彼の真の系統は特質系。その能力「ゲームステート・インターフェース」は、自らのオーラの親和性を六系統すべてに任意で再配分することを可能にする。それは神にも等しい力だが、残酷な制約を伴う。再配分は一日に一度限り、そして単一系統の出力を八割以上に引き上げれば、一時間に及ぶ激しい肉体的苦痛が代償として降りかかる。
この力が、過去の亡霊を引き寄せる。クロの殺された師の元同僚、ヴァレクが、彼の手に宿る金属に気づく。嘲笑は深く突き刺さる。「あのジ
HUNTER×HUNTER リキッドスチール - 鎖を解く者たち——暗黒大陸へ
ルブリカ中央病院の一室は、殺菌消毒液の匂いで満ちていた。窓の外では、午後の陽光が街の石畳を白く照らしている。病室のドアの上にある時計の針は、もうじき三時を指そうとしていた。
ヴァレク戦から三日。
ベッドの上で、クロは背もたれに体を預けていた。右腕から肩にかけては硬いギプスで固められ、脇腹には分厚い包帯が巻かれている。折れた肋骨はまだ完全には癒えていない。医者が言うには、あと一週間は絶対安静が必要だった。
だが、そんな猶予はない。
クロの黒い瞳は、手元の暗号文書に落とされていた。油と血で滲み、端が焦げている。ヴァレクの上着の内ポケットから手に入れた、あの紙片だ。数字と記号の羅列が、クロをじっと見つめ返している。
「[cold]まだ解読できそうにないか」
独り言が、静かな病室に落ちた。
その時、バタンと勢いよくドアが開いた。
「[excited]クローっ! メシ持ってきたぞー!」
逆立った深緑の髪を揺らしながら、ゴンがトレイを両手に抱えて入ってくる。トレイの上には、病院の食堂で買い込んだらしいスープとパン、それから何故かやけにカラフルなゼリーが四つも乗っていた。ゴンの後ろからは、キルアが面倒くさそうな顔で続く。銀色の髪が、蛍光灯の光を反射して輝いていた。
「[sarcastic]お前、病人にゼリー四つはねえだろ。何考えてんだ」
キルアは呆れたように肩をすくめ、壁にもたれた。
「[surprised]えっ、だって色んな味があったんだ! クロ、どれがいい? オレはこのオレンジのが美味そうだと思う!」
ゴンは全く悪びれず、ゼリーをクロの眼前にずらりと並べ始める。クロは小さく息を吐いた。ゴンのこの遠慮のなさには、ヴァレク戦の前からずっと慣れている。
「[cold]……好きにしろ。それより、暗号の方だが」
「[serious]ああ、それな。俺が協会の伝手で専門家を呼んどいた。そろそろ来るはずだぜ」
キルアの言葉が終わるか終わらないかのうちに、病室のドアがノックされた。
控えめな、しかし芯のある音が三回。
「[cold]入れ」
ドアが開く。
入ってきたのは、痩せぎすの中年男だった。年齢は四十代半ばだろうか。くたびれた茶色のコートを羽織り、肩からは使い込まれた革のショルダーバッグを提げている。髪は白髪交じりの茶色で、額はだいぶ広い。だが、細いフレームの眼鏡の奥にある瞳だけは、異様なほどに鋭く光っていた。
「[gentle]やあ。キルアくんから話は聞いているよ。私はタウロ・ネック。元情報ハンターだ」
タウロはそう言って、わずかに口元を緩めた。ハンター協会の伝手で呼ばれた暗号解析の専門家。かつては希少情報を扱う現役ハンターだったが、今は一線を退き、ルブリカで静かに暮らしているという。
「[serious]単刀直入に頼む。これを見てほしい」
クロは暗号文書を差し出した。タウロは眼鏡の位置を直し、紙片を受け取る。その指先は、長年のデスクワークで硬化したペンだこで覆われていた。
「[serious]ふむ……これはまた、念入りに暗号化してあるね。古典的な換字式をベースに、数値の代入で三重に鍵をかけている。解読には少し時間が必要だ」
タウロはショルダーバッグから古びたノートとペンを取り出すと、病室の隅にある丸テーブルに広げた。ゴンが興味津々で覗き込もうとするのを、キルアが襟首を掴んで止める。
「[serious]邪魔するな。ああいう職人は、集中が命なんだよ」
「[whispers]わかってるよ……でも、すごいよな。数字と記号だけで、意味がわかるなんて」
ゴンは声を潜めながらも、目を輝かせている。
数時間が経過した。
窓の外の陽光が、いつの間にか夕日へと変わり始めている。ルブリカの街には、天空闘技場の巨大な影が長く伸びていた。病室の中では、タウロのペンが紙を走る音だけが、規則正しく響いている。
クロはベッドの上で、黙ってその作業を見つめていた。右腕のギプスが重い。息を吸うたびに、折れた肋骨が鈍い痛みを上げる。だが、それ以上に、胸の奥にあったのは別の種類の重圧だった。
(あの男が守ろうとしていたものは、何だ)
師、ゴルド・ハイネン。
三年前、クロスベル坑道の隠し研究室で冷たくなっていた老人。大きな手で、クロの頭をくしゃくしゃに撫でた人。
タウロの手が止まった。
「[serious]解読できたよ」
タウロの声には、ほんの少しの緊張が混じっていた。彼は眼鏡を外し、クロの方に向き直る。その顔色は、数時間前よりもわずかに青ざめているように見えた。
「[cold]内容は」
タウロは一度だけ深呼吸をし、手元のノートを見下ろした。
「[serious]まず前提として、これはカルセリアの内部文書だ。発信者は、組織の指導者——コードネーム『ゼノルク』。受信者は、構成員の一人、ヴァレクだ」
ゼノルク。その名前が、病室の空気を一瞬で凍りつかせた。キルアの青い瞳が細められ、瞳孔がわずかに縦に狭まる。ゴンは言葉を失い、ただ黙って次の言葉を待っていた。
「[serious]三つの要件が記されている。
第一に——ゴルド・ハイネンを殺害した理由だ。文書によると、ハイネン博士は暗黒大陸の遺物『アクティブ・コア』の研究において、世界最高水準の知見を有していた。ゼノルクは博士に組織への協力を要請したが、博士はそれを拒否。その結果、障害となる博士の抹殺命令が下った」
クロの左手が、シーツを握りしめた。
師は、何かを隠していた。暗黒大陸の遺物。その危険性を知りながら、組織に渡すことを拒んだ。自分の命よりも、その情報を守ることを選んだのだ。
「[serious]第二に——ゼノルクの現在地と目的だ。彼は現在も暗黒大陸の内部深くに潜伏し、『アクティブ・コア』の回収を進めている。具体的な座標までは書かれていないが、既知世界からは完全に隔絶された領域だ」
「[serious]第三に——クロスベル坑道だ。ゴルド・ハイネンは生前、自身の研究資料の核心部分を、ルブリカ北60kmにあるクロスベル坑道の隠し研究室に封印した。封印は念の仕掛けによって保護されており、解錠にはハイネン本人が設定した特定のオーラパターンが必要だ。文書によれば、カルセリアは研究室の場所を突き止めたものの、その封印を解除できなかった」
タウロはノートを閉じた。
部屋の中に、重い沈黙が落ちる。
クロはベッドの上で、動かなかった。黒い瞳が、何か遠くを見つめるように一点を凝視している。師を殺したのは復讐でも怨恨でもなかった。師は、世界で最も危険な研究をしていた第一人者であり、その知識を守るために殺された。
(そうか。師は、最後まで——)
言葉が、胸の奥で詰まる。
「[cold]タウロさん、礼を言う。助かった」
クロは抑揚のない声で言い、タウロに頭を下げた。
「[gentle]いいや。ハンターの端くれとしてね、こういう情報が正しく扱われるのを見届けるのも仕事のうちさ。それじゃあ、私はこれで失礼するよ。何かあれば、キルアくんを通じて連絡を」
タウロはショルダーバッグを背負い直し、静かに病室を出ていった。
ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。
その直後、クロは動いた。
左手でシーツを剥がし、ベッドから足を下ろす。ギプスで固められた右腕が重い。包帯の下からは、まだ滲んだ血がわずかに匂っている。
「[surprised]おい、クロ。何してんだ」
キルアの声が、冷水のように飛んだ。
「[cold]退院する。クロスベル坑道へ向かう」
クロは簡潔に答え、病院のロッカーから自分の服を取り出した。片手で器用に、病院着を脱ぎ捨てる。包帯で覆われた上半身が露わになった。まだ完全には癒えていない傷跡が、腹や肩に痛々しく刻まれている。
「[sad]まだ体、治ってないじゃないか! 医者だって絶対安静だって——」
ゴンが駆け寄ろうとする。
「[cold]関係ない」
クロの声は、鋼のように冷たかった。着替えを終え、左肩に上着を引っ掛ける。痛みで眉をひそめながらも、その動きに迷いはない。
「[cold]ゴン、キルア。お前たちに話がある。俺の旅はここで終わりにする。クロスベル坑道の研究室は、俺しか入れない。師が仕掛けた念の封印は、弟子の俺にしか解除できない仕組みだ。お前たちがこれ以上、俺に付き合う理由はない」
ゴンの動きが止まった。
大きな茶色の瞳が、クロの顔をじっと見上げる。怒りでも悲しみでもなく、ただ純粋に、クロの言葉の真意を探るような目だった。
キルアは黙って壁にもたれたままだ。しかし、その青い瞳はクロから一切離れていない。
「[cold]俺の復讐は、俺だけの問題だ。お前たちを危険に巻き込む必要は——」
「[serious]一人で行くなら、オレもついていく」
ゴンの声が、クロの言葉を遮った。
いつもの弾んだ声じゃない。怒っているわけでもない。ただ、そこにあるのが当たり前のように、静かで、まっすぐな声だった。
「[cold]……理由を聞いている」
クロの黒い瞳が、ゴンを捉える。
「[serious]友達だから。それだけだ。クロが怖い目に遭うのは嫌だ。だからオレも行く」
友達だから。
その言葉はあまりにも単純で、あまりにも強かった。これまでのクロの人生に積み重なった、三年分の防壁——自分の問題は自分だけで解決する、他者を巻き込む前に切り離すという防衛機制——が、たった一言で音を立てて揺らぐ。
クロは何も言えなかった。
黒い瞳が、わずかに揺れる。
その時、キルアが無言で一歩前に出た。
手には端末が握られている。画面をクロの方に向けると、そこには——ルブリカ発クロスベル坑道方面への交通アクセス情報が、既に調べ上げられていた。さらに画面をスワイプすると、三人分の荷物確認リストが表示される。
「[sarcastic]バーカ。今さら俺たちを止めようってのかよ。時間の無駄だぜ」
キルアは面倒くさそうに言い放つと、端末をクロの胸に押しつけた。
クロは端末を受け取ったまま、数秒間動かなかった。
ゴンは正面から、クロの目を見つめている。キルアは視線を逸らしながらも、口元がほんの少しだけ歪んでいる。
(——こいつらは、本当に)
クロは小さく息を吐いた。
その口元に、わずかな笑みが浮かぶ。ヴァレク戦の後、ゴンとキルアに過去を打ち明けたあの夜にも見せなかった——心からの、作ったものではない、純粋な笑みだった。
「[cold]……お前たちは、面倒くさいな」
「[sarcastic]それはこっちの台詞だっつうの」
間髪入れずに返すキルアに、ゴンが笑顔で続ける。
「[excited]じゃあ決まりだな! 一緒に行こう!」
こうして三人は、ルブリカを後にした。
———
クロスベル坑道は、ルブリカの北60kmに位置する廃鉱山だった。
かつては鉄鉱石の採掘で栄えたが、二十年前に資源が枯渇し、今は誰も立ち入らない廃墟となっている。入り口はツタと錆に覆われ、かつての坑夫たちが使っていたトロッコのレールだけが、辛うじて往時の面影を残していた。
夕暮れが近づき、坑道の周囲は深い影に包まれ始めている。冷たい風が、枯れ草を揺らして通り過ぎていった。
「[serious]こっちだ。足元に気をつけろ。落盤しかけた区画がある」
クロは何の迷いもなく、坑道の奥へと歩を進める。幼少期に師と共に何度も通った道だ。記憶は体に染みついている。右腕がまだ痛むが、足取りは確かだった。
ゴンとキルアも、無言でそれに続く。
坑道の中は、ひんやりと湿った空気で満ちていた。壁にはかつての採掘跡が無数に刻まれ、天井からは時折、水滴がぽたりぽたりと落ちてくる。
十分ほど歩いただろうか。
行き止まりのように見える岩壁の前で、クロは立ち止まった。
「[cold]この奥だ」
表面は何の変哲もない岩肌だ。しかし、クロが左手をかざし、オーラを放出すると——岩の表面に、銀色の光の線が浮かび上がった。メタリックスキンではない、もっと微細で複雑なオーラの回路。それは岩全体に蜘蛛の巣のように張り巡らされ、やがて中央で一つの紋様を形成する。
ゴンの口から、小さな驚きの声が漏れた。
ゴゴゴゴゴ……
鈍い地響きと共に、岩壁が左右に開いていく。隠し扉だ。その先には、ほのかに青白い光を放つ空間が広がっていた。
三人が足を踏み入れると、そこは——三年前のまま、時間が止まったような研究室だった。
壁一面の本棚には、無数の資料や地図が詰め込まれている。部屋の中央には大きな机。その上には、暗黒大陸の生態系を描いたスケッチや、未知の遺物の分析図が広げられたままになっていた。空気は乾燥していて、保存状態は悪くない。師が仕掛けた念の封印が、この空間全体を外気から守っていたのだろう。
クロは、机の前に立った。
(ここで、師は)
師ゴルド・ハイネンが、この机に向かい、ペンを走らせていた姿が瞼の裏に蘇る。大きな手。温かかった手。
クロは机の引き出しを開け、底に嵌め込まれた小さな金属片に左手で触れた。
カチリ。
指先からオーラを流すと、床の一部が音もなくスライドし、隠し区画が現れる。中には、革表紙の手記が一冊、静かに眠っていた。
クロはそれを取り出し、左手でページを開く。
師の筆跡だ。几帳面で、それでいて温かみのある文字。
手記には、すべてが書かれていた。カルセリアの指導者ゼノルクが接触してきた日付。暗黒大陸の遺物『アクティブ・コア』が、既知世界の念体系を根本から書き換える可能性を持つ危険な代物であること。協力を拒否した場合、抹殺される可能性が高いこと。それでも、この情報を悪用させるわけにはいかないという、強い決意。
そして——何より、その危険性を知ったゆえに、ゴルドは自らの研究を封印したのだ。
ページをめくる。
最後のページに、不意に、別の筆跡で書き添えられた一文が飛び込んできた。
走り書きのように、しかし確かな意志を持って、こう書かれていた。
『クロへ。お前が読むと思っていた』
クロの手が止まった。
体が凍りついたように動かない。黒い瞳が、その一文に釘付けになる。
(師は——俺がここに来ることを、)
三年前から、信じていた。自分が死んだ後も、いつか弟子がこの場所に辿り着き、真実を知る日が来ると。疑いもせず、書き残していたのだ。
「[gentle]……すごい人だったんだな、クロの師匠は」
ゴンが静かに、クロの隣に立っていた。逆立った深緑の髪が、青白い光の中で揺れる。その顔にはいつもの笑顔はなく、ただ静かな尊敬の色だけが浮かんでいる。
「[serious]弟子を信じ切ってやがる。最後の最後までな」
キルアもまた、いつの間にか反対側の隣に立っていた。銀色の髪が、猫のようにふわりと揺れる。口調はいつもの軽薄さを装っているが、その青い瞳だけは真剣だった。
クロは、一滴も涙を流さなかった。
ただ、革表紙を握る左手に、ほんの少しだけ力が込められる。
(俺は、)
言葉が、胸の奥でゆっくりと形を成していく。
(俺はもう、復讐のためだけに生きているわけじゃない)
あの夜、ヴァレクを倒した時に感じた空白。師を殺した動機が、怨恨でも復讐でもなかったという真実。師が命をかけて守ろうとしたものへの、責任感。
それは復讐心の消滅ではなかった。もっと別の、明確な意志への変化だった。
———
坑道を出た三人は、夕暮れのルブリカへ向かう道を歩いていた。
西の空が、ゆっくりと赤から紫へと変わり始めている。遠くにそびえる天空闘技場のシルエットが、黒い影となって空に浮かんでいた。
クロは、懐にしまった手記の重みを感じながら、静かに口を開く。
「[cold]ゼノルクは暗黒大陸にいる。だが、奴の次の動きを読むには、まずベルガントの拠点を調べる必要がある。カルセリアの偽装企業——マレック商事だ」
「[serious]マレック商事か。港の貿易会社って表向きだけど、常時五人の念能力者が警備してるって話だぜ。正面からは無理だな」
キルアは既に端末を取り出し、ベルガントの街の地図を表示している。暗殺者の家系で育った情報収集力は、こういう時に頼りになった。
「[gentle]でもさ、入る方法はきっとあるよ。オレたち三人なら、大丈夫さ」
ゴンはそう言って、にっと笑った。根拠のないようでいて、不思議と胸に落ちる言葉だった。
「[cold]危険度は段違いになる。天空闘技場の比じゃない。暗黒大陸となれば、さらに——」
「[sarcastic]しつこいっつうの。俺たちを今さら止めようなんて、三年前に帰って出直してこいってんだ」
キルアは面倒くさそうに遮り、ポケットに手を突っ込んだまま先に歩き出す。
「[excited]知ってる、それで? ってゴンが言うやつだろ?」
ゴンが、キルアの真似をするように悪戯っぽく笑いながら、クロの顔を覗き込む。
クロは、二人の顔を順番に見た。
それから——本当にわずかに、口元を緩めた。
「[cold]……わかった。行くぞ」
「[excited]よっしゃあ!」
三人は、ルブリカの街へと歩き出す。
空はもう、ほぼ紫色に染まっていた。ルブリカの街には、ぽつりぽつりと灯りが点り始めている。天空闘技場の最上階にも、かすかな光が灯った。
クロは歩きながら、懐の手記にそっと手を当てた。
(師よ。お前が残したものは、無駄じゃなかった)
心の中で、初めて師に呼びかける。
復讐者だった少年の、新たな旅が始まろうとしていた。今度は一人じゃない。守るべきものと、共に歩く仲間と。
その先にあるのが、暗黒大陸という名の絶望だとしても——。