ビデオたい!ゼンレスゾーンのゆるすぎる一日
ニューエリドに、ちょっとおバカな平和が訪れた。きっかけは、ビリーが持ち込んだ一枚のポスター。「第1回ペアビデオ大会 優勝賞金500万デニー!」――目を輝かせるビリーを、ニコは「はいはい、どうせまたアホなこと考えてんでしょ」と一蹴する。だが、借金返済の文字がちらついたアンビーは、無言でエントリーボタンをポチリ。こうして、ビデオたい!ゼンレスゾーンのゆるすぎる一日を賭けた、ランダムプレイハウスの曲者たちによる、史上最もユルくてカオスなビデオ合戦が幕を開けた!
完璧なイメージを守りたいカリスマ配信者を狙うは、どこからともなく現れては全てを台無しにする、正体不明の愉快犯。猫シリオンコンビは猫動画で勝負するも、気まぐれな相方が言うことを聞かず、撮影はまさにカオス。アンビーは真顔で壮大なRPG風動画『冒険の書。編集は任せた』を撮り始め、周囲を困惑させる。そしてもちろん、街の裏路地では、やけにノリノリなバンブーたちが、あの手この手で撮影現場をメチャクチャにしようと暗躍中。
バラバラすぎる動画は、なぜか動画サイトで爆発的な再生数を叩き出し、街中がパニックとお祭り騒ぎに。笑いとため息、そして時折ドキ
ビデオたい!ゼンレスゾーンのゆるすぎる一日 - 爆誕!?ポスターと無言の参加ボタン
指がかじかむ。
朝の商店街はまだ人通りがまばらで、どこか白っぽい光がアーケードの屋根を透かして落ちていた。
「……くそっ。雑巾、凍ってるし」
ビリーは手に持った布をぺちぺちと看板に打ちつける。ランダムフォン屋──新エリー都のトリノ通り商店街、八百屋とたい焼き屋に挟まれた、築三十年のテナントビル一階。店の顔である看板は、昨日の雨で泥が跳ねていた。
よれよれの赤いパーカーが、身をよじるたびに擦り切れた音を立てる。肩より少し長めの茶髪は、今日も相変わらず寝ぐせだらけ。左頬の古い傷が、朝日に照らされてうっすら白く光った。
「よっ、と」
最後のひと拭きで、看板の文字がくっきり浮かび上がる。くるくる回る歯車をかたどった店のロゴ。その下の『らんだむふぉん屋』の筆文字は、初代店主が酔った勢いで書いたらしい。
ビリーは腰に手を当て、自分の仕事を満足げに眺めた。
「[excited]よし!完璧!」
看板を磨くのは好きだ。店がぴかぴかになるたび、なんだか自分も少しだけ、まともな人間になった気がする。
しゃがみこんでバケツを片付けていた時だ。
目の端を、派手な紙が横切った。
風に舞って、掲示板の隅でひらひら揺れている。
いつもは商店街のセールか、迷い猫の張り紙ばかりの場所。
ビリーは何気なく近づいた。
「……なんだこれ」
ポスターだった。
蛍光ピンクと黄色の、とにかく目に痛い配色。ど真ん中に、飛び散るインクみたいな文字で、こう書いてある。
『第一回ペア動画大賞 参加者募集中!』
「動画大賞……」
目を下に滑らせる。
『2人1組で、最高にバズる動画を作れ!優勝賞金──』
ごくり。
唾を飲んだ。
だってそこには、
『500万ディニー!』
「[excited]うおおおおおっ!?!?」
声が裏返った。
鳩が驚いて飛び立つ。たい焼き屋の暖簾がはためいた。
ビリーはポスターを引き剥がすようにして剥がし、鼻先に近づけて、もう一度、数字を数える。
「ご、ひゃく、まん……」
500万ディニー。
ラーメンが1600杯食える。いや、フォンの新品が160台は買える。
「これだ!」
次の瞬間には、ビリーは走り出していた。
アーケードの石畳を蹴る足音が、乾いた空気に響く。
隣のたい焼き屋の暖簾から、店主のタエが顔を出した。
「あら、ビリー。またなんかやらかすんか」
ビリーは振り返らずに叫ぶ。
「[laughing]今度はでっかいことやるんだ!世界がひっくり返るくらいの!」
「あんた、先週の福引の時もそう言うとったで」
タエの声は笑っていた。
だけどビリーは止まらない。
店のドアに体ごと突っ込むようにして飛び込んだ。
カランカラン、と鈴が激しく鳴る。
──ここが、俺たちの場所だ。
ランダムフォン屋。
二十畳ほどの店内には、棚という棚にジャンクのフォンが積み上がっている。動かなくなった旧型の端末、画面の割れたタブレット、どこから拾ってきたのかわからない部品の山。空気はほこりっぽくて、機械油の匂いがいつも微かに漂っている。
入ってすぐのカウンターは、修理道具とマグカップで半分埋まっていた。
「ニコ!聞いてくれ!」
カウンターの向こう。
きっちり整えた黒いショートヘアの男が、顔も上げずに手を動かしている。細いドライバーを器用に操って、基盤のちっちゃな部品を外しているところだった。前髪だけが少し長くて、左目にかかるのを、彼はイライラしながら横に流す。
ニコだ。
「……うるさい。朝から何だよ」
ニコの声は低くて落ち着いている。ドライバーを持つ指先は繊細で、フォンの修理みたいな細かい作業が、この男はなぜか大好きだった。
ビリーはポスターをカウンターに叩きつけた。
「[excited]これ見ろ!ペア動画大賞だって!」
「あ?なんの話?」
ニコがやっと顔を上げる。細めた切れ長の目が、ポスターの文字をゆっくり舐めた。
「……はぁ」
盛大なため息。
「またかよ」
「またってなんだよ!」
「先週の商店街福引」
「……う」
「店の商品を勝手に景品にしようとして、組合にどやされたな」
ニコの声は淡々としている。
「先月のSNS企画」
「ちょ、待て」
「『バズり企画考えた!』って言って三日で飽きたよな」
「あれは……その……」
ニコはドライバーを置き、両手を組んでカウンターに乗せた。
「[sarcastic]どうせまた三日坊主だ。やめとけ」
「[angry]今回は違う!本気だ!500万ディニーだぞ!」
「はいはい」
ニコは再びフォンに視線を落とす。手のひらサイズの機械は、どうも電源が入らないらしい。
ビリーはカウンターに手をついて、身を乗り出した。
「信じろよ!俺は本気だ!ニコ、お前もやろう!」
「やらねーよ」
「賞金、山分けだ!」
「金の問題じゃない」
「俺たちで、最高にバズる動画を作るんだ!新エリー都中が大笑いするような!」
「……今、笑ってるの俺だけだぞ」
ニコのツッコミは的確すぎた。
だけどビリーは引かない。
「いいか、ニコ。お前は思うだろ?俺たちの日常が、もっと何かになるかもしれないって」
「思わねーよ」
「思え!」
「無茶言うな!」
珍しく声を上げたニコが、ドライバーを置いた。眉間にしわが寄っている。
「なんでもかんでもノリと勢いで片付くと思うなよ」
「片付くんだって!」
「片付かないから、先週も先月も失敗したんだろうが」
返す言葉がなかった。
ビリーはちょっとだけ口をへの字に曲げる。自覚はある。ちゃんとある。だけど、それでも今回は、なんだかポスターが自分を呼んでいたのだ。
仕切り直し。
ビリーは、息をめいっぱい吸って、叫んだ。
「[angry]500万ディニーだぞ!!!!!」
窓ガラスがびりびり震えた。
その時だ。
────かたん。
店の奥から、小さな音がした。
誰かがペンを置く音。
────すぅっ。
カウンターの向こう、帳簿が積まれた棚の影から、すうっと空気が動いた。
人影。
いつの間にか、そこに立っている。
アンビーだ。
「……うわっ」
ビリーは思わず後ずさった。
腰まで伸びた暗い灰色の髪が、動くたびにさらさら流れる。前髪はまっすぐ切り揃えてあって、まるで糸を張ったみたいにぴっちり。その下から深い紫色の大きな目が、ぴたっとビリーを見上げている。
一五二センチの小さな体は、だぼっとした黒いカーディガンに包まれていた。
「ア、アンビー……?」
返事はない。
彼女は、ほとんどまばたきをしない。
ただ無表情で、ビリーの手元をじっと見ている。
ビリーの手には、フォン。
次に魔法みたいに滑らかな動きだった。
アンビーの白い手がするっと伸びて、ビリーのフォンを、指先でつまみ上げる。
「え?」
「ちょ、何を」
カウンターの向こうで、ニコも固まっている。
アンビーは無言。
細い指が、フォンの画面をタップする。
ミルヴィーのアプリが起動した。
新エリー都で一番流行ってる動画配信サイト。誰でも動画を撮って、編集して、世界中に配信できる。登録者なんて八十五万人もいる、でっかいプラットフォームだ。
アンビーの指が、迷いなく、ペア動画大賞の参加ボタンを押した。
「ちょっ」
ニコの声がひっくり返る。
画面に警告が表示された。
『取り消しはできません。よろしいですか?』
アンビーは、
確認ボタンを、
押した。
ぽんっ。と軽い効果音。
『参加登録が完了しました!』
店内が、静まり返った。
壁時計の秒針だけが、かち、かち、と鳴っている。
アンビーが、ゆっくりビリーにフォンを差し出した。
「[whispers]……参加完了」
声は、紙を撫でるみたいに薄くて、小さい。
一瞬の沈黙。
そして、
「[excited]やったああああああ!!!!」
ビリーは両手を天井に突き上げて飛び跳ねた。
「何がやったああああだ!!!」
ニコがカウンターを叩きつけるみたいにバンバン叩く。
「規約見ろ規約!『取り消しできません』って書いてあるだろ!」
ニコは自分のフォンで必死に画面をスクロールしている。
「あ、ほんとだ。『応募後のキャンセルは一切受け付けません』って」
「だろ!?おいアンビー、何してくれてんだ!」
アンビーは、もう二人の方を向いていない。
彼女は自分の席に戻り、ぱらりと帳簿を開いた。
「[cold]借金返済まで、あと400万ディニー」
「へっ?」
ビリーとニコの声が重なった。
アンビーは、しゃらしゃらと指を折っていく。
「賞金500万ディニーから、税金を引いて……」
「ちょっと待て」
「え、借金って」
「残りでちょうど返せる」
ニコが頭を抱えた。
「[scared]待て待て待て!借金ってなんだよ!?アンビー、お前、なんでそんな金!」
アンビーは答えない。
ただ指を折りながら、難しい数字を、頭のなかだけで計算している。
カウンターの端っこには、完璧に整理された帳簿が積まれている。彼女が密かにやってる店の経理だ。数字には誰より強いくせに、自分の借金の理由は、一度も話したことがない。
ビリーは、まだ跳ねていた。
「[excited]よし!やるからには優勝だ!ニコ、お前も付き合え!」
「だから俺はやるって言ってないだろ!」
ビリーはカウンターを回り込んで、ニコの肩をがっちり組む。
「いいか、相棒!俺たちが組めば、どんな動画でもバズるんだ!」
「根拠がゼロだろ、その自信」
「大丈夫!なんとかなるって!」
「その『なんとかなる』で、俺が何度苦労したか……」
ニコはため息をついて、天井を見上げた。
だけど、肩は振り払わない。
アンビーは、もう帳簿を閉じていた。
ぽつり、と小さくつぶやく。
「[whispers]……動画、作ればいいだけ」
「そう!アンビーの言う通りだ!」
「簡単に言うなよ!」
窓の外。
トリノ通り商店街は、いつの間にか昼前の活気に包まれている。八百屋の威勢のいい声、コロッケの揚がる音、どこかで子供が笑っている。
ランダムフォン屋のなかだけ、嵐のあとのみたいに空気がぐるぐる回っている。
ビリーは勢いそのままに、ニコの背中を叩いた。
「よーし!企画会議だ!」
「だから、俺はまだ何も承諾して──」
「細かいことはいい!やるぞ!」
「人の話を聞けええええ!!!」
ニコの絶叫が、店のなかに響き渡った。
その声を、アンビーはただ黙って聞いている。
しんと静かな紫の瞳が、ほんの少しだけ、細められた。
──もしかしたら、笑ったのかもしれない。
新エリー都の、どこにでもあるフォン屋の一日。
だけど今日、確かに、なんか変なスイッチが入ってしまった。
500万ディニーの、ペア動画大賞。
たったいま、ここに三人の挑戦者が、バラバラの温度差のまま、同じスタートラインに立ったのだった。
一通の通知音が、ビリーのフォンで鳴る。
『ペア動画大賞 応募期間:残り10日』
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