ビデオたい!ゼンレスゾーンのゆるすぎる一日
ニューエリドに、ちょっとおバカな平和が訪れた。きっかけは、ビリーが持ち込んだ一枚のポスター。「第1回ペアビデオ大会 優勝賞金500万デニー!」――目を輝かせるビリーを、ニコは「はいはい、どうせまたアホなこと考えてんでしょ」と一蹴する。だが、借金返済の文字がちらついたアンビーは、無言でエントリーボタンをポチリ。こうして、ビデオたい!ゼンレスゾーンのゆるすぎる一日を賭けた、ランダムプレイハウスの曲者たちによる、史上最もユルくてカオスなビデオ合戦が幕を開けた!
完璧なイメージを守りたいカリスマ配信者を狙うは、どこからともなく現れては全てを台無しにする、正体不明の愉快犯。猫シリオンコンビは猫動画で勝負するも、気まぐれな相方が言うことを聞かず、撮影はまさにカオス。アンビーは真顔で壮大なRPG風動画『冒険の書。編集は任せた』を撮り始め、周囲を困惑させる。そしてもちろん、街の裏路地では、やけにノリノリなバンブーたちが、あの手この手で撮影現場をメチャクチャにしようと暗躍中。
バラバラすぎる動画は、なぜか動画サイトで爆発的な再生数を叩き出し、街中がパニックとお祭り騒ぎに。笑いとため息、そして時折ドキ
ビデオたい!ゼンレスゾーンのゆるすぎる一日 - ニャグル横丁の大騒ぎ!ライバル登場とボンプの奇襲
「[excited]よーし! 今日こそバズる動画を撮るぜ!」
ビリーの声が、昼前のトリノ通り商店街に響き渡った。
ぼさぼさの茶髪を揺らしながら、彼は三台の高級フォンを両腕に抱えている。昨日、アンビーが通販で取り寄せた最新モデルだ。箱を開けた時の、あの新品の機械の匂いがまだ鼻に残っている。
「三台もあれば、どんなアングルでも撮り放題だ!」
後ろからニコが、重たそうなカメラバッグを肩にかけてついてくる。黒いショートヘアは今日もきっちり整えてあるけど、眉間のしわはいつもの三倍深い。
「……お前、企画考えてきたんだろうな」
「[laughing]もちろん! ニャグル横丁で猫を撮る! 以上!」
「以上じゃねえよ!」
早口のツッコミが飛ぶ。左のこめかみに、うっすら青筋が浮かんでいた。
「猫を撮るって、どう撮るんだよ。走ってるところか? 寝てるところか? 猫じゃらしで遊ぶのか? 具体的に言え!」
「[laughing]なんとかなるって! 猫がいれば絵になるんだよ!」
「なるかぁ!」
ニコはカメラバッグを抱え直した。中には、高級フォンと一緒に、あの黒歴史——さかなフォンも忍ばせてある。昨日、アンビーがポケットにしまい込んだのを、こっそり返してもらったのだ。
(今日こそ、まともに撮る)
ニコは心の中で、静かに決意していた。
最後尾を、アンビーが歩いている。腰まで伸びた暗い灰色の髪が、歩くたびにさらさらと揺れた。彼女は無言で、新品のフォンを一つ、大事そうに両手で持っている。深い紫色の目が、画面をじっと見つめていた。
「[whispers]……カメラ、綺麗」
周りの騒がしさの中で、彼女の声は紙を撫でるみたいに小さかった。
トリノ通り商店街から南西へ、歩くこと八分。
「お、ここがニャグル横丁か!」
細い路地が、くねくねと奥まで続いている。入り組んだ路地のあちこちに、小さな看板や暖簾がかかっていた。猫カフェ「ゴロニャーゴ」、魚介の屋台「シッポ亭」、魔除けだという二又のしっぽの飾りを売る雑貨屋。
そして何より、猫又の獣人たちがあちこちにいる。
屋根の上をぴょんぴょん跳ぶ子供、日向で丸くなって昼寝する老人、路地で世間話をする若者たち。みんな猫耳と、二又に分かれた尻尾をゆらゆらさせている。
「おおお! 本物の猫耳だ! 触ってもいいですか!?」
ビリーが一番近くにいた若い猫又の女性に駆け寄ろうとして、ニコに首根っこを掴まれた。
「やめろ! 捕まるぞ!」
「だって本物だぜ!?」
「当たり前だ! ここはニャグル横丁だぞ!」
ニャグル横丁。新エリー都の地上と地下の境目にある、猫又の獣人が多く住むエリアだ。ここには約三千五百人のニャグル族が暮らしている。
ようやくニコが手を離すと、ビリーは気を取り直して、三台の高級フォンを掲げた。
「[excited]よし! 撮影開始だ!」
「……で、何を撮るんだよ」
ビリーの手が、ぴたりと止まった。
沈黙。
「……えっと」
ニコも黙った。
アンビーは、無言で路地の猫をフォンで撮り始めている。
「[excited]わかった! 通行人の猫耳獣人に、フォン持って走ってもらおう!」
「お前、それ無許可のロケ協力だろ」
ビリーはすでに、通りすがりの猫又の男性に駆け寄っている。
「[excited]ちょっとすみません! フォン持って全力疾走してもらえますか!?」
男性の猫耳がピンと立った。
「……は?」
「[excited]動画の撮影です! バズりたいんです!」
「え、いや、急に言われても……うち、今から買い物が……」
そこへニコが飛んできて、ビリーの頭をはたいた。
「すみません! こいつ馬鹿なんで! お気になさらず!」
ニコはビリーの襟首を引っ張って、その場を離れた。
「[angry]なにするんだよ!」
「こっちのセリフだ!」
その時、そばでしゃがみ込んでいたアンビーが、小さくつぶやいた。
「[whispers]……撮れた」
彼女のフォンの画面には、路地で丸まって寝ている野良猫が映っている。十秒の短い映像。
三人で頭を寄せて、再生ボタンを押す。
猫は、一度だけ耳を動かして、そのまま寝続けた。
再生が終わる。
三人とも、何も言えなかった。
「……まあ、悪くない、かも?」
「その猫、一ミリも動いてなかったぞ」
「[cold]……編集でなんとか」
「お前は編集を舐めてる」
三人が路地の真ん中で途方に暮れていると——
「[laughing]にゃははー! なんだにゃ、にぎやかだにゃー!」
高い声が、上から降ってきた。
見上げる。
二階建ての家の屋根の上に、誰かが立っている。
逆光の中、銀色の髪がキラキラと光っていた。高い位置で二つ結びにした髪が、風に揺れる。猫のような縦スリットの入った黄金色の瞳が、三人を見下ろして、楽しそうに細められた。
そして、くるんと曲がった二又の尻尾。
ひらり、と屋根から飛び降りる。音もなく着地した。
「あたし、ネコチャン! チャンネル登録八万人のにゃ!」
彼女の後ろから、もう一人、丁寧に階段を下りてくる影があった。
「……ネコチャン、勝手に屋根に登らないでください。迷惑になります」
こちらも猫耳と二又の尻尾を持つ猫又の獣人。でも、ゆったりしたパーカーを着て、穏やかな表情をしている。相方のネンネコだ。
「うち、ネンネコっていいます。うちらもペア動画大賞に参加してます。よろしくお願いします」
ビリーは目を見開いた。
「……は」
「え、お前、もしかして」
ビリーはネコチャンが持っているフォンの画面を、ガッと覗き込む。
そこには、ミルヴィーのチャンネル画面。
フォロワー数:80,234人。
「[excited]は、八万!?」
声が裏返った。
「[laughing]だから言ったにゃー! あたし、バズってるにゃ!」
ネコチャンは自慢げに尻尾をゆらゆら揺らす。二又の先が、それぞれ違う方向にくるんと曲がっていた。
「[serious]わかった」
ビリーは、急に真顔になった。
「[serious]お前たちは、俺たちの——最大のライバルだ!」
「え?」
「[excited]俺たちは絶対に負けない! このペア動画大賞、優勝するのはランダムフォン屋だ!」
ビリーはネコチャンを指さして、宣戦布告した。
ネコチャンは、あくびをした。
「[sarcastic]ふーん。頑張ってにゃ」
興味なさそうに、路地の日向にしゃがみ込む。
ビリーの指が、空を切ったまま固まる。
「……え?」
「あたし、今日は気分が乗らないにゃ」
ネコチャンは尻尾を抱え込むようにして、丸くなった。
「[laughing]撮影やーめた! たい焼き食べたーい!」
「[angry]またですか!? 大会期間中なのに!?」
ネンネコが慌てて声を上げる。
「だってお腹すいたにゃ。たい焼き、あんこがいいにゃ」
ビリーの顔が、ぱあっと輝いた。
「[excited]たい焼き!? 隣のカリモチ堂のたい焼きが最高なんだよ!」
「知ってるにゃ! タエのおばちゃんのたい焼きは絶品にゃ!」
「[excited]あんこ派? それともクリーム派?」
「あんこに決まってるにゃ! カスタードもいいけど、王道はあんこにゃ!」
「[excited]わかる! 俺もあんこ派なんだよ!」
二人は、いつの間にか意気投合していた。
「待て待て待て!」
ニコが慌てて割り込む。
「お前ら、さっきまでライバル宣言してたよな!? なのに、なんでたい焼きで盛り上がってるんだよ!」
アンビーは、そんな三人の様子を無表情で見つめている。
そして——そっと、高級フォンの録画ボタンを押した。
日向で丸くなろうとして、でも尻尾が邪魔でうまく丸まれずにいるネコチャン。困り顔のネンネコ。たい焼きの話で盛り上がるビリー。それを必死に止めようとするニコ。
アンビーの指が、無意識に録画ボタンを押し続ける。
路地の空気が、さっきまでより、なんだか明るくなった。
——その時だった。
「おい、お前ら」
野太い声が響いた。
路地の影から、三人の男たちが現れる。頭にはお揃いの薄汚れたニット帽、ボロボロのコートを着込んでいる。コートの袖には、赤い糸で縫い付けられた「B」のワッペン。
ボンプの構成員だ。
「なんだ、ガキども。高そうなフォン持ってるじゃねえか」
リーダー格の男が、にやりと笑った。
「ちょっと、それ、貸してみろよ」
そして、一番近くにいたアンビーの手から、高級フォンを奪い取ろうと腕を伸ばした。
アンビーは無表情のまま、フォンを胸に抱えて動かない。
「[scared]……いや」
「おい、貸せって言ってるんだよ!」
男がアンビーの腕を引っ張る。細い彼女の体が、ぐいっと揺れた。
「[angry]すぐに返せ!!」
ビリーが叫んで、男たちに飛びかかった。
「てめえ、邪魔すんな!」
男がビリーを突き飛ばす。
ビリーはよろけて、路地の石畳の段差に足を取られた。
——ドテッ!
派手に転倒する。
「あだっ!」
さらに最悪なことに——
ビリビリッ!
鈍い布の破れる音。
「[laughing]うわ、ズボン終わったにゃ!」
ネコチャンが、陽だまりから顔を上げて笑った。
ビリーのズボンは、膝から丸ごと破れていた。剥き出しになった膝が、痛々しく擦りむけて赤くなっている。
「[angry]くそっ……!」
ビリーは膝を押さえたまま、動けない。
その瞬間——
「今だ!」
ニコはカメラバッグから、さかなフォンではなく、ちゃんとした高級フォンを取り出していた。
カメラアプリ起動。迷わず三人のボンプに向ける。
ピントを合わせる指先は、普段とは別人のように正確で速い。
——カシャッ。
静かなシャッター音。
三人の顔が、一瞬だけフレームに収まった。
「証拠撮ったか!?」
男たちが慌てて振り返る。
「[angry]証拠撮んな!」
リーダー格がニコに掴みかかろうとしたが、ニコは一歩下がってフォンを掲げた。
「[cold]動くな。このまま警察に送るぞ」
ニコの声は、自分でも驚くほど低く、落ち着いていた。
男たちは顔を見合わせる。
「……チッ、覚えてろよ」
三人は舌打ちをして、路地の奥へ走り去った。
ネンネコが、転んだままのビリーに駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!?」
「[laughing]痛てて……でも、なんとかなるって!」
ビリーは破れたズボンのまま、へらへら笑って立ち上がった。
アンビーはまだ、高級フォンを胸に抱えたまま、小さく息をつく。
「[whispers]……ありがとう」
彼女の声は、誰に向けたのか、わからないほど小さかった。
路地に、なんとも言えない空気が流れる。
「……映像、どうなってる?」
ニコは自分のフォンで、撮影したボンプの写真を確認した。ボケていて、ほとんど顔は判別できない。それでも、コートの「B」のワッペンだけは、かろうじて写っている。
一方、アンビーが撮り続けていた映像を、フォンで再生する。
路地の猫、十秒。
ネコチャンのあくび、三秒。
それだけだった。
「……はぁ」
ニコのため息が、路地に重く響いた。
「撮れた映像が、一つもない」
今日一日、何をしていたんだろう。
アンビーは、全員の顔を順番に見渡した。ビリーの破れたズボン、ニコの青ざめた顔、ネコチャンの笑顔、ネンネコの申し訳なさそうな顔。
それから、小さくつぶやく。
「[gentle]……明日、また来ればいい」
短い言葉。
でも、それは意外なほど、まっすぐで、柔らかかった。
ビリーの顔が、ぱっと明るくなる。
「[excited]アンビー……! そうだな! 明日がある!」
ニコも、肩の力が抜けた。
「……そうだな。今日は完全に失敗だが、仕方ない」
「[laughing]にゃはは! あんたたち、面白いにゃ! 明日もここに来るなら、あたしも来るにゃ!」
「え? 気が向いたんですか?」
「たい焼き食べたいからにゃ!」
路地に、笑い声が響いた。
こうして、大会三日目の撮影は、何も成果がないまま終わった。
でも、何かが少しだけ、前に進んだ気がした。
——夜。
ランダムフォン屋の二階、休憩室。
外の通りは静まり返り、トリノ通り商店街のネオンが、カーテンの隙間からチカチカと部屋に差し込んでいる。
ソファではビリーが、膝に湿布を貼って、大の字で寝ている。
アンビーはもう、自宅に帰った後だ。
ニコだけが、灯りを消した部屋で、一人フォンの画面を見つめていた。
再生するのは、昼間に撮ったボンプの写真。
ピンぼけで、人の顔かどうかもわからない画像。
でも、コートの袖に縫い付けられた「B」のワッペン——それだけは、かすかに確認できる。
「……ボンプ」
彼は小さくつぶやいて、フォンのメモに記録を残した。
ボンプ。地下旧市街を根城にする悪戯集団。正式名称は「ボンプ・ラリー団」。
(こいつらは、偶然邪魔してきたわけじゃない)
ニコは、カメラバッグから、さかなフォンを取り出した。
相変わらず、もぐもぐと口を動かして、手の中で静かに震えている。
「……次、また現れたら」
彼はさかなフォンを握りしめた。
「今度こそ、撮影を止めさせない」
決意と、ほんの少しの恐怖が、胸の中で混ざり合う。
——また来る。
それは確信だった。
窓の外では、新エリー都の夜空に、動画配信サイト「ミルヴィー」の広告灯が、ゆっくりと明滅していた。
大会は、まだ七日も残っている。Noveliaとは?
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