ビデオたい!ゼンレスゾーンのゆるすぎる一日
ニューエリドに、ちょっとおバカな平和が訪れた。きっかけは、ビリーが持ち込んだ一枚のポスター。「第1回ペアビデオ大会 優勝賞金500万デニー!」――目を輝かせるビリーを、ニコは「はいはい、どうせまたアホなこと考えてんでしょ」と一蹴する。だが、借金返済の文字がちらついたアンビーは、無言でエントリーボタンをポチリ。こうして、ビデオたい!ゼンレスゾーンのゆるすぎる一日を賭けた、ランダムプレイハウスの曲者たちによる、史上最もユルくてカオスなビデオ合戦が幕を開けた!
完璧なイメージを守りたいカリスマ配信者を狙うは、どこからともなく現れては全てを台無しにする、正体不明の愉快犯。猫シリオンコンビは猫動画で勝負するも、気まぐれな相方が言うことを聞かず、撮影はまさにカオス。アンビーは真顔で壮大なRPG風動画『冒険の書。編集は任せた』を撮り始め、周囲を困惑させる。そしてもちろん、街の裏路地では、やけにノリノリなバンブーたちが、あの手この手で撮影現場をメチャクチャにしようと暗躍中。
バラバラすぎる動画は、なぜか動画サイトで爆発的な再生数を叩き出し、街中がパニックとお祭り騒ぎに。笑いとため息、そして時折ドキ
ビデオたい!ゼンレスゾーンのゆるすぎる一日 - 低評価の嵐とボンプの急襲!最悪な一日
大会七日目の朝。
ランダムフォン屋の二階、休憩室。
窓から差し込む朝日が、床に散らばったジャンクフォンの山を照らしている。
ビリーはソファの上であぐらをかいて、自分のフォンの画面をじっと見つめていた。
「[excited]おいおいおい!」
ニコが眉間のしわを深くして顔を上げる。
「……朝っぱらからうるさいぞ」
「[excited]動画のコメント、四百件超えてるんだけど!」
ビリーの声は嬉しそうだった。
でも、その顔は少しだけ引きつっている。
ニコは隣に座って、ビリーのフォンを覗き込んだ。
「……見せろ」
ミルヴィーの画面には、昨日投稿したばかりの動画が表示されている。
再生数は千二百回。
コメント欄は、スクロールしてもスクロールしても、次から次へと新しい書き込みが表示された。
「何がしたいのか全くわからん」
「最初の三十秒のオーケストラ、どこから持ってきた?」
「ラストの借金テロップ、ホラーすぎる」
「『借金残高:400万ディニー』の文字が十秒間、マジで怖い」
「これ、本物の人間が作ったのか?」
「AIに作らせたとしても、もうちょっとマシになるだろ」
「怖すぎて逆に笑った」
「笑えないんだが」
「編集者、精神状態大丈夫か?」
ニコの顔色が、どんどん青ざめていく。
「……なんだこれ」
声が小さかった。
ビリーは、へらへらと笑ってみせる。
「[laughing]なんかバズってるじゃん! 見ろよ、コメント四百! すごくね?」
「バズり方の問題だろ!!」
早口のツッコミが飛んだ。
左のこめかみに青筋が浮かんでいる。
「黒歴史だ……俺の編集が……」
「[sad]お前の編集じゃねえよ。アンビーが徹夜で一人で作ったやつだ」
二人の視線が、カウンターの奥に向いた。
アンビーはいつもの場所に座っていた。
腰まで伸びた暗い灰色の髪。
深い紫色の目は、手元の帳簿に落ちている。
いつもと変わらない、無表情。
でも——
彼女の前には、隣のたい焼き屋『カリモチ堂』の紙袋があった。
タエおばちゃんが、朝一番に差し入れてくれたものだ。
たい焼きは、まだ湯気を立てている。
ところが、一口も手をつけられていなかった。
「[whispers]……アンビー?」
声をかけた。
アンビーは帳簿から顔を上げない。
「[surprised]おい、たい焼き食わねえの? 冷めちまうぜ」
「……大丈夫です」
返事は小さかった。
一言だけ。
それっきり、彼女は黙って帳簿の数字を指でなぞっている。
ビリーは言葉を失った。
「なんとかなるって」——いつもの調子で言おうとして、喉に何かがつっかえた。
ニコが、黙ってビリーの背中を押す。
「……今は、何も言うな」
ニコの声は、いつもよりずっと低かった。
ビリーは口を閉ざした。
店内に、居心地の悪い沈黙が落ちる。
壁時計の秒針だけが、かち、かち、と空回りしていた。
外では、トリノ通り商店街の朝の喧騒が遠くに聞こえる。
商人の呼び声、買い物客の笑い声。
いつもの日常の音が、今日は妙に遠く感じられた。
——昼過ぎ。
ビリーは椅子から飛び降りるように立ち上がった。
「[excited]よーし! こんな時こそ、次の動画だ!」
声がでかかった。
わざと、いつも以上にでかい声を出している。
「明日の朝イチで二本目を撮るぞ! 今度はクダリ川リバーサイドで屋台めぐり動画だ! うまい飯と、かわいい猫と、面白い店主を撮りまくる! 絶対にバズる!」
ニコが複雑な顔でビリーを見上げた。
「……お前な」
「[excited]大丈夫だって! 企画は屋台めぐり! 視聴者は飯テロに弱いんだよ! 絶対に伸びる!」
ビリーはカウンターの後ろから、高級フォン三台を引っ張り出してきた。
アンビーが通販で取り寄せた最新モデルだ。
昨日、ニャグル横丁でボンプに狙われた、あの機材。
「カメラもバッチリ! 三脚もマイクもある! 準備万端!」
ニコはため息をついた。
「……お前のその元気、どこから湧いてくるんだよ」
「[laughing]なんとかなるって!」
それでも、ニコは立ち上がった。
カメラバッグを開けて、充電を確認し始める。
慣れた手つきで、撮影チェックリストをメモに書き出し始めた。
真面目な横顔。
細いドライバーを持つ手が、今日はペンを持っている。
一方、アンビーは——
帳簿を静かに閉じた。
何も言わずに、カウンターの下にしゃがみ込む。
手のひらに、昨日の『さかなフォン』が転がっていた。
魚の形をした、ニコの黒歴史。
配線がはみ出て、ねじが飛び出し、無理やり接着剤で固定された、不格好なフォン。
アンビーはそれを、ころころと手のひらで転がしている。
無表情のまま。
ただ、深い紫色の目だけが、魚の「もぐもぐ」という口の動きを追っていた。
ビリーが二階から機材を抱えて降りてくる。
高級フォン三台に、マイク、三脚、予備バッテリー。
全部をクッション材の袋に詰め込んで、両手に抱えていた。
「[excited]よし! これで明日は完璧だぜ——」
その時。
階段の三段目で、ビリーの足が滑った。
「うわっ!」
どさどさどさっ!
クッション材の袋が雪崩のように階段を転がり落ちる。
三脚が倒れ、フォンの箱が床にぶちまけられた。
ビリー自身も、袋の山に埋もれて、もがいている。
「もが……なんだこれ……抜け出せねえ……」
ニコが呆れた顔で見下ろした。
「……お前、またかよ」
「[laughing]へへ……なんとかなるって……!」
クッション材の山から、ビリーのぼさぼさの茶髪だけが飛び出している。
ニコの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
——午後三時。
ランダムフォン屋の引き戸が、激しく開いた。
ガラガラガラッ!
鈴の音が、悲鳴のように鳴り響く。
「邪魔するぜ」
低い声。
ビリーが振り返った。
店の入り口に、五人の男が立っていた。
先頭にいるのは、先週ニャグル横丁でニコが撮影した、あのリーダー格の男。
コートの袖に「B」のワッペン。
口元を歪めて、笑っている。
その後ろに、大柄の男が三人。
全員、地下旧市街のほこりと油の匂いをまとっている。
「な、なんだお前ら!」
「その映像、削除してもらおうか」
リーダーが一歩、踏み込んだ。
ビリーは高級フォンを抱えたまま、カウンターの前に立ち塞がる。
「[angry]何しに来た! ここは俺たちの店だぞ!」
答えはなかった。
リーダーが顎をしゃくると、大柄の二人が素早く動いた。
棚に積まれた高級フォン三台と三脚に手を伸ばす。
「触るな!」
ニコが飛び出した。
細身の体を押し込むように、機材の前に割って入る。
奪い返そうと手を伸ばした——その瞬間。
「うるせえ!」
肩を強く掴まれた。
次の瞬間、ニコの体が宙に浮いた。
「——っ!」
言葉にならない声。
ドガッ!
背中から、棚に激突する。
ジャンクフォンが雪崩を起こし、金属パーツが床に散らばった。
ニコはそのまま、へたり込む。
頭を押さえた指の間から、血が滲んでいた。
棚の角で額を切ったのだ。
「ニコ!!」
ビリーの声が、張り裂けそうに響いた。
彼は一瞬、硬直した。
親友が壁に叩きつけられるのを、目の前で見てしまった。
次の瞬間——
「ぶっ殺してやる!!!」
ビリーは正面から、リーダー格の男に飛びかかった。
だが。
四人の腕が、同時にビリーを掴んだ。
両腕を後ろに捻り上げられる。
肩を壁に押しつけられ、服の襟を掴まれた。
「は、離せ——!」
もがくビリー。
でも、四人相手では身動き一つできない。
壁に頬を押しつけられて、歯を食いしばる。
「おとなしくしてろよ」
リーダーが、冷たい声で言った。
「機材だけもらっていく。お前らが大人しくしてればな」
ビリーは全身の力を込めて、腕を振りほどこうとした。
でも、四人がかりで押さえつけられている。
肩の骨が軋む音がした。
それでも彼は、暴れるのをやめなかった。
「ニコに、何しやがる……!」
歯の間から、怒りが漏れる。
ニコは床に座り込んだまま、額から血を流していた。
意識はある。
でも、立ち上がれない。
棚から落ちたジャンクフォンの破片が、彼の周りに散らばっている。
ボンプ構成員たちは、高級フォン三台と三脚を抱えて、出口に向かおうとしていた。
その時だった。
「——」
音もなく。
アンビーがカウンターの下から立ち上がった。
腰まで伸びた暗い灰色の髪が、ゆらりと揺れる。
深い紫色の目は、いつもと変わらない無表情。
彼女は、ボンプ構成員が抱えた高級フォンに、するりと手を伸ばした。
無言で。
一台、ボンプの手から抜き取る。
「あっ」
もう一台。
「なっ」
三台目。
「おいコラ!」
アンビーは振り返らない。
三台の高級フォンを胸に抱えて、店の裏口へと走った。
いつもは物音一つ立てない彼女が、今日は小さく足音を立てている。
「あいつを捕まえろ!」
三人が裏口に回り込む。
その時——
「うちの庭に、何の用や?」
どっしりとした声が響いた。
裏口の先、『カリモチ堂』の裏庭に、タエおばちゃんが仁王立ちしている。
白い割烹着を着て、金棒のような太い麺棒を片手に。
小柄だけど、威圧感がすごい。
「アンビーはんから預かったもんは、うちが守るでな。さあ、帰った帰った」
ボンプ構成員たちは顔を見合わせた。
「……ちっ」
リーダーが舌打ちをする。
「引くぞ。機材は諦めろ。だが——」
彼はビリーを押さえつけていた構成員たちに手を上げて合図した。
ビリーの腕から力が緩む。
ビリーは壁から崩れ落ちるように、床に膝をついた。
リーダーは出口に向かいながら、肩越しに振り返った。
「コンテストが終わるまで、お前らの撮影、全部邪魔してやる」
冷たい宣言。
「楽しみにしてろよ」
引き戸が、バタンと閉まった。
鈴の音が、嫌に長く響く。
静寂。
床に散らばったジャンクフォンと、ニコの血が滲むティッシュ。
ひっくり返った三脚、開きっぱなしのカメラバッグ。
ビリーは床に拳を叩きつけた。
「[angry]くそっ……くそっ!!」
声が震えている。
ニコはゆっくりと立ち上がった。
額から、まだ血が滲んでいる。
「……機材は、守れたのか」
声は掠れていた。
裏口から、アンビーが戻ってくる。
腕に、三台の高級フォンを抱えて。
無表情。
ただ、深い紫色の目が、ちらりとニコの額の傷に向けられた。
「……大丈夫です」
彼女は一言だけ言った。
自分のことなのか、ニコのことなのか——わからなかった。
——夜。
ランダムフォン屋の二階、休憩室。
外のネオンサインが、カーテンの隙間からチカチカと部屋に差し込む。
ソファに座ったニコの額に、ビリーが絆創膏を貼っていた。
手が震えている。
「……俺のせいだ」
静かな声だった。
いつもの「なんとかなるって!」が、今日はどこにもない。
「あの時ニャグル横丁で、ボンプの映像を撮らなきゃ……ニコは怪我しなかった」
ニコは目を閉じた。
「……ちがう」
声は小さかった。
普段の早口のツッコミが、今日はかすれている。
「お前のせいじゃない。あいつらが悪いんだ」
それでも、声は小さかった。
ビリーは絆創膏を貼り終えて、手を下ろした。
俯いたまま、何も言わない。
部屋の隅で、アンビーはテーブルの前に座っていた。
彼女の前に、ミルヴィーの掲示板が映ったフォンが置いてある。
相変わらず、嘲笑のコメントが増え続けている。
アンビーは無表情のまま、フォンの画面を、ゆっくりと裏返した。
画面が下を向いた。
嘲笑は、見えなくなった。
「……残り、三日」
彼女がつぶやいた。
ビリーもニコも、顔を上げる。
再生数は伸び悩み。
ボンプの妨害宣言。
今日は二本目の動画が、一ミリも撮れなかった。
壁。
三重の壁が、三人の前に立ちはだかっている。
誰も、次の言葉を出せなかった。
時計の針が、かち、かち、と進む。
ビリーが、声を絞り出す。
「……明日は、どうする?」
途方に暮れた声だった。
沈黙。
その中で——
アンビーが、机の上に、さかなフォンを置いた。
魚の形をした、不格好なフォン。
接着剤がはみ出て、配線が見えている。
彼女は深い紫色の目で、それをじっと見つめていた。
それから、小さく息を吸って。
「[gentle]……少し、話したいことがある」
初めて、彼女の方から口を開いた。
短い一言。
でも、今までにないほど、それははっきりとした声だった。
ビリーとニコは、息を呑んだ。
窓の外——
新エリー都の夜空に、動画配信サイト「ミルヴィー」の広告灯が、ゆっくりと明滅していた。
夜は、まだ明けない。Noveliaとは?
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