ビデオたい!ゼンレスゾーンのゆるすぎる一日
ニューエリドに、ちょっとおバカな平和が訪れた。きっかけは、ビリーが持ち込んだ一枚のポスター。「第1回ペアビデオ大会 優勝賞金500万デニー!」――目を輝かせるビリーを、ニコは「はいはい、どうせまたアホなこと考えてんでしょ」と一蹴する。だが、借金返済の文字がちらついたアンビーは、無言でエントリーボタンをポチリ。こうして、ビデオたい!ゼンレスゾーンのゆるすぎる一日を賭けた、ランダムプレイハウスの曲者たちによる、史上最もユルくてカオスなビデオ合戦が幕を開けた!
完璧なイメージを守りたいカリスマ配信者を狙うは、どこからともなく現れては全てを台無しにする、正体不明の愉快犯。猫シリオンコンビは猫動画で勝負するも、気まぐれな相方が言うことを聞かず、撮影はまさにカオス。アンビーは真顔で壮大なRPG風動画『冒険の書。編集は任せた』を撮り始め、周囲を困惑させる。そしてもちろん、街の裏路地では、やけにノリノリなバンブーたちが、あの手この手で撮影現場をメチャクチャにしようと暗躍中。
バラバラすぎる動画は、なぜか動画サイトで爆発的な再生数を叩き出し、街中がパニックとお祭り騒ぎに。笑いとため息、そして時折ドキ
ビデオたい!ゼンレスゾーンのゆるすぎる一日 - 深夜のランダムフォン屋、アンビーの涙
クダリ川リバーサイド。
川沿いの遊歩道、いつもなら夕方から屋台が並び始める。
まだ朝だっていうのに、ビリーたち三人はここに立っていた。川の水がキラキラしてる。いつも通りのきれいな景色だった。
「[excited]いっちょやってみっか!」
ビリーが両手にフォンを構える。貸し出し用の高級フォン。アンビーが通販で取り寄せたやつ。三台もある。
でも彼の声は、ちょっとだけ引きつってた。いつものでかさがない。空元気なのは、自分でもわかってる。
ニコがカメラバッグを重そうに置いた。きっちり整えた黒いショートヘアは、今日もきれいだ。でも眉間のしわだけは、ここ三日間ずっと消えてない。
「[serious]本当にやるのか」
ぼそりとつぶやいた。
「やるんだよ! 今日こそ! 昨日の借金動画でめちゃくちゃ言われたけど、今回で全部ひっくり返す!」
「考えたのか。企画を」
ビリーの手が止まる。今度は、ちゃんと考えてきたらしい。
「フォン修理人の一日密着! あの手この手で店を切り盛りする職人魂! これでどうだ!」
ニコはちょっとだけ、目を見開いた。
「……悪くないな」
「だろ!」
アンビーが後ろで、しゃがみ込んでる。腰まで伸びた暗い灰色の髪が、風に少しだけ揺れてた。
「[gentle]……カメラ、借ります」
高級フォンを手に取る。無表情のままだ。でも指が、フォンの縁をなぞってた。このフォンに賭けてるって、それだけでわかる。
「よし! アンビーが修理を実演! 俺が横でツッコミ役! ニコは監督! これでいく!」
三人が、川沿いの遊歩道に並ぶ。
誰もいない朝の遊歩道は、水の音だけが響いてる。遠くで船の汽笛が鳴ってた。
ビリーはフォンを構えた。
「[excited]アクション!」
画面の向こうで、アンビーがゆっくりと工具を取り出す。彼女の手つきはいつもより丁寧で、それでいて手際がいい。帳簿管理だけじゃない。修理の腕も確かだって、誰が見てもわかる。
(そうだ。これでいい)
ビリーは思った。
(ちゃんとしてる。ちゃんと、いい映像だ)
ニコが隣で、フォンの角度を細かく指示する。監督としての顔だった。いつもツッコミばかりしてる彼も、こういう時は本当に真面目だ。
彼の手の甲には、昨日の絆創膏がまだ貼られたままだった。
ボンプに突き飛ばされてついた傷。
それでもニコは、カメラを構える手を止めない。
——そうやって、三十分は撮れた。
クダリ川の水面に朝日が反射して、遊歩道が明るく照らされてた。
まともな映像になると、三人とも思ってた。
——その時。
「うおおおお!!」
遊歩道の向こうから、大きな声が聞こえた。
振り返ると、派手な色のコートを着た人影が四人。赤、黄、青、緑。それぞれの胸元に、「B」の白いワッペンが縫い付けてある。
ボンプの構成員。
リーダー格の男が手を振り上げた。
「[laughing]よお、フォン屋の連中! 今日も撮影か!? 手伝ってやるよ!」
四人が、一斉に走り出す。
川沿いの屋台エリアに向かって。まだ開店前の屋台が並ぶ通りに、土足で踏み込んでいく。
「待て!」
叫んだ時には、もう遅かった。
赤いコートの男が、折りたたみのテーブルを蹴り上げる。
ガッシャーン!!
屋台の看板が倒れた。青いコートの男が、釣り銭用の缶を派手に蹴り飛ばす。
カランカランカラン!
小銭がアスファルトに散らばる。
「きゃああっ!」
通りすがりの買い物客が、悲鳴を上げて走り出した。
「な、なんだあいつら!」
「警察呼べ!」
「逃げろ!」
あっという間に、朝の遊歩道はパニックになった。
ビリーはフォンを構えたまま、動けなかった。
レンズに映るのは、逃げ惑う人々。ひっくり返る屋台の品物。黄色いコートの男が、客のバッグをひったくろうとしてる。
「撮影だ! 特等席だぜ!」
叫びながら走り回る男たち。それを見て笑ってる。
ニコが声を張り上げた。
「[angry]ビリー! カメラ止めろ! こんなの映像に使えるか!!」
そう言って、自分のフォンを下ろした。
画面が暗くなる。
ビリーはそれでも、フォンを構え続けた。
震える手で。
「[scared]……くそ」
かすれ声だった。
アンビーは——無言で、工具をしまい始めてた。
手際よく、きっちりと。まるで何も起きてないみたいに。
でも彼女の深い紫色の目は、逃げる人々をじっと追ってた。
——その時。
「うわっ!」
何かが飛んできた。
ベチャッ。
顔面に、熱いものがぶつかる。
串に刺さった焼き鳥。屋台から投げられたやつ。タレがべっとりついてて、視界が茶色くなった。
ビリーは一瞬、目を白黒させて。
そのままバタンと尻餅をついた。
「[laughing]ひゃはは! よく似合ってるぜ!」
緑コートの男が走り去りながら叫んだ。
ニコが駆け寄ってくる。
「おい! 大丈夫か!」
ビリーは焼き鳥を顔面からはがしながら、
「……なんとかなるって」
いつもの口癖。
でも今日は、誰も笑わなかった。
ニコがビリーの肩を掴んだ。
「[sad]もう、やめろ。追いかけるな。また怪我するだけだ」
手の甲の絆創膏。昨日つけられた傷を、ニコはじっと見てた。
ビリーは立ち上がる。
よろよろと。焼き鳥のタレが、左の頬の傷をなぞってた。
フォンの画面は、まだ録画中だった。
映ってるのは、散らかった屋台と、逃げる人々の背中。
彼はゆっくりと、録画ボタンを押した。
ピッ。
——ランダムフォン屋。
夕方。
三人は店に戻ってた。
棚にはジャンクフォンが山積みのまま。カウンターの裏、修理スペース。いつもと変わらない場所。
でも空気は、いつもと全然違ってた。
壁時計の秒針だけが、かち、かち、と進んでる。
ニコがカメラバッグを床に置いた。中のフォンたちは無事だ。アンビーが持って逃げてくれたから。
でも撮れた映像は、全部使い物にならなかった。
ビリーは机の前に立ってた。ぼさぼさの茶髪は、まだ焼き鳥のタレで固まってる。
「[excited]よし! 三本目を撮るぞ! 今日の夕方から!」
机をバンと叩いた。大きくて、無理のある声だった。
「リベンジ企画だ! ネタは——えっと——商店街の一発芸大会! 通行人にいきなり芸をやってもらう!」
ニコは机に手をついて、首を横に振った。手の甲の絆創膏が、机の上で小さくはがれかけてる。
「[sad]……今日はもう無理だ」
早口じゃなかった。ツッコミでもなかった。
ただの、つかれた声だった。
アンビーは——
無言で、自分のフォンの電源を切った。
ぷつん。
画面が真っ黒になる。それから、テーブルの上にそっと置いた。
彼女は何も言わず、前髪をピッチリ切り揃えたまま、うつむいてた。
ビリーは、机を叩く手を止めた。
「[scared]……でも、残り二日だぜ」
声が小さくなる。
ニコの顔を見た。いつも半目でツッコミを入れてくる彼の目が、今日は、まっすぐビリーを見てる。
(あ、これ、本気でダメなやつだ)
ビリーは思った。
アンビーは、うつむいたままだった。テーブルに置いたフォンを見てる。
誰も、何も言わなかった。
外は夜になっていった。
トリノ通り商店街のネオンが、窓の外でチカチカしてる。八百m続く商店街。約百二十軒の店がある。
いつもなら楽しい通りも、今夜はただのまぶしい光だった。
ビリーは、いつの間にか立ち上がってた。
引き戸を開ける。カランカランと鈴の音。
隣のたい焼き屋『カリモチ堂』。
タエおばちゃんが店じまいをしてる。四角い鉄板をふきんで拭いて、看板を片付けてる。
「[surprised]おや、ビリーちゃん」
おばちゃんは手を止めた。白い割烹着のまま、ビリーの顔をじっと見た。
「たい焼き三つ」
「何味だい」
「……あんこ、で」
おばちゃんはしばらく黙って、それから、もう片付けた鉄板に火を入れた。ジューッと油の匂い。たい焼きの生地が鉄板に流れてく。
「今日は元気ないね」
ビリーは苦笑いした。
「[sad]……なんとかなるかな、おばちゃん」
ぽつりとつぶやいた。
いつもの明るい「なんとかなるって!」じゃない。ただの、自信のない質問だった。
おばちゃんはたい焼きをひっくり返しながら、
「知らんわ」
短く言った。それから、焼き上がったたい焼きを紙袋に入れて、
「でも、帰りな」
突き出すように渡す。
ビリーはそれを受け取った。紙袋はまだ熱かった。
「[gentle]……ありがと」
——店に戻ると。
電気はついてなかった。防犯用の小さな明かりだけが、カウンターの上でポツンと光ってる。
その明かりの下で、ニコが座ってた。背中を丸めて、両手を机の上に置いて。
アンビーも、同じ机の向かい側に座ってた。
二人とも、ただビリーを待ってた。
「……ただいま」
誰も返事をしなかった。
ビリーは三人の前に、それぞれたい焼きを置いた。熱くて、あんこの甘い匂いが部屋に広がる。
ニコが、たい焼きを手に取った。一口かじって、ゆっくりとかみしめる。
アンビーは、たい焼きを両手で持ったまま、じっと見つめてた。
彼女の手が、少しだけ震えてる。
ビリーは、それに気づいた。
「[whispers]……アンビー?」
声をかけた。
アンビーはたい焼きをじっと見つめたまま。それから、ゆっくりと顔を上げた。
深い紫色の目が、かすかに揺れてる。
「[gentle]……少し、話してもいいですか」
声は小さかった。まるで、紙を一枚一枚重ねるみたいに、静かで、ていねいで。
ビリーとニコは、顔を見合わせた。
アンビーはたい焼きをテーブルに置いた。それから両手を膝の上にそろえて、背筋を伸ばす。
ずっと、長いことためらってたみたいな仕草だった。
「一年前のことです」
彼女は話し始めた。
「私の両親は、工務店をしていました。小さな店です。新エリー都の郊外で、家の修理とかリフォームをしてました」
声に抑揚はなかった。いつも通りの、淡々とした口調。
「でも、三年前に仕事が減り始めて。それからどんどん悪くなって。一年前、店は倒産しました」
ニコの手が、机の上でぎゅっと握られる。
「父と母は、借金を抱えたまま、夜にいなくなりました。私が寝てる間に」
「[surprised]……な……」
声にならなかった。
「その前に、両親が私に書類を見せて、『ここに判を押してほしい』と言いました。私、十六歳でしたけど、意味もわからずに押しました」
アンビーは、そこで初めて、一度だけまばたきをした。
「それが連帯保証人の契約書でした。次の日、取り立ての人が来て、初めて知りました」
ニコが息を呑んだ。
アンビーは続ける。
「借金は四百万ディニー。両親が残した借金を、私一人で払うことになりました。工務店の帳簿だけが、手元に残りました」
彼女の手が、膝の上で小さく動いた。帳簿をめくる仕草。ランダムフォン屋の帳簿管理を、いつもアンビーが完璧にこなしてる。
——そういうことか。
ビリーの中で、パズルのピースがかみ合った。
数字に強いんじゃない。
数字しか、親の残したものを知る手段がなかったんだ。
「だから、賞金が必要でした」
アンビーは言った。
その時——
彼女の目の端に、光るものが浮かんだ。
まばたきをして、それが一滴、頬を伝った。
彼女の声は、最後まで揺れなかった。でも、涙だけが止まらなかった。
「[whispers]……二人に迷惑をかけたくなかったから、言いたくなかった」
アンビーはたい焼きを見下ろしたまま、続けた。
「私が全部、悪いんです。部屋で一人で、何度も計算しました。帳簿を見て、借金の残りを書いて。『計算上、詰みです』って。でも、それでも、賞金でチャラにしたくて。だからボタンを押しました。だから、私は」
「私が全部悪いんだから、私が全部やるべきだった」
声が、少しだけ震えた。
店の中は、しんと静まり返ってた。
ニコは言葉を失って、口を開けたまま、彼女の涙を見つめてる。
ビリーは——
「[angry]違う!!」
叫ぼうとした。
でも、喉がつかえて、声が出なかった。
アンビーが、十六歳で。
夜逃げした親に置き去りにされて。
書類の意味もわからずに判を押した。
それから一年間。
無表情で。無口で。
それでも、帳簿を一人でめくって、借金と向き合ってきた。
『計算上、詰みです』
あれは冗談でもなんでもなかった。
彼女が一年間、毎晩のようにつぶやいてきた現実だったんだ。
「[crying]……う……」
ビリーの目から、涙がこぼれた。
自分でも止められなかった。
まるで蛇口が壊れたみたいに、次から次へと溢れてくる。
「俺さあ」
かすれ声で、彼は絞り出した。
「ずっと、なんとかなるって、ヘラヘラしてたじゃん」
拳をぎゅっと握る。爪が手のひらに食い込んで、少し血がにじんだ。
「アンビーがこんな思いしてるの、全然気づかなかった。ボンプにも負けるし、動画も全然ダメで……俺、何もできてねえじゃん」
肩が震える。
ビリーは声を上げて泣いた。
子供みたいに。理不尽で悔しくて、助けたい相手を助けられなくて、ただ泣くことしかできなかった。
ニコは、何も言わずに立ち上がった。
ビリーの隣に立って、彼の背中に手を置く。
ポン、と、一回だけ。
アンビーは、二人の様子をじっと見てた。
それから、ゆっくりと、たい焼きを一口かじった。
もぐもぐと、静かにかみしめる。
その目から、もう一粒だけ涙が落ちた。
あんこの甘さが、三人の沈黙の中に広がっていった。
残り二日。
ボンプの妨害宣言。
四百万ディニーの借金。
三つの壁が、暗い店内にそびえ立ってる。
ビリーは泣きながら、ガタガタ震えて。
それでも——
「[crying]……でも、絶対に諦めたくない」
絞り出すように言った。
声はまだ震えてる。顔は涙と焼き鳥のタレでめちゃくちゃだ。
でも、その一言だけは、暗い店内に小さく響いた。
ニコは背中に置いた手に、ほんの少しだけ力を込めた。
アンビーはたい焼きを食べながら、その言葉を聞いてた。
三人は同じ机で、黙って座ってる。
壁時計の針が、かち、かち、と進んでいって——
夜が、深くなっていった。
窓の外では、動画配信サイト「ミルヴィー」の広告灯が、何も言わずに明滅してる。
コンテスト終了まで、あと二日。
それだけが、はっきりとした事実だった。Noveliaとは?
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