ビデオたい!ゼンレスゾーンのゆるすぎる一日
ニューエリドに、ちょっとおバカな平和が訪れた。きっかけは、ビリーが持ち込んだ一枚のポスター。「第1回ペアビデオ大会 優勝賞金500万デニー!」――目を輝かせるビリーを、ニコは「はいはい、どうせまたアホなこと考えてんでしょ」と一蹴する。だが、借金返済の文字がちらついたアンビーは、無言でエントリーボタンをポチリ。こうして、ビデオたい!ゼンレスゾーンのゆるすぎる一日を賭けた、ランダムプレイハウスの曲者たちによる、史上最もユルくてカオスなビデオ合戦が幕を開けた!
完璧なイメージを守りたいカリスマ配信者を狙うは、どこからともなく現れては全てを台無しにする、正体不明の愉快犯。猫シリオンコンビは猫動画で勝負するも、気まぐれな相方が言うことを聞かず、撮影はまさにカオス。アンビーは真顔で壮大なRPG風動画『冒険の書。編集は任せた』を撮り始め、周囲を困惑させる。そしてもちろん、街の裏路地では、やけにノリノリなバンブーたちが、あの手この手で撮影現場をメチャクチャにしようと暗躍中。
バラバラすぎる動画は、なぜか動画サイトで爆発的な再生数を叩き出し、街中がパニックとお祭り騒ぎに。笑いとため息、そして時折ドキ
ビデオたい!ゼンレスゾーンのゆるすぎる一日 - 全員集合!借金冒険譚、撮影開始!
ランダムフォン屋の店内に、朝日が差し込んだ。
窓枠をなぞるように、ゆっくりと床に広がる光。その光の先に、ビリーはいた。
床に額をこすりつけて、土下座している。
ぼさぼさの茶髪が床で潰れ、左頬の古い傷がかすかにひきつっていた。目の前には、こめかみに青筋を浮かべたニコが立っている。
「[serious]もう一度だけ、やらせてくれ」
声は掠れていた。
いつもの「なんとかなるって!」の明るさは、かけらもない。
「[serious]俺が全部、悪かった。一人で走って、お前の話も聞かないで、カメラも壊されて」
握りしめた拳に、爪が食い込む。昨日、床を叩いて血が滲んだ傷が、まだ乾いていない。
「ニコに、頼みがある」
顔を上げた。
キラキラした茶色の目が、涙でぬれている。
「動画の監督をやってくれ。お前の編集が、一番すごいって知ってる。昔、自作動画を誰かに笑われたって言ってたけど——お前じゃなきゃダメなんだ」
ニコの眉間に、深いしわが刻まれた。
「[serious]……お前が、そう言うのは初めてだな」
細めた切れ長の目が、ビリーを見下ろす。いつもよりずっと静かな声だった。
昔、自分で作った動画をとある配信者に「つまらない」と一蹴されてから、編集のトラウマを抱えていることは、二人だけの秘密だった。
沈黙。
ニコの指が、カウンターの縁を三度叩いた。それから、深く息を吐き出す。
「[serious]わかった」
一言だけ言って、うなずいた。
さっと目を横に逸らす。耳の先が、ほんのり赤い。
カウンターの隅で、アンビーが二人のやりとりを見ていた。
腰まで伸びた暗い灰色の髪が、日の光を吸い込んで、静かに揺れる。
深い紫色の目は、相変わらず無表情で、二人を交互に見ていた。
それから、ポケットからぎこちない手つきで、さかなフォンを取り出す。
接着剤がはみ出た、不格好なフォン。ニコが昔、冗談で作った黒歴史だ。
彼女はそれをカウンターに置き、帳簿を開いて、さらさらとペンを走らせ始めた。
——自分も動く。
何も言わないけれど、その行動が、答えだった。
元気な返事は、からっぽの店内に響かなかった。
でも空気が、少しだけ動いた。
……
朝のニャグル横丁は、猫の時間だった。
細い路地に差し込む陽光が、まだら模様の影を石畳に落としている。
魚介専門の屋台「シッポ亭」からは、焼き魚の香ばしい煙。猫カフェ「ゴロニャーゴ」の看板が、風にキシキシと鳴っていた。
ビリーは全速力で走り込んだ。
息が切れている。
視線を上げる。
屋根の上だ。
「いた!」
ツヤツヤの銀色の髪を、高い位置で二つ結びにした猫又の獣人。二又に分かれた長い尻尾が、ゆらゆらと別々の方向に揺れている。
ネコチャンネンネコ。
黄金色の大きな瞳が、屋根の上からビリーを気だるそうに見下ろした。
「[surprised]あんた……また来たにゃ」
「[excited]話があるんだ!」
ビリーは屋根に向かって叫んだ。
通行人が、ぎょっとして振り返る。
「アンビーが! 借金が! 四百万ディニーで! 両親が夜逃げして! それでコンテストが!」
息継ぎがめちゃくちゃだった。
唾が飛んだ。
順番も文法も、全部ぶっ飛んでいる。
「……一人で裁判所に行って、判を押して、十六歳で! あいつずっと一人で! だから、だから——」
大声が、路地に響く。喉の奥が震えて、最後の言葉がかすれた。
ネコチャンは、まばたきを三回した。
「[gentle]つまり」
屋根の上から、ひらりと飛び降りる。銀色の髪と二又の尻尾が、ふわりと揺れた。
「——お金が必要で、あたしに助けてほしいってこと?」
ビリーは、言葉を失った。
息を詰まらせて、それから勢いよく地面に頭をこすりつける。
「[crying]そうです!! お願いします!!」
額が石畳に擦れる。砂利が食い込んで、小さく音が鳴った。
ネコチャンは、数秒だけ考えた。
黄金色の縦スリットの瞳が、ビリーの寝ぐせの頭を見つめている。
「[laughing]面白そうじゃん」
即答だった。
「やるにゃ。あたしも出る」
屋根の上の物干し台から、もう一匹、同じ銀色の猫又が慌てて顔を出す。
相方のネンネコだ。
「[angry]また即決!? せめて内容聞いてからにゃ!」
「内容より顔で決めたにゃ」
ネコチャンはにゃははー!と高笑いした。
ビリーは地面に額をこすりつけたまま、顔を上げる。鼻の頭に砂がついて、眉毛はへの字に曲がったままだ。口が笑おうとして、引きつった。
……
ランダムフォン屋の店内。
ビリーが飛び込んできた。
「[excited]アンビー!」
カウンターの奥で帳簿をつけていたアンビーが、ゆっくりと顔を上げる。
「お前のRPG動画、借金返済の物語として、もう一度作ってくれ! 今度は俺たちも、全員出る!」
アンビーの深い紫色の目が、わずかに見開かれた。
それから、視線を落とす。
「[whispers]……また笑われます」
帳簿を閉じる指が、白くなった。声は、ロウソクの火が消えるみたいに小さかった。
「笑われてもいい!」
ビリーが叫ぶ。
「でも、今度は一人で作らなくていい。俺が勇者をやる。ニコが賢者役で、編集もする。ネコチャンも出る! お前は、脚本を書いてくれ。お前が主人公だ」
隣でカメラを調整していたニコが、顔を上げた。
「[serious]俺が編集する。お前は脚本だけ書け。……数字は得意だろ」
アンビーは、二人の顔を交互に見た。
沈黙。
壁時計の針が、かち、かち、と三回鳴った。
アンビーは、小さく息を吸って。
「[gentle]……わかりました」
うなずいた。
その直後——彼女はカウンターの下から、さかなフォンを取り出した。
テーブルの真ん中に、どん、と置く。
「これも、出てもらえますか」
真顔だった。
ビリーとニコの視線が、同時にフォンに落ちる。
「「……フォンが主人公なの!?」」
「[gentle]借金の証人として」
アンビーは、まばたきひとつしない。
二人は顔を見合わせた。ビリーの肩が震えて、ニコが天井を仰ぐ。それから、どちらともなく吹き出した。
……
撮影が始まった。
トリノ通り商店街、全長約八百メートルの目抜き通り。あちこちにフォン関連ショップや飲食店がひしめき、平日の通行人もごった返している。
「[excited]いっちょやってみっか!」
ビリーが叫ぶと、ニコがカメラを構える。
手の甲の絆創膏は、まだ新しい。
アンビーが書いた脚本は「借金四百万ディニーを背負った少女が、三人の仲間と旅をしながら街の危機を救い、ついでに借金も返す」という無茶苦茶なRPG風の構成だった。
ビリーが勇者役。
ニコが賢者役。
ネコチャンが気まぐれな魔法使い役。
アンビーが、主人公の「借金少女」役。
そして——さかなフォンが「伝説の秘宝」役だ。
「[excited]カット1、行くにゃ! 光の魔法! にゃんにゃんビーム!」
ネコチャンが突然、アドリブで両手を突き出した。
「[angry]台本にない!!」
ニコのツッコミが早口で飛ぶ。
「[laughing]でもこれ使おう! めちゃくちゃいい!」
ビリーが割り込む。
「台本通りに——」
「[excited]賢者、なんかカッコいいこと言って!」
「お前が崩すな!!」
ニコのこめかみに、青筋が二本、三本と浮かんだ。
カメラのモニター越しに、信じられないものを見る目つきで画面をにらむ。
アンビーは、そんな三人のやりとりを、無表情で見ていた。
深い紫色の目が、カメラのレンズに向いて、それから静かに脚本の続きをペンでなぞる。
——その時。
「やあ」
低い声。
商店街のアーケードの柱の影から、四人の男が現れた。
赤、黄、青、緑の派手なコート。胸元には「B」の白いワッペン。
ボンプだ。
昨日ニコを突き飛ばして、機材を壊そうとした連中。
リーダー格の赤コートが、にやりと笑った。
「撮影、楽しそうじゃねえか。俺たちも——」
男が一歩、前に出た。
その瞬間——
「撮影中でーす! 通行ご協力を!」
威勢のいい声が、通りに響いた。
カリモチ堂のタエおばちゃんだった。
たい焼きの焼き型を片手に、店から飛び出してくる。
「ご協力お願いしまーす!」
八百メートル先の八百屋の店主も叫んだ。
「撮影中!」
果物屋の親父が、路上パフォーマーたちが、買い物客の常連たちが——わらわらと集まってくる。
あっという間に、十人以上の人垣ができた。
ボンプの四人は、人垣にきれいに囲まれた。
「な、なんだ!?」
赤コートが、口を半開きにして周囲を見回す。黄色コートが、仲間の袖を引っ張ったが、どこにも逃げ道はない。
ビリーは、カメラを構えたまま叫んだ。
「[laughing]すみません! BGMとして、何か叫んでもらえますか!?」
赤コートが、目をぱちくりさせた。
「[surprised]……え?」
その声が、動画にバッチリ映り込んだ。
昨日、タエおばちゃんに頼んで根回しをしておいたのだ。商店街の店主たち全員に「ボンプが来たら人垣で囲んで、ついでにエキストラに仕立ててください」と。
タエおばちゃんは「面白そうじゃん!」と二つ返事だった。
「[laughing]はいその顔! いただきまーす!!」
ビリーのフォンが、赤コートの呆けた顔をアップでとらえた。
カメラが回り続ける商店街。
にぎやかな人垣。
気の抜けたボンプたち。
そして、その真ん中で、アンビーはさかなフォンを両手に抱えて、
「……はい、これ」
と、無表情でさかなフォンをカメラに差し出していた。
……
夕方。
ランダムフォン屋の二階、休憩室。
棚にはジャンクフォンが山積みで、窓からは商店街のオレンジ色のネオンがチカチカと差し込んでいた。夕日が、部屋中をあたたかい色に染めている。
全員が、パソコンのモニターを囲んで座り込んでいた。
ニコがキーボードを叩いている。
動画編集ソフト「ミルヴィー・スタジオ」のタイムラインには、今日撮ったばかりの映像がずらりと並んでいた。
細めの切れ長の目が、真剣そのものに輝いている。指先が、一秒以下の単位でカットを調整する。
ネコチャンは、大きなあくびを一つして立ち上がった。
二又の尻尾が、ふわりと揺れる。
「[gentle]あたしは帰るにゃ。明日の朝イチに投稿するんでしょ?」
その時——
「[whispers]……残ってもらえますか」
アンビーが、口を開いた。
声は小さかった。
でも、はっきりと部屋に響く。
深い紫色の目が、ネコチャンの黄金色の瞳を、まっすぐに見上げていた。
「確認してほしいので」
自分から、他者に「一緒にいてほしい」と言ったのは、初めてだった。
ネコチャンは、ほんの少しだけ目を丸くした。
それから、くすっと笑う。尻尾の先が、くるんと跳ねた。
「[gentle]しょうがないにゃあ」
もう一度、腰を下ろした。
ニコが、キーボードを叩く手を止めた。
「[serious]……ここまで編集した。見るか」
モニターの再生ボタンを押す。
映像が流れ始めた。
商店街の景色。
ビリーの八重歯が見える笑顔。
睨みながらツッコむニコ。
アドリブで踊り出すネコチャン。
無表情でさかなフォンを掲げるアンビー。
そして——背景で「え?」と叫ぶボンプの、あっけにとられた顔。
ビリーが、声を上げた。
「[excited]めちゃくちゃいいじゃないか!!」
アンビーは、画面に映る自分の姿を見つめた。
「[gentle]……すごい」
二文字だけ。それから、さかなフォンを手に取って、両手で包むように持った。
「うるさい、集中させろ」
ニコは画面を見つめたまま言った。
でも、口元が、微かに緩んでいた。
ネコチャンが、自分のアップの映像を指差す。
「[laughing]これ、バズる顔してるにゃ」
尻尾の先が、嬉しそうに跳ねた。
全員が、笑った。
モニターの光だけが、暗くなった部屋で四人の顔を照らしている。
ニコの手が、再びキーボードを叩き始めた。
完成まで、あと数時間。
ビリーは、自分の拳を見つめた。
乾いた傷が、かすかに痛む。
(なんとかなるって——)
心の中でつぶやいて、それから、首を振った。
違う。
(なんとか、してみせる)
モニターの中で、アンビーの演じる借金少女が、静かに笑っていた。
徹夜の編集が、始まる。
完成した動画が世に出るかどうかは、ニコの手と——彼らの祈りに、委ねられていた。Noveliaとは?
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