転生したらスライムだったけど、今日は会議です
魔王リムル=テンペストが治める国テンペストでは、今日も山積みの書類仕事に追われる一日だ。しかし、今日は特別な日。国をもっと面白くするための「戦略会議」が開かれ、幹部たちが一堂に会している。出席者は鬼族の姫シュナ・オニザワ、高位エルフのベニマル・ミカヅチ、そして嵐の大精霊シオン・カミヤ。皆真剣な表情だが、リムルはこっそりと新しく買った蒸し饅頭を隠している。
会議の公式テーマは「熊モンスター目撃増加の問題」。真面目な議論のはずが、「熊は蜂蜜が好きだから養蜂を始めてみては?」「俺が蜂蜜を取りに行くよ」といった提案であっという間に脱線してしまう。さらに、ミリムがギャル言葉で「ハニーパーティーしようぜ!」と乱入してきて、場はますますカオスに。
だが、笑ってばかりもいられない。熊モンスターが本当に強力で、森に大きな被害をもたらしているという報告が届く。狩猟の準備が始まる中、シオンは誤って武器ではなくお菓子を持ってきてしまい、リムルはスライムの体を活かして奇妙な作戦を考案する。
このほっこりとした混沌の中で、仲間たちの絆やちょっとした謎が少しずつ深まっていく。
リムルの平穏な日々は、予期せぬ
転生したらスライムだったけど、今日は会議です - 魔王はまんじゅうと書類がキライ——ジュラの大森林に不穏な影
書類が、多い。
リムル=テンペストは机の前でため息をついた。
目の前に積まれた書類の山は、もはや壁と呼んでいいレベルだ。一番高い山は、たぶん60センチを超えている。触れたら崩れる。触れたくない。でも仕事だから触れないといけない。
「……まじかよ」
小声でつぶやいて、窓の外を眺めた。
ヴォルガ館の2階から見えるリムルスの街並みは、今日も元気だ。石造りの建物と木造の建物がごちゃまぜに並んで、朝の市場がにぎわっている。鬼人族の長身がひょいと人混みを越え、ゴブリン族の丸い背中がひょこひょこ動き、リザードマンのうろこが朝日を反射してキラキラ光っている。
多種族が普通に肩を並べて買い物してる。
建国してまだ3年も経ってないのに、もうこんなふうになった。
リムルはそれを見てちょっとだけ満足して、すぐに書類の山に視線を戻した。
満足してる場合じゃない。
――もともと、リムル=テンペストは日本のサラリーマンだった。毎日コピーを取って、ハンコを押して、上司に怒られて、ついには職場の階段で転んで死んだ。それがなぜかスライムに転生して、気づいたらジュラの大森林の真ん中にいた。ヴェルドラという暴風竜と友達になって、ゴブリン族を助けて、気づいたら国を作っていて、気づいたら魔王になっていた。
で、魔王になったら何が待っていたかというと。
書類だ。
「転生しても書類から逃げられないの、ほんとにどういうことだよ」
誰もいない執務室で、リムルはぼそっとぼやいた。
まあ、国を治めてるんだからしょうがない。テンペスト共存令の整備、各種族との調整、周辺の人間国家との通商条約の確認……やることは山ほどある。幹部のシュナがきっちり整理して持ってくるから、リムルがサボれる余地はほぼない。
リムルはそろそろと机の引き出しを開けた。
奥に、白い包みがある。
ハルナ堂の魔王まんじゅうだ。こしあん味。1個銅貨3枚。リムルスの名物になりつつある、自分が前世の記憶を元に作らせた和菓子。毎朝こっそり引き出しに入れておく。シュナには絶対バレないように。
「……1個だけ」
誰もいないのに小声で言いながら、まんじゅうを取り出してかじる。
うまい。
ほんとうにうまい。
この世界に転生してよかったことのひとつに、このまんじゅうをいつでも食べられることが確実に入っている。ふわっとした皮と、甘さ控えめのこしあんが口の中でほどける。魔素灯の淡い光の下で食べるこれは、なんか特別においしく感じる。
リムルは書類を手に取った。
めくる。めくる。ハンコを押す。めくる。
しばらくそうしていると、あれ、と思った。
「……これ、先週も見たやつじゃないか?」
手に持った書類をじっと眺める。ジュラウルフの毛皮の取引量報告。先週も同じタイトルのを処理した気がする。見覚えがある。
もしかして、同じ書類を二度読んでる?
リムルは首をかしげながら書類の束をめくり直した。そして気づいた。
書類の途中に、白い紙切れが挟まっている。
ゆっくり引っ張り出すと、それはまんじゅうの包み紙だった。こしあん、昨日のやつ。完全に、しおり代わりになっていた。
「――っ」
リムルは固まった。
一瞬、頭の中にシュナの顔が浮かんだ。テンペスト最高の事務能力を持つ鬼人族の姫君。リムルの書類管理もしっかり把握している。もしこれを見られたら――
「見てない、見てない、誰も見てない」
包み紙を素早く引き出しの奥に押し込んだ。誰もいないのにキョロキョロと周囲を確認する。護衛兵はドア の外だ。大丈夫。誰も見ていない。
それでも心臓がバクバクしてる。魔王なのに。
「……仕切り直し」
こほんと咳払いして、書類を丁寧に積み直す。ちゃんと順番を整えて、タイトルを読んで、今度こそきちんと処理していく。
めくる。ハンコ。めくる。ハンコ。めくる――
リムルの手が、止まった。
一枚の報告書。
提出者:偵察隊長・グリムソ。タイトル:大森林北東部・魔獣目撃情報まとめ(今月分)。
リムルはまんじゅうを口の中に放り込んで、報告書を読み始めた。
最初の数行で、のんびりした気分が消えた。
報告書には、数字がずらっと並んでいた。ガルムバルグ――大森林北東部に生息するクマ型の魔獣――の目撃件数が、先月比で8倍になっている。体高約3.5メートル、Bランク冒険者3人がかりの強さ。それが、群れで動いている。
通常、ガルムバルグは単独で行動する。群れなんて作らない。
「群れ……?」
つぶやきながら、報告書をめくる。
複数個体が同時に目撃。単独行動ではなく群れでの行動を確認。背中に青白い発光する紋様あり――
リムルは引き出しから偵察隊の地図を引っ張り出した。広げると、大森林北東部の詳細な地図が出てくる。グリムソたちが書き込んだ目撃地点が、点々と赤くプロットされている。
その点を指でなぞった。
リムルスから北東へ向かうほど点が密集している。そして……その分布を全体で見ると、弧を描いていた。
三方から、何かを囲むような弧。
「ヴォルケラの花園」
低い声で言った。
リムルスから南へ約8キロ。ヴォルケラ蜂の巣が集まる養蜂拠点。あそこには今、約30基の巣箱が設置されている。ヴォルケラ蜂が集める蜜――ヴォルケラ蜜は、テンペストが月産500本を誇る回復薬の原料だ。外国商人への主要輸出品で、人間国家との通商条約の根幹にもある。
養蜂場が壊滅したら。
回復薬が作れなくなる。輸出が止まる。通商条約がぐらつく。テンペストの経済に直接ダメージが入る。
「ただのクマ退治じゃないな、これ」
リムルは地図をじっと見つめた。
ガルムバルグは蜂蜜が好きだ。それは知ってる。でも今回はただ蜜を求めて出てきたのとは違う気がする。群れで行動している。青白い紋様で光っている。何か、おかしい。
机の上のまんじゅうが、あと1個だけ残っていた。
リムルはそれを横目で見てから、招集状の用紙を引っ張り出した。シュナ、ベニマル、シオン。幹部を集めて会議を開く。ガルムバルグの件は、一人で抱え込む問題じゃない。
ペンを走らせながら、ふと顔を上げた。
窓の外。大森林の方向。
リムルスの夜市の灯り――魔素灯が点々と道を照らして、種族を問わず人々が行き交う光景。ゴブリン族の子供が走り回って、鬼人族の大人に笑いながら抱き上げられている。リザードマンが屋台でなにかを食べながら笑っている。
静かで、あったかい光景だ。
リムルは招集状を書き終えて、一息ついた。
そのとき。
大森林の北東の空が、ぼんやりと光った。
ほんの一瞬。
青白い、不自然な色。
魔素灯の色じゃない。星の光でもない。何かが遠くで光った。目を細めてそちらを見るが、もう何もない。暗い森の輪郭が遠くにあるだけだ。見間違いかもしれない。
――でも、報告書の言葉が頭に引っかかる。
背中に青白い発光する紋様あり。
「……あの光は何だ」
つぶやきが、静かな執務室に落ちた。
リムルは残り1個のまんじゅうを手に取ってかじった。うまいはずなのに、なんかいつもと違う気がした。味はする。でも、全部おいしいとは思えない。
窓の外のリムルスの灯りを、しばらく眺めた。
鬼人族、ゴブリン族、リザードマン、オーク族。みんなが一緒に暮らしている街。テンペスト共存令のもとで、種族を超えてできた国。建国3年。まだ子供みたいな国だけど、それでもここにある。
リムルは小さく、でもはっきりとつぶやいた。
「[serious]俺の国の平和は、俺が守る」
誰も聞いていない。でも言いたかった。
机の上に招集状を置いて、リムルは立ち上がった。書類の山はまだ半分以上残っている。でも今日はここまでにする。明日の幹部会議の準備があるし、なによりちょっと頭を休ませたい。
執務室を出る前に、もう一度だけ窓の外を見た。
北東の空は、もう普通の夜空だ。星が静かに光っている。
見間違いだったかもしれない。
――でも、たぶん違う。
リムルは引き出しを閉めた。まんじゅうの包み紙は奥に隠したままだ。明日、シュナに見つかる前に処分しないといけない。
そんなこと考えながら、リムルは廊下に出た。
夜のヴォルガ館は静かだ。護衛兵がぺこりと頭を下げる。リムルも軽く手を挙げて応える。廊下の魔素灯が、ぼんやりと足元を照らしている。
とりあえず、明日だ。
まんじゅうを食べながら会議して、ガルムバルグの話をして、シオンが何か変なことをして、ベニマルが呆れて――そういつもの感じで始められれば、きっとうまくいく。
たぶん。