転生したらスライムだったけど、今日は会議です
魔王リムル=テンペストが治める国テンペストでは、今日も山積みの書類仕事に追われる一日だ。しかし、今日は特別な日。国をもっと面白くするための「戦略会議」が開かれ、幹部たちが一堂に会している。出席者は鬼族の姫シュナ・オニザワ、高位エルフのベニマル・ミカヅチ、そして嵐の大精霊シオン・カミヤ。皆真剣な表情だが、リムルはこっそりと新しく買った蒸し饅頭を隠している。
会議の公式テーマは「熊モンスター目撃増加の問題」。真面目な議論のはずが、「熊は蜂蜜が好きだから養蜂を始めてみては?」「俺が蜂蜜を取りに行くよ」といった提案であっという間に脱線してしまう。さらに、ミリムがギャル言葉で「ハニーパーティーしようぜ!」と乱入してきて、場はますますカオスに。
だが、笑ってばかりもいられない。熊モンスターが本当に強力で、森に大きな被害をもたらしているという報告が届く。狩猟の準備が始まる中、シオンは誤って武器ではなくお菓子を持ってきてしまい、リムルはスライムの体を活かして奇妙な作戦を考案する。
このほっこりとした混沌の中で、仲間たちの絆やちょっとした謎が少しずつ深まっていく。
リムルの平穏な日々は、予期せぬ
転生したらスライムだったけど、今日は会議です - 参謀登場と蜂蜜作戦会議——クマより怖いシュナの真顔
昨夜見た青白い光が、まだ頭の隅に残っていた。
リムル=テンペストはヴォルガ館の大会議室に足を踏み入れながら、北東の空を思い出した。あれが何だったのか、まだわからない。報告書には「青白い発光する紋様」と書いてあった。見間違いだといいが、たぶん違う。
まあ、今日の会議でちゃんと整理しよう。
そう気持ちを切り替えて、上座の椅子に座った。
大会議室は広い。東西に長いテーブルが置かれ、石造りの壁に魔素灯が等間隔で並んでいる。朝の光が高窓から斜めに差し込んで、テーブルの木目を浮かび上がらせていた。ゴブリン族の書記担当が二名、隅の席でペンとメモ帳を構えている。入り口の両脇には護衛兵が二名、直立不動で立っていた。
リムルは手元の書類の束を置いた。
かなり厚い。昨夜グリムソが持ってきた偵察報告に、各担当からの追加報告が重なって、もうどこからどこまでがどの話なのか、ぱっと見ではわからない。
(ちゃんと読まないとな)
そう思いながら、椅子の下に視線を落とした。
今朝ハルナ堂で買ってきたまんじゅう、つぶあん味。包みのまま書類の束の一番下に挟んである。見た目は完全に書類の一部だ。誰も気づかない。完璧な隠し場所だ。
「[gentle]リムル様、おはようございます」
扉が静かに開いた。
薄桃色の長い髪が、朝の光を受けてふわりと揺れる。シュナ・オニザワが入ってきた。160センチほどの細身の体、両側に小さな角、澄んだ水色の瞳。片手にメモ帳、もう片手に分厚いファイルを抱えている。いつもの、完璧な参謀の姿だ。
リムルはすっと背筋を伸ばした。
「おう、シュナ。おはよ」
「[gentle]早速ですが、議題の確認をさせてください。本日は緊急前倒しですので」
シュナがテーブルの端に立って、ファイルを開く。テンペスト共存令が定める幹部会議は月に二回の定例開催が基本で、全員合意を原則とする——でも今回はガルムバルグの件が急を要すると判断したシュナが、定例を前倒しにして緊急招集をかけた。幹部が全員集まれる日程を調整して、今朝になったのだ。
「第一議題はガルムバルグ群れの異常発生について。第二議題はヴォルケラ養蜂場の防衛対策。第三議題は——」
「[excited]そうそう、ヴォルケラ蜜な。これ、シナモン風味の試作品があるって聞いたんだけど、どうなった?」
手元の書類をめくって、リムルはそれを読み上げた。
「——ヴォルケラ蜜新商品開発案・シナモン味(試作段階)か。なるほど、シナモンか。いいな、まんじゅうにも合いそう——」
「[cold]リムル様」
静かな声だった。穏やかで、でも一切ぶれない声。
「それは第三議題です。まずガルムバルグの件からお願いします」
リムルは手を止めた。書類の束を確認すると、確かに一番上にあるのは新商品開発案だった。ガルムバルグの報告書は三枚目だ。
なぜ順番が入れ替わっているのか。
そっと書類の一番下を確認した。まんじゅうの包みがある。ちょうどそれを挟んだ拍子に、書類が混ざってしまったらしい。
リムルが何も言わないでいると、シュナがすっと近づいてきた。包みを静かに拾い上げる。ひらりと落ちたまんじゅうの包み紙を、シュナはリムルの前にそっと置いた。
何も言わない。
表情も変えない。
ただ、ものすごく静かに置いただけだ。
リムルは小さく縮んだ。
「……整理します」
書類を丁寧に並べ直して、ガルムバルグの報告書を一番上にした。シュナが自分の席——リムルの隣、少し手前の位置——に戻る。ゴブリン族の書記担当が、何事もなかったかのようにペンを走らせている。護衛兵は直立不動のままだ。
よし。仕切り直し。
「じゃあ、ガルムバルグから始めよう」
シュナが立ち上がり、抱えていたファイルを開いた。中から大きな紙を取り出す。ジュラの大森林北東部の詳細な地図だ。それをテーブルに広げると、偵察隊の報告を元に書き込まれた赤い点がずらっと並んでいた。
「[serious]こちらをご覧ください。ガルムバルグの目撃地点です」
シュナの指が、地図の上を滑る。
「先月の目撃件数と比べて、今月は八倍を超えています。そして——全ての目撃地点を結ぶと、このような形になります」
弧だった。
リムルも昨夜気づいたが、改めて地図で見ると、それははっきりしていた。点が三方から包み込むような曲線を描いている。その中心には——
「ヴォルケラの花園、か」
「[serious]はい。養蜂場を囲む形で群れが移動しています。通常、ガルムバルグは単独行動が基本です。これほど統率された群れ行動は、テンペスト建国以来、一度も確認されていません」
シュナがメモ帳を開いて、数字を確認しながら続ける。
「ヴォルケラ蜜は、テンペストが月産五百本を誇る回復薬の主要原料です。一瓶二百ミリリットルで銀貨五枚相当の高級品で、イングラシア王国をはじめとする人間国家との通商条約においても、回復薬は主力輸出品として位置づけられています。養蜂場が壊滅すれば、回復薬の製造が止まる。輸出が滞る。通商条約の履行に支障が出る——これは単なるモンスター退治ではなく、国家の経済問題です」
リムルはうなった。
「わかってる。昨夜も同じことを考えた」
「もう一点」
シュナが地図の別の箇所を指さす。
「全ての目撃個体に、背中の青白い紋様が確認されています。これは通常のガルムバルグにはない特徴です。また目撃者の証言によれば、群れの行動は乱雑ではなく、まるで何らかの指示を受けているように整然としていたとのことです」
「統率されてる、ってこと?」
「[serious]その可能性があります。ただ現時点では、誰が、あるいは何が統率しているのかは不明です。ジュラの深奥——ここから北西に約六十キロの霧境の門より奥の未踏領域——からの異質な魔素の波動も観測されていますが、調査隊はまだそこに到達できていません」
リムルは地図を見ながら考えた。
蜂蜜に引き寄せられる習性。群れで動く異常性。青白い紋様。霧境の門の奥から来る何か。
ピースが揃っていない。でも、放置していい話でもない。
「対策の案は?」
「[serious]大きく二つです。一つは養蜂場周辺に罠を仕掛けて、来たところを一網打尽にする方法。もう一つは、森の奥に入って群れの出発点を突き止め、根本的な原因を取り除く方法です」
「罠でまとめて、どかんとやる……」
リムルはぽつりとつぶやいて、地図を眺めた。
ガルムバルグが蜂蜜に引き寄せられているなら、もっと蜂蜜を用意して一か所に集めれば——
「[excited]待てよ、それならもっと蜂蜜を増産して、でっかい養蜂場を一個作って、そこに全部おびき寄せてまとめてやればいいんじゃないか。ヴォルケラ蜂の巣をもっと増やせば——」
「[cold]つまり」
シュナが一呼吸置いた。
「クマを呼び寄せるために、蜂蜜を増やすということですか?」
「[excited]そう!」
「[cold]ヴォルケラ蜂の巣を増やすには、最低三か月かかります」
「…………」
「[cold]その間に、現在の養蜂場が全て壊されます」
「…………」
「[cold]そもそも、在庫がなくなります」
会議室がしんと静まった。
ゴブリン族の書記担当が、ペンを走らせるのをそっと止めた。護衛兵は相変わらず直立不動だが、なんとなく視線を少し上に向けている。
リムルはテーブルの上のまんじゅうをそっと手に取って、一口かじった。
うまい。でも今は素直においしいと思えない。
「……なるほど」
「[gentle]ただ、発想の方向性は悪くないと思います。おびき罠の原理は使えます。問題は規模と時間軸ですので、既存の養蜂場を活用した誘引策を——」
そのとき、扉が勢いよく開いた。
ゴブリン族の伝令兵だった。小柄な体に汗をかいて、息を切らして駆け込んでくる。顔が青い。
「[scared]リムル様! 緊急です! 偵察隊から報告が——!」
リムルは立ち上がった。まんじゅうをテーブルに置く。
「言え」
「[scared]ヴォルケラの花園、南側の養蜂場が! ガルムバルグの群れに急襲されました! 少なくとも四頭です! ヴォルケラ蜂の巣が三つ壊滅、養蜂担当のゴブリン族三名が爪で弾き飛ばされて負傷しています!」
リムルは地図を見た。
南側の養蜂場。昨夜、北東の空に青白い光を見た。それがあった方向と、今の被害地点は——一致する。
「今の状況は?」
「[scared]群れはまだ現場付近にいます。負傷者は撤退済みですが、残りの養蜂担当が孤立しています!」
さっきまでまんじゅうの話をしていた会議室の空気が、そこで完全に変わった。
「[serious]リムル様」
シュナが地図に視線を落として、静かに口を開く。
「罠で対処しても、群れを統率している原因を断たない限り、同じことが繰り返されます。養蜂場の防衛と、原因の調査——二つを同時に動かす必要があります」
リムルはうなずいた。
防衛指揮はここで誰かに任せる。調査は——森の奥に入って、自分の目で確かめる必要がある。昨夜の光のこと、群れの異常なこと、霧境の門の奥からの魔素のこと。報告書を読んでいるだけじゃわからないことがある。
書類仕事に逃げていた自分が、このまま会議室で指示だけ出していてどうする。
「俺が調査に出る。自分で見ないとわからないことがある」
「[serious]わかりました。私も同行します。一人は危険ですわ」
ためらいがなかった。一拍も置かずに言い切った。
リムルは少し驚いて、シュナを見た。
水色の瞳は静かで、揺れていない。決めた、という顔だ。
「防衛指揮は別の幹部に引き継ぐ。それでいいか?」
「[serious]そのように手配します。出発の準備と行程の書類を整えますので、一時間ほどお待ちください」
「わかった」
伝令兵に負傷者への対処と現場維持を指示して、リムルは会議室を出た。
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執務室に戻ると、シュナがすぐについてきた。
明日の行程書類を作るためだ。リムルがデスクで地図の写しと装備の確認リストを広げていると、シュナが隣に自然な流れで立って、ファイルから書類を取り出して並べ始めた。
しばらくは紙の音だけが続く。
「……ガルムバルグの被害地図の写し、持ちますか」
シュナが一枚の紙をリムルに差し出した。リムルがそれを受け取ろうと手を伸ばす。
指が重なった。
ほんの一瞬。シュナの手がわずかに止まる。
リムルは地図を見ていた。目撃地点の分布、養蜂場の位置、霧境の門までの距離。頭が地図でいっぱいで、他のことには気づいていない。
「[gentle]……いえ、これは私が持ちますわ」
シュナがさっと地図を引き取る。
声は普通だった。いつもと変わらない、落ち着いた声。
リムルは書類を並べながらうなずく。
「そっちのほうが管理しやすいよな。お前が持ってくれ」
「[gentle]かしこまりました。お忘れなく」
シュナがメモ帳に何かを書き込む。出発時刻、持参する書類の一覧、防衛指揮を引き継ぐ幹部への伝言事項。几帳面な字が、小さなマス目に整然と並んでいく。
リムルはその様子をちらりと見た。
「シュナ、ついてくるの、無理にとは言わないぞ。森の中、それなりに危ない」
「[gentle]ついていきますわ」
即答だった。メモ帳から顔を上げることもなく。
「私がいなければ、あなたは地図を逆さに持ちます」
「……それは一回しかやってないだろ」
「[gentle]覚えていてくださって嬉しいですわ」
リムルは苦笑した。
シュナが席を立つ。書類を整理して、ファイルに収める。出発準備の手配をするために執務室を出る前に、扉のところで一度振り返った。
「[gentle]明朝、六時に正面玄関に。遅れないでください、リムル様」
「行くよ、行く。ちゃんと起きる」
「[gentle]まんじゅうは一個だけにしてくださいね。行程中の荷物が増えますから」
「……なんで知ってるんだよ」
「[gentle]お忘れなく」
扉が静かに閉まった。
リムルは執務室に一人残って、地図を眺めた。ヴォルケラの花園。養蜂場。霧境の門。ジュラの深奥。
青白い紋様を持つクマたちは、何に動かされてここまで来ているのか。
答えはまだ、森の奥にある。