転生したらスライムだったけど、今日は会議です
魔王リムル=テンペストが治める国テンペストでは、今日も山積みの書類仕事に追われる一日だ。しかし、今日は特別な日。国をもっと面白くするための「戦略会議」が開かれ、幹部たちが一堂に会している。出席者は鬼族の姫シュナ・オニザワ、高位エルフのベニマル・ミカヅチ、そして嵐の大精霊シオン・カミヤ。皆真剣な表情だが、リムルはこっそりと新しく買った蒸し饅頭を隠している。
会議の公式テーマは「熊モンスター目撃増加の問題」。真面目な議論のはずが、「熊は蜂蜜が好きだから養蜂を始めてみては?」「俺が蜂蜜を取りに行くよ」といった提案であっという間に脱線してしまう。さらに、ミリムがギャル言葉で「ハニーパーティーしようぜ!」と乱入してきて、場はますますカオスに。
だが、笑ってばかりもいられない。熊モンスターが本当に強力で、森に大きな被害をもたらしているという報告が届く。狩猟の準備が始まる中、シオンは誤って武器ではなくお菓子を持ってきてしまい、リムルはスライムの体を活かして奇妙な作戦を考案する。
このほっこりとした混沌の中で、仲間たちの絆やちょっとした謎が少しずつ深まっていく。
リムルの平穏な日々は、予期せぬ
転生したらスライムだったけど、今日は会議です - 封印の石と眠れるクマ——はちみつ大作戦、完結!
石の入口をくぐった瞬間、空気が変わった。
冷たい。湿っている。そして濃い。ジュラの大森林全体に漂う魔素とは、質が全然違う。これは澱んでいる。長い年月、同じ場所でぐるぐると回り続けた魔素の感触だ。
リムルはスライム体のまま石畳の廊下を進んだ。壁面を見る。
刻まれている。無数に。紋章石と同じ模様が、壁一面にびっしりと彫り込まれている。大きなもの、小さなもの、古びて半分消えかけたもの。天井にも、床にも。
(誰が、こんなものを……)
ポケットの中の紋章石が、ドクン、と脈打った。
前に進む。廊下の奥から、青白い光が漏れている。呼ばれているような感覚がある。
そのとき、足元の石畳にひびが入った。
バキッ。
天井から石が落ちてきた。
ドカン!
リムルは反射的にスライム体を薄く広げて衝撃を受け流す。石が体をすり抜けるように通過して、背後の廊下に砕け散った。
(やばいやばいやばい)
次の石が来た。今度は大きい。リムルは体を細く伸ばして壁際に張りつく。石が轟音と共に目の前を落下した。
(こういうの、前の世界でもあったな……会社のビルで地震になったとき……)
バキバキバキ!!
崩落が加速した。天井全体にひびが広がっていく。石の雨が降り注ぐ。
リムルは走った。スライム体で石をかわし、潜り、受け流し、ひたすら奥へ。前世でも転生後も、なんかこういう目にばかり遭う。魔王になっても変わらない。
「面倒くせぇ……!」
誰にも聞こえない悪態が、崩壊する石の音にかき消された。
光が、強くなった。
部屋が広がった。
円形の大広間。直径二十メートルはある。中央に、台座のような石の柱が立っている。その先端から、青白い光が竜巻のように天井へ向かって噴き上がっていた。噴出口だ。これが全部の大元だ。
リムルは台座に向かった。落石をかわしながら。石が肩に当たる。スライム体だからいいようなものの、これが人間の体だったら骨が折れていた。
台座の前に立つ。
ポケットから紋章石を取り出す。石が激しく光っている。噴出口に近づけると、光がさらに強くなった。
リムルはその石を、噴出口の中心に向けた。
接触した瞬間——
頭の中に、何かが流れ込んできた。
映像ではない。感覚だ。この遺跡全体の魔素の流れが、リムルの体を通って一気に解析された。捕食者スキルが、紋章石を橋にして遺跡の魔素システムに接続した。
わかった。全部わかった。
この遺跡は、誰かがガルムバルグたちのために作ったものだ。ガルムバルグは元々、この大森林の魔素を浴びすぎる生き物だった。本能が魔素に引っ張られて暴走しないように、余分な魔素を封じる場所として、誰かが丁寧に、ていねいに建てた施設だった。
クマたちは、守られていたんだ。
でも、時間が経った。封印が劣化した。制御を失った魔素が少しずつ漏れ出して、クマたちの本能を狂わせ始めた。
悪意はなかった。ガルムバルグたちに、悪意なんてはじめからなかった。
(被害者だったのか……クマたちも)
リムルは一瞬、静かにそう思った。ベニマルが傷を負い、民が家を追われ、七日間振り回された末に出た答えがこれだ。悪い奴なんてどこにもいなかった。
紋章石をしっかり握る。
台座の先端を見ると、石の窪みがある。紋章石の形に、ぴったり合う形の。
押し込んだ。
ガチン。
固定された。
一瞬、静寂が来た。
そして遺跡全体が揺れた。
ドドドドド!!!
だめか、と思った次の瞬間——青白い光が渦を巻いて、方向を変えた。ばらばらに漏れ出していた魔素が、噴出口に向かって収束していく。集まる。整理されていく。まるで乱れた糸が一本一本ほぐれて、もとの形に戻っていくように。
青白い光が、緑色になった。
穏やかな、深い緑色。ジュラの大森林の色だ。
天井の揺れが止まった。落石が止まった。
静かになった。
リムルはしばらく、その光を見ていた。
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外では、戦いが終わっていた。
正確には——終わり方がおかしかった。
シオンは蜂蜜まみれの両手を前に出したまま、体高七メートルの超大型ガルムバルグを引きつけていた。そのガルムバルグが、突然ぴたりと動きを止めたのだ。
背中の青白い紋様が、消えた。
スゥ、と。静かに、なだらかに。
超大型ガルムバルグが、きょろきょろした。大きな目が、シオンを見た。森の木を見た。空を見た。何かを確かめるように。
そして、口を大きく開いた。
あくびだった。
のっそりと、その場に倒れた。ドォォォン!! 地面が揺れた。そのままぴくりともしない。寝ている。
「[surprised]……え。寝ちゃった?」
シオンはヘルカイザーを肩に担いだまま、倒れたクマを見下ろした。片耳の鈴がしゃらんと鳴る。
離れた場所ではベニマルが炎を手のひらに収めていた。周囲のガルムバルグが全員、背の紋様を消して、のんびりと森の方へ歩き去っていく。凶暴性が抜けたクマたちは、見事なほど穏やかだった。お前ら七日間も何してたんだ、という顔をしていた。
「[cold]……これで終わりか」
ベニマルが呟いた。右肩の包帯が赤く染まっている。でも声は、いつもより少し、柔らかかった。
遺跡の入口から、半透明の体が出てきた。
リムルだ。
人の形に戻りながら、外の光に目を細める。朝の空気が、肺に入ってくる。深く吸う。遺跡の中の澱んだ空気とは全然違う。生きてる森の匂いだ。
「[excited]リムル様!!」
シオンが駆け寄ってきた。蜂蜜まみれの手のまま。
「[serious]待て。触るな」
「あ、そっか」
シオンが両手を引っ込めた。蜂蜜が指からぽたぽた落ちた。
シュナが静かに歩いてきた。薄桃色の長い髪が、朝風に揺れている。小さな角に光が当たっていた。澄んだ水色の瞳が、リムルの顔を確かめるように見た。
「[gentle]……ご無事で」
小さな声だった。報告でも確認でもない。ただの、ほっとした声だった。
リムルは苦笑いした。
「[serious]おう。終わったぞ」
そのとき、人垣の向こうから足音が来た。
どたどたどたどた。
小さなゴブリン族の子供が、大人たちの足の間をすり抜けて走ってきた。前に集会所で泣いていた子だ。大きな目が、今は涙ではなく輝きで濡れていた。
「[excited]魔王さま!! クマさんいなくなった!!」
子供がリムルに飛びついた。
リムルは子供を抱き上げた。ずっしりとした重さが腕にくる。
「[gentle]ああ。もう大丈夫だ。おうちに帰れるぞ」
子供がリムルの頬をぺたぺた触った。プニ。プニプニ。
「[laughing]やっぱりプニプニだ~!」
周りで笑い声が上がった。ゴブリン族の大人たち、兵士たち、幹部たちまで。
リムルも笑った。今度は、ちゃんと笑えた。
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リムルスへ戻ったのは昼過ぎだった。
ヴォルガ館の大会議室——収容六十名の石造りの空間——は、久しぶりに全員の顔が揃っていた。シュナのメモ帳、ベニマルの仏頂面、シオンのどこかから持ってきたまんじゅう、全部いつも通り。いつも通りなのに、何かが違った。
シュナが養蜂場の復旧計画を広げた。
「[serious]ヴォルケラの花園の巣箱は十七基が無事です。残り十三基の補修には十日ほど見ていただければ。ハルナ堂への原料供給は月末から再開できますわ」
「[serious]遺跡周辺の定期巡回も必要だな。月一で状態確認する体制を組む」
「[serious]霧境の門から深奥にかけて、まだ未確認の遺跡がある可能性がある。追加の調査も検討すべきだ」
会議は順調に進んでいた。
シオンが口を開いた。
「[excited]ていうかさ、今回あたしが蜂蜜で一番デカいの引きつけなかったら、そもそも作戦成立してないよね?」
ベニマルが静かに眉を上げた。
「[cold]俺が前衛を斬り開いたから道が通った。それが先だ」
「[serious]……お二人ともよろしいですか」
シュナがメモ帳を静かにテーブルに置いた。柔らかい声だったが、絶対に引かない顔だった。
「[serious]私の結界トンネルがなければ、リムル様は遺跡まで辿り着けませんでしたわ。それはご理解いただいていますよね」
三人の視線がぶつかった。
リムルは三人のやりとりを眺めながら、机の引き出しを開けた。こっそり隠してあったまんじゅうの包みを取り出す。テーブルの中央にどん、と置いた。
「[sarcastic]じゃあ三人ともすごいってことで。打ち上げにまんじゅう食おうぜ」
三人が同時に手を伸ばした。
シュナだけ、一瞬だけ手を止めた。
「[serious]……私はそういうことを言っているのではありませんのよ」
でも、その手はちゃんとまんじゅうを持っていた。
「[laughing]シュナもちゃっかり取ってるじゃん!」
「[cold]……うるさい」
リムルは笑いながらまんじゅうを一個口に放り込んだ。こしあんだ。やっぱりこれが一番うまい。
会議室の空気が、ゆっくりとほぐれていった。
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まんじゅうの包みが空になった頃。
リムルがふと口を開いた。
「[serious]……あの壁画のこと、ずっと頭から離れないんだよな」
シュナがメモ帳を手に取った。
「[serious]壁画、ですわね。遺跡の奥の」
「[serious]ああ。刻まれてた紋章、テンペストが建国される前のものだ。この国ができる前から、誰かがあそこを作ってた。一体誰が……それがわからない」
ベニマルが腕を組んだ。
「[cold]ガルムバルグのために遺跡を建てるほどの存在か。相当な力と知識がある」
「[serious]まじでか……それ、やばくない?」
会議室が少し静まった。
リムルは自分の手を見た。紋章石を取り込んだ捕食者スキルが、今も何かを感じている。遠く、微かに。まるで石が眠っているみたいに静かに、でもまだ確かに、脈動している。
まだ終わっていない。そういう感触があった。
そこへ、扉が開いた。
ゴブリン族の伝令兵だ。走ってきたらしく、息が上がっている。
「[scared]報告します! テンペスト東の国境付近、翡翠の渡し——メルヴァ川の渡河地点です——の近くで、人間国家の旗を持った集団が目撃されました! 調査団らしき様子で……!」
沈黙が落ちた。
シュナがすっとメモ帳に何かを書き込んだ。ベニマルの金色の瞳が鋭くなった。シオンが手のひらでヘルカイザーの柄を叩いた。
リムルはまんじゅうの最後の一個を口に入れながら、少し考えた。
(森の異変が外に漏れたか。誰かが動き始めた)
「[sarcastic]……また面白いことになりそうだな」
静かに笑って言った。
シュナが次の調査書類をすでに用意していた。さっとリムルの前に差し出す。
「[serious]東境調査の書類です。お目通しを」
「[sarcastic]早すぎだろ……いつ作ったんだよ」
「[gentle]ついつい準備しすぎてしまって。お忘れなく」
リムルが苦い顔で書類をめくっていると、シュナが小さな声で続けた。
「[whispers]……リムル様。調査に入る前に、一つお願いがあるのですが」
「[surprised]なんだ?」
「[gentle]新しい味のまんじゅうを、一緒に考えませんか。遺跡で見つけた薬草の中に、お菓子に使えそうな素材があって……調査も兼ねて」
「[surprised]え、二人で?」
シュナが静かに前を向いた。
「[serious]……素材の確認も兼ねてのことですので、実務的な話ですわ」
そう言い直した。でも耳の先が、わずかに赤くなっていた。
リムルはその赤さに気がついた。少し間を置いた。
「[gentle]それいいな。一緒に考えよう」
それだけ言った。
シュナのメモ帳を持つ手が、少しだけ止まった。
ベニマルとシオンがちらりと顔を見合わせた。何も言わなかった。シオンが笑いをこらえているのが、鈴のイヤリングのかすかな揺れでわかった。
会議室の窓の外、リムルスの石畳に夕方の光が伸びていた。
七日間の騒動が終わった。国は静かに、また動き始めていた。