転生したらスライムだったけど、今日は会議です
魔王リムル=テンペストが治める国テンペストでは、今日も山積みの書類仕事に追われる一日だ。しかし、今日は特別な日。国をもっと面白くするための「戦略会議」が開かれ、幹部たちが一堂に会している。出席者は鬼族の姫シュナ・オニザワ、高位エルフのベニマル・ミカヅチ、そして嵐の大精霊シオン・カミヤ。皆真剣な表情だが、リムルはこっそりと新しく買った蒸し饅頭を隠している。
会議の公式テーマは「熊モンスター目撃増加の問題」。真面目な議論のはずが、「熊は蜂蜜が好きだから養蜂を始めてみては?」「俺が蜂蜜を取りに行くよ」といった提案であっという間に脱線してしまう。さらに、ミリムがギャル言葉で「ハニーパーティーしようぜ!」と乱入してきて、場はますますカオスに。
だが、笑ってばかりもいられない。熊モンスターが本当に強力で、森に大きな被害をもたらしているという報告が届く。狩猟の準備が始まる中、シオンは誤って武器ではなくお菓子を持ってきてしまい、リムルはスライムの体を活かして奇妙な作戦を考案する。
このほっこりとした混沌の中で、仲間たちの絆やちょっとした謎が少しずつ深まっていく。
リムルの平穏な日々は、予期せぬ
転生したらスライムだったけど、今日は会議です - 鈴と爪痕と青白い光——二人きりの森の調査
ヴォルガ館の正面玄関に、朝の空気が漂っていた。
ジュラの大森林から吹いてくる風は、どこか湿っぽくて、土と草と何か野生のものが混ざった匂いがする。リムルスの石畳はまだひんやりしていて、市場の声もまだ遠い。朝六時前。街が目を覚ます少し前の、静かな時間だ。
リムル=テンペストは玄関の前に立って、荷物を探していた。
というより、荷物が見つからなかった。
執務室の棚を三回確認した。引き出しも二回開けた。地図の写しはどこに置いたか覚えていない。着替えを一応持つべきか悩んで、結局何も入れないまま来てしまった。いま手に持っているのは、まんじゅう一個だけだ。
「[gentle]リムル様」
声がした。振り返ると、シュナが石段の上に立っていた。
薄桃色の髪が朝の風に少し揺れている。片方の腕にはきちんと整理された革製の鞄。もう一方には薄い地図筒。足元には小さな荷物袋が二つ。一つは自分のもので、もう一つは明らかに別の誰かのものだ。
「[gentle]お待ちしていましたわ」
「あれ、俺の分まで」
「[gentle]リムル様が持参されると、書類とまんじゅうだけ入っていそうでしたので」
リムルは手の中のまんじゅうを見た。
言い返せなかった。
「……ありがと」
荷物袋を受け取りながら、リムルはちょっとだけ自分の中身を確認した。着替え、携帯食、応急の回復薬、地図の写し。全部入ってる。完璧な準備だ。自分では何一つやっていないが。
リムルスの北東の方角、大森林の木々が朝もやの中に霞んでいる。あそこに向かう。養蜂場の跡地。ガルムバルグの爪痕。そして、まだ正体のわからない青白い光。
「行こう」
二人は歩き始めた。
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石畳が途切れ、土の道になり、やがて大森林の木々がぐるりと周囲を囲み始めた。
ジュラの大森林は、昼でも薄暗い。樹高30メートルを超える木々が頭上を覆い、地面には苔と落ち葉と根っこが入り混じっている。足元は柔らかくて、踏み込むたびにわずかに沈む感触がある。葉の隙間から差し込む光が、細くまばらに地面を照らしていた。
リムルは歩きながら、ふと思い出した。
「そういえば、前の世界ではクマよけに鈴を使ってたんだよな」
「[surprised]鈴で魔獣を追い払えるのですか?」
シュナが真剣な顔で振り向いた。
「いや、追い払うっていうか……鈴の音が嫌いなんじゃなくて、音で人間がいることを知らせるんだ。クマは不意打ちが嫌いだから、こっちが来てますよって教えておけば向こうが避けてくれる、っていう話」
「[gentle]なるほど。不意打ちを防ぐための音なのですね」
シュナはしばらく考えるように黙って歩いた。それから、鞄をごそごそと探り始めた。
取り出したのは、小さな銀色の鈴だった。
直径三センチくらいの、手のひらに収まるやつ。細かい模様が彫ってあって、鬼人族独特の幾何学的な紋様が表面をぐるりと囲んでいる。シュナが軽く振ると、チリン、と澄んだ音がした。
「[gentle]鬼人族には、魔除けの鈴という風習があります。悪い魔素を音で散らすと言い伝えられていますわ」
リムルは少し驚いた。
「……なんか似てるな」
「[surprised]そう思いますわ。異なる世界で、同じような考え方が生まれているのですね」
「向こうでは科学的な理由があって、こっちでは魔素の話で。でも根っこのところは一緒だ」
「[gentle]面白いですね」
シュナが静かに微笑んだ。いつもの落ち着いた品があって、でも少しだけ、ほんの少しだけ、目が柔らかかった。リムルはそれを横目で見ながら、なんとなく軽い気持ちになった。
森の中がちょっとだけ明るく感じた。気のせいかもしれないけど。
チリン、とシュナが鈴を鳴らしながら歩く。その音が木々の間に吸い込まれていく。ガルムバルグには効かないだろうけど、まあ、なんとなくいい。
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ヴォルケラの花園——リムルスから南へ約8キロ、テンペストの養蜂拠点——に隣接した養蜂場の跡地が見えてきた頃、二人は足を止めた。
臭いがした。
蜂蜜の甘い香りが、どこか変な方向に崩れている。腐ったような、潰れたような、甘さが反転したような、いやな感じの匂い。リムルの鼻が、これは普通じゃないと告げていた。
巣箱が、八つ壊れていた。
木製の巣箱が側面から押しつぶされて、中身が飛び散っていた。ヴォルケラ蜂の巣はどろどろに崩れ、蜜が地面に広がって黒く固まっている。巣箱の残骸の周りに、蜂の死骸が散らばっていた。小さな体がまとまって、もう動かない。
リムルはしゃがんで、地面の爪痕を確認した。
深かった。
四本の爪が地面を引っかいた跡が、くっきりと残っている。幅は広い。普通のクマ魔物の爪痕とは全然違う。地面に五センチ以上食い込んで、根っこまで抉ってある。これを作ったものの体重と力が、そのまま数字になって伝わってくるような跡だった。
「シュナ、ちょっと見てくれ」
シュナが近寄って、爪痕の縁に手を近づけた。手が触れるか触れないかのところで止めて、目を閉じる。
しばらくそうしていた。
「[serious]……おかしいですわ」
眉がかすかにひそめられた。
「何が?」
「[serious]この魔素の残留です。大森林の空気に漂う魔素とは、色が違います。ヴォルケラ蜂の魔素でもない。これは……外から流れ込んできたものですわ」
「外から、って」
シュナが立ち上がって、鞄から地図を広げた。リムルも横から覗き込む。リムルスの位置、養蜂場の位置、そして北西の奥に記された「霧境の門」——大森林の深奥への入り口。
シュナの指が、その方角を指した。
「[serious]北西方向です。霧境の門の奥からかもしれません」
リムルは地図を見た。霧境の門から先は、ベニマル直轄の偵察隊が監視している地点だ。ジュラの深奥——魔素濃度が異常に高く、Aランク以上の魔物が出るとされる未踏の領域。普通の調査では近づけない場所。
「もっと奥を調べないといけないな」
「[serious]はい。ただ——」
シュナが足跡を目で追った。ガルムバルグのものらしい大きな足跡が、森の奥へ続いている。
「[serious]足跡の向きを見ると、まだ近くにいる可能性がありますわ」
リムルも足跡を確認した。深く、新しい。昨日か今朝か。
「追ってみるか」
「[gentle]……少しだけ」
シュナが鈴を鞄にしまった。今はさすがに使わない。
二人は足跡をたどって、森の奥へ入った。
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木々が密になるにつれ、光が減った。
地面の苔が深くなり、踏み込む音が変わる。遠くでジュラウルフの鳴き声がした。風が少し止んだ。
リムルは前を見ながら歩いていた。スライムとして転生した体は、外敵への感度が高い。何か気配がすれば、すぐにわかる。今は——
ザシュッ。
前方の木々が、なぎ倒された。
木の幹が根元から折れる音。折れた枝が地面に叩きつけられる。何かが来る。でかい。すごく、でかい。
リムルが振り返ろうとした瞬間、視界の端に茶色い巨体が現れた。
体高3.5メートル。幅は2メートルを超えている。二本の後ろ足で立ち上がり、前足を振り上げている。背中に、青白い紋様。それが脈打つように光っていた。ガルムバルグだ。一体。真っすぐ、二人に向かってくる。
ドドドドドッ!!
地面が揺れた。
リムルは考えるより先に動いた。スライム体の特性を全開にする——体の密度を一瞬落として、平たく広げる。ガルムバルグの前足が振り下ろされた。巨大な爪がリムルの体に当たる。
ズルッ、と滑った。
刺さらない。爪がスライムの表面を滑って、力が逃げた。
リムルはそのまま姿勢を戻して、ガルムバルグと向き合った。満足げに振り返ると、シュナはもうすでに両手を前に突き出していた。
「ほら! スライムだから爪が刺さらないんだよ!」
「[cold]それは戦術ではなく体質ですわ」
一切表情を変えないまま言った。同時に、シュナの指先から青白い光が広がった——でも、ガルムバルグの青白い光とは違う。もっと落ち着いた、きれいな光だ。
結界が、ガルムバルグの四本の足に絡みついた。
足が止まる。前足が上がらない。ガルムバルグが低く唸る。体をねじろうとするが、シュナの結界はほどけない。
リムルはすかさずスライム体を伸ばし、ガルムバルグの腹部に回した。圧力をかける。スライムの特性——圧縮と浸透。腹部の甲殻が薄い場所に集中して力を込める。ガルムバルグが大きく唸った。体が傾ぐ。
そのまま地面に倒れた。ドシン、という地響きが森に広がった。
「よし!」
「[gentle]……思ったより、うまく噛み合いましたわ」
シュナが少しだけ息を整えながら言った。いつもの落ち着いた声だが、かすかに手が震えていた。初めての実戦連携だ。リムルも内心でほっとした。
でも。
次の瞬間、倒れたガルムバルグの背中の紋様がパッと輝いた。
青白い光の塊が、ふわりと体から抜け出た。
それは煙でも炎でもなかった。もっとはっきりした、意志を持っているみたいな光だった。ゆっくりと、でも迷わず、森の奥の暗がりに向かって飛んでいく。木々の間を縫って、見えなくなった。
リムルは目で追ったが、間に合わなかった。
「……何だ、あれ」
「[serious]倒した後も、残っていた」
シュナがガルムバルグの背中を見た。紋様が消えている。ただの毛皮になっている。
「あの光の発生源が、本当の原因のはずですわ」
リムルは森の奥を見た。光が消えた方向。暗くて、深くて、何も見えない。でも確実に、何かがそこにいる。
そのとき、遠くから、低い唸り声がした。
一つじゃない。複数だ。
シュナがすっと顔を引き締めた。
「[serious]追加の気配がします。今日はここまでにすべきです。本格的な調査隊なしで深奥へ進むのは無理ですわ」
「そうだな」
リムルはガルムバルグの体から離れた。倒れたまま動かない。死んでいるか、昏倒しているか。背中の紋様が消えたせいか、妙に力が抜けた様子だった。
二人は森を引き返した。
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帰り道、壊れた養蜂場のそばを通り過ぎようとしたとき、シュナが足を止めた。
しゃがんで、地面の何かを拾い上げる。
掌に乗るくらいの小石だった。灰色の、普通の石——ただ、表面に何かが刻まれている。細かい線が幾何学的に組み合わさって、模様を作っている。その模様が、かすかに青白く光っていた。さっきガルムバルグから抜け出た光と、同じ色だ。
「[surprised]この紋様……見たことがありませんわ」
シュナが小声でつぶやいた。目を細めて、じっと見ている。鬼人族として知っている文様のどれとも一致しないらしい。リムルも横から覗き込んだが、テンペストの建物や装飾で見る模様とは全然違う。
シュナが石をリムルに差し出した。
「ベニマルへの報告に使えるかもしれませんわ」
「ああ、持って帰ろう」
リムルは石を受け取って、ポケットにしまった。何の石か、まだわからない。でも光ってるし、ガルムバルグの光と同じ色だし、捨てる理由もない。
二人は歩き続けた。
森の日が西に傾いていた。木々の間から差し込む光が斜めになって、影が長くなっている。リムルスまであと一時間くらいか。
しばらく無言で歩いていると、シュナが口を開いた。
「[gentle]リムル様」
「ん?」
「[gentle]前世の、日本という場所の話——もっと聞かせてもらえますか」
リムルは少し驚いた。
「そんなに気になる? 普通の現代社会だったよ」
「[gentle]普通の、というところが気になりますわ」
シュナが歩調を崩さずに続けた。
「[gentle]魔王様が普通の人間だったというのが、私にはまだうまく想像できないのです」
リムルは苦笑した。
確かに今の自分は、スライムで、魔王で、国のトップをやっている。「普通の人間」というのとはだいぶかけ離れている。でも三十年間は、本当にただの会社員だった。毎朝満員電車に乗って、上司に書類を直されて、残業して、コンビニのおにぎりを食べて帰って。
「上司に書類を直されてたのが、今じゃ書類で悩むほうになったんだよな」
「[gentle]……どちらが大変ですか」
「どっちも大変だ。でも今のほうが、まだ意味がある気がする」
シュナがかすかに笑った声がした。声というより、息に近いくらいの小さな笑いだった。
「[gentle]そうですわね」
二人の影が、夕日の光の中で長く伸びていた。
リムルはぽつぽつと話し始めた。満員電車のこと。コーヒーの自販機の前で同僚とくだらない話をしていたこと。休日に公園で寝ていたら雨が降ってきたこと。そういう、大した話じゃないことを。シュナは時々相槌を打ちながら、でも真剣に聞いていた。メモ帳は取り出さなかった。今日は書かないつもりらしい。
リムルスの街の灯りが見えてきた頃、リムルはポケットの石のことを思い出した。
取り出そうとして、やめた。なんとなく、今は話の流れじゃない気がした。
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リムルスに戻った二人は、その夜のうちにベニマルへの伝言を手配した。翌朝、本格的な調査隊の編成について相談を始める。ガルムバルグの群れがどこから動かされているか。あの青白い光の正体は何か。霧境の門の奥にあるものは何か。答えはまだ、森の深いところにある。
リムルは執務室に戻って、椅子に座った。
ポケットから石を取り出した。掌に乗せて、眺めた。
青白い光は、さっきより少し強くなっている気がした。
気のせいかもしれない。でも、確かめる方法が今はない。
リムルはそのまま引き出しを開けて、石を中に入れた。まんじゅうの包み紙の隣に。
(明日、ベニマルに見せよう)
そう思いながら引き出しを閉めた。
部屋の中が静かだった。外からリムルスの夜の音が遠くに聞こえる。
引き出しの中で、石は静かに、でも確かに、ほんのりと温かくなっていた。