転生したらスライムだったけど、今日は会議です
魔王リムル=テンペストが治める国テンペストでは、今日も山積みの書類仕事に追われる一日だ。しかし、今日は特別な日。国をもっと面白くするための「戦略会議」が開かれ、幹部たちが一堂に会している。出席者は鬼族の姫シュナ・オニザワ、高位エルフのベニマル・ミカヅチ、そして嵐の大精霊シオン・カミヤ。皆真剣な表情だが、リムルはこっそりと新しく買った蒸し饅頭を隠している。
会議の公式テーマは「熊モンスター目撃増加の問題」。真面目な議論のはずが、「熊は蜂蜜が好きだから養蜂を始めてみては?」「俺が蜂蜜を取りに行くよ」といった提案であっという間に脱線してしまう。さらに、ミリムがギャル言葉で「ハニーパーティーしようぜ!」と乱入してきて、場はますますカオスに。
だが、笑ってばかりもいられない。熊モンスターが本当に強力で、森に大きな被害をもたらしているという報告が届く。狩猟の準備が始まる中、シオンは誤って武器ではなくお菓子を持ってきてしまい、リムルはスライムの体を活かして奇妙な作戦を考案する。
このほっこりとした混沌の中で、仲間たちの絆やちょっとした謎が少しずつ深まっていく。
リムルの平穏な日々は、予期せぬ
転生したらスライムだったけど、今日は会議です - 魔王さまってプニプニだね——どん底の夜と脈打つ石
ヴォルガ館の医療室は、朝の光がまだ白っぽい時間だった。
石造りの壁に、窓からの光が細長く差し込んでいる。木のベッドに腰かけたベニマルは、上半身の鎧を外して右肩を露わにしていた。深く引き裂かれた傷。肉の奥まで達している。
シュナが静かに瓶を傾けた。
とろりとした液体が傷口に垂れる。ヴォルケラ蜜入りの回復薬——いつもなら量を気にせず使える、テンペストの誇る回復薬だ。だが今日は慎重に、いつもの半分の量で塗り込んでいる。
「[serious]三日はかかりますわ。蜜の量がこれだけですと、完全に塞がるまで」
ベニマルは眉をわずかに動かした。痛みをかみ殺した顔だ。
「[cold]わかった」
「[serious]動かさないでください。肩を」
「[cold]わかってる」
シュナがそっと薬を伸ばしていく。傷の端から端まで、丁寧に。
リムルは壁際に立って、それを見ていた。
励ます言葉を探していた。「大丈夫だ」とか、「すぐ治る」とか、そういう言葉を。でも昨夜のことが頭の中でぐるぐるしていて、何も出てこない。
あの瞬間のことを、ずっと考えていた。
捕食者を発動した。スライム状に体を変化させ、対象を取り込もうとした。それがガルムバルグを覆う青白い魔素に、ゴム板でも押すみたいにべちんと弾き返された。スキルが空振りした。
その一拍の間に、ベニマルが割り込んだ。
自分を守るために。
(言えない)
リムルは壁にもたれながら、そう思った。今は言えない。ベニマルが傷ついている、シュナが疲れ果てている、この状況で「俺のスキルが通じなかった」なんて言葉を出せるわけがない。
ベニマルが傷口をしかめながら、低い声で言った。
「[serious]次は必ず仕留める」
折れていない声だった。三日後には戦えると確信しているような言い方だった。
リムルは口を開きかけた。何か言おうとした。でも言葉が出てこなかった。「ああ、そうだな」とも「無理するな」とも言えなかった。
シュナが立ち上がって、使い終わった薬瓶をトレイに戻す。医療室の扉に向かいながら、一瞬だけ振り返った。リムルの方を。
リムルは壁に寄りかかったまま、力なく視線を落としていた。
シュナは何も言わなかった。扉を静かに閉めた。
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大会議室のテーブルに、地図が広がっていた。
シュナが几帳面な字で書き込んだ被害の記録。赤い印が地図の各所に散っている。養蜂場のあった場所、群れに踏み荒らされた農村、護衛のゴブリン兵が負傷した地点。
「[serious]現在稼働している養蜂場は、元の三分の一ですわ」
シュナが地図の端の数字を指さした。
「[serious]このまま守り続けようとすれば、護衛のゴブリン兵がさらに傷つきます。それは……確実です」
リムルは黙って聞いた。
「[serious]養蜂場を全て、一時的に放棄するべきかもしれません。周辺に住むゴブリン族の養蜂民を、リムルスへ避難させる案を……ご検討いただけますか」
シュナの声が、わずかに苦しそうだった。提案しながら、自分でその言葉が嫌なのだと、リムルにはわかった。
テンペスト共存令。種族の垣根を越えた共存を守ると誓った、この国の基本の法。
その国が、自分の民を土地から追い出そうとしている。
リムルはすぐに答えられなかった。「そうじゃない」と言いたかった。「別の方法がある」とも言いたかった。でも地図の数字は正直だった。シュナが出した結論が、今この時点での最善に近いことは、見ればわかった。
シュナは急かさなかった。ただ報告書をそっとリムルの前に置いて、静かに待っていた。
リムルは低い声で言った。
「[serious]……避難の準備だけ、進めてくれ」
シュナが小さくうなずいた。
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午後になって、リムルはリムルスの集会所を訪れた。
ゴブリン族の養蜂民が身を寄せている場所だ。石造りの広い建物の中に、家財道具をまとめた袋が並んでいる。壁際に肩を縮めて座っている大人たち。子供の声が、かえって静かな空気を際立たせていた。
養蜂担当の老ゴブリンが立ち上がった。しわの深い顔に、疲れと申し訳なさが混ざっている。
「[sad]自分たちのせいで、国に……迷惑をかけてしまって」
「[serious]違う」
リムルはそう言った。でも言葉が続かなかった。「お前たちのせいじゃない」と言いたいのに、その後に何を言えばいいかわからなかった。「安心してくれ」とも、「すぐに帰れる」とも、今は言える言葉じゃない。
そこへ、小さな足音が来た。
どたどたと走ってきたのは、ゴブリン族の子供だった。大人の膝くらいの背丈で、大きな目が涙で濡れている。
「[crying]クマさんこわい……おうちに、帰りたい……!」
子供がリムルの服の裾を両手でぎゅっと引っ張った。
リムルは膝をついた。子供と目の高さを合わせた。それから、そっと抱きしめた。
何も言えなかった。「帰れるよ」と言いたかった。「もう大丈夫」とも言いたかった。でも口が動かなかった。ただ抱きしめていた。
子供は最初しゃくりあげていた。リムルの服に顔を押しつけて、ぐずぐずしていた。
しばらくして、涙をぬぐいながら、子供がリムルの頬をつついた。
「[surprised]……魔王さまって、プニプニだね」
ぽつりと言った。不思議そうな顔で。
もう一回、つついた。プニ。
「[laughing]やわらかい……!」
集会所の大人たちから、くっと笑いがこぼれた。
リムルも思わず苦笑いした。
「[sarcastic]スライム由来だからな。しょうがないだろ……」
子供がまたつついた。プニプニ。楽しそうになってきた。大人たちの笑いが少し大きくなった。集会所の空気が、ほんの一瞬だけ、ほぐれた。
でも子供が、またしゃくりあげた。
「[crying]……やっぱり、おうちがいい」
小さな声だった。当たり前の言葉だった。
リムルの胸が締まった。
帰り道、ヴォルガ館まで、リムルはひとことも喋らなかった。
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夜が来た。
深夜、リムルはヴォルガ館の屋上に上がった。
石の手すりに手をついて、リムルスの街を見下ろす。魔素灯の明かりが点々と広がっている。ゴブリン族の居住区、鬼人族の区画、リザードマンたちが住む通り。種族の違う住民たちが静かに暮らしている、この街が。
夜風が冷たかった。森からの湿った空気が顔に当たる。
頭の中で、古い記憶がうごめいた。
前の世界。会社が傾き始めた頃のことだ。上司も、同僚も、みんな必死に働いていた。それでも数字は悪くなっていった。自分にできることは何もなかった。書類をこなして、会議に出て、頷いて、それだけだった。何かが決定的に壊れていくのを、ただ見ていた。
転生して、スライムになって、魔王になって。
なのに。
捕食者が効かない。ベニマルは傷ついている。民は家を追われている。回復薬の製造は止まっている。通商条約は揺れている。
リムルはうずくまるように手すりに体を預けた。
「……守れてない」
誰にも聞こえない声だった。石畳の街に向けた声でもなく、空に向けた声でもなく、ただ夜の中に溶けていく声だった。
「魔王なのに……俺、何もできてない」
声が少し震えた。
そこへ。
大森林の北西——霧境の門の奥から。
光が、立ち上がった。
青白い。細い柱ではなく、巨大な。天にまっすぐ伸びる光の柱。リムルスからでも見えるほどの、それは大きさだった。
ドン、と地が揺れた。
リムルスの石畳が、低く震えた。魔素灯がちらついた。
——思念通信が入ってきた。霧境の門の監視に就いている偵察隊からだ。
深奥から、巨大な個体が南へ向かっている。通常のガルムバルグの、倍以上の体躯。このまま進めばリムルスの外壁に到達する。
リムルは石の手すりを掴んだ。指が白くなるくらい、強く。
捕食者が効かない。ベニマルの肩はまだ塞がっていない。シュナの魔素はまだ回復途中だ。
それでも。
歯を食いしばった。
(それでも立ち向かうしかない。それが魔王だろ)
その瞬間。
上着のポケットで、振動があった。
リムルは手を入れた。取り出す。掌に乗せる。
紋章石だった。大森林の養蜂場の廃墟で拾った、青白く光る石。ずっとポケットに入れていた石。
その石が、脈打っていた。
北西の光の柱と、全く同じリズムで。
リムルは石を見つめた。石が光る。光の柱が光る。石が光る。光の柱が光る。一致している。リズムが、完全に一致している。
この石が——あの光と——繋がっている。
(鍵……なのか?)
わからない。まだ何もわからない。捕食者が封じられたままで超大型の個体にどう立ち向かうか、この石が何なのか、何の手がかりもない。
ただ、リムルは石を強く握った。
どん底の夜に、たったひとつの、かすかな脈動があった。