婚活バトルロワイヤル〜チート持ちの元勇者たちよ、俺を口説くな〜
婚活パーティーって…もっと退屈なものじゃないの?
29歳の普通の会社員、南波蓮は、押しの強い友人に連れられて婚活パーティーに参加することに。しかし、会場となった普通の居酒屋に足を踏み入れた瞬間、何かがおかしいと気づく。
隣の女性は何気なく「前世で魔王を倒した」と話し、向かいの男性は天気予報アプリを見るような顔で「火の玉を撃てる」とつぶやく。
このパーティーに集まった10人全員が、前世で異世界に転生していたのだ。元勇者、元魔王、元賢者…そして全員がチート級のスキルを持ち帰っている。
しかし、もっとも不可解なのは、そんな彼ら全員が、まったく普通で転生もスキルもない南波蓮に惹かれていることだった。
前世で伝説の剣士だった氷川朱音は首をかしげて言う。「なぜあなたは転生していないの?」彼女のスキルは誰の心も読めるが、好きになった相手の心だけは読めない。
前世で大賢者だった篠宮柊はため息をつき、「君に惹かれてしまうのは仕方ない」と言う。彼のスキルは嘘を見抜くが、自分の感情は分析できない。
なぜ蓮だけが前世を持たないのか?なぜ皆が彼に磁石のように引き寄せられるのか?そして、この特別な集
婚活バトルロワイヤル〜チート持ちの元勇者たちよ、俺を口説くな〜 - 俺だけスキルなし!?転生者だらけの婚活パーティーへようこそ
スマホの通知音が鳴ったのは、残業を終えて社内ビルのエレベーターを降りた瞬間だった。
「[serious]お前、今夜暇だろ」
南波蓮は画面を見て、ため息をついた。
暇じゃない。疲れてる。帰って風呂入って寝たい。
そう返そうとしたら、既読がついた瞬間に電話がかかってきた。
「[excited]いいから来い。絶対後悔しないから」
「[serious]……どこ」
「新宿三丁目。今どこ?」
「[sarcastic]西新宿。でも帰る方向逆だぞ」
「[excited]走れ。電車一本で来られる!」
田辺——蓮の大学時代からの友人で、こういうノリの人間だ。悪い奴じゃない。でも「絶対後悔しない」という言葉を、蓮はこいつから百回くらい聞いてきた。そして後悔したのは蓮だけだった、いつも。
断ろうとした。でも画面の向こうで田辺がまだ喋り続けている。
「[serious]お前さ、29歳で彼女なし、このまま終わるつもりか」
「……」
「[serious]俺はお前の友達として心配してんだよ。真剣に」
蓮は夜の西新宿の路上で、しばらく立ち止まっていた。
ビルの明かりが道路に反射している。通り過ぎるスーツ姿のサラリーマン。遠くを走るタクシーのヘッドライト。
七年間、コツコツやってきた。ナカツカ商事の営業二課、入社から七年目。仕事はまあ普通にできる。特別得意なこともないし、特別苦手なこともない。毎月の数字はだいたい平均前後。上司の片桐さんからは「安定してるな」と言われたことがある。たぶん褒め言葉だと思う。たぶん。
恋愛は……そうだな。二十代前半に二回、付き合ったことはある。でも長続きしなかった。理由を聞かれると、うまく答えられない。
「特に何もないよね、あなたって」
別れ際に言われた言葉が、なんとなく頭に残っている。
否定はできなかった。特に何もない。チートもない。異世界転生もしていない。ただ普通に生まれて、普通に育って、普通に働いている、完全に普通の二十九歳だ。
「[serious]……わかった。行く」
「[excited]よし!待ってる!」
電話が切れた。蓮はスマホをポケットに突っ込んで、新宿方面の改札へ歩き出した。
*
新宿三丁目の雑居ビルの前に田辺が立っていた。
三十歳、やや太め、いつも笑顔で落ち着きがない——それが田辺という人間だ。今日も派手なシャツを着ていて、周囲から少し浮いている。
「[excited]来た来た!ほら、四階!」
「[serious]……婚活パーティーかよ」
看板に小さく「マリッジ・コネクト presents」と書いてあるのを蓮は見逃さなかった。
「[laughing]まあそうだけど。普通のやつじゃないから!」
「[serious]普通のやつじゃない婚活って何だよ」
「[serious]行けばわかる」
エレベーターのボタンを田辺が押す。扉が閉まる。
蓮は自分の格好を確認した。白いシャツに黒のスラックス。朝に着てきたままだ。残業でくたびれてるし、髪も多少乱れている。黒いショートヘアがやや無造作な方向に跳ねていた。まあいいか、と蓮は思った。どうせ乗り気じゃないし。
「4」のボタンが点灯して、扉が開いた。
その瞬間——なんか、変だった。
廊下に一歩踏み出した瞬間、肌がピリッとした。静電気みたいな感覚。でも乾燥してる感じとは違う。もっとなんていうか、空気自体が少しだけ張り詰めているような……。
(なんだ?)
蓮は眉をひそめた。でもそれ以上考える間もなく、田辺がずんずん歩いていく。
ダイニングバー・ルシェール——木製のプレートにそう書いてある。扉を開けると、間接照明の温かいオレンジ色の光。ダークウッドのテーブルと椅子。落ち着いた雰囲気のバーだ。ふだんは普通の客が来るのかもしれない。
でも今夜は貸切らしく、奥に長テーブルが並んでいて、十人分の席が用意されている。
すでに何人かが着席していた。
「[serious]遅れてごめんなさい!」
田辺が元気よく謝り、蓮はその後ろで小さく頭を下げた。
受付に立っていたスタッフが振り向く。
二十代後半くらいの女性だ。黒い制服に、きれいに整えられた黒髪。そして、微笑んでいる——ずっと。自然に見えるけど、なんか、ずっと同じ微笑みだ。
「[gentle]ようこそ。田辺様、南波蓮様、お待ちしておりました」
「[surprised]……俺の名前、知ってるの?」
「[gentle]ええ、もちろん。私、ミカと申します。今夜の司会を担当いたします」
にっこり笑ったまま、ミカは二人に席を案内した。
蓮は席に着きながら、周囲を見回した。
参加者は自分と田辺を入れて十人。みんな、まあ普通に見える。二十代から三十代くらい。スーツの人もいれば、カジュアルな服の人もいる。みんなそれぞれスマホを見たり、隣の人と小声で話したりしている。
ふつうの婚活パーティーだ、たぶん。
(なんだ、普通じゃないか)
蓮は少し肩の力を抜いた。
*
「[gentle]では皆さん、始めましょうか」
ミカが全員の前に立った。変わらずにっこりしている。
「[gentle]自己紹介をお願いします。お名前、お仕事……そして、前世でのスキルも含めてどうぞ」
静寂。
(……は?)
蓮は聞き間違いだと思った。隣の田辺を見ると、田辺は「うんうん」とうなずいている。
最初の参加者——眼鏡をかけた三十代くらいの男性——が立ち上がった。
「[serious]榎本と申します。IT系の会社に勤めてます。前世では……まあ、勇者パーティーの斥候みたいなポジションでして。今は炎を出せますよ」
そう言いながら、彼は親指と人差し指をこすり合わせた。
ぽっ、と小さな火が灯った。ライターみたいな炎。でも指で出てる。
「まあ、今はライター程度ですけどね。制限があって」
「[laughing]わかります〜!私も出力落ちてて悲しいですよね」
隣の女性がうなずいている。楽しそうだ。
次の人が立つ。
「[gentle]物の時間を五秒だけ巻き戻せます。一度、コーヒーをこぼして試したら、机の汚れが直りました」
どこかほのぼのした拍手。
次。また次。
前世で魔術師だった会社員。前世で賢者だったという司書。半径三メートルの重力を調整できるという保育士。みんなさらっと言う。スマホで今日の天気を確認するみたいな顔で。
(なに、ここ。なんなの)
蓮の額に、じわっと汗が出てきた。
周囲の転生者たちは普通に笑って話している。これが日常なのか、この人たちにとっては。自分は前世で異世界に転生して、戻ってきて、チートスキルを持ったまま普通に就職して婚活パーティーに来ている——そういうことが、この日本に一万人以上いるらしい。
(そんな話、聞いたことなかったんだけど……)
そして蓮の番が来た。
立ち上がる。全員の視線が集まる。
「[serious]えっと……南波蓮、二十九歳です。商社に勤めてます。スキルは……特にないです」
静寂が落ちた。
さっきまでのほんわかした空気が、ピタッと止まった。十人分の視線が蓮に集中している。
「[surprised]え、転生してないんですか?」
「[serious]……していないです」
「[surprised]ブランク……?」
その単語が、小声でテーブルを伝わっていった。ブランク——転生経験を持たない一般人を、どうやら転生者たちはそう呼ぶらしい。
「[gentle]存じておりますよ、南波蓮様」
ミカの声が柔らかく割り込んだ。変わらず微笑んでいる。
「[gentle]あなたは今回、特別にお招きした参加者です」
「[surprised]……特別」
「[gentle]はい」
「[serious]……なんで」
「[gentle]それはまた追ってご説明を」
にっこり。微笑みは一ミリも動かない。
(説明してくれよ今すぐ!!)
心の中で絶叫しながら、蓮は席に戻った。田辺はなぜかいい笑顔をしている。殴っていいか、こいつ。
*
自己紹介が終わり、フリートークの時間になった。
蓮はとりあえず席でウーロン茶を飲んでいた。頭の整理をしようとしていた。
転生者——リターナーとも呼ぶらしい——が日本に一万二千人いる。みんな前世で異世界にいて、死んで、現世に戻ってきた。戻ってきてもリターンスキルがひとつ残る。マリッジ・コネクトはその転生者専門の婚活サービス。参加費は男性八千円——
「あの」
声がして蓮は顔を上げた。
女性が一人、蓮のテーブルに近づいてきた。前世で賢者だったという司書の人だ。
「[gentle]隣、いいですか」
「[serious]どうぞ」
彼女が座った。そしてしばらく、なにも言わずに蓮を見ていた。
「[gentle]……なんか、落ち着くんですよね。あなたの近く」
「[serious]……え」
「[gentle]スキルって使うと頭が痛くなるんですけど、あなたの隣にいると、なんか……薄い気がして」
「[serious]いや俺、本当に普通の人間なんですが」
「うん、知ってます。だからこそ気になって」
微妙に意味がわからなかった。
そのうちに、別の人が来た。炎を出した榎本さんだ。
「[gentle]ここ、座っていいですか。なんか……引き寄せられる感じがして」
「[serious]いやだから俺、ただの会社員なんですけど」
また別の人が来た。また引き寄せられると言った。また来た。また来た。
気づけば蓮のテーブルに五人、六人、七人と増えていた。示し合わせているわけじゃない。それぞれが「なんとなく」蓮の方に来ている。
(なんだこれ。なんで。)
蓮は内心で混乱しながら、ウーロン茶を握りしめていた。
チートスキルもない。前世の記憶もない。特別な能力もない。ずっとそれが自分だと思っていた。何もない人間。特徴のない二十九歳。
なのに今、全員こっちを向いている。
居心地が悪かった。嬉しくはない。むしろ怖い、なんか。自分が何かわからないもののように扱われている感じがして。
「[serious]ちょっと失礼します」
席を立った。
*
トイレの個室に入って、鍵を閉めた。
「[whispers]……俺は展示品じゃない」
扉に背をもたれてため息をつく。
静かだ。外の声がうっすら聞こえる程度。水道の水音。
数分、そこにいた。
やがて、扉が開く音がした。誰かがトイレに入ってきた。複数人だ。
「ねえ、あのブランクなんでここにいるの」
低い声。女性だろうか。
「マリッジ・コネクトが非転生者を招くなんて前例ないんだけど。絶対裏があるよ」
別の声。男性。
「あの運営、全員の情報を集めてるって噂もあるし……」
「あのブランクが何かの、"鍵"なのかもね」
笑い声。軽い口調だったけど、言葉の意味は軽くなかった。
扉が閉まった。足音が遠ざかる。
蓮は個室の中で、動けなかった。
「鍵」。
その言葉が頭の中でぐるぐる回った。
利用されようとしている——そういうことか? 特別にお招きしました、とミカは言った。理由は言わなかった。全員の情報を集めている。そしてブランクの蓮だけが呼ばれた。
田辺に声をかけてきたのは誰だ? 田辺は誰からこのパーティーを聞いた?
(……怖いな)
正直に思った。コメディみたいな状況だと思ってたけど、ちょっとこれは笑えない。
*
パーティーはその後、なんとなく時間が過ぎた。
蓮はできるだけ普通にしていた。会話はした。愛想は悪くしなかった。でも頭の中はずっとトイレで聞いた言葉を反芻していた。
終了の時間になって、参加者たちが帰り支度を始める。
出口のところで、ミカが立っていた。いつもと同じ微笑みで、一人ずつ見送っている。
蓮が前を通り過ぎようとしたとき、ミカが言った。
「[gentle]またのご参加をお待ちしております、南波蓮様」
(二度と来ない。)
心の中でそう思ったけど、口には出さなかった。ただ軽く頭を下げて、外に出た。
田辺は「よかったじゃーん」と言いながら全然別の方向に帰って行った。あいつは何もわかっていない、たぶん。
*
夜の新宿の雑踏の中を、蓮は一人で歩いた。
ネオンの光、人の流れ、どこかから聞こえる音楽。いつもの夜だ。ここに一万二千人の転生者が混じって生きているなんて、外から見ても全然わからない。
(今日のこと、誰かに話しても信じてもらえないよな。)
夢だったことにしよう、と思った。そう決めた。
スマホが震えた。
見知らぬ番号。メッセージ通知。
開くと、こう書いてあった。
「今日のパーティーでお会いした、氷川朱音と申します。少し、お話しできますか」
(……誰だよ)
画面をじっと見ていると、また通知が来た。
「あなたの心だけ、何も聞こえなかった。初めてのことで、放っておけません」
蓮は夜の歩道の真ん中で立ち止まった。
「[serious]……意味がわからない」
声に出てしまった。周囲の人が一瞬だけ振り向いて、また歩いていく。
画面の中の文字をもう一度読んだ。心が聞こえなかった。放っておけない。
蓮はスマホを握ったまま、しばらくそこに立っていた。
新宿の夜は、普通に続いていた。