婚活バトルロワイヤル〜チート持ちの元勇者たちよ、俺を口説くな〜
婚活パーティーって…もっと退屈なものじゃないの?
29歳の普通の会社員、南波蓮は、押しの強い友人に連れられて婚活パーティーに参加することに。しかし、会場となった普通の居酒屋に足を踏み入れた瞬間、何かがおかしいと気づく。
隣の女性は何気なく「前世で魔王を倒した」と話し、向かいの男性は天気予報アプリを見るような顔で「火の玉を撃てる」とつぶやく。
このパーティーに集まった10人全員が、前世で異世界に転生していたのだ。元勇者、元魔王、元賢者…そして全員がチート級のスキルを持ち帰っている。
しかし、もっとも不可解なのは、そんな彼ら全員が、まったく普通で転生もスキルもない南波蓮に惹かれていることだった。
前世で伝説の剣士だった氷川朱音は首をかしげて言う。「なぜあなたは転生していないの?」彼女のスキルは誰の心も読めるが、好きになった相手の心だけは読めない。
前世で大賢者だった篠宮柊はため息をつき、「君に惹かれてしまうのは仕方ない」と言う。彼のスキルは嘘を見抜くが、自分の感情は分析できない。
なぜ蓮だけが前世を持たないのか?なぜ皆が彼に磁石のように引き寄せられるのか?そして、この特別な集
婚活バトルロワイヤル〜チート持ちの元勇者たちよ、俺を口説くな〜 - 翌朝のコーポ・ミナセと、まだ続く三角関係の話
土曜の午前十一時。
コーポ・ミナセは静かだ。
週末の中野はのんびりしている。外から自転車の音。どこかで子供の笑い声。普通の土曜日。
でも蓮の頭の中は全然普通じゃなかった。
昨夜届いたミカのメール——ヌル・フィールドの詳細データを入手した。次は直接会いに行く——の文字が、起きてからずっと頭を離れない。布団の中で一時間くらいぼーっとして、ようやく立ち上がった。
とりあえず顔を洗った。とりあえずパンを一枚焼いた。とりあえず食べた。何も考えたくなかったので、テレビをつけたら通販番組がやっていた。フライパンが六個セットで安くなっていた。
(関係ないな)
チャンネルを消した。
そういえば郵便受け、昨日確認してなかった。寝ぐせのついた髪のまま、部屋着でドアを開けた。
廊下に、人が二人いた。
蓮は一秒、完全に固まった。
銀色のロングヘア。ゆるいウェーブ。金色の瞳。白いトートバッグに入ったクロワッサンとメロンパンの袋を抱えた氷川朱音が、踊り場で仁王立ちしていた。
その横に——深緑のショートヘア。右に流れた前髪。左が赤、右が銀のオッドアイ。小脇に文庫本を一冊挟んだ篠宮柊が、壁に背をつけて腕を組んでいた。
二人は、お互いの顔を見ていなかった。
見ていないどころか、あきらかに「こいつの存在を無視している」という雰囲気で、それぞれ別の方向を向いていた。廊下がものすごく狭く感じられた。
「[surprised]……おはようございます」
とりあえずそれだけ言った。
ドアをそっと閉めようとした。
両側から二本の手が伸びてきて、ドアを押さえた。
「[serious]ちょっと待ってください」
「[serious]待て」
声がぴったり重なった。
二人がようやく互いの顔を見た。どちらも「なんであなたも来てるんですか」という表情をしていた。声には出さなかったが、完全に顔に出ていた。
蓮は二人の顔を交互に見た。
「[sarcastic]……なんでだよ、二人とも」
「[serious]南波さんが心配だったので」
「[serious]同じ理由だ」
朱音が柊をちらっと見た。柊が朱音をちらっと見た。また二人して別の方向を向いた。
蓮は寝ぐせ頭に手をやった。
「[sarcastic]……とりあえず、着替えてくる」
* * *
駅前のファミレスは昼前だというのに、ほとんど席が埋まっていた。家族連れ、友人グループ、一人でモーニングを食べているサラリーマン。三人はなんとか窓際のボックス席を確保した。
朱音が持ってきたメロンパンをテーブルに置いた。柊がメニューを一瞥してホットコーヒーを頼んだ。蓮はドリンクバーを選んで、コーラを注いで戻ってきた。
しばらく、誰も何も言わなかった。
ファミレスの中はそこそこ賑やかだ。隣のテーブルで子供が何か訴えている。厨房からカチャカチャと食器の音がする。BGMが小さく流れている。
その中で、蓮はコーラのストローを指でいじりながら、言った。
「[serious]俺さ、ヌル・フィールドのことが分かってから、ちょっと考えてたんだ」
朱音が顔を上げた。柊がコーヒーカップを置いた。
「[serious]二人が俺に近づいてきたの、スキルが使えなくなるせいで安心できるからじゃないか、って。それって……俺自身に意味があるわけじゃなくて、ただの便利な特性に引き寄せられてるってことだろ。そういう関係で、俺が普通に二人と関わってていいのかよくわからなくなった」
言い終えてから、コーラを一口飲んだ。
ちゃんと言えたかどうかよくわからなかった。でも、誰かに言わないともっとぐるぐるし続ける気がして、思い切った。
朱音が、はっとしたような顔をした。
「[excited]そんなことありません! そんな、そういうことじゃ——」
立ち上がりかけた。テーブルの端に腕が当たった。
ガシャン。
朱音のお茶が倒れた。
「[surprised]あっ」
お茶がテーブルを流れる。朱音が慌ててメニューを持ち上げた。柊が無言でナプキンを取った。蓮がとっさにコーラを遠ざけた。三人でしばらくバタバタした。
お茶を拭き終わって、三人がそれぞれ椅子に戻った。
柊がナプキンを置きながら、静かに言った。
「[serious]ヌル・フィールドに引き寄せられていることと、君個人に関心を持つことは別の話だ」
「[surprised]……どういうこと」
「[serious]最初のきっかけがスキルの無効化であっても、その後に何を感じるかはまた別のことだ。きっかけと理由を混同している」
蓮は少し考えた。
「[gentle]……なるほど。わかりやすい説明ありがとう」
柊が微妙な顔をした。
何かに戸惑っているような、一瞬だけ返答を探すような顔。すぐに元の表情に戻ったが、蓮には見えた。
(なんだあの顔。珍しいな)
たぶん、素直に礼を言われるのに慣れていないんだろう。嘘を見抜くスキル——ジャッジメント・ライン——を持っていたら、人の言葉のどこかで常に「裏を読む」癖がつくのかもしれない。嘘のない言葉を受け取った時、反応の仕方がわからなくなる、そういうことかもしれない。
「[serious]私が言いたいのは——」
朱音が、今度はゆっくりと、倒さないように気をつけながら、お茶の替わりに届いたお冷のコップをそっと脇に寄せた。それからまっすぐ蓮を見た。
「[serious]最初は、あなたの心が読めないから、そばにいたかったのは本当です。ヴォワ・デュ・クール——心の声が聞こえる私のスキル——は十六年間、誰に対しても使えました。あなただけが、最初から今まで、完全に沈黙していた」
少し間があった。
「[gentle]でも」
お冷のコップをそっと両手で包んだ。
「[gentle]今は違う理由になっています。それだけは、はっきり言えます」
頬が、ほんの少し赤かった。本人は気づいていないようだった。
蓮は返事を探した。何も出てこなかった。うまく言葉にならない何かが胸の中にあったが、形にする前に柊が口を開いた。
「[serious]彼女と僕とでは動機が違う。僕が君に関心を持ったのは、君が嘘をつかないからだ。ジャッジメント・ラインを持っていると、人の言葉のどこかで常に赤線を探す癖がつく。君のそばでは一度も赤線が浮かばない。それが、最初に気になった理由だ。今もその理由は変わっていない」
朱音が柊をすごい顔で見た。
「[angry]横からまとめないでくださいますか?」
「[serious]まとめていない。比較している」
「[angry]まとめてます!」
「[serious]それは違うね」
「[angry]違いません!」
(すごい勢いで俺の話が二人の議論になっていってる……)
蓮は二人を見た。
この調子でやり合っている二人を見ていると、妙な感じがした。怒っているのに、でも不思議と怖くなかった。昨夜まであんなにぐるぐる考えていたことが、少しだけほぐれる気がした。
二人ともここにいる。
示し合わせたわけでもなく、同じ土曜の午前中に、同じアパートの廊下に来ていた。
そのことが、言葉で説明するより先に何かを伝えていた。
その時。
テーブルの上で、蓮のスマホが光った。
三人の声が、ぴたりと止まった。
画面に浮かんだのは、見慣れない番号だった。でも蓮には一瞬でわかった。昨夜届いたメールの送信元——MC代表・ミカ、と同じ番号だ。
着信が続いている。
朱音が「[whispers]出ないで」 と小声で言った。
柊が「[serious]出る前に録音を——」 と眼鏡を押し上げかけた。
蓮は、どちらの言葉も聞きながら、スマホを見つめた。
結局、出なかった。
画面が暗くなるまで、三人で無言で見ていた。
ファミレスのBGMが流れ続けている。隣のテーブルの子供が何か言っている。世界は普通に動いていた。
着信が切れた。
静かになった。
蓮はスマホをポケットにしまってから、言った。
「[serious]……でも、いつまでも逃げてもしょうがない」
二人が蓮を見た。
「[serious]次にかかってきたら、自分で話す。二人に全部任せるんじゃなくて、自分で」
朱音が、何か言いかけて、止まった。
柊が、ゆっくりと頷いた。
蓮は続けた。
「[serious]ミカが何者なのか、マリッジ・コネクトが何を考えてるのかも、俺が直接確かめる。それくらいは自分でやる。昨夜のメールに、次は直接会いに行くって書いてあったから、向こうが来るなら来てもらえばいい」
自分でもびっくりした。こんなに落ち着いて言えると思っていなかった。
でも、出てきた言葉だから本音だと思った。
朱音が、少し間を置いてから言った。
「[gentle]……南波さんがそう言うなら」
ほんの少し頬を赤らめたまま、まっすぐ蓮を見た。
「[serious]次のパーティーには、絶対に一緒に行きます。一人で行かないでください」
柊が間を置かず言った。
「[serious]私も同行する」
朱音が即座に柊を向いた。
「[angry]なんであなたも来るんですか」
「[serious]蓮が一人で対応するのは危険だ。感情論ではなく、状況判断の問題だ」
「[angry]感情論のほうが私は信頼できます!」
「[serious]それは違うね」
「[angry]また『それは違うね』!」
蓮は二人を見た。
二人が同じ方向——「蓮を一人にしない」——を向いて言い合っている。今まで、この二人が同じ目的に向かったことがあっただろうか。
多分、なかった。
「[sarcastic]……とりあえず、ありがとう。多い気はするけど」
そう呟いて、ドリンクバーにコーラを注ぎに立ち上がった。言い合いを続ける二人を置いて、一人で歩いていった。
* * *
ファミレスを出たのは、昼を少し過ぎた頃だった。
外は曇っていた。風が少し冷たい。駅の方から人の声が流れてくる。
蓮は朱音と柊に向かって言った。
「[gentle]二人とも、昨夜も今日も来てくれてよかった」
短かった。でも、それが全部だった。
朱音が顔をそらした。小さく頷いた。
柊が「[serious]また来る」 とだけ言って、先に歩き出した。
朱音が柊の背中を見送った。それから蓮に向かって言った。
「[cold]……柊さんと同じ答えを出すつもりはありませんので、覚えておいてください」
それだけ告げて、早足で反対方向へ去っていった。
銀色の髪が、曇り空の下で揺れた。
一人になった。
蓮はポケットの中のスマホに触れた。取り出した。画面を開く。
着信履歴に、ミカの番号が残っている。
その下に、テキストメッセージが一件届いていた。
開いた。
『明後日の月曜、ナカツカ商事の一階カフェで待っています。来なければ、次は汐莉さんに連絡します。——MC代表』
蓮はしばらく、その文面を見つめた。
汐莉の名前が、そこにあった。
風が少し強くなった。駅の方から人の声が流れてくる。普通の土曜日の景色が続いている。
月曜まで、二日ある。
蓮はスマホをポケットにしまった。空を一度見上げてから、アパートの方向へ歩き出した。