婚活バトルロワイヤル〜チート持ちの元勇者たちよ、俺を口説くな〜
婚活パーティーって…もっと退屈なものじゃないの?
29歳の普通の会社員、南波蓮は、押しの強い友人に連れられて婚活パーティーに参加することに。しかし、会場となった普通の居酒屋に足を踏み入れた瞬間、何かがおかしいと気づく。
隣の女性は何気なく「前世で魔王を倒した」と話し、向かいの男性は天気予報アプリを見るような顔で「火の玉を撃てる」とつぶやく。
このパーティーに集まった10人全員が、前世で異世界に転生していたのだ。元勇者、元魔王、元賢者…そして全員がチート級のスキルを持ち帰っている。
しかし、もっとも不可解なのは、そんな彼ら全員が、まったく普通で転生もスキルもない南波蓮に惹かれていることだった。
前世で伝説の剣士だった氷川朱音は首をかしげて言う。「なぜあなたは転生していないの?」彼女のスキルは誰の心も読めるが、好きになった相手の心だけは読めない。
前世で大賢者だった篠宮柊はため息をつき、「君に惹かれてしまうのは仕方ない」と言う。彼のスキルは嘘を見抜くが、自分の感情は分析できない。
なぜ蓮だけが前世を持たないのか?なぜ皆が彼に磁石のように引き寄せられるのか?そして、この特別な集
婚活バトルロワイヤル〜チート持ちの元勇者たちよ、俺を口説くな〜 - 心が読めない男と、読みすぎる女の距離感がおかしい件
昨夜のことが、まだ頭に残っていた。
あの転生者だらけの婚活パーティー。空気がピリついていたルシェールの四階。全員がこちらをじっと観察していた感覚。そして最後にトイレで聞いた言葉——「ブランクが何かの鍵なのかもね」。
夢だったことにしよう、と思っていた。そう決めたはずだった。
でも就寝前にスマホを見ると、氷川朱音という名前から「あなたの心だけ、何も聞こえなかった。初めてのことで、放っておけません」というメッセージが届いていて、蓮はそのまま既読をつけて眠れない一時間を過ごした。結局、返事は打てなかった。
——そして今、パーティーのフリータイムは始まったばかりだった。
* * *
ルシェールの店内は、さっきより空気が和んでいた。テーブルの配置が変わり、参加者たちが自由に動き回っている。間接照明のオレンジ色が落ち着いた雰囲気を作り出しているが、それでも肌のピリつきはある。転生者が十人いると、こうなるのかもしれない。
蓮はグラスを手に持って、どこに行くでもなくカウンター近くのスツールに座った。
(さて、どうしようか。)
正直、動き方がわからない。普通の婚活パーティーなら「趣味は?」「仕事は?」で会話を回せる。でもここの参加者たちは「前世で異世界にいた人たち」だ。「前世どこにいたんですか?」が挨拶なのか?
グラスのなかの炭酸が、シュワシュワと消えていく。
その時。
「[serious]失礼します」
真正面から声がかかった。
顔を上げると——銀色のロングヘアが間接照明に照らされていた。ゆるくウェーブした髪、光を跳ね返す金色の瞳、右耳に小さな尖りがある。昨夜の最後にメッセージを送ってきた女の子、氷川朱音だ。
表情はまじめだった。いや、まじめすぎた。目つきが真剣すぎて、怒ってるのかと思うくらい。
「[serious]もう一度確認させてください」
「……なにを」
「[serious]あなたの心。聞こえないんです、まったく」
「は」
「[serious]私のスキルは『ヴォワ・デュ・クール』——半径五メートル以内の相手の心が聞こえる能力です。前世での偵察任務では一度も失敗したことがなかった。なのに、あなただけ」
朱音は人差し指を立てて、こちらをまっすぐ指した。
「[serious]完全に沈黙している。故障かと思って」
蓮は少し考えてから言った。
「[sarcastic]……読む心がない人間なんじゃないですかね、俺」
「[surprised]違います」
即答だった。
「[serious]心がない人間など存在しません。私のスキルが誤作動しているとしか考えられない。試させてもらえますか」
「え、試すって——」
次の瞬間、朱音が身を乗り出してきた。
距離、十センチ。
金色の瞳がまっすぐこちらを見ている。真剣な顔で。まるで顕微鏡でなにかを観察するような目で。
「ちょっ——」
蓮は反射的に椅子を引いた。朱音がそのぶん詰めてくる。また引く。また詰めてくる。
いつの間にかカウンターの端まで追い詰められていた。
「[serious]もう少し近くないと集中できないんです」
「[surprised]いや近い!近すぎる!!」
「……? これで五センチはあります」
「それが問題なんだよ!!」
店内の参加者たち全員が、音もなくこちらを見ていた。十人。全員の視線が集まっている。誰も助けてくれない。ただ静かに、ポカンとした顔で観察している。
一番近くの席に座っていた男が、となりの女性に小声で耳打ちしていた。なんと言っているかは聞こえないが、表情から察するに「なんだあれ」という顔だ。
(なんだこれ。俺がなんかやったわけじゃないのに。)
朱音はしばらく目を細めて蓮の顔を見つめ、それからため息をついてすこし離れた。
「[serious]……やっぱり聞こえません。おかしい」
「いや、おかしくないと思うよ俺は!!」
* * *
フリータイムの後半になって、周りの参加者たちも少しずつ話しかけてくるようになった。
蓮が朱音と話しているところに、すっと割り込んできた男がいた。
背が高くて、顔も整っている。三十代前半くらいだろうか。スーツの着こなしが、さっきまでとは少し雰囲気が違う——なんというか、目的があって近づいてきた感じがした。
「[gentle]初めまして、南波さん。三ツ木といいます」
「あ、どうも。南波です」
「[serious]転生経験がないのにこのパーティーに来られたとか。珍しいですね。マリッジ・コネクトと何か繋がりが?」
質問の角度が、普通の婚活会話じゃなかった。
蓮が返事を考えていると、横から声が飛んできた。
「[cold]彼は私が先にお話ししていましたので」
シャキン、という音が聞こえた気がした。実際には聞こえていないが、朱音の声のトーンがそういう感じだった。
三ツ木がすこし驚いた顔をする。
「[sarcastic]氷川さん、先約というほどのお付き合いでしたか?」
「[cold]そうなのよ。しょうがないわね」
朱音は蓮の袖を無言でつかんで、別のコーナーへ引っ張った。あまりにも自然な動作だったので、蓮は引っ張られながら三ツ木に軽く会釈だけした。
別のテーブルに移動してから、蓮は言った。
「[sarcastic]……先約って、今日初めて会ったよね俺たち」
朱音がすこし目を泳がせた。初めて見る表情だった。さっきまでの真剣な顔とは違う、なんというか——気まずそうな顔。
「[serious]……あの方、下心があります」
「下心って」
「[serious]スキルで聞こえました。あなたを通じてマリッジ・コネクトの情報を引き出したいと。そういう意図です」
「まじか」
蓮はちらと三ツ木の方を見た。三ツ木はもう別の女性参加者に話しかけていたが、視線だけはこちらに向いていた。不服そうな顔で。
(……なんかいろいろ複雑だな、この世界。)
「[serious]気をつけた方がいいですよ、あなたは」
朱音の声は低くて、まじめだった。さっきの「先約」発言が自分でも意外だったのか、少し頬が赤い。たぶん本人は気づいていない。
蓮はグラスを一口飲んで、黙って頷いた。
* * *
パーティーが終わって、ルシェールの外に出た。
夜の新宿三丁目は相変わらず明るかった。ネオンサイン、人の流れ、どこかの居酒屋から漏れる音楽。雑居ビルを出てすぐ、蓮は一人で歩き出した。
そして気づいた。
隣のビルの外壁に、朱音がもたれて立っていた。
コートのポケットに両手を入れて、こちらをまっすぐ見ている。待ってましたという顔で。
「[surprised]……なんで外にいるの」
「[serious]連絡先を交換するまで帰りません」
「真顔で言う?」
「[serious]真顔です」
蓮は少し考えて、観念してスマホを取り出した。
「……わかった、交換する」
LINEのQRコードを表示すると、朱音がスマホをかざした。友達追加の通知が来る。朱音は画面を確認して、すこし表情がゆるんだ。ほんのすこしだけ。
そのまま少し黙った後、朱音がぽつりと言った。
「[gentle]あなたの近くにいると……スキルが完全に止まる感じがして」
蓮が顔を上げると、朱音はスマホを両手で握ったまま、新宿の空の方を見ていた。
「[gentle]前世の記憶が覚醒してから、ずっと周りの人の心が聞こえ続けていたんです。十六年間。少し……疲れていたのかもしれません。あなたの隣だけ、静かで」
「……」
(なんて言えばいいんだ、これ。)
ツッコミが浮かばなかった。浮かばないというより、突っ込んだら駄目な気がした。朱音の声のトーンが、さっきまでと少し違う。軽くない。
蓮はただ、隣に立って夜の新宿を一緒に見た。
* * *
翌朝。
土曜日の朝は遅くまで寝られるはずだった。
ノック音がした。
コンコン、コンコン。
(……なんだ)
部屋着のまま、蓮はドアを開けた。
朱音が立っていた。コンビニの袋を両手に持って。
「[gentle]おはようございます」
「[surprised]……え」
「[gentle]差し入れです。朝ご飯まだでしたら」
「……なんで住所知ってるの」
「[serious]パーティーの名簿に載っていました」
当然のように言った。まったく悪びれていない。金色の瞳がまっすぐこちらを見ている。コンビニの袋からはホットコーヒーの湯気が出ている。
「[angry]普通に怖いよそれ!!!」
「[surprised]え?」
「名簿で住所調べてアパートまで来るって普通に怖い!!」
「[serious]……そうなんですか?」
「そうなんです!!!」
朱音がきょとんとした顔で少し考えた。
「[serious]しょうがないわね。気をつけます」
「気をつけるって感じじゃなくて根本的に——」
そう言いながらも、朱音はもう部屋の中に一歩入っていた。自然な動作で。蓮が止める間もなく、コンビニの袋をテーブルの上に置いている。
(……これ怒るべきタイミングだよな。)
蓮は少し迷ってから、ドアを閉めた。
部屋に上がられた事実は変えられない。それよりコーヒーの匂いがした。昨夜あまり眠れなかったので、正直ありがたかった。
朱音が袋からおにぎりとサンドイッチを並べながら、ぽつりと言い始めた。
「[gentle]前世の記憶が戻ったのは小学四年生の時でした」
蓮はホットコーヒーを受け取りながら、黙って聞いた。
「[gentle]ある朝、目が覚めたら頭の中が知らない映像でいっぱいで。剣を持って戦っていた自分の記憶が、全部流れ込んできた。それが何時間も続いて」
朱音はテーブルの前に座って、コーヒーのカップを両手で包んでいた。視線は少し下を向いている。
「[gentle]友達に話したら笑われました。親に話したら病院に連れて行かれました。だから——それから十四年間、誰にも言わなかった。ずっと一人で」
部屋が静かだった。
コーポ・ミナセの木造の壁の向こうから、外を自転車が走る音が聞こえた。土曜日の朝の、普通の音。
蓮はコーヒーを一口飲んだ。
「……それは」
少し間があった。
「[gentle]大変だったな」
それだけ言った。
朱音が顔を上げた。少し驚いた表情で蓮を見ている。
「[surprised]……笑わないんですか」
「笑う理由がない」
「[gentle]普通は笑うんです。そんな話あるわけないって」
「でも昨日、ちゃんと全部本物だと思ったし」
朱音がまたコーヒーを見つめた。今度は少し表情が柔らかい。それまでの真剣な顔とも、きょとんとした顔とも違う——なんというか、緊張が一本抜けたみたいな顔。
蓮はおにぎりの包みを開けながら、ぼんやり思った。十四年間ずっと一人で抱えてきたというのは、たぶんそれだけで結構しんどい話だ。笑える話じゃない。
しばらく二人でコーヒーを飲んでいた。
窓の外では土曜日の朝の空気がある。中野の住宅街は静かで、遠くで鳥が鳴いている。
その時、蓮のスマホが震えた。
テーブルの上の画面が光る。メールの通知だった。
差出人:マリッジ・コネクト
「……」
蓮は画面を開いて、読み上げた。
「[serious]南波蓮様、第二回パーティーへのご招待です。次回は特別プログラムをご用意しております——」
朱音の表情がすっと変わった。
さっきまでの柔らかい顔が消えて、また真剣な目に戻っている。今度は違う種類の真剣さだ。なにかを考えている顔。
朱音がスマホを手に取って、画面をしばらく見つめた。
「……何か、知ってる?」
「[serious]パーティーのスタッフ、ミカという女性がいたでしょう」
「ああ、受付の」
「[serious]彼女があなたに向けていた感情が——観察と、品定めでした。スキルで聞こえていた。恋愛感情ではなかった。もっと別の、目的のある視線で」
蓮は少し黙った。
「[serious]このメールは……行かない方がいいかもしれません」
慎重な声だった。
蓮はスマホを持ったまま、画面を見た。「特別プログラム」という言葉が目に残っている。昨夜トイレで聞いた声も。——ブランクが何かの「鍵」なのかもね。
「でも」
蓮は顔を上げた。
「[serious]なんで自分が招かれてるのか、知りたい。それだけは」
朱音が蓮の顔を見た。
何も言わなかった。
言葉を探しているのか、それとも言うべき言葉が見つからないのか——金色の瞳がゆっくりと蓮を見ている。窓から入る朝の光が、朱音の銀色の髪に当たっていた。
部屋はまた静かになった。
マリッジ・コネクトの「特別プログラム」が何を意味するのか、二人にはまだ分からない。