婚活バトルロワイヤル〜チート持ちの元勇者たちよ、俺を口説くな〜
婚活パーティーって…もっと退屈なものじゃないの?
29歳の普通の会社員、南波蓮は、押しの強い友人に連れられて婚活パーティーに参加することに。しかし、会場となった普通の居酒屋に足を踏み入れた瞬間、何かがおかしいと気づく。
隣の女性は何気なく「前世で魔王を倒した」と話し、向かいの男性は天気予報アプリを見るような顔で「火の玉を撃てる」とつぶやく。
このパーティーに集まった10人全員が、前世で異世界に転生していたのだ。元勇者、元魔王、元賢者…そして全員がチート級のスキルを持ち帰っている。
しかし、もっとも不可解なのは、そんな彼ら全員が、まったく普通で転生もスキルもない南波蓮に惹かれていることだった。
前世で伝説の剣士だった氷川朱音は首をかしげて言う。「なぜあなたは転生していないの?」彼女のスキルは誰の心も読めるが、好きになった相手の心だけは読めない。
前世で大賢者だった篠宮柊はため息をつき、「君に惹かれてしまうのは仕方ない」と言う。彼のスキルは嘘を見抜くが、自分の感情は分析できない。
なぜ蓮だけが前世を持たないのか?なぜ皆が彼に磁石のように引き寄せられるのか?そして、この特別な集
婚活バトルロワイヤル〜チート持ちの元勇者たちよ、俺を口説くな〜 - 転生者カフェで手を握ったら、マリッジ・コネクトからメールが来た件
あの朝のことを、蓮はまだ少し引きずっていた。
アパートの小さな台所でコーヒーを飲みながら、朱音が話してくれたこと——十四年間、誰にも言えなかった前世の記憶。それを蓮が笑わずに聞いた。ただそれだけのことで、朱音の顔がやわらかくなった瞬間のことを。
で、その翌週の日曜日。
「[serious]吉祥寺に来てもらえますか。転生者社会のことを、もう少し知っておいてほしいんです」
朱音からのメッセージだった。
(なんで吉祥寺なんだ……)
と思いつつ、蓮は行くことにした。断る理由もなかった。むしろ、マリッジ・コネクトから「特別プログラム」のメールが届いていた今、転生者社会のことを知っておく方がいい気もしていた。
* * *
待ち合わせは井の頭公園の入り口だった。
十一時ちょうど。朱音はすでにそこにいた。銀色のロングヘアがゆるくウェーブして、秋の日差しに照らされている。金色の瞳が蓮を見つけて、ほんの少し表情がやわらかくなった。
「[gentle]来てくれましたね」
「[serious]呼ばれたから来た」
「[serious]……素直じゃないですわね」
「素直だよ。嘘ついてない」
朱音が少し口元を動かした。笑ったのか笑わなかったのか、微妙なラインだった。
二人で公園の中を歩いた。日曜日の井の頭公園は人が多い。ボート池の水面がきらきらしていて、子供連れの家族が何組かいた。鴨が一羽、のんびり岸を歩いている。
「[serious]目的地はここじゃないんです。公園を抜けた先に、一軒カフェがあって」
「[serious]普通のカフェ?」
「……まあ、表向きは」
(表向きは、って何だ。)
* * *
カフェ・ヴェイル——吉祥寺の裏通りを少し入ったところにある、看板が小さくて見落としそうなお店だった。
扉を開けると、木の温かみのある内装。席は十席もない。静かなBGM。普通のカフェだ。完全に普通のカフェに見える。
席に着いて、メニューを開いた。コーヒー、紅茶、軽食——特に変わったものはない。
「[serious]……ふつうの喫茶店じゃないの?」
朱音がすっとメニューを取って、裏返した。
「[serious]コースターを見てください」
蓮は目の前のコースターを取り上げた。丸いコルク製の、普通のコースター。でも、よく見ると——端っこに小さな文字が印刷されている。
『リアルシア王国 / 龍帝大陸』
「……え」
「[gentle]転生者の常連が集まるお店なんです。メニューの裏には今日のスタッフの前世出身地が、コースターには来店した転生者が書き残した異世界の地名が印刷されていて——隠語みたいなものですわ」
蓮はコースターを裏表ひっくり返した。表はただのコースター。裏に異世界の地名。
「[surprised]……ふつうに見落としてた。怖い仕掛けだな」
「[gentle]転生者でない人には、ただの文字にしか見えません。気にも留めない。でも転生者には分かる——ここが仲間の場所だって」
蓮はもう一度コースターを見た。
リアルシア王国。龍帝大陸。誰かの前世にあった場所の名前が、東京の裏通りのカフェのコースターに静かに刻まれている。
(なんか……すごい話だな)
コーヒーが運ばれてきた。
朱音はカバンから小さなノートを取り出して、テーブルに置いた。
「[serious]転生者コミュニティには、暗黙のルールがあります。ヴェイル・コードと呼ばれていて、三つの条文からなるんですが」
ノートを開くと、きれいな字で三行書いてある。
一、一般人の前でスキルを露骨に使わない。
二、スキルで一般人を傷つけない。
三、転生者同士の争いは人目のない場所で。
「[serious]特に法律があるわけじゃないんですが、これを守らない転生者はコミュニティから弾かれます。蓮さんは非転生者——ブランクですが、私が連れている以上、私がこのコードの保証人になります。だから……」
「[gentle]だから?」
「[serious]変なことは起きませんから、安心してください」
蓮はコーヒーを一口飲んだ。
(ちゃんと説明してくれる人って、なかなかいないよな。)
パーティーの夜は、スキルとか転生者とかを全部後出しで突きつけられる感じがした。でも朱音は、最初からきちんと話してくれる。説明が丁寧すぎて少し固いけど、それが朱音という人間なんだろう、たぶん。
「[gentle]ちゃんと聞いてますよ、俺」
「……そうですか」
朱音が少し目を逸らした。照れているのか、何なのか、判断が難しい表情だった。
「[serious]あなたみたいに……ちゃんと聞いてくれる人、初めてかもしれないので」
ぽそっと言った。
(え、それは結構重いな。)
ツッコむタイミングを逸して、蓮はコーヒーに目を落とした。
* * *
そのタイミングで、隣のテーブルの声が聞こえた。
男女二人組。二十代後半くらいだろうか。声のボリュームを下げてはいるが、下げ切れていない。
「ねえ……あれ、先週のパーティーにいたブランクじゃない?」
「え、マジ? なんでこのカフェに来てんの。意味わかんない。場違いにもほどがあるんだけど」
「転生者の集まるとこに普通の人が来てもさ……ね」
蓮は聞こえていた。
全部、聞こえていた。
(ああ。そういう感じか。)
コーヒーカップを手に取った。さりげなく。何でもないふりで。
「[sarcastic]砂糖、もう一つもらおうかな」
声に出してみたけど、カップを持つ手が微かに震えていた。ごく小さく。たぶん朱音には気づかれていないだろうと思ったが——
朱音の目が、細くなっていた。
隣のテーブルの方向を、じっと見ている。
ヴォワ・デュ・クール——半径五メートル以内の相手の心が聞こえるスキル。朱音は今、あのカップルの内心を読んでいるはずだ。
(何が聞こえてるんだろう。)
数秒の沈黙。
朱音がゆっくり立ち上がった。
「あ——」
止める間もなかった。
朱音は隣のテーブルに向かって、静かに、でもまっすぐ向き直った。
「[cold]少しよろしいですか」
カップルが顔を上げた。気まずそうに視線を交わしている。
「[cold]このお店は、スキルの有無で入店を制限していません。南波さんは私がお連れしました」
短かった。それだけ。
でも声のトーンが、有無を言わせなかった。前世で剣士だったという朱音の、ちゃんと芯のある声だった。
カップルは何も言わなかった。ただ視線を下げて、小さくなった。
朱音が戻って席に座る。
蓮はしばらく黙っていた。
「……朱音さん」
「[serious]あの二人の本音が聞こえました」
朱音はコーヒーカップを両手で包みながら言った。
「[gentle]悪意じゃなかったんです。……怖いんですわ。自分たちの居場所に、知らない人が入ってきたような気がして。転生者のコミュニティって、普通の人には見えない世界だから——だから余計に」
「[serious]……そういうもんか」
「[gentle]そういうものです。でも、それでも」
朱音が蓮を見た。
「[serious]蓮さんに聞こえよがしに話すのは、しょうがないことじゃないと思うので」
(……なんで俺のためにそこまで。)
言葉が出てこなかった。ありがとう、と言えばいいのはわかっていたけど、それだけじゃ足りない気がして、蓮は結局コーヒーを飲んだ。
ぬるくなっていた。でも、悪くなかった。
* * *
帰り道、朱音の提案で井の頭公園のボート池沿いを歩くことにした。
午後になって、日差しが少し斜めになっていた。池の水面が、さっきよりゆっくり光っている。ボートに乗った親子が、のんびり漕いでいる。
蓮は歩きながら、少しだけ口を開いた。
「[gentle]さっきは……庇ってくれてありがとう」
「[serious]気にしないでください」
「[gentle]でも、あそこまで言われると、まあ……ちょっとだけ堪えたけどな。正直」
池の方に視線を向けながら言った。照れ隠し、というやつだ。
「[gentle]……正直に言うんですね」
「[sarcastic]隠してもしょうがないだろ。朱音さんには心読まれてるわけじゃないから、俺の心は」
朱音が少し黙った。
「[serious]……そうですね。あなたの心だけは、静かなんです。何も聞こえない。十六年間、一度もなかったことだから」
「[surprised]不思議なの?」
「[gentle]不思議です。でも……悪くないかもしれないとも思っています」
(それはどういう意味だ。)
ツッコもうとした瞬間。
朱音の手が、蓮の手に触れた。
そのままぎゅっと、握った。
一秒。
二秒。
三秒目に、朱音が気づいた。
「あっ——」
声が裏返った。
朱音の顔が、みるみる赤くなっていく。銀色の髪の根元まで赤い。手を離そうとしているのに、力が入りすぎて離せていない。
蓮も固まっていた。
動けない。どういう顔をすればいいのかわからない。とりあえず池を見た。鴨がいた。鴨はのんびりしていた。蓮は鴨がうらやましかった。
そこに、通りかかった中学生のグループが通り過ぎながらひそひそした。
「あ、カップルじゃん」
「イチャイチャしてる」
「やば」
二人同時にさらに赤くなった。
沈黙が続いた。池の水が光っている。ボートが軋む音がする。どこかで鳥が鳴いた。
しばらくして、朱音が搾り出すように言った。
「[serious]……わ、私のスキルって、手を握ると効果が増す可能性があって。だから実験です。実験」
一瞬の沈黙。
「[sarcastic]……それは嘘ついてるよね。絶対」
「ちがっ——」
「[serious]ヴォワ・デュ・クールって読心能力だろ。なんで手を握ったら効果が上がるんだ。意味がわからない」
「……」
「「……」」
二人とも噴き出した。
朱音が笑ったのを初めて見た気がした。困ったような、恥ずかしいような、それでも笑ってしまっている顔。
蓮も笑っていた。なんで笑ってるのか自分でもわからないけど、笑えた。
緊張が、スーッと消えた。
その後も、二人はゆっくり歩いた。手は——気づいたら、ゆるく繋いだままだった。特に誰もそれについて何も言わなかった。
ぽかぽかしていた。秋の午後の、人の多い公園。水面が光って、鴨がのんびりしている、普通の日曜日。
* * *
そこへ。
蓮のスマホが震えた。
画面を確認すると——差出人がマリッジ・コネクトだった。
「[sarcastic]……また来た」
開くと、こう書いてある。
『南波蓮様、第二回パーティーへのご招待です。次回は特別プログラムをご用意しております』
隣から朱音が画面を覗き込んだ。
表情が、すうっと変わった。さっきまでの赤みが消えて、金色の瞳が静かに落ち着いていく。
「[serious]……特別プログラム」
「[surprised]なんだろ、それ」
「[serious]わからないから怖いんです」
珍しく、言葉を選んでいる声だった。
朱音が少し間を置いてから、続ける。
「[serious]パーティーのスタッフ——ミカという女性が、ずっとあなたを観察していました。スキルで聞こえていた。恋愛じゃない。もっと別の、目的のある視線で。あの組織が蓮さんを婚活のために招いたとは、どうしても思えない」
蓮はスマホを見たまま、少し考えた。
「[gentle]でも、行って確かめたい気持ちはある」
「[serious]……蓮さん」
「[gentle]なんで自分が招かれてるのか。何が目的なのか。知らないままでいるより、知りたい」
朱音が蓮を見た。
数秒、金色の瞳が蓮の顔を映していた。
それから、静かに言った。
「[serious]……私も行きます。一人では行かせませんわ」
即答だった。迷いがなかった。
「[surprised]いいのか?」
「[serious]しょうがないでしょう。あなたは転生者社会のことを全然わかってないんですから」
ツンとした言い方だったけど、声のトーンはやわらかかった。
蓮がスマホをポケットにしまおうとして——気づいた。
手が、まだ繋がっていた。
ほぼ同時に朱音も気づいたようで、二人の視線がぶつかった。
また赤くなった。二人とも。
「…………」
池の鴨が、のんびり鳴いた。
マリッジ・コネクトの「特別プログラム」が何を意味するのか、まだ誰にもわからない。ミカが蓮に向けていた視線の意味も。蓮がなぜこれほどこの組織に執着されているのかも。
答えは、次のパーティーの向こう側にある。