婚活バトルロワイヤル〜チート持ちの元勇者たちよ、俺を口説くな〜
婚活パーティーって…もっと退屈なものじゃないの?
29歳の普通の会社員、南波蓮は、押しの強い友人に連れられて婚活パーティーに参加することに。しかし、会場となった普通の居酒屋に足を踏み入れた瞬間、何かがおかしいと気づく。
隣の女性は何気なく「前世で魔王を倒した」と話し、向かいの男性は天気予報アプリを見るような顔で「火の玉を撃てる」とつぶやく。
このパーティーに集まった10人全員が、前世で異世界に転生していたのだ。元勇者、元魔王、元賢者…そして全員がチート級のスキルを持ち帰っている。
しかし、もっとも不可解なのは、そんな彼ら全員が、まったく普通で転生もスキルもない南波蓮に惹かれていることだった。
前世で伝説の剣士だった氷川朱音は首をかしげて言う。「なぜあなたは転生していないの?」彼女のスキルは誰の心も読めるが、好きになった相手の心だけは読めない。
前世で大賢者だった篠宮柊はため息をつき、「君に惹かれてしまうのは仕方ない」と言う。彼のスキルは嘘を見抜くが、自分の感情は分析できない。
なぜ蓮だけが前世を持たないのか?なぜ皆が彼に磁石のように引き寄せられるのか?そして、この特別な集
婚活バトルロワイヤル〜チート持ちの元勇者たちよ、俺を口説くな〜 - 全部俺のせいじゃないか——冤罪・晒し・孤立、どん底の木曜日
木曜の朝、蓮はアパートのベッドの上でスマホを見つめていた。
コーポ・ミナセ201号室。築28年の木造アパートは、この時間どこかギシギシと軋む音がする。外から車の音。朝のニュースの声が隣から漏れてくる。
普通の朝だ。
でも、蓮の頭の中は普通じゃなかった。
水曜の夜、汐莉が言った言葉がずっと残っている。逃げても無駄。始まっています。
スマホを開いた。まず朱音に。次に柊に。同じ内容で、別々に送った。
『俺に近づくと、マリッジ・コネクトに巻き込まれる。しばらく距離を置いてほしい』
送信。画面を伏せた。
すぐに既読がついた。朱音から。
『南波さん、それは違います。直接会って話しましょう』
(やっぱりそうなるよな……)
もう一度、スマホを伏せた。返信しなかった。
* * *
ナカツカ商事のエントランスに着いたのは、8時50分だった。
自動ドアをくぐろうとした瞬間、前に人が立っていた。
深緑のショートヘア。右に流れた前髪。左が赤、右が銀のオッドアイが、蓮をまっすぐ見ていた。
柊だった。
「[serious]君が送ったメッセージ。読んだ」
「[surprised]……なんで会社まで来るんだ。二回目だぞ、それ」
柊が少し口をつぐんだ。珍しく、焦ったような顔をしていた。
「[serious]距離を置く判断は君の自由だ。でも今日だけ、話を聞いてほしい。君が思っているより状況は——」
「[sarcastic]ストーカー行為、二回目。記録更新中」
柊が言葉に詰まった。
眼鏡の奥の左目が、わずかに揺れた。
その一瞬の隙に、蓮はエレベーターに飛び込んだ。ボタンを押す。閉まる。
ドアが閉まる直前、柊が一歩踏み出しかけて、止まった。
無言で、閉まっていくドアを見送っていた。
その顔が、妙に頭に残った。
(……悪いとは思ってる)
思っている。でも、これでいいはずだ。二人を危ない目に遭わせたくない。それだけだ。
エレベーターが昇っていく。
* * *
昼前、内線が鳴った。
「南波さん、受付にお客様です。川崎商会の方が、担当営業として指名されていますが」
蓮は首をひねった。川崎商会。聞き覚えがない。
でも新規の営業先ならよくある話だ。PCを閉じて立ち上がった。
会議室に通された二人組は、ごく普通のスーツ姿だった。四十代くらいの男と、三十代くらいの男。名刺も名乗りもなかった。
椅子に座った瞬間、二人の顔から笑顔が消えた。
「[cold]お前がマリッジ・コネクトの核だな」
「……は?」
「[cold]大人しく来い。うちに——レムナント・サークルに。それが一番いい」
レムナント・サークル——転生者の中でも、前世の力を現世で積極的に使うべきだと主張する過激派のコミュニティ。SNSの非公開グループを拠点に動く、推定二、三百人の集団。名前は聞いたことがあった。
「[serious]……拒否する」
男Aがスマホを取り出した。
「[cold]では仕方ない」
スマホの画面を蓮に向けた。
住所が表示されていた。ナカツカ商事の住所ではない。知らない住所。次に別の画面。
渋谷区松濤——カナデ図書館、柊の職場だった。
「[cold]次はここ。その次は代官山のカフェ。氷川朱音がよく行く場所だ。調べてある。拒否するなら、お前の周りの転生者を一人ずつ潰す」
「[angry]……それは脅迫だ」
声が出た。低く、震えていた。
「[cold]ご検討ください」
男Bが立ち上がった。男Aも続いた。二人は愛想よく礼をして、会議室を出ていった。
ドアが閉まる音がした。
蓮は一人、薄暗い会議室に残された。
椅子の背もたれを両手でつかんだ。ぎゅっと、力を込めた。
怖い。怒っている。どっちかわからないくらい、両方が混ざって胸の中を暴れている。
(朱音と柊の住所まで知ってた)
距離を置いても、追ってくる。もう逃げられない。それだけじゃない——逃げたら、二人が危ない。
薄暗い会議室の天井を見上げた。蛍光灯がわずかに明滅している。
* * *
翌金曜、始業直後だった。
「南波、ちょっといいか」
上司の片桐が、声を低くして近づいてきた。四十五歳、面倒見のいい人だ。でも今日の顔は違った。困惑と、かすかな心配が混ざった顔。
「[serious]……経理から連絡が来た。お前の名義の口座から、昨日——就業後に、二百万円の不審な送金ログが出た。どういうことか、俺は信じたいんだが」
PCを開いて確認させられた。
ログがある。確かにある。蓮の名前で、昨日の夜に二百万円。でも蓮はそんな操作をしていない。昨日は残業もしていなかった。
「[serious]知らないです。やってない」
片桐が困った顔をした。信じたいけど信じられない、という顔だ。
その時、蓮は気づいた。
隣の席の野口が、いつも「おつかれ」と声をかけてくる野口が、今日は蓮の方を見ていない。PCの画面を、真剣に見ている。
奥の席の田中が、一度だけちらっと蓮を見た。すぐに目を逸らした。
営業フロアは、いつも賑やかだ。電話の音、会話、笑い声。でも今、蓮の周囲だけ音がない。
誰も話しかけてこない。
昼休み、一人でビル一階のコンビニ「デイリースポット」に寄って、おにぎりを買って戻ってきた。誰にも声をかけられなかった。
笑えるシチュエーションじゃなかった。全然、笑えなかった。
弁明しても誰にも届かない。そういう感覚が、じわじわと蓮を包んでいった。
* * *
退勤後、電車の中でスマホが震えた。
知らない番号からのメッセージ。開くと一行目でわかった。
『ブランクのくせに転生者に近づくな』
次のメッセージ。
『お前のせいでコミュニティが乱れる』
また振動。また。また。
転生者専用の非公開フォーラムに、蓮の顔写真が上がっていた。本名と勤務先つきで。タイトルは「マリッジ・コネクトのモルモット男」。
見知らぬ番号から十件以上、嘲笑のメッセージが続いた。
レムナント・サークルだ、とすぐわかった。
蓮は着信を全て拒否設定にした。知らない番号を、一件ずつ。手が少しだけ動きづらかった。
そこへ、朱音から着信が入った。
次に柊から。
蓮の親指が、拒否ボタンの上で止まった。
出たい。出たいという気持ちは、確かにあった。
でも——出たら、もっと危険に晒す。あの男たちはもう住所を知っている。
朱音の着信を切った。柊の着信を切った。
電車が中野駅に着いた。蓮は人混みの中を一人で歩いた。
* * *
コーポ・ミナセ201号室。電気をつけなかった。
壁にもたれて、膝を抱えた。スマホの画面だけが部屋を照らしている。
朱音からLINEが来ていた。
『南波さん、どこにいますか。心配しています』
柊から。
『連絡が取れない。今夜は一人でいるな』
蓮はどちらにも返信しなかった。
暗い部屋の中で、小学五年生の時のことを思い出した。
山田悠という大親友がいた。毎日一緒に帰っていた。バカみたいなことで笑ってた。
ある朝、先生から手紙を渡された。
「もうすぐ引っ越しだけど言い出せなかった、ごめん」と、悠の字で書いてあった。
隣の席が空になった。その席をずっと見ていた。午前中ずっと。誰も何も言わなかった。
——人と深く関わると、いつか失う。だから最初から深くしなければいい。
そう思って、七年間を過ごしてきた。
なのに。
婚活パーティーの、たった一週間で。
朱音と柊が、例外になっていた。
それに、今初めて気づいた。
気づいたから——余計に、怖かった。
スマホを伏せた。目を閉じた。
* * *
深夜零時を過ぎた頃、蓮はもう一度スマホを拾い上げた。
朱音のメッセージ。柊のメッセージ。どちらにも返信できない。返信したら、関わらせてしまう。
アプリを閉じようとした時、別の通知が来ていることに気づいた。
椿汐莉。
開いた。
『サンプルさん、明日の夜ルシェールに来てください。一人で。これは脅しじゃないです』
蓮は画面を睨んだ。
ルシェール——新宿三丁目の、マリッジ・コネクトが使う貸切会場だ。
もう一行届いた。
『私、マリッジ・コネクトに言いたいことがあって。南波さんにも関係する話です』
信じる理由がどこにある。ニコニコした顔で「逃げても無駄」と言った女だ。
でも——水曜の夜、柊が言っていた。あの子の発言、嘘はなかった。一本も赤線が出なかった、と。
ジャッジメント・ライン——柊のスキルは、嘘と本当を見分ける能力だ。その柊が断言した。
蓮はしばらく、画面を見つめた。
返信はしなかった。スマホを置いた。
でも、目線がもう一度、その文字を追った。
来週金曜。ルシェール。
静かな部屋。スマホの画面が暗くなった。
暗闇の中で、廊下からぎしっと音がした。
フローリングを踏む音。一度だけ。
蓮が振り向いた。
誰もいなかった。