婚活バトルロワイヤル〜チート持ちの元勇者たちよ、俺を口説くな〜
婚活パーティーって…もっと退屈なものじゃないの?
29歳の普通の会社員、南波蓮は、押しの強い友人に連れられて婚活パーティーに参加することに。しかし、会場となった普通の居酒屋に足を踏み入れた瞬間、何かがおかしいと気づく。
隣の女性は何気なく「前世で魔王を倒した」と話し、向かいの男性は天気予報アプリを見るような顔で「火の玉を撃てる」とつぶやく。
このパーティーに集まった10人全員が、前世で異世界に転生していたのだ。元勇者、元魔王、元賢者…そして全員がチート級のスキルを持ち帰っている。
しかし、もっとも不可解なのは、そんな彼ら全員が、まったく普通で転生もスキルもない南波蓮に惹かれていることだった。
前世で伝説の剣士だった氷川朱音は首をかしげて言う。「なぜあなたは転生していないの?」彼女のスキルは誰の心も読めるが、好きになった相手の心だけは読めない。
前世で大賢者だった篠宮柊はため息をつき、「君に惹かれてしまうのは仕方ない」と言う。彼のスキルは嘘を見抜くが、自分の感情は分析できない。
なぜ蓮だけが前世を持たないのか?なぜ皆が彼に磁石のように引き寄せられるのか?そして、この特別な集
婚活バトルロワイヤル〜チート持ちの元勇者たちよ、俺を口説くな〜 - ヌル・フィールドの正体と、ドアを叩き続けた二人の話
コーポ・ミナセ201号室。電気はついていない。
ドアが、また鳴った。
ノック。ノック。ノック。
蓮はそれを無視した。壁にもたれて、膝を抱えたまま。スマホは伏せてある。着信を全部切ってから、何時間経ったかわからない。
部屋の中は暗い。外の街灯だけが、薄いカーテン越しに入ってくる。それで十分だった。
「[serious]南波さん」
ドア越しの声。銀色のロングヘア、金色の瞳の持ち主——氷川朱音の声だとわかった。
蓮は答えなかった。
「[serious]います。いるのはわかってますわ」
またノック。今度は少し強い。
「[serious]私のスキル、ヴォワ・デュ・クール——心が読める能力——は、あなたには効きません。ずっと、今もそうです。あなたの心の声は聞こえない」
蓮は膝に顔をうずめた。
「[serious]でも」
一拍。
「[serious]あなたが今、すごく苦しいことはわかります。これはスキルじゃないです。スキルなんか関係ない。私がずっと、あなたを見てきたから——それだけで、わかる」
蓮の中で何かが揺れた。
(見てきた、か)
笑えない。でも否定もできなかった。朱音が自分を見ていたのは事実だ。うるさいくらいに。おかしいくらいに。
ドアの内側で、蓮は動けなかった。
出るべきか。出ないべきか。どっちが正しいのかもわからない。
「[serious]南波さん」
三度目の声。今度は、少し震えていた。
「[serious]開けてくださいな。お願いします」
その時、廊下から別の音がした。
ゴトン。ズルズル。
「[surprised]……柊さん、なんでここに!?」
朱音の声が素っ頓狂に裏返った。
「[serious]君が来るなら、僕も来る。それだけだ」
深緑のショートヘア。左が赤、右が銀のオッドアイ。篠宮柊が、廊下に段ボール箱を抱えて立っていた。
「[angry]なんで段ボール持ってるんですか!」
「[serious]証拠一式。PCへの外部不正アクセスログ。経理担当者からの直接聞き取りの録音。全部入ってる」
朱音がしばらく固まった。
「[surprised]……証拠、って」
「[serious]君のことを心配しているのは私も同じだとだけ言っておく」
柊が淡々と言った。朱音がジャッジメント・ラインで——嘘か真実かを見抜く柊のスキルを——柊自身の発言に当てはめて確認しようとした瞬間、はっとした顔になった。
「[cold]……赤線が、出ない」
「[serious]出るわけがない。本当のことを言っているから」
「[angry]それは……正直に言いすぎですわ!」
「[serious]赤線が出ないということは、つまりそういうことだ」
朱音が真っ赤になりながら黙った。
柊が段ボールをおろして、ドアの前に立った。
「[serious]南波さん。聞いてほしい」
ドア越し。静かな声。
「[serious]横領の件、冤罪だ。証拠がある。君の名義の口座に不正アクセスされたログが出た。君はやっていない。これは確かだ——赤線なしで言える」
「……」
「[serious]君が誰かを守ろうとして、一人で抱え込んでいることも。全部わかった上で、それでも言う。開けてくれ」
部屋の中で、蓮の手が動いた。
ゆっくりと、立ち上がる。足がふらついた。何時間も壁に張り付いていたせいで、膝が固まっていた。
鍵を回す。
ドアを開けた。
廊下の蛍光灯の光が、まぶしかった。目を細める。そこに、二人が立っていた。朱音と柊。
蓮の顔を見た瞬間、朱音の表情が変わった。
泣き腫らした目。乱れた髪。三日ぶんの疲れがにじんだ顔。
朱音が、言葉より先に動いた。
「[gentle]……しょうがないわね」
そのまま、蓮を抱きしめた。
蓮は固まった。動けなかった。何も言えなかった。
朱音の肩が、わずかに震えている。
柊がそれを見て、少し視線を天井に向けた。
「[serious]……私も、君がいなくなると場が締まらなくて困る」
棒読みに近いトーンで、ぽつりと漏らした。
蓮が顔を上げた。
「[sarcastic]……今すごい顔でフォローしてるよね、君」
柊が少しだけ、眉を動かした。
「[serious]赤線は出ていない」
「知ってる」
蓮は笑っていた。うまくない笑い方だったが、笑えた。
それで、三人の間の空気が少しだけ変わった。
* * *
新宿三丁目。雑居ビルの四階。
ダイニングバー・ルシェール——マリッジ・コネクトが月に二回貸し切る会場——の扉を開けると、暖かい空気と間接照明の橙色が出迎えた。
カウンター席に、椿汐莉が一人で座っていた。
クレームブリュレをスプーンで割っている。カリッ、という音がした。
「[gentle]来ましたね、サンプルさん」
「[sarcastic]その呼び方まだ使うの」
「[gentle]習慣です」
にこにこしたまま、汐莉はクレームブリュレを一口食べた。
三人がカウンターに腰を下ろした。汐莉がスプーンを置いて、話し始めた。
「[serious]マリッジ・コネクトが南波さんをパーティーに招いた理由。本当の理由です」
一拍。
「[serious]南波さんの半径数メートル以内では、転生者のリターンスキル——前世から持ち越した能力——が弱まります。場合によっては、完全に無効化される。この特異体質を、私たちはヌル・フィールドと呼んでいます」
蓮が固まった。
朱音が、ゆっくりと目を見開いた。
「[serious]氷川さんが南波さんの心を読めなかった理由。篠宮さんの嘘検知が南波さんの言葉に一度も反応しなかった理由。転生者が南波さんの近くで不思議な安心感を覚えた理由。全部、これです」
柊が静かに言った。
「[serious]……なるほど。だから僕の赤線が、蓮に対して出なかった」
「[serious]スキルが弱まっていたから、精度が下がっていた可能性が高いです」
蓮は少しの間、黙っていた。
「[surprised]……じゃあ俺、何もないんじゃなくて。みんなの何かを、消す人間ってこと?」
「[gentle]そうです。あなたはスキルを無効化する、唯一の存在です」
あっさりと言い放った。
蓮は一拍おいた。
「[sarcastic]……それ、俺にとっていい話なの悪い話なの。判断に困るやつだ」
柊が、珍しくフッと息を漏らした。
「[serious]今日一番の正直な感想だな」
その瞬間、だった。
バン——!!
ルシェールの扉が勢いよく開いた。
男が三人、入ってきた。スーツ姿。会社の会議室に来た連中と同じ顔だ。レムナント・サークル——転生者の中でも、前世の力を現世で積極的に使うべきだと主張する過激派——の面々だった。
「[cold]おとなしく来い」
男Aが蓮を見据えた。
「[cold]そのヌル・フィールドは、俺たちが使う。拒否するなら、ここにいる全員——前の続きをするぞ」
蓮が反射的に後ずさりしようとした。
その瞬間。
朱音と柊が、同時に前へ出た。
蓮の前に、二人が並んだ。
「[cold]……退け」
「[cold]断ります」
朱音の声が、低く落ちた。いつもの「ですわ」調が消えていた。
「[serious]ヌル・フィールドの中だ。スキルが弱まってる。わかってる」
柊が静かに言った。
「[serious]それでも、ここから動かない」
男Aが笑った。
「[sarcastic]スキルなしで何ができる」
「できること、やります」
朱音が踏み込んだ。
前世は剣士——その体が覚えている動きが出た。男Bの腕を取る。体をひねる。バランスが崩れる。そのまま壁に押しつけた。スキルなし、素手。でも、確実な一手だった。
男Cが動こうとした。
「[serious]そこで止まれ」
柊が冷静に言った。
「[serious]君が今から動くと、足元の段ボールを踏む。転ぶ。それまでの話だ」
男Cが足元を見た。段ボール——証拠一式が入った箱——が、ちょうど足の前にある。
一瞬、男Cの動きが止まった。
その隙に、柊が位置を詰めた。
男Aが蓮の方に向かおうとした。
「……っ」
蓮は後ずさりしかけた。足が動いた。逃げようとした。
でも、止まった。
(逃げたら——また、一人になる)
朱音が前にいる。柊が前にいる。スキルを封じられながら、二人が前にいる。
蓮は一歩、踏み出した。
逃げる方向じゃなくて、前に。二人の横に並ぶ位置に。真ん中に、立った。
男Aが動きを止めた。
蓮がまっすぐ見た。
「[serious]俺が嫌だって言ってる。それだけだ」
「……」
しばらく、睨み合いが続いた。
男Aが、男Bを見た。男Cを見た。朱音に押さえられた男B。段ボールの前で動けない男C。そして正面に三人。
「[cold]……今日のところは引く」
吐き捨てるように言った。三人が扉に向かった。
出ていく直前、男Aが振り返った。
「[cold]次はない」
扉が閉まった。
店内に静寂が戻った。
カウンターの奥で、カチン、という音がした。
汐莉がスプーンを皿に置いた音だった。
「[laughing]……戦闘中も食べてましたから、最後まで食べ切れました」
にこにこして言った。
朱音と柊が、同時に汐莉を見た。
信じられないという顔を、二人が同時にした。
「[surprised]……汐莉さん、怖くなかったの?」
「[gentle]サンプルさんのヌル・フィールドの中だと、私のスキルも弱まるんで、怖かったですよ。でも美味しかったです」
「両立できることじゃないけどな、それ!」
蓮が思わず突っ込んだ。
それからしばらく経って、蓮は汐莉に向かって言った。
「[serious]……お前が最初に実験体って呼んだのは、許してないからな」
半眼で言った。
汐莉が、初めて真顔になった。
「[sad]……それは、すみませんでした」
朱音が即座に言った。
「[sarcastic]それ最初に言えですわ」
「ほんとそれ」
四人の間に、初めて本当の意味で軽い空気が流れた。
* * *
帰り道。中野行きの電車のホームで、三人が並んで立っていた。
夜風が少し冷たかった。
蓮は前を向いたまま言った。
「[gentle]今日は……ありがとう」
少しだけ声がかすれた。うまく言えなかったけど、それだけ言った。
朱音が顔をわずかに赤くして、正面を向いたまま言った。
「[serious]これからも、南波さんの傍にいます。スキルが読めなくても」
「[serious]……私も、同じだ」
柊がその隣で短く言った。
朱音がすかさず振り向いた。
「[angry]柊さんと同じにしないでくださいな!」
「[serious]それを決めるのは蓮だと思うが」
朱音が絶句した。
蓮は二人の顔を交互に見た。
「[sarcastic]……とりあえず今夜は寝かせて」
電車が来た。
蓮が乗り込む。ドアが閉まりかける。
蓮が振り返った。
二人に向かって、短く笑いかけた。言葉はなかった。それだけで、十分だった。
電車が動き出す。
ホームに残った朱音と柊が、並んで電車の後ろ姿を見送った。どちらも何も言わなかった。
朱音が、隣に柊がいることを意識した。
柊が、隣に朱音がいることを意識した。
電車が遠ざかった。
夜のホームに、二人だけが残された。
朱音がため息をついた。
「[cold]……それを決めるのは蓮だ、ですって」
「[serious]事実だろう」
「[angry]わかってますわ、そんなこと!」
沈黙。
どちらも、もう何も言わなかった。
* * *
その夜、コーポ・ミナセ201号室。
電気をつけて、布団に倒れ込んだ。
蓮はスマホを手に取った。朱音から既読がついていた。柊からも。
(今日、初めて前に出た気がする)
七年間、人と深く関わるのが怖くて、全部を遠くから見ていた。婚活パーティーから始まって、わけのわからない一週間が過ぎて。
それでも——今夜、蓮は真ん中に立った。
少し変な話だと思いながら、蓮はスマホを置いた。
目を閉じる。眠れそうだった。久しぶりに。
その時、スマホが一度だけ震えた。
LINEではなかった。メールだった。
差出人:不明
開くと、一行だけ書いてあった。
『ヌル・フィールドの詳細データを入手した。次は直接会いに行く。——MC代表』
蓮はしばらく、その文面を見つめた。
MC代表——マリッジ・コネクト代表、ミカ。
パーティーで一度も姿を見せなかった、その人物が初めて直接動いた。
「[sarcastic]……まじかよ」
天井に向かって、蓮は呟いた。
眠気は、どこかへ消えていた。