ぜんぶ逆さま! スターレイル・ジェンダーパニック
「ハーモニー・オブ・ザ・スフィア」――それは、ある日ふとアストラルエクスプレスに転がり込んできた謎の球体の名前だった。
カエルスがそれを手に取った瞬間、光を放ち――次の瞬間、エクスプレス全体が大混乱に陥った。すべての男性キャラクターは女性に、すべての女性キャラクターは男性に変わってしまったのだ。
カエルス(仲間内で密かに「カエルス子」と呼ばれているが、彼女は激しく否定している)は鏡の前で固まった。長い黒髪、丸みを帯びた瞳、小さくなった手。完全に女の子だった。叫ぼうとしたが、声は高くなってしまい、それが何よりも最悪だった。
冷静さを誇るダン・ヘンは「なるほど」と一言だけ言い放ち、しかし自分の髪が腰まで伸びていることに気づくと、完全に無音の悲鳴を上げた。
男の姿になったブローニャ・セルノフは、にこやかに「実は結構かっこいいかも?」と観察していた。彼女だけが笑顔で、他のメンバー全員から一斉に冷たい視線を浴びることになった。
ナターシャ・ブルツァクは医者として調査を試みたが、若々しい男性の姿になったことで誰も彼女の医療アドバイスを真剣に受け取らなかった。彼女にとっては散々な一日だった
ぜんぶ逆さま! スターレイル・ジェンダーパニック - 逃げろ!ベリドット星で宝玉が大爆発(そして最悪の一日)
展望ラウンジの窓の外に、緑がかった星が大きくなっていた。
昨夜、ダン・ヘンが「俺がそうしたいだけだ」と言い残してラウンジを出ていった。あの言葉が、まだ頭の隅にひっかかっている。カーフはジャケットのポケットをそっと押さえた。宝玉の丸い感触が手のひらに伝わってくる。
(今日、リルケノートに着く。元に戻る方法が見つかる。それだけ考えていればいい)
そう自分に言い聞かせながら、カーフは食堂車へ向かった。
食堂車の扉を開けた瞬間、妙にテンションの高い声が飛び込んできた。
「[excited]おっ、カーフ!ちょうどよかったぜ!」
短めの紫髪にブラックのメッシュが入った男の子が、窓際の席でにかっと笑っていた。金色の瞳がきらきらしている。ブローニャだ。性別が逆転してもこのテンションだけはまったく変わらない。むしろ鏡を見るたびに「これはこれでかっこいいかも?」と自分の顔を眺めてニコニコしているらしく、パーネス号の乗員の中で唯一、今の状況をまるごと楽しんでいる人物だった。
カーフはトレイを取って自動調理機の前に立った。
「[serious]何が?」
「[excited]ベリドット星、もう軌道入りしてるぜ! 窓見てみろよ、あの緑の星! あそこにリルケノートがある!」
カーフがスープを受け取ってブローニャの斜め向かいに座ろうとした瞬間、ブローニャがすっと隣に移動してきた。
「[gentle]ねえ、ちょっといい?」
声のトーンが、一段やわらかくなった。カーフは席についたままスプーンを手に取る。
「[serious]なに」
「[gentle]……前から、あなたのことなんか気になってたんだよね」
スプーンが、すべった。
カチャン、とトレイの上でスプーンが転がる音が食堂車に響いた。向かいの席から、カツン、という小さな音がした。ダン・ヘンがスプーンを置いた音だった。カーフはそちらを見ていなかったが、なぜかわかった。
沈黙。
「[laughing]二人して固まりすぎだろ!」
ブローニャが腹を抱えて笑い出した。
「[laughing]ごめんごめん。驚かせた? でも本当のことだぜ。旅仲間として、ってことだけど」
「[angry]……最初からそう言えばいいでしょ!!」
顔が熱い。絶対熱い。カーフはスプーンを拾い直して、スープを勢いよくかき混ぜた。
ブローニャが二人の顔を交互に見て、ふ、と目を細めた。
「[sarcastic]あ……もしかして二人って、なんか——」
「[angry]違う違う全然違う!!」
全速力で遮った。ダン・ヘンは無言のまま窓の外を向いた。
ブローニャが「へえ〜」とだけ言って何も追及しなかった。その笑顔の端に、確信めいたものが浮かんでいた。カーフはスープを飲み干して、そそくさと席を立った。
ブローニャの声が背中に届いた。
「[whispers]仲いいな、二人」
聞こえないふりをして食堂車を出た。
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リルケノートに降り立ったのは昼前だった。
ベリドット星の空気はやわらかく、温かい。星間列車のポートから続く石畳の道を抜けると、カラット通りの入り口が見えてくる。学術都市らしく、通りを歩く人々は書類や文献を抱えた研究者風の姿が多い。どこかの店から古い紙の匂いがした。
ヴェステル大書院——リルケノート最大の研究機関——は、通りの突き当たりにあった。石造りの重い建物で、入り口に学術理事会のエンブレムが彫られている。三人で扉をくぐると、すぐに受付の人物に呼び止められた。
「[serious]アポイントは?」
「[serious]ありません。院長のトビアス・ケルン先生に直接お話ししたいことがあって——」
「[cold]通れません」
「[serious]古代遺物について調べたいだけで——」
廊下の奥から、足音がした。
ゆっくり、重い足音。白髪の老人が姿を現した。背が高く、仏頂面で、カーフたちを一瞥して立ち止まった。トビアス・ケルン院長、68歳。愛想は悪いが知識は一級品だと聞いている。
「[cold]外来者か。アミュレットを持ち込んでいるなら、ここで止まれ」
三人が固まった。
ケルンの目が細くなった。
「[cold]数ヶ月前、この街でアミュレットの暴走事故があった。リルケノートの一角が壊滅した。学術理事会は今、アミュレットの無許可持ち込みを全面禁止している。違反者は拘束対象だ」
「[serious]でも元に戻る方法を調べたいだけで——」
「[cold]証拠も許可証もない外来者の話を聞く義理はない。さっさと帰れ」
バタン。扉が閉まった。
三人は玄関先に取り残された。
「[sarcastic]……追い払われた」
「[angry]見ればわかる!」
ダン・ヘンが腕を組んだ。
「[serious]別のルートを探す。宝玉はブローニャのコートに隠せ。表に出すな」
カーフはポケットから宝玉を取り出して、ブローニャの内ポケットに押し込んだ。ブローニャが受け取りながら横を向く。
「[serious]ルメーナ、ちゃんと渡したか」
「[serious]今渡したばかりでしょ」
「[serious]まあな」
それだけで終わった。ただそれだけの確認なのに、なぜかカーフの胸のあたりが落ち着かない。
(気のせいだ。絶対気のせいだ)
三人はカラット通りへ向かった。
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古書店「ページェント」は、通りの少し奥まった場所にあった。
扉を押し開けると、古い本と埃と、かすかなお香の匂いが混ざった空気が出迎えた。棚が天井まで続いていて、背表紙の色がまちまちな本がぎっしり詰まっている。
店主のリーネ——30代の女性で、遺物関連の稀覯本を扱っているという——がカウンターから顔を上げた。
ブローニャが「ハーモニー・オブ・ザ・スフィアに似た紋様を持つアミュレットの文献を探している」と話すと、リーネは少し考えてから棚の奥へ消えた。戻ってきた時、薄い冊子を三冊抱えていた。
「[serious]クレイドルの調査報告書です。地下遺構クレイドル——リルケノートの地下50メートルに広がる先史文明の遺構ですが——その第1層の壁面に、類似した紋様が刻まれているとあります」
ブローニャが冊子をめくった。
「[excited]これだ! 見ろよ、ほとんど同じじゃないか」
カーフも覗き込んだ。確かに、宝玉の表面と同じ構造の紋様が描かれている。
「[serious]第1層の探索許可証は一人30ルークです。ただし第2層以降は危険区域指定で、立ち入り禁止です」
カーフが財布を取り出して計算し始めた。三人で90ルーク。手持ちを確認する。
「[serious]まず休憩しよう。作戦会議もいる」
隣の喫茶店「琥珀のしずく」にブローニャが三人を引き込んだ。
ベリドット産果実のジュースが名物らしく、テーブルに並んだグラスの色はきれいな琥珀色だった。ダン・ヘンがメニューを一読して静かに選ぶ横で、ブローニャが椅子に座るなりコートの内ポケットから宝玉を取り出した。
「[excited]この紋様、面白いよな〜。本の図と見比べると——」
「[angry]触らないで!!」
カーフが反射的に手を伸ばした。
間に合わなかった。
ブローニャの指が、宝玉に触れた。
——光った。
これまでとは比べ物にならない白い光。喫茶店の照明が一瞬で霞むほどの輝きが、テーブルから溢れ出して、窓ガラスを透過して、カラット通り全体を白く染め上げた。
店内の客が悲鳴を上げた。椅子が倒れる音。グラスが割れる音。
「[laughing]ごめんごめん——でもこれって、私がカーフのこと気になってるってことだよね? 宝玉の性質的に」
ブローニャが笑いながら言った。この状況で笑えるのはこの人くらいだ。
「[angry]そんなことよりまず逃げて!!」
通りから声が響いた。
「アミュレットの不正持ち込みだ! 光源を確認しろ!」
学術理事会の巡回員だ。
三人は椅子を蹴って立ち上がった。
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リルケノートの路地は入り組んでいた。
石畳の細道が、建物と建物のあいだを縫うように続いている。ダン・ヘンが先頭を走りながら振り返らずに言った。
「[serious]次の角、左。石畳の段差は踏み越えるな」
カーフとブローニャがついていく。後ろから巡回員の足音が追ってくる。二人、三人——増えている。
ブローニャが「ちょっと待って」と言いながら、急に方向を変えた。巡回員の集団の前に飛び出す。
「[excited]こっちに走ってたよ! さっき確かに!」
大声で叫んで、反対方向の路地を指差した。巡回員が半分、そちらへ向かう。
カーフはダン・ヘンと目が合った。走る。
路地の角を二つ曲がって、三つ目の角——カーフの体が、何かにぶつかった。
ドン、と衝撃。
腕を掴まれた。
「確保! こいつだ!」
巡回員の一人が路地の影に隠れていた。カーフの腕を両手で締め上げて離さない。
「[angry]離して! 私はただ拾ったアミュレットで——」
「[cold]黙れ。ポケットを出せ」
ブローニャのコートを預かっていなかった。ジャケットのポケットには何もない。でも宝玉は——巡回員の目がコートの膨らみに向かった。もうブローニャの手の中にある宝玉を、別の巡回員が素早く奪い取った。
「こいつはアミュレット暴走事故の犯人グループだ。仲間を呼べ」
「[angry]違う! 違います! 私は数ヶ月前にここに来たことすら——」
ダン・ヘンが路地の奥から引き返してきた。カーフへ手を伸ばした。でも新たな巡回員が三人、四人と駆けつけた。
「[cold]これ以上抵抗すれば全員拘束する」
ダン・ヘンの足が止まった。
カーフとダン・ヘンの目が合った。
短い沈黙。
「[whispers]……行って。宝玉の情報、先に調べて」
ダン・ヘンの目が、一瞬だけ細くなった。
何かを言いかけて——言わなかった。
ブローニャの手がダン・ヘンの腕を引いた。ダン・ヘンが路地の奥へ消えていく。その背中が角を曲がる瞬間、一度だけこちらを振り返った。
それで終わりだった。
カーフは一人、巡回員たちに連れられてリルケノートの拘置施設へ向かった。宝玉は別室保管を宣告された。
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拘置室は薄暗かった。
石造りの壁。小さな窓。座るものは床だけ。カーフは壁に背をつけて、膝を抱えた。
宝玉がない。
アミュレットに関する慣習——拾得者責任。宝玉を手放したら、効果が永続化する。
(もう元に戻れないかもしれない)
初めて、それが現実として刺さった。口で「離さない」と言っていたのに、こんな形で手放すことになるとは思っていなかった。
暗い。静かだ。
暗くて静かな場所は、苦手だ。昔から苦手だった。特に、あの夜から。
小惑星探査船の事故。家族がいなくなった夜。宇宙服の中で一人、どこを向いても真っ暗な宇宙空間を漂っていた。声を出しても届かない。誰かの声もしない。自分が今どこにいるのかもわからなくて、そのまま永遠に漂い続けるのかと——
カーフは膝に顔を埋めた。
(今もまた、一人だ)
ダン・ヘンの手を振り払って、自分一人で抱えることを選んだ。あの時と同じだ。助けを求められなかった。今も求めなかった。
宝玉の条件が頭に浮かんだ。自分の気持ちに正直になれば元に戻れる。
それが今のカーフには一番残酷な問いだった。
——正直になることが、一番怖い自分が、どうやって正直になれるのか。
泣きそうだった。泣きたくなかった。でも、声を殺して泣いた。女の子の高い声が、冷たい石の壁に吸い込まれていく。
どのくらいそうしていたか、わからない。
ふと、気づいた。
壁の向こうから、かすかな光が漏れてきていた。
宝玉だ。別室に保管されているはずの宝玉が、壁越しに——カーフの方へ向かって、小さく光り始めていた。
光は揺れていた。
まるで、カーフの胸の奥底にある何かに、応えているみたいに。
カーフは涙の滲む目でその光を見つめた。
(……もしかして私、本当は——)
口が、動きかけた。
扉の外から、足音が聞こえた。聴取官のものだ。
「宝玉は明日、危険物として処分する予定だ」
淡々とした声が、扉越しに届いた。
処分。
されれば、全員が永久に元に戻れなくなる。
壁の向こうの光が、まだ揺れていた。