ぜんぶ逆さま! スターレイル・ジェンダーパニック
「ハーモニー・オブ・ザ・スフィア」――それは、ある日ふとアストラルエクスプレスに転がり込んできた謎の球体の名前だった。
カエルスがそれを手に取った瞬間、光を放ち――次の瞬間、エクスプレス全体が大混乱に陥った。すべての男性キャラクターは女性に、すべての女性キャラクターは男性に変わってしまったのだ。
カエルス(仲間内で密かに「カエルス子」と呼ばれているが、彼女は激しく否定している)は鏡の前で固まった。長い黒髪、丸みを帯びた瞳、小さくなった手。完全に女の子だった。叫ぼうとしたが、声は高くなってしまい、それが何よりも最悪だった。
冷静さを誇るダン・ヘンは「なるほど」と一言だけ言い放ち、しかし自分の髪が腰まで伸びていることに気づくと、完全に無音の悲鳴を上げた。
男の姿になったブローニャ・セルノフは、にこやかに「実は結構かっこいいかも?」と観察していた。彼女だけが笑顔で、他のメンバー全員から一斉に冷たい視線を浴びることになった。
ナターシャ・ブルツァクは医者として調査を試みたが、若々しい男性の姿になったことで誰も彼女の医療アドバイスを真剣に受け取らなかった。彼女にとっては散々な一日だった
ぜんぶ逆さま! スターレイル・ジェンダーパニック - 夜明け前の大逆転——正直になったら宝玉が大変なことになりました
廊下の向こうから、足音が来た。
二人分。速い。
扉の前で——ガコン!!
「「…………っ」」
カーフは立ち上がった。涙が乾いていない。でも、今のはなんだ。
低い天井の梁に、二人同時に頭をぶつけたらしかった。扉の外で、二つの気配がのたうち回っている。
「[laughing]……いたぁ……これ絶対たんこぶできてる……」
「[cold]……設計が悪い」
「[sarcastic]設計のせいにする前に走るのやめろよ!! 俺たちどっちも走ってきたじゃないか!!」
「[cold]声が大きい。ここは拘置施設だ」
「……知ってる!!」
扉が開いた。
ブローニャが額を押さえながら、でも目は輝いていた。金色の瞳に、確信が宿っている。
隣に、銀色の髪が見えた。ダン・ヘンが、まっすぐカーフを見ていた。赤みがかった紫色の瞳に、感情はない。でも来ていた。ここにいた。
カーフの口が、動きかけた。
「[angry]……なんで来るの。危ないでしょ、どうして——」
声が震えた。うまく怒れなかった。女の子の高い声が、石の壁に吸い込まれていく。
「[excited]証言者、見つけたぜ」
ブローニャが一言、そう言った。
「[excited]街の子どもから聞いた。数ヶ月前の事故の日、書院の地下に出入りしてた人間がいたって。地元の人間だ。外来者じゃない」
カーフは黙って聞いた。
「[serious]地下遺構クレイドルへの不審な出入り。これが事故と繋がれば——犯人は外来者じゃなく、書院の内部の人間になる」
「[serious]……でも処分は明朝よ。今から証拠を——」
「[serious]だから今夜動く」
ダン・ヘンが短く言った。
口の端が少しだけ引き締まった顔で、カーフを見ていた。
「[serious]……泣いてたか」
「[serious]泣いてないし!!」
早口だった。絶対早口だった。袖で目元を拭った動作も、バレバレだと思う。でも今はそれどころじゃない。
ブローニャが「ははっ」と声を出さずに笑っていた。
三人は夜のリルケノートへ出た。
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ヴェステル大書院は、深夜でも重かった。
石造りの外壁が闇の中にそびえている。窓の明かりはほとんどない。入り口の扉を、ダン・ヘンがためらわずに叩いた。三回。はっきりと。
返事がない。もう一度。
「[serious]開けろ。緊急の件だ」
しばらくして、廊下に明かりが灯った。
扉が開いた。
トビアス・ケルン院長が立っていた。白髪がぼさぼさで、着ているのは深い青色のパジャマだった。眼鏡がわずかに曲がっている。
「[cold]……なんだ貴様ら。アポイントは——」
「[serious]ありません。でも今夜中に話を聞いていただく必要があります」
「[cold]外来者に対応できる時間は——」
「[serious]数ヶ月前の暴走事故の日、書院の地下遺構クレイドルに、地元の人間が無許可で出入りしていた、という証言があります」
ケルンが止まった。
一秒の沈黙。
「[serious]この証言が正しければ——外来者を犯人として拘束したまま、事故の本当の原因を隠蔽したことになる。それが公になれば、書院の信用は終わります」
ダン・ヘンの声は静かだった。怒鳴っていない。それだけに重かった。
「[serious]ヴェステル大書院は、学術都市リルケノートの核です。信頼を失えば、研究資金も学者も集まらなくなる。院長、あなたが一番よくわかっているはずだ」
ケルンの口が、小さく開いて閉じた。
「……入れ」
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院長室は本で溢れていた。
ケルンが棚の前に立って、鍵のかかった引き出しを開け始めた。パジャマ姿のまま書類を漁る姿は、なんとも言えないものがあった。ブローニャが横でそれを見ながら、口の端を必死に引き結んでいる。
「[laughing]……いや笑っちゃダメだ。絶対ダメだ」
「[cold]声に出てる」
「[laughing]知ってる!!」
ケルンが厚い冊子を抜き出した。理事会の内部資料と書かれた表紙が見えた。ページを繰る。繰る。ある一点で、手が止まった。
ケルンが、眼鏡が曲がっていることに気づいて、慌てて指で直した。ゆっくり咳払いをした。
「[cold]……事故当日の記録に、不審な点がある。第四研究室の下級研究員が、許可なくアミュレットを持ち出してクレイドル第2層へ立ち入っていたことが——内部調査で判明していた」
カーフは息を飲んだ。
「[cold]学術理事会は、外部への信用失墜を避けるため、事故の原因として外来者の関与という可能性を……優先的に処理することを決定した」
静かな部屋に、その言葉が落ちた。
「[serious]……つまり、最初からわかってたってこと?」
「[cold]……」
ケルンは黙った。それが答えだった。
カーフの拳が、わずかに固まった。怒りが、喉まで上がってきた。でも——ダン・ヘンが先に言った。
「[serious]今すぐ、無実を証明する書類を発行してください。宝玉の返還と、処分命令の取り消しも」
「[cold]……理事会の決定を覆すのには手続きが——」
「[serious]院長権限で発行できる緊急証明書があるはずです。この書院の規定、六条三項」
ケルンが一瞬、目を細めた。
「[cold]……よく調べてきた」
「[serious]まあな」
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夜明け前の空が、東の端で少しだけ白くなっていた。
拘置施設の正面扉が開いた。
カーフは外に出た。
冷たい空気が顔に当たった。ベリドット星の夜明け前は、思ったより冷える。手の中に、宝玉の丸い感触がある。返還された。
顔を上げたら——四人いた。
ダン・ヘン。ブローニャ。そして、白銀の短髪で水色の瞳のナターシャが、少し遠慮がちに端のほうに立っていた。夜中に連絡を受けたのだろう、コートを羽織った姿がまだ半分寝ぼけているように見えた。
「[serious]怪我は? 体調は大丈夫ですか? 一晩拘置施設にいたなら、低体温や脱水の可能性も——」
「[laughing]ナターシャ! まずは笑って!」
ブローニャがナターシャの肩をばしっと叩いた。ナターシャが「いえそんなことはありません、でも医師として確認が——」とぼそぼそ続けている。
カーフは、ゆっくり四人の顔を見た。
ブローニャが、おでこのたんこぶを押さえながらニヤニヤしていた。ナターシャが心配そうにカーフの顔を覗き込もうとしていた。ダン・ヘンが——何も言わずに、まっすぐカーフを見ていた。
口を開こうとした。怒るつもりだった。なんで来たの、巻き込んで、また危ない目にあって、だから言ったでしょ——
でも、声が出なかった。
代わりに出てきたのは、高い声で、ぼそっとした一言だった。
「[sad]……ありがとう」
強がりなし。言い訳なし。ただの、ありがとう。
ブローニャが、「おっ!」と声を上げた。
ナターシャが、小さく微笑んだ。
ダン・ヘンは——一秒だけ、カーフの目を見た。何も言わなかった。ただ、うなずいた。
その一秒が、胸の奥に刺さった。
その瞬間だった。
手の中の宝玉が、光った。
——これまでとは全然違う光だった。
ドオォォォン!!!
と音は立てなかった。でも、光はベリドット星の夜空に広がって、一瞬だけ夜明け前の空が真昼のように白く染まった。カラット通りの石畳が、建物の壁が、全部まっさらに輝いた。
「「「わっ!!」」」
光が、ゆっくり収まっていく。
ブローニャが自分の手を見た。「あれ——?」と声が出た。ナターシャが自分の髪を触った。「……戻った?」とつぶやいた。ダン・ヘンが、静かに自分の手のひらを見た。
「[excited]戻ったぞ!! 元の姿に戻ったぞ!!!」
ブローニャが両手を上げて叫んだ。ナターシャが「いえそんな、本当に?」と自分の顔を確認しようとしてきょろきょろしていた。ダン・ヘンが静かに「……まあな」とだけ言った。
三人が顔を見合わせて笑い始めた。
その中で——カーフだけが、まだ変わっていなかった。
「……え?」
自分の手を見た。黒髪か確認しようと手を頭にやった。高い声のまま。まだ女の子のまま。
「[surprised]なんで私だけ——!!」
その瞬間、宝玉がもう一度、小さく光った。
カーフの体が、じわっと、ゆっくりと、一秒かけて——元の姿に戻っていった。
全員に見られた。
完全に、バッチリ、一秒間のプロセスを、三人に目撃された。
「[angry]見るな!!!」
「[laughing]最後まで素直じゃないねえ!」
ブローニャが腹を抱えて笑い転げていた。ナターシャが「医学的には特に問題はないですわ」と真顔で言っていた。
ダン・ヘンだけが、口の端をわずかに上げて——
「[sarcastic]……遅かったな」
たった一言。
カーフの胸の中で、何かがまた跳ねた。元の姿に戻ったのに、顔だけはまだ赤いままだった。
夜明け前のベリドット星に、四人の笑い声が広がった。
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カラット通りの石畳を、四人で並んで歩いた。
東の空が、じわじわとオレンジに変わり始めていた。街の明かりが、夜明けの色に溶けていく。
宝玉が、カーフの手の中でやわらかく光っていた。さっきの強烈な白い光とは全然違う、穏やかな光だ。でも、揺れていた。
「[serious]ちょっと待って」
ダン・ヘンが立ち止まった。
石畳に手をついた。足元に耳を当てるような仕草をして——顔を上げた。
「[serious]今、地面が揺れた」
「[surprised]え? 地震?」
「[serious]違う。宝玉が光を放った瞬間——地下から何かが反応した」
ナターシャが眉を寄せた。
「[serious]宝玉の放出エネルギーが、地下の遺構に共鳴した可能性があります。地下遺構クレイドルは先史文明の遺構で、アミュレットに類似した紋様が刻まれているとのことでしたが——宝玉と、反応したかもしれませんわ」
「[excited]つまりクレイドルが宝玉に反応した?! それって面白くないか!?」
「[serious]……まあな」
カーフは宝玉を見た。
揺れる光は、まだ消えていない。手のひらの中で、かすかに温かい。
元には戻った。でも——宝玉とクレイドルの関係は、まだ何もわかっていない。
「[serious]とりあえず今夜は宿に戻る」
「[serious]作戦は明日だ!」
ブローニャが「さすが隊長!」と言って、ナターシャが「休息は大切ですわ」と頷いた。
カーフは歩き出した。
隣に、ダン・ヘンが並んだ。
特に何も言わなかった。石畳の上の靴音が、二人分並んで響いていた。
カーフはこっそり、横を見た。夜明けの光の中で、銀色の髪が淡く輝いている。赤みがかった紫色の瞳が、前を向いていた。
(……遅かったな、か)
また顔が熱くなった。宝玉が、手の中で小さく光った。
カーフは前を向いて、少し早足で歩いた。宝玉を握りしめながら、地下のどこかで今も揺れているかもしれない何かのことを、考えないようにしようとして——できなかった。