ぜんぶ逆さま! スターレイル・ジェンダーパニック
「ハーモニー・オブ・ザ・スフィア」――それは、ある日ふとアストラルエクスプレスに転がり込んできた謎の球体の名前だった。
カエルスがそれを手に取った瞬間、光を放ち――次の瞬間、エクスプレス全体が大混乱に陥った。すべての男性キャラクターは女性に、すべての女性キャラクターは男性に変わってしまったのだ。
カエルス(仲間内で密かに「カエルス子」と呼ばれているが、彼女は激しく否定している)は鏡の前で固まった。長い黒髪、丸みを帯びた瞳、小さくなった手。完全に女の子だった。叫ぼうとしたが、声は高くなってしまい、それが何よりも最悪だった。
冷静さを誇るダン・ヘンは「なるほど」と一言だけ言い放ち、しかし自分の髪が腰まで伸びていることに気づくと、完全に無音の悲鳴を上げた。
男の姿になったブローニャ・セルノフは、にこやかに「実は結構かっこいいかも?」と観察していた。彼女だけが笑顔で、他のメンバー全員から一斉に冷たい視線を浴びることになった。
ナターシャ・ブルツァクは医者として調査を試みたが、若々しい男性の姿になったことで誰も彼女の医療アドバイスを真剣に受け取らなかった。彼女にとっては散々な一日だった
ぜんぶ逆さま! スターレイル・ジェンダーパニック - クレイドルの光と、言えなかった言葉
朝の食堂車は、いつもより少し静かだった。
ベリドット星の空は快晴で、窓の外には学術都市リルケノートの石造りの屋根が広がっている。昨夜の騒動が嘘みたいな、穏やかな朝だった。
カーフは向かいの席のダン・ヘンに視線を向けた。
いつも通りだった。腰まで届く銀色の髪。赤みがかった紫色の瞳。スプーンを揃える癖。何も変わっていない。男に戻っている。当然だ。昨夜、全員が元に戻ったんだから。
ダン・ヘンが「まあな」と呟きながらスープをすくった。その低い声が耳に入った瞬間——
カーフの耳が、じわっと赤くなった。
(なんで今さら! 昨日も同じ声だったでしょ!!)
自分でも意味がわからなかった。慌ててパンをちぎって口に詰め込む。味がよくわからない。
「[laughing]あれー? 全員元に戻ったのに、カーフだけ昨日より顔が赤くない?」
ブローニャが金色の目をきらきらさせながら言った。紫髪のブラックメッシュが朝の光に揺れている。完全に楽しんでいる顔だった。
「[serious]顔色が赤いのは体調不良の可能性があります」
ナターシャが真顔でカーフの額に手を当てようとした。白銀の短髪と水色の瞳が、真剣そのものの表情をしている。
「[angry]二人とも黙って!!」
声が裏返った。テーブルを叩こうとして、スープが揺れた。
ブローニャが「あはははは!」と腹を抱えた。ナターシャが「いえ、そんなことはありません、医師として——」とぼそぼそ続けている。
ダン・ヘンだけが、静かに視線を窓の外に向けた。
口の端が、ほんの一ミリだけ上がっていた。
カーフはそれを見てしまった。またパンを口に詰め込んだ。
「[serious]そんなことより、クレイドルだ」
ダン・ヘンが声のトーンを変えずに言った。
「[serious]昨夜、宝玉の光が地下の遺構と共鳴した。第1層なら探索許可証で入れる。今日中に調べておきたい」
「[excited]賛成だぜ! あの壁面紋様、宝玉と関係あるかもって昨日も思ってたんだよな」
ブローニャが立ち上がりかけた。ナターシャが「全員の体調は問題ありません」と補足する。
カーフは宝玉を手の中で握りしめた。丸くて、少し温かい。
(……行こう)
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リルケノートの地下遺構クレイドル——先史文明の遺構で、全3層、総面積約2km²——の入口は、大書院の裏手にひっそりとあった。受付の係員から許可証を買うと、一枚30ルークだった。
「[sarcastic]一人30ルーク!? 四人で120ルーク!? 昨日の拘置施設の件でもう財布が痛いのに!!」
「[serious]必要経費です」
「[serious]そうだな」
「[serious]割り勘で」
「[sarcastic]冷たい!! 三対一で冷たい!!」
ブローニャが財布から30ルーク硬貨を一枚ずつ丁寧に数えながら渡した。係員がぽかんとしていた。
四人で石段を降りていく。湿った空気が漂ってくる。松明の代わりに古い電灯が壁に並んでいて、薄いオレンジ色の光が石の壁を照らしていた。第1層は探索許可制——第2層以降は危険区域指定——なので、ここまでは一般の研究者も入れる。
ブローニャが資料室で記録した写しを広げた。宝玉の紋様を丁寧に書き写したものだ。それを持ちながら、壁を一角ずつ丁寧に照らしていく。
「[serious]ここじゃない。……ここも違う。次の区画に行こうぜ」
ナターシャが照明を持って並んで歩く。カーフとダン・ヘンはすこし後ろから、二手に分かれて反対側の壁を調べていた。
石の壁は古くて、表面に細かい紋様がびっしり刻まれている。触れると少しだけ冷たい。何千年も前の誰かが刻んだ線が、今もここに残っている。カーフはそれを指でなぞりながら、宝玉のことを考えた。
これはどこで作られたんだろう。誰が作ったんだろう。
「[excited]あった!!」
ブローニャの声が石の壁に響いた。
四人が集まる。ブローニャが写しを壁に当てて、光で照らした。
完全に一致していた。
宝玉の表面に浮かぶ細かい星図のような紋様が、壁の一角にそのまま刻まれていた。線の太さも、角度も、すべて同じだ。
「[serious]この宝玉は、ここで作られたか——少なくとも、ここに保管されていたものだ」
ブローニャが断言した。いつもの軽い口調じゃなかった。確信のある声だった。
「[surprised]本当に……ここから来たの」
カーフは宝玉を取り出して、紋様の前に近づけた。
ぼわっ、と光った。
壁の紋様が、宝玉と同じ色に輝き始めた。周囲の石が微かに振動する。光が線をなぞるように広がっていって——壁の一部が、ゆっくりと内側に開いていった。
隠し通路だった。
「「「おお——!!」」」
ブローニャとナターシャが同時に声を上げた。その瞬間、通路の奥から長年閉じ込められていた空気が一気に噴き出してきた。
ブバッ!!と盛大に埃が舞い散った。
「[laughing]——うぷっ……はっ……くしゅん!!!!!!」
ブローニャが盛大なくしゃみをした。エコーがかかって石の壁に三回反響した。
「[serious]大丈夫ですか!」
ナターシャが背中をさすりにいく。ブローニャが「お、おう……くしゅん!!」とまたくしゃみをした。
カーフとダン・ヘンは——二人で通路の奥を覗き込んでいた。
しばらくして、ブローニャがふと顔を上げた。
「[sarcastic]……俺たち、置いてけぼりになってない?」
「[serious]……そのようですね」
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通路の先は、すぐに第2層区画に入る。
ダン・ヘンが振り返った。
「[serious]第2層以降は危険区域だ。ナターシャとブローニャは入口で待機してくれ」
「[sarcastic]えー! 俺も行きたいんだけど!」
「[serious]埃でくしゃみが止まらない人間が狭い通路に入ると全員に迷惑がかかる」
「[sarcastic]正論がすぎる……!!」
ナターシャがブローニャの背中をさすりながら「ここで待ちましょう、私も一緒に」と言った。その言葉に少しだけほっとした顔をしている。
カーフとダン・ヘンの二人だけが、通路の奥へ進んだ。
石の天井が低い。二人並ぶと肩がぶつかりそうな幅だ。松明もなく、宝玉の光だけが頼りだった。その光が壁に当たって、ゆらゆらと揺れている。
しばらく歩くと、小さな部屋に出た。
壁一面に、びっしりと古代文字が刻まれていた。
「[serious]……ここだな」
ダン・ヘンが書院で手に入れた古代語の資料を取り出した。ページをめくりながら、壁の文字と見比べていく。カーフは光を持ちながら隣に立った。二人の影が石の床に並んで伸びていた。
「[serious]……読める」
ぽつりと言った。それから、ゆっくりと声に出して解読を始めた。
「[serious]『この球体は、持ち手の内にある——最も正直になりたくない感情に反応する』」
カーフは宝玉を見た。
「[serious]『その感情を隠したまま球体を持ち続ける限り——周囲の者の姿を変え続ける。感情に正直になった瞬間——解が与えられる』」
「[serious]……そういうことだったんだ」
「[serious]続きがある」
「[serious]『ただし——球体の記憶は消えない。次に触れた者にも、同じことが起きる』」
沈黙が落ちた。
石の部屋の中で、宝玉だけがゆらゆら光っている。
「[serious]……つまり、処分もできない。誰かに触らせるわけにもいかない」
「[serious]お前が持ち続けるしかない、ということだ」
静かに返ってきた言葉だった。責めているわけじゃない。ただ、事実を言っているだけだ。
カーフは宝玉を握りしめた。冷たい石の部屋で、手のひらの中だけが温かかった。
しばらく黙っていた。
それから——口が開いた。
「[sad]……迷惑かけて、ごめん」
言えた。
言い訳なし。強がりなし。早口でもなかった。
ダン・ヘンが一拍、間を置いた。
「[serious]迷惑だと思っていたら、来ていない」
それだけ言って、通路の方へ向かった。背中が遠ざかっていく。
カーフは動けなかった。
胸の真ん中が、じわっと温かくなった。ちょうど宝玉と同じ場所が。
(……なんで、そういうことをサラッと言うんだろう)
手の中の宝玉が、ほんの少しだけ光った気がした。
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地上に出ると、リルケノートの空は昼前の青さだった。
四人で石段を登り、外の風を吸い込んだ。地下の閉じた空気から出た後の、開けた感覚がある。
カーフは宝玉を握りながら、独り言のようにこぼした。
「[serious]宝玉の謎はわかった。でも、どこに保管すればいいのか——まだ全部解決したわけじゃないし」
「[excited]でも全員元に戻れたし、大成功じゃない?」
ブローニャが明るく笑った。相変わらずの金色の瞳が、細くなっている。
「[serious]医学的にも、全員の健康状態は問題ありません」
ナターシャが真面目に補足した。
カーフはふと手の中の宝玉を見た。昼の光の中で、紋様がはっきり見える。
何気なく——本当に何気なく——ダン・ヘンの方に向けた。
宝玉が、淡く光った。
「[surprised]え、なんで今——」
全身の血が顔に集まった。慌てて宝玉を背中に隠した。
ダン・ヘンがカーフを見ていた。赤みがかった紫色の瞳が、静かにカーフを捉えている。
「[serious]……知ってる」
二文字だった。
たった二文字が、カーフの全身をかけめぐった。顔が燃えるように熱い。頭が真っ白になった。
「[excited]あ〜〜〜〜やっぱりね!!」
ブローニャが両手を挙げて叫んだ。石畳に声が響いた。通りを歩いていた研究者らしき人が振り返った。
ナターシャが——ほんの少しだけ、顔を引きつらせた。
「[serious]そ……そうですか」
視線が、すっと横に逸れた。
「[angry]笑うな!! ブローニャ笑うな!!」
「[laughing]無理!! 無理だって!! だってダン・ヘンが知ってるって——!!」
ブローニャが腹を抱えた。ナターシャが「落ち着いてください」と言いながら自分も落ち着いていない顔をしている。
カーフは背中に宝玉を隠したまま、ダン・ヘンをにらんだ。
ダン・ヘンは視線を外していた。
でも——耳がほんの少し赤かった。
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パーネス号に戻ると、食堂車のにおいがした。自動調理機が夕食の準備を始めている匂いだ。木目調と真鍮の内装が、帰ってきた感じを出している。
ナターシャがブローニャを連れて宝玉を貨物車に戻しに行った。耐衝撃ケースに入れて、施錠する。
カーフはブローニャに念を押した。
「[serious]今度こそちゃんとケースに入れてよ。転がり出てきたら困るから」
「[serious]わかってるって! 任せとけだぜ!」
「[serious]施錠の確認もしておきます」
ナターシャが真面目に付け加えた。二人が貨物車に向かうのを見送って、カーフは操舵室に向かった。
操舵室の星図ホログラムが、起動した瞬間にパッと広がった。ヤルーロ宙域の地図が立体的に浮かぶ。小さな光の点が惑星を示している。青い光が、星と星の間に伸びている——星間軌道だ。
次の目的地。
カーフは座席に腰を落として、ホログラムの中にルートを入力し始めた。ヤルーロ宙域の外れにあるオルゲイン星——鉱業惑星で、金属資源が豊富な補給地——に立ち寄る予定だ。レイルキーパー同盟の支部があるから、整備もできる。
キー操作をしていると、廊下から気配がした。
「[serious]次の目的地、決まったか」
ドアに腕をかけたダン・ヘンが顔を出していた。銀色の髪が廊下の灯りを受けている。
「[serious]うん。オルゲイン星に補給に寄る。星間軌道で五日くらい」
「[serious]……そうか」
ダン・ヘンがそのまま操舵室の入口に寄りかかった。出て行かなかった。
カーフはホログラムを操作しながら、さっきの「知ってる」をまだ考えていた。
どういう意味だろう。何を知ってる、って言ったんだろう。宝玉が光ったことを、ただ観測として言っただけ? それとも——
(やめろ。考えるな)
自分に言い聞かせながら、ルートを確定しようとした。
その瞬間。
ピロン、と通知音が鳴った。
操舵室の通知パネルに、貨物車からのアラートが表示された。
『ケースDの蓋開放。物体落下を検知。』
「[angry]さっき締めたばっかりでしょ!!!」
立ち上がりかけた瞬間、廊下からブローニャの声が聞こえた。
「[surprised]え!? ちゃんと閉めたはずなんだけど!? ナターシャ、鍵確認した!?」
「[scared]確認しました! でも——また光ってます!!」
貨物車の方から、かすかな光が廊下まで漏れてきた。
ダン・ヘンが静かに操舵室を振り返った。その紫色の瞳が、光の方向と、カーフを、交互に見た。
カーフは操舵席に立ったまま、その光を見ていた。
宝玉はまた転がり出て、また光っている。誰も触れていないのに。ケースごとこじ開けて、廊下まで光を放ちながら。
これからオルゲイン星に向かう。補給をして、また宇宙を進む。宝玉の謎はわかった——でも、宝玉は終わっていなかった。
パーネス号のエンジン音が、静かに響いていた。