ぜんぶ逆さま! スターレイル・ジェンダーパニック
「ハーモニー・オブ・ザ・スフィア」――それは、ある日ふとアストラルエクスプレスに転がり込んできた謎の球体の名前だった。
カエルスがそれを手に取った瞬間、光を放ち――次の瞬間、エクスプレス全体が大混乱に陥った。すべての男性キャラクターは女性に、すべての女性キャラクターは男性に変わってしまったのだ。
カエルス(仲間内で密かに「カエルス子」と呼ばれているが、彼女は激しく否定している)は鏡の前で固まった。長い黒髪、丸みを帯びた瞳、小さくなった手。完全に女の子だった。叫ぼうとしたが、声は高くなってしまい、それが何よりも最悪だった。
冷静さを誇るダン・ヘンは「なるほど」と一言だけ言い放ち、しかし自分の髪が腰まで伸びていることに気づくと、完全に無音の悲鳴を上げた。
男の姿になったブローニャ・セルノフは、にこやかに「実は結構かっこいいかも?」と観察していた。彼女だけが笑顔で、他のメンバー全員から一斉に冷たい視線を浴びることになった。
ナターシャ・ブルツァクは医者として調査を試みたが、若々しい男性の姿になったことで誰も彼女の医療アドバイスを真剣に受け取らなかった。彼女にとっては散々な一日だった
ぜんぶ逆さま! スターレイル・ジェンダーパニック - どん底の拘置室と、壁越しの光
「[cold]報告書によれば、あなたは人混みの中でアミュレットを意図的に発光させた」
朝の光が、拘置施設の小窓から細く差し込んでいた。
カーフは石の椅子に座って、向かいの聴取官を見た。学術理事会の制服を着た四十代の男。机の上に分厚い書類の束。表情は最初から決まっていた。
「[serious]違います。あれは偶然で——」
「[cold]偶然、ですか。では巡回員の目の前で偶然発光したと」
「[serious]仲間が触れた瞬間に光ったんです。私は止めようとして——」
「[cold]報告書に記載があります」
男が書類をめくった。カーフが「仲間が触れた」と言おうとした瞬間より先に、男の指がページを押さえた。
「[cold]『同行者が宝玉に接触した際、所持者である外来者が制止する様子は見られなかった』。以上」
「[serious]それは——!」
「[cold]次のページをどうぞ」
またページがめくられた。
「[cold]『発光は三十秒以上持続し、カラット通り一帯の住民が目撃した』。アミュレットの無許可持ち込み、かつ意図的使用と判断されます」
カーフの言い訳が、机の上で次々と潰されていく。声が出る前にページがめくられ、反論より先に「報告書に記載があります」が来る。まるで台本があるみたいだった。
「[serious]でも私は数ヶ月前にここに来てすら——」
「[cold]それもあります」
めくられた。
「[cold]以上が聴取の内容です。なお、没収したアミュレットは学術理事会の規定により危険物と認定し、明朝処分を執行します」
処分。
カーフの頭の中で、その言葉だけが残った。
「[scared]待って——処分って、壊すってことですか」
「[cold]危険物の処分規定に従います」
「[scared]だめだ。それだけはだめです。あれを壊したら——」
アミュレットの慣習が頭に響いた。放棄・破壊すれば効果が永続化する。パーネス号の全員が、永遠に元の姿に戻れなくなる。
カーフは立ち上がりかけて、巡回員に肩を押さえられた。
「[cold]外来者がアミュレットを振り回すから、こういう事故が起きる」
その言葉は、吐き捨てるように出てきた。
カーフはうつむいた。歯を食いしばった。
反論しようとした。でも声が出てきたのは——高い声だった。いつもの自分の声じゃなかった。女の子の声が、石の壁に弱く吸い込まれていった。
言葉が出なかった。
「[cold]本日の聴取は以上です」
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ヴェステル大書院の廊下は静かだった。
ダン・ヘンの靴音だけが、石の床に響いていた。
腰まで届く銀色の髪が背中で揺れる。赤みがかった紫色の瞳は、院長室の扉をまっすぐ見ていた。
ノックも待たずに扉を押した。
「[serious]カーフ・ルメーナは無実だ」
トビアス・ケルン院長が、書き物の手を止めて顔を上げた。白髪に仏頂面。眉ひとつ動かさなかった。
「[cold]……アポイントは」
「[serious]ない。でも聞いてほしい。あのアミュレットはカーフが先日拾得したもので、数ヶ月前の暴走事故とは無関係だ。拾得者責任の慣習に従って管理していただけで——」
「[cold]学術理事会の決定は覆せん」
「[serious]証拠を引き合わせれば——」
「[cold]証拠を持ってこい。それだけだ」
ケルンが立ち上がり、扉に向かった。
ダン・ヘンが扉に手を当てた。
閉まらなかった。
二人の間に沈黙が落ちた。ケルンがゆっくり振り返った。
「[cold]君も外来者として拘束対象になりたいのか」
静かな一言だった。怒鳴っていない。それだけに重かった。
ダン・ヘンの手が、扉から離れた。
バタン。
音が、廊下に残った。
ダン・ヘンは一人、廊下に立っていた。
しばらく動かなかった。
歩き出した。階段に差しかかったとき、段差に足をとられた。つまずいた拍子に壁に肩がぶつかった。
舌打ちが出た。
珍しい。自分でも思った。そんなことで舌打ちするタイプじゃない。
拳が、壁についた。
——カーフが「行って」と言った時の声が頭に残っていた。高い声で、でも真っすぐに。
(あいつは、いつも一人で抱えようとする)
ダン・ヘンは拳を離して、また歩き始めた。
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カラット通りは昨日と同じ石畳で、同じ古書の匂いがした。
ブローニャは「ページェント」の扉を開けた。昨日話してくれた店主のリーネが、カウンターで顔を上げた——一瞬だけ。
すぐに目が逸れた。
「[sarcastic]あ〜……昨日はいろいろ教えてくれてありがとな。もう少し聞きたいことが——」
「[cold]……今日は、少し忙しくて」
棚の奥へ消えていった。
ブローニャは「あ、そう」と呟いて、扉を閉めた。
外に出ると、通りを歩く人たちがちらりとこちらを見て、視線を逸らした。一人じゃない。何人も。さっきから同じことが続いていた。
宿屋「トラベラーズノット」に向かった。一泊15ルークの清潔な宿——昨日は問題なく泊まれた。
「[serious]昨日と同じ部屋を——」
「[cold]……申し訳ありませんが、本日は満室でして」
「[sarcastic]満室? 昨日あれだけ部屋の鍵が並んでたのに?」
「[cold]あなたたちとは、関わることができません」
はっきりした言葉だった。
ブローニャは出た。
冬ではないが、通りの空気は冷たかった。石畳に立って、カラット通りを見渡した。人は歩いている。でも、誰もこちらを見ない。正確には、見ているのに見ていないふりをしている。
アミュレット犯の噂が回っているのは、昨日から感じていた。でも今日は速度が違う。巡回員が積極的に広めたんだろうと、ブローニャは見当をつけていた。
「[whispers]……これはまずいね」
笑顔が、出てこなかった。
ブローニャが笑わない顔を自分でするのは、久しぶりだった。どんなハプニングも面白がれるはずだった。でも今は——カーフが一人で拘置室にいることが、面白がれなかった。
「ねえ、お兄さん、何してんの」
声がした。
見ると、路地の入り口に、十歳くらいの子供が立っていた。目が丸くて、物怖じしていない。
「[gentle]……んー、情報収集」
「[surprised]情報? 何の?」
「[gentle]数ヶ月前の、アミュレットが暴走した日のこと。お前、知ってるか」
子供は考えた。それから、「知ってる」と言った。
「[serious]あの日ね、書院の地下に出入りしてる人がいたよ。外から来た人じゃなくて、ここに住んでる人。うちのお母さんが『また地下に行ってる』って言ってた。あの人いつも夜に行くって」
ブローニャの金色の瞳が、細くなった。
地下遺構クレイドル——リルケノートの地下50メートルに広がる先史文明の遺構——に、あの日、地元の人間が出入りしていた。
外来者ではなく。
「[gentle]その人、今どこにいるか分かるか」
「[serious]知らない。でもカラット通りの角の家に住んでるよ」
細い糸だった。切れるかもしれない糸だった。でも——糸はあった。
ブローニャは少しだけ、口の端が上がった。
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夜になった。
拘置室は暗かった。窓の外に星が見えたが、ガラスが汚れていて滲んでいた。
カーフは壁に背をつけて、膝を抱えていた。
宝玉は別の部屋にある。処分は明朝。
石の冷たさが背中から伝わってくる。暗い部屋の中で、カーフはずっと何かを考えていた——というより、何かが勝手に浮かんできた。
パーネス号に乗る前のことだった。先輩の乗員がいた。気にかけてくれる人だった。気持ちを伝えようとして——できなかった。何度も機会があって、何度も打ち消した。相手は別の星に異動した。今はどこにいるかも知らない。
もっと前。小惑星探査船の事故。家族がいなくなった夜。宇宙服の中で一人、暗い宇宙空間を漂っていた。声を出しても届かなかった。誰の声もしなかった。あのまま永遠に漂うのかと思った。
あのときも、素直になれなかった——というより、素直になる相手が、いなくなっていた。
「自分の気持ちに正直になれば元に戻れる」という宝玉の条件が、ずっと頭にある。
(正直になることが、一番怖い自分が、どうやって正直になれるの)
ダン・ヘンに腕を掴んだ時のことを思い出した。暗闇の中で、気づいたら両手でしっかり掴んでいた。ダン・ヘンが振り払わなかった。「いる」と言って、手を重ねてくれた。
照明が戻った瞬間に離して、二人で同時に言い訳をした。
笑えると思う。でも今は、笑えなかった。
膝に顔を埋めた。
声が出た。泣いている声だと自分でわかった。止めようとして、止まらなかった。石の壁に吸い込まれていく高い声が、自分のものだとまだ信じられない部分がある。でも確かに自分の声だった。
そのとき。
壁が、淡く光った。
カーフが顔を上げた。
壁の向こうから、じんわりと白い光が染み通ってくる。宝玉だ。別の部屋に保管されているはずの宝玉が、壁を越えて——こちらに向かって、光っていた。
揺れていた。
カーフの気持ちに合わせるように、その光はゆっくりと揺れていた。
涙が滲んだまま、その光を見つめた。
(……私、本当は)
口が動きかけた。
言葉になりかけた。
廊下から、足音が来た。
一人分じゃない。二人分。
足音が速かった。走っている。二人同時に走って、扉の前で——
ガコン!
鈍い音がした。
うめき声が二つ、ほぼ同時に出た。
「「……っ」」
廊下の天井が低いことに、二人は全速力でぶつかったらしかった。扉の外で二つの気配が小さく悶絶している。しばらくして、ブローニャの声が聞こえた。
「[laughing]……いや笑えない笑えない。痛い」
「[cold]……設計した人間に文句を言え」
「[sarcastic]低すぎだろこの天井!!」
「[cold]声が大きい」
カーフは壁に手をついて立ち上がった。涙が乾いていなかった。でも、口の端が動いた。
扉が開いた。
銀色の髪が、暗い廊下の向こうに見えた。赤みがかった紫色の瞳が、まっすぐこちらを見た。
その隣に、おでこを押さえた紫髪の男の子が立っていた。金色の瞳が、にかっと細くなった。
「[excited]証言者、見つけたぜ」
ブローニャの目が光っていた。いつもの金色の瞳に、確信が宿っていた。
ダン・ヘンは何も言わなかった。カーフを見て、一拍置いて——
「[serious]……泣いてたか」
「[serious]泣いてないし!!」
早口だった。絶対早口だった。顔も赤かったと思う。でも今はそれどころじゃない。
宝玉の処分は明朝だ。
カーフは袖で目元を拭って、二人を見た。
「[serious]……詳しく聞かせて」
廊下の奥、宝玉が保管された別室の壁から、まだ淡い光が漏れていた。