カルデアのおやすみ——英雄たちの大混乱デイオフ
カルデアへようこそ——歴史を超えた英雄たちが集い、世界を守るための謎めいた施設。
今日は珍しく戦闘の予定がない。マスター、フジマル・リツカはうっかり施設のインターホンで「みんなのための自由な一日」のアナウンスを流してしまい、たちまち絶対的な混乱が巻き起こる。
食堂では激しい料理対決が勃発。誰もが自分こそが最高の料理人だと主張するが、各英雄が知るのは自分の時代の料理だけ。結果は悲惨そのもの。アーサー王伝説の硬いパン、江戸時代の味噌汁、そして古代ギリシャの謎のシチューが一度にテーブルに並ぶ。マスターは一口ごとに顔をしかめるばかり。
廊下ではギルガメッシュが「今日は宝物庫の整理に最適な日だ」と言い、すべてを廊下に広げてしまう。廊下は完全に塞がれてしまう。苦情を言いに来たモードレッドが、誤って貴重な遺物を蹴ってしまい、王の激怒を招く。仲裁に来たマスターはギルガメッシュのコレクションについての一時間に及ぶ個別講義に閉じ込められてしまう。
図書館ではマーリンが「未来を教える」と約束して熱心な聴衆を集める。話は勢いよく始まるが、次第にマーリンは現実と創作の区別を見失い、最後は「なんとかなるさ
カルデアのおやすみ——英雄たちの大混乱デイオフ - 傲慢王の宝物庫と希望の鉱脈
昨夜、管制室で見た警告が、まだ頭の中に残っていた。
——魔力炉出力低下を検知。現行出力で維持した場合の推定残存稼働日数:7日。
7日。夕食の時もずっと頭の中でその数字がぐるぐるしていた。エミヤのご飯は美味しかったのに、半分くらいしか味がわからなかった気がする。
フジマル・リツカはベッドから起き上がった。黒いショートヘアが寝ぐせでぼさぼさになっている。左頬のほくろが朝の光に浮かんでいた。
今日こそ、みんなに話さないといけない。
魔力炉——人理継続保障機関カルデアを支える巨大なエネルギー装置だ。地下深くにある核融合炉と魔力変換装置の複合システムで、施設全体に電力を供給している。これが止まればカルデアスが止まる。カルデアスが止まれば、サーヴァントたちの現界を維持するシステムも止まる。
つまり、みんなが消える。
リツカはサーヴァントたちに魔力を供給して現界を維持させるマスターだ。手の甲には令呪と呼ばれる3画の紋章が刻まれている——サーヴァントとの契約の証。ここに集まった英霊たちは、みんなリツカがいることで今ここに存在できている。その命を守る装置があと7日で止まるかもしれない。
白いシャツを着て、廊下に出た。
メインコリドー——施設を東西に貫く全長200メートルの主通路だ。朝のこの時間は、スタッフが行き交い、サーヴァントたちが訓練場に向かったり食堂に向かったりで、それなりに賑やかなはずだった。
はずだった。
リツカは3歩進んで、足を止めた。
廊下が、金色だった。
壺。剣。宝石のついた冠。金細工の馬の置物。透明なガラスケースに入った首飾り。巨大なルビーが埋め込まれた盾。それらが、廊下の端から端まで、整然と、隙間なく並んでいた。床の青い床灯がきらきらと反射して、まるで宝石店の倉庫に迷い込んだみたいだ。
スタッフが3人、廊下の手前で立ち往生していた。
廊下の奥、財宝の向こうに、一人の男が立っている。
金色の鎧を着ていた。腰に手を当てて、仁王立ちしている。金色の長髪を後ろで束ねていて、鋭くて輝く金色の瞳が、財宝の列を満足そうに眺めていた。背が高い。185センチはある。手には短剣がひとつ、なんの気なしにかかっている。
ものすごく、態度がでかい。
「[angry]通れません!」
「[cold]鑑賞中だ。黙れ」
スタッフが頭を抱えている。
リツカは財宝の列を横目で見ながら、ゆっくりと近づいた。
この男のことは、昨日遠くで見かけた。廊下の奥に金色の影があった——あれがこの人か。ギルベルト・ザハル。サーヴァントの一人で、古代の英雄王だと聞いたことがある。宝具として宝物庫を持っているとか。
……納得した。
「[gentle]あの……すみません」
ギルベルトがちらっとこちらを見た。金色の瞳が、リツカを上から下まで眺める。
「[serious]そなたか。マスターとやらだな」
「[gentle]そうです。ちょっとここ、片付けていただけると……」
「[cold]片付けるだと?」
ギルベルトが眉をひそめた。それから、すいっと腕を広げて財宝の列を示す。
「[excited]余の至宝の展覧会のために、最も採光のよい場所を選んだのだ。朝の光がここを一番美しく照らす。——ちょうどいい、そなたもどうせ時間があるだろう。まずこの手前のティーポットから説明しよう」
リツカは「え」と言う間もなかった。
ギルベルトの手が、純金のティーポットをひょいと持ち上げる。
「[serious]これは余の時代よりも前、大河の上流域で作られた工芸品だ。当時の冶金技術ではありえないほどの純度を誇り、表面のこの模様——よく見ろ、ここだ——は職人が1ミリ単位で刻んだものでな。作るのに3年かかったと記録に残っている。宴の席で使うものだが、実際に茶を注ぐのが惜しくなる出来だろう?」
「[gentle]は、はあ……」
「[serious]次。このルビーを見ろ。産地の山が100年前に火山噴火で消滅した。つまりこれは世界に現存する最後の一個だ」
「[surprised]え、最後の一個……」
「[excited]そうだ。余以外の誰も持っていない。だからこそ価値がある。——続いてこちらの剣だが」
リツカは内心で焦り始めた。
(早く話を切り上げないと……! 7日間のうちの1日が……!)
でも、ギルベルトの目が本当に楽しそうで、宝物を見る時だけ鋭さとは別の、柔らかい光が金色の瞳に宿るのがわかって、なんとなく無下にもできなかった。
「ギルベルト、ちょっと——」
「[cold]待て。今いいところだ」
次の宝物に移っていた。
リツカはあきらめて、相槌を打ちながら財宝の列を一緒に歩いた。ギルベルトはひとつひとつに語ることが止まらない。象牙の置物には産地と制作年と当時の政治情勢の話が紐づいていた。絹のタペストリーには織り職人の家系の三代にわたる話があった。ガラス細工のランタンにはある王女との逸話がくっついていた。
気がついたら1時間経っていた。
廊下の端まで来て、ギルベルトが最後の宝物——七色に輝く小さな石——を持ち上げた時、リツカはようやく口を開いた。今度は割り込んだ。
「[serious]ギルベルト。本当に大事な話があるんだ」
ギルベルトが手を止めた。声のトーンが違ったのがわかったのかもしれない。金色の瞳がリツカを見る。
「[serious]魔力炉が、あと7日で止まるかもしれない」
沈黙。
ギルベルトの表情が、初めて変わった。石の解説をしていた時の楽しそうな顔じゃなくて、真顔だ。
「[serious]……魔力炉とは」
「[serious]カルデアの動力源。あれが止まれば全システムが停止する。カルデアスが止まって、サーヴァントたちの現界を維持できなくなる」
ギルベルトは少しの間、黙っていた。
それから、腕を組んだ。
「[serious]余の宝物庫に工具の一つや二つあるに決まっている。マスターよ、心配するな」
リツカはちょっとだけ希望を持った。
宝物庫——ゲート・オブ・バビロンと呼ばれる、ギルベルトの宝具だ。宝具というのはサーヴァントが生前に持っていた武器や能力や逸話が結晶化した超常兵装のことで、使えば強力だが消耗も大きい。ギルベルトの宝物庫は文字通り何でも入っているとか——ならもしかしたら修理道具も。
ギルベルトが宝物庫を開いた。
まず出てきたのは、純金のティーポットだった。
さっき1時間かけて説明してもらったやつだ。
「[cold]……これではないな」
次に出てきたのは宝石が散りばめられたチェスセットだった。
続いて象牙の彫刻。絹のタペストリー(別のやつ)。金の燭台。銀の食器セット。クリスタルの花瓶。宝石の首飾りが17本。金貨の山。
工具は出てこない。
「[serious]これでもないか。ではこちら……」
意地になってきた。
ギルベルトが宝物庫をどんどん開くたびに、財宝が増えていく。もともと廊下が財宝で埋まっていたのに、その上にさらに宝物が積み上がっていく。廊下が財宝の山になっていく。
スタッフが悲鳴を上げた。
「[angry]通れません!廊下が完全に!!」
「[scared]医療区画に行けない!!」
「[serious]ギルベルト、一旦やめて!」
「[cold]もう少しだ。確かにあったはずだ」
止まらない。
宝石のチェスセット(2セット目)。象牙の置物(別のやつ)。金のティーポット(また別のやつ)。全部ぴかぴかと光って、廊下の床灯の青い光を弾いて、もはや廊下なのか宝の山なのかわからない状態になっていた。スタッフが全員迂回し始めた声が遠くで聞こえた。
ギルベルトがとうとう手を止めた。
長い沈黙。
「[whispers]……余の蒐集方針の問題かもしれんな」
小声だった。本当に小声だった。リツカはちょっとだけ笑いそうになったが、堪えた。
「[gentle]……実用品は入れてなかったんだね」
「[cold]余は美しいものを集めてきた。工具に美はない」
「[gentle]それはそう……かな」
二人は黙って、財宝の片付けを始めた。ギルベルトが宝物庫に戻していく。リツカが床に転がったルビーを拾い上げて渡す。
片付けながら、リツカは管制室の端末を手元に引っ張り出して操作した。霊子演算装置トリスメギストス——カルデアの超高性能演算機で、施設の全データにアクセスできる——のログを開く。
炉心の素材欄。
「[surprised]……霊脈石」
「何だと」
「[serious]魔力炉の炉心に使われてる鉱石の名前。霊脈石っていうらしい。それで……カルデアの備蓄在庫はゼロ」
ギルベルトが手を止めた。
リツカは続けた。
「[sad]外部から取り寄せることもできない。カルデアはヒマラヤの山の中、標高6000メートルの施設だから。補給路がない。ここにあるもので全部解決しなきゃいけない」
ギルベルトはしばらく黙って、金の燭台を宝物庫に戻した。
「[serious]……霊脈石」
それから、ぽつりと言った。
「[serious]余の時代にも似たような石があった。魔力を帯びた鉱脈から掘り出すもので、大地の力が結晶になったと言われていた」
リツカが顔を上げた。
「[serious]カルデアはヒマラヤの山腹に建設されている。山の地脈が近いなら……」
言いかけて、片付けの手を止めた。
リツカとギルベルトは顔を見合わせた。
「[excited]図書室」
「[serious]行くぞ」
残りの片付けを急いで終わらせて、二人で図書室に向かった。
図書室は3階西翼にある。天井高6メートルの吹き抜け構造で、壁一面が書架になっている。蔵書は12万冊。魔術書から歴史書から各時代の文献まで揃っていて、サーヴァントたちが持ち込んだ書物も混じっている。
ギルベルトが棚の前に立って、腕を組んで天井を見上げた。
「[serious]カルデアの建設記録はどこだ」
「[gentle]え、わかるの?」
「[cold]余はコレクターだ。文献の場所も把握している」
謎の自信だった。でも本当に迷わず一つの棚に向かって、背表紙を指でなぞって、一冊を引き抜いた。
「[serious]カルデア施設建設記録。竣工時の地質調査報告書が含まれているはずだ」
二人で床に座って、ページをめくった。ギルベルトが金色の指先でページを繰る。リツカが横からのぞき込む。
ほこりっぽいページが続く。測量データ。地盤の固さ。水脈の位置。地熱。
リツカが声を上げた。
「[excited]これだ!」
地質調査報告書の一節。
——地下3層付近に霊脈を帯びた鉱床の兆候あり。建設上の支障なし。
「[excited]地下に……霊脈石があるかもしれない!」
ギルベルトが腕を組んで鼻を鳴らした。
「[serious]余が言った通りだ」
リツカはページをめくった。次の行を読もうとして——止まった。
ギルベルトも同時に、同じ行を見ていた。
——当該地下通路、建設完了後に老朽化により閉鎖。現在立入禁止。通路の一部で崩壊の兆候あり。
沈黙。
リツカはページを見たまま、ぼんやりとした。
(ここまで来たのに……)
希望が出た瞬間に、新しい壁が出てきた。崩壊寸前の通路。立入禁止。カルデア施設の地下深くに、霊脈石があるかもしれない。でもそこへ続く道は、老朽化で崩れかけている。
ギルベルトがページから目を上げた。窓の外——図書室には小さな明かり取りの窓があって、そこから白い光が差し込んでいた——を向いて、腕を組んだまま、静かに言った。
「[serious]……障害とは、つきものだ」
リツカはその横顔を見た。
威張り屋で、宝物自慢が止まらなくて、廊下を財宝の海にした男が、今は全然違う顔をしていた。静かで、落ち着いていて、なんというか——頼りになる、と思った。
リツカはもう一度、報告書の文字を読んだ。
崩壊の兆候あり、と書いてある。
兆候あり、だ。崩壊した、じゃない。
「[serious]……行けるかな」
「[serious]やってみなければわからん」
短い答えだった。でも、それで十分だった。
図書室に静かな光が差し込んでいる。外はヒマラヤの山の斜面で、分厚い壁の向こうはマイナス30度の極寒のはずだ。でも今、ここは温かかった。
7日間。残り6日になった。
地下への通路は老朽化で崩壊寸前で、霊脈石があるかどうかもまだわからない。でも、今日より昨日より、少しだけ先が見えた気がした。