カルデアのおやすみ——英雄たちの大混乱デイオフ
カルデアへようこそ——歴史を超えた英雄たちが集い、世界を守るための謎めいた施設。
今日は珍しく戦闘の予定がない。マスター、フジマル・リツカはうっかり施設のインターホンで「みんなのための自由な一日」のアナウンスを流してしまい、たちまち絶対的な混乱が巻き起こる。
食堂では激しい料理対決が勃発。誰もが自分こそが最高の料理人だと主張するが、各英雄が知るのは自分の時代の料理だけ。結果は悲惨そのもの。アーサー王伝説の硬いパン、江戸時代の味噌汁、そして古代ギリシャの謎のシチューが一度にテーブルに並ぶ。マスターは一口ごとに顔をしかめるばかり。
廊下ではギルガメッシュが「今日は宝物庫の整理に最適な日だ」と言い、すべてを廊下に広げてしまう。廊下は完全に塞がれてしまう。苦情を言いに来たモードレッドが、誤って貴重な遺物を蹴ってしまい、王の激怒を招く。仲裁に来たマスターはギルガメッシュのコレクションについての一時間に及ぶ個別講義に閉じ込められてしまう。
図書館ではマーリンが「未来を教える」と約束して熱心な聴衆を集める。話は勢いよく始まるが、次第にマーリンは現実と創作の区別を見失い、最後は「なんとかなるさ
カルデアのおやすみ——英雄たちの大混乱デイオフ - 灼熱の炉心と、みんなの声——カルデアに光が戻る日
一歩踏み込んだ瞬間、熱が全身を叩いた。
顔が、腕が、肺が。ただの熱じゃない。魔力が混じった炎の嵐が、肌の上を這い回るような感覚だ。カルデアの魔力炉の内部——天井も壁も赤く光っていて、足元の床は金属なのに溶岩みたいに見える。視界がぼやける。
(こんなに、ひどいのか)
前を向いた。炉心の設置場所まで、あと数メートル。でも足が重い。ギルベルトからもらった黄金の防護符がじんわりと温かくなっている。魔力を吸って、熱を弾いてくれている。
また一枚、ひびが入る音がした。
パキン。
防護符の一枚が床に落ちた。カラン、という金属音が、炉の轟音の中でやけに大きく聞こえた。
(落ち着け、落ち着け、あと少しだ)
一歩。また一歩。膝が震えている。ポーチが何かに引っかかって——あっ、工具が全部床に散らばった。タイミング最悪すぎる。心の中で一人でツッコんだ。拾ってる場合じゃない。
もう一枚、防護符が砕けた。
足が止まった。
膝をついた。
視界が白くなりかけている。立ち上がれない。体が言うことをきかない。炉心の設置場所まで、あと二メートルもない。でも——
その時だった。
右手の甲が、熱くなった。
令呪じゃない。もっと深いところ。マスターとサーヴァントを繋ぐ、あの感覚だ。じんわりと、じわじわと、誰かの魔力が流れ込んでくる。
声が、聞こえた。
「[cold]立て、マスター。余が許可する」
傲慢な声だった。でも、力があった。
「[serious]根性見せろよ。びびってんじゃねえ」
荒っぽかった。でも、温かかった。
「[gentle]未来は、きみが作るんだよ。たぶんね」
飄々としていた。でも、確かだった。
それだけじゃなかった。他の声も混じってくる。名前も知らないサーヴァントたちの、何十もの魔力が令呪を通して流れ込んでくる。カルデア全体が、この一点に向かって押してくるみたいだった。
体が、動いた。
リツカは立ち上がった。
左手をポケットに突っ込んだ。あの欠片——最初にカルデアスの前で拾った、青い石のかけら。旧炉心の破片だ。マルセリウスが「ちょっと見せて」とリツカのポケットを確認していたのは、これのためだった。新しい炉心とセットではめ込むことで完全に機能する、とあの人は知っていたんだ。
震える両手で、新しい炉心と青い欠片を握った。
最後の二メートルを、歩いた。
炉の中心の凹みが、目の前にある。
「——行くよ」
誰にでもなく、全員に向かって言った。
両手を押し込んだ。
ズン、という感触。
次の瞬間——
ドォォォン!!!
青い閃光が炉全体を走った。光が、光が、光が。目が潰れそうなほど明るい。轟音が壁を揺らす。そして——炉が唸り始めた。唸り声が低く、深く、安定していく。カルデアの魔力炉が、再起動した。
施設全体に光が戻っていくのが分かった。
廊下の照明が、食堂の照明が、全ての区画に電力が戻っていく。カルデアスが——チカッ、チカッ、と点滅して。それからゆっくり、穏やかに、青い輝きを取り戻した。
(よかった)
それだけ思った瞬間、炉内の圧力が一気に解放された。
——ぶわっ!!
リツカの体が、作業場の方向に吹き飛んだ。壁の方向に。
「[cold]違う、こちらだ!!」
ギルベルトが走った。金色の長髪を靡かせながら、全力で。ギリギリで、リツカを両腕で受け止めた。その勢いのままモーリスに激突した。
ドタン!!
「[angry]いてっ!何すんだよ!!」
「[angry]余がわざわざ走り込んだのに、そなたが邪魔をするからだ!!」
「俺はここにいただけだろ!!」
マルセリウスは、ひょいと横に避けていた。すまし顔で立っている。
「[gentle]……二人とも、仲良いなあ」
「「仲良くない!!」」
ギルベルトとモーリスがハモった。
リツカはぐちゃぐちゃになった三人の真ん中で、力が抜けてへなへなとしゃがみ込んだ。
「[crying]……ありがとう」
ギルベルトが、ちらりとリツカを見た。
「[sarcastic]重い」
「[angry]俺も挟まれてるんだけど!!」
「[gentle]よかったね」
笑い声が上がった。
その中で、リツカの目からぽろりと涙がこぼれた。全然こらえられなかった。三人が、少しだけ黙った。ギルベルトが正面の壁を向いた。
「[cold]……泣くな。見苦しい」
でも手は、リツカの背中を支えたまま、離れなかった。
リツカはそれに、何も言わなかった。ただ少しだけ、ギルベルトの方を見た。
---
日曜日の夜。食堂が、久しぶりにあかるかった。
カフェテリア——施設一階東翼のその広い食堂——には、長テーブルが何列も並んでいる。電力が戻ってから最初の夜だ。照明が全灯している。それだけで、こんなに違うのか、とリツカは思った。
エミヤ——アーチャークラスのサーヴァントで、カルデアの台所を一手に担う男——が、厨房でずっと動いていた。料理が次々とテーブルに並んでいく。スープ、肉、焼いたパン、色とりどりの野菜の皿。いい匂いが食堂全体に広がっている。
ギルベルトが宝物庫の空間から瓶を取り出した。深い紫色の液体が入っている。
「[cold]余の蒐集品の中でも、特別なものだ。今日のために出してやる」
「何それ、ワインっぽく見えるけど」
「[cold]ブドウジュースだ」
「ワインじゃないのかよ」
「[cold]余の宝物庫に安酒の入る余地はない。これは古代の製法で作られた最高級の——」
モーリスが椅子を持ち上げた。
なぜか椅子を持ち上げた。
「[excited]かんぱーい!!」
「[surprised]なんで椅子持ってんの」
「あ」
モーリスが椅子を下ろした。顔が赤い。気分が高まりすぎていたらしい。
マルセリウスがグラスを持って、のんびりと言った。
「[gentle]次の休日はいつかなあ」
「[serious]この状況でそれを言うか」
「[gentle]でも気になるじゃろ。このブドウジュース、美味しいし、のんびり飲みたいんだよね」
食堂が笑い声で満ちた。サーヴァントたちが思い思いに乾杯して、料理の感想を言い合って、何かで言い合って、また笑って。電力が戻った夜の食卓は、やかましくて、あたたかかった。
リツカはいつもの席に座って、周りを見回した。
最初にここに座った夜と、同じ席だ。あの時はカルデアスが赤く、誰も気づいていなくて、リツカだけが不安を抱えていた。今は違う。カルデアスは青い。三人が横にいる。食堂が明るい。
泣きそうになるのをこらえながら、リツカは笑った。
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食事が終わって、食堂が片付き始めた頃だった。
リツカはふと気づいた。マルセリウスがいない。
四階の展望廊下——施設の外周に沿ったガラス張りの通路——に続く扉が少し開いていた。
行ってみると、マルセリウスが窓の前に一人で立っていた。白銀の長髪が、施設内の空調で少し揺れている。顎にかけた青いマスクは、いつもと同じ位置に。でも、顔が違った。
いつも飄々としている、あの顔じゃない。
真剣な目で、窓の外の吹雪を見ていた。
「[gentle]マルセリウスさん」
マルセリウスは窓から視線を外さなかった。
「[serious]リツカ」
普段と違うトーンだった。リツカは隣に立った。ガラス越しに、ヒマラヤの吹雪が見えた。真っ白な闇だ。
「[serious]今回の炉の出力低下、自然故障じゃなかったかもしれない」
リツカの背中に、何か冷たいものが這い上がった。
「[serious]どういうこと」
「[serious]パターンが不自然じゃった。出力が落ちた経路とか、タイミングとか。偶然じゃ説明できない部分がある。誰かが——意図的に起こした、可能性がある」
リツカは口を開きかけて、閉じた。
「[serious]それと」
マルセリウスが少し間を置いた。
「[serious]シバ——未来観測レンズの方で、一瞬だけノイズが走った時に映ったんだ。新しい特異点の影。次の嵐が、もう来てるよ」
吹雪が窓ガラスを叩いた。
二人の顔が、窓に薄く反射して映っていた。リツカの黒い髪と、マルセリウスの白銀の髪が、並んで窓の中にいる。
リツカは拳を、少し、握った。
マルセリウスが、やっと窓から目を離した。
「[gentle]……まあ、なんとかなるでしょ。たぶんね」
いつもの軽い口調だった。
でも、その左目——紫のオッドアイが、笑っていなかった。
リツカは窓の外を見た。吹雪の中に何かが見えるわけじゃない。でも、マルセリウスが見ていたのと同じ方向を、見た。
今度は一人じゃないと知っている。
でも、見えない敵がいる。どこかに。誰かが、カルデアの内側に手を伸ばしてきている。
リツカは、もう一度拳を握った。吹雪は続いていた。