カルデアのおやすみ——英雄たちの大混乱デイオフ
カルデアへようこそ——歴史を超えた英雄たちが集い、世界を守るための謎めいた施設。
今日は珍しく戦闘の予定がない。マスター、フジマル・リツカはうっかり施設のインターホンで「みんなのための自由な一日」のアナウンスを流してしまい、たちまち絶対的な混乱が巻き起こる。
食堂では激しい料理対決が勃発。誰もが自分こそが最高の料理人だと主張するが、各英雄が知るのは自分の時代の料理だけ。結果は悲惨そのもの。アーサー王伝説の硬いパン、江戸時代の味噌汁、そして古代ギリシャの謎のシチューが一度にテーブルに並ぶ。マスターは一口ごとに顔をしかめるばかり。
廊下ではギルガメッシュが「今日は宝物庫の整理に最適な日だ」と言い、すべてを廊下に広げてしまう。廊下は完全に塞がれてしまう。苦情を言いに来たモードレッドが、誤って貴重な遺物を蹴ってしまい、王の激怒を招く。仲裁に来たマスターはギルガメッシュのコレクションについての一時間に及ぶ個別講義に閉じ込められてしまう。
図書館ではマーリンが「未来を教える」と約束して熱心な聴衆を集める。話は勢いよく始まるが、次第にマーリンは現実と創作の区別を見失い、最後は「なんとかなるさ
カルデアのおやすみ——英雄たちの大混乱デイオフ - 地下3層の大冒険——暗闇でくっついてくる王様
昨日、図書室で見つけた一行が頭から離れない。
——当該地下通路、建設完了後に老朽化により閉鎖。現在立入禁止。通路の一部で崩壊の兆候あり。
兆候あり、だ。崩壊した、じゃない。
フジマル・リツカは黒いショートヘアを適当に撫でつけながら、廊下の待ち合わせ場所に向かった。懐中電灯、ロープ、地図。昨夜準備したものをバッグに詰めてある。左頬のほくろが今日も同じ場所にある。身長170センチの体を壁に立てかけ、ギルベルトを待った。
時刻は朝。水曜日。残り6日。
ガシャン。
聞き慣れない音が廊下の向こうから近づいてくる。
リツカは顔を上げた。
金色だった。全部、金色だった。
純金の甲冑を全身に纏ったギルベルト・ザハルが、堂々とした足取りで歩いてくる。185センチの長身に、鎧の肩飾りが前後左右にせり出している。右手には宝石のついたランタンが3本。左手には象牙の杖。金色の長髪を後ろで束ねた鋭い瞳が、リツカを見て鼻を鳴らした。
「[serious]準備は終わったか、マスター。余は先頭を歩く」
「[gentle]あの……もう少し軽くできないかな」
ギルベルトの金色の瞳が細くなった。
「[cold]余の装いに文句があるというか」
「地下は通路が狭いし……崩壊寸前なんだよね」
「[serious]余の威光の前に崩落など起こらん。案ずるな」
そのまま地下への入り口の扉に向かった。
リツカはバッグを背負い直した。
——ガチャン。
止まった。
扉の幅は80センチほど。ギルベルトの甲冑の肩飾りが左右合わせて1メートル近くある。ギルベルトが扉に横から入ろうとしている。入れない。肩が引っかかって身動きが取れなくなっていた。
ガチャ。ガチャガチャ。
ギルベルトが前後に揺れる。引っかかったまま揺れている。
リツカは近づいて、肩飾りの端を静かに持った。「引っ張るよ」と言いながら、ゆっくりと角度を調整する。ギリギリ通る。そのままギルベルトを通路の外へ引っ張り出した。
ギルベルトはぼさっと立ち直ると、咳払いをひとつした。
「[cold]……罠だ。入口の設計が劣悪なのだ」
「そうだね」
リツカは笑いをこらえながら、先に扉の中へ入った。
──────
地下通路は暗かった。
電気系統が不安定らしく、壁面のライトがほぼ機能していない。リツカが持ってきた懐中電灯一本が頼りだった。足元に光の輪が落ちて、少し先は真っ暗になる。空気がひんやりしていて、コンクリートと埃の匂いがする。壁がところどころひび割れていて、細い亀裂が天井まで走っていた。
リツカが前に立って、懐中電灯で足元を照らしながら歩いた。
「[serious]余が先頭を歩く。退け」
ギルベルトが並んで前に出ようとしたが、通路の幅は二人が横並びで歩けるほどない。結局リツカが先になった。
数分歩いた。
通路が右に曲がった。曲がった先が、完全な暗闇だった。
リツカの懐中電灯だけが頼りになる。ギルベルトのランタンが3本あったはずだが——リツカは振り返った。
ギルベルトが、リツカの背中にほぼ密着した状態で歩いていた。
距離にして10センチもない。リツカの背中にギルベルトの金色の甲冑がほとんど当たりそうだ。ランタンは全部消えている。宝物庫に戻したらしい。
「[gentle]あの……ギルベルト?」
「[serious]後方の警護だ」
ギルベルトは真顔だった。まったく動じていない。
「マスターを挟み撃ちにされないよう、余が最後尾を固めている」
「[gentle]さっき先頭を歩くって言ってたよね」
「[cold]状況に応じて戦略は変わる」
即答だった。
リツカは前を向いて、笑いをこらえながら歩いた。
ガチャガチャ。
甲冑の音が通路に響く。
「しっ」
「[serious]余のせいではない。通路の幅が劣悪なのだ」
「しっ」
「[cold]……」
ガチャガチャガチャ。
リツカはもう何も言わなかった。前を向いて、懐中電灯で足元を照らしながら、一段ずつ階段を降りていった。背中にギルベルトの存在を感じながら。
──────
地下3層だった。
階段を降りきると、突然視界が広がった。今まで続いていた狭い通路とは全然違う。天井が高い。横幅も広い。懐中電灯の光が壁まで届かないくらい、大きな空洞だった。
空洞の中央付近には、太いパイプが何本も走っていた。霊子演算装置トリスメギストス——カルデアの中枢演算システム——の冷却パイプだ。パイプから白い煙のようなものが漏れている。冷却剤が気化したものらしく、床の近くに白く漂っている。
リツカは懐中電灯を壁面に向けた。
キラッ。
「[surprised]……あれ」
壁の一部が光っていた。
近づいた。懐中電灯の光を当てると、岩の中に埋め込まれた細い鉱脈がキラキラと輝いている。青みがかった銀色。触ると少し温かい。リツカには鉱物の専門知識はないが——昨日、図書室で見た写真と一致する。
「[excited]霊脈石だ……!」
ギルベルトが横に並んだ。金色の瞳が鉱脈を見た。少し沈黙した。
「[serious]……質は悪くない」
「これで炉心を作れる?」
「[serious]分析してみなければわからんが。可能性はある」
リツカはバッグからサンプル採取用の小袋を取り出した。ポケットナイフの先で鉱脈の端を少し削って、かけらをいくつか袋に入れた。
袋を持ち上げてみる。中で青銀色の欠片がキラキラ光る。
(あった。ちゃんとあった)
リツカは少しだけ、全身から力が抜けるような感覚がした。昨日から続いていた焦りが、ほんの少し和らいだ。
その時だった。
ドン。
低い音が、空洞の奥から伝わってきた。
「[surprised]……今の」
ドドン。ドドドドド。
地面が揺れた。足の裏から振動が来る。上を見上げると、天井のひび割れから細かい砂と粉が降ってくる。パイプが音を立てた。壁面のひびが、目に見えてくっきり広がっていく。
「[scared]逃げる!」
走り出した瞬間、天井から岩の塊が落ちてきた。一つ、二つ。拳大のものから、人の頭くらいのものまで。
出口はどこだ。懐中電灯を向ける。50メートルくらい先に階段の入り口が見えた。
走った。
ドォン!!
真上から音がした。
大きかった。
リツカは止まれなかった。大きな岩が、リツカの頭上に向かって落ちてくる。避けられない。足がもつれる——
ガァン!!!
轟音。
リツカの視界が一瞬白くなった。
倒れていない。
上に何かある。
黄金の盾だった。ギルベルトがリツカの真後ろに立って、頭上高く黄金の盾を掲げている。盾の上面に、岩がのしかかっていた。ギルベルトの膝がじわっと地面に下がる。甲冑がミシミシと音を立てた。
さらに岩が来た。また来た。盾の上に積み重なっていく。
ドドドド——
地響きが続く。埃が舞う。
そして、静かになった。
リツカは動けなかった。
ギルベルトが、ゆっくりと盾を下ろした。
盾は——ぐしゃぐしゃになっていた。縁が折れ曲がり、表面が大きく凹んでいる。かつては完璧に滑らかだったはずの黄金の表面が、岩の重みでひしゃげていた。
ギルベルトは立ち上がった。膝の甲冑が少し歪んでいる。
潰れた盾を、見た。
一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、その金色の瞳が、何か違う色になった。リツカには何と言えばいいかわからないが——悲しい、という言葉が一番近い気がした。
でもすぐに、いつもの顔に戻った。
リツカは息を整えながら、ギルベルトを見た。
「[gentle]……ありがとう。大事な盾だったのに、ごめんね」
ギルベルトは一瞬だけ目をそらした。
潰れた盾を見た。
それからまた、リツカを見た。
「[serious]盾とは、本来そういうものだ」
声のトーンが、いつもと少し違った。
「[serious]余はただ、本来の使い方をしたまでのこと。惜しくはない」
言葉は強がっていた。でも声が静かだった。傲慢な威張り屋が使う声じゃなかった。
リツカは何も言わなかった。うなずいた。
(この人、本当はすごくやさしいんだな)
埃が舞う空洞の中で、二人はしばらくそこに立っていた。リツカは胸の真ん中がじわっと温かくなるのを感じた。
──────
地上に戻った頃、外の空気がひんやりと感じた。
技術スタッフにサンプルを渡して分析を依頼した。スタッフが急いで検査室に駆け込んでいく。
リツカとギルベルトは廊下のベンチに腰を下ろして待った。ギルベルトの甲冑は埃だらけで、膝の部分が少し歪んでいる。潰れた黄金の盾は宝物庫に戻したらしく、今は持っていない。
「[gentle]怪我はない?」
「[cold]余に限って傷など」
「そっか」
それだけ話した。
沈黙。
ベンチが少し冷たい。廊下の青い床灯が静かに光っている。
夕方になった頃、スタッフが走ってきた。
「[serious]分析が出ました!」
リツカは立ち上がった。
「結果は?」
「[serious]霊脈石の質は十分です。炉心の材料として使えます」
リツカとギルベルトが同時に顔を見合わせた。
「[excited]よし!」
「[serious]当然だ。余が質が悪くないと言った」
「[serious]ただし——」
スタッフが続けた。
「炉心の形に加工するには、最短でも3日かかります」
「3日」
「残り時間は4日ですよね。ギリギリ間に合う計算です」
リツカはギルベルトを見た。ギルベルトがリツカを見た。
「[excited]やるぞ」
ギルベルトが右の拳を差し出した。
リツカが左の拳を当てた。
コツン、と音がした。小さい音だったが、なんだか頼もしかった。
「[serious]ただし、問題があって……」
スタッフが言いにくそうに続けた。
「[serious]霊脈石を高温で加工できる設備が、カルデアには存在しません。それから……そういった加工ができる技術者も、うちにはいないんです」
沈黙。
リツカは考えた。
(時間はある。でも、加工する手段がない)
「[gentle]……じゃあ、どうすればいい?」
スタッフは黙った。ギルベルトも少し黙った。
廊下の青い床灯が、静かに光っている。カルデアス——あの青い球体——がどこかで今も光っているはずだ。あと4日。
リツカは拳をぎゅっと握った。答えはまだない。でも、諦める気もまったくない。
そう思っていた時。
廊下の端の方で、何かの気配がした。
ちらっと見ると——赤い。
赤い何かが、こちらを見ていた。
でも振り返った時には、もうそこには誰もいなかった。