カルデアのおやすみ——英雄たちの大混乱デイオフ
カルデアへようこそ——歴史を超えた英雄たちが集い、世界を守るための謎めいた施設。
今日は珍しく戦闘の予定がない。マスター、フジマル・リツカはうっかり施設のインターホンで「みんなのための自由な一日」のアナウンスを流してしまい、たちまち絶対的な混乱が巻き起こる。
食堂では激しい料理対決が勃発。誰もが自分こそが最高の料理人だと主張するが、各英雄が知るのは自分の時代の料理だけ。結果は悲惨そのもの。アーサー王伝説の硬いパン、江戸時代の味噌汁、そして古代ギリシャの謎のシチューが一度にテーブルに並ぶ。マスターは一口ごとに顔をしかめるばかり。
廊下ではギルガメッシュが「今日は宝物庫の整理に最適な日だ」と言い、すべてを廊下に広げてしまう。廊下は完全に塞がれてしまう。苦情を言いに来たモードレッドが、誤って貴重な遺物を蹴ってしまい、王の激怒を招く。仲裁に来たマスターはギルガメッシュのコレクションについての一時間に及ぶ個別講義に閉じ込められてしまう。
図書館ではマーリンが「未来を教える」と約束して熱心な聴衆を集める。話は勢いよく始まるが、次第にマーリンは現実と創作の区別を見失い、最後は「なんとかなるさ
カルデアのおやすみ——英雄たちの大混乱デイオフ - てんやわんやの炉心作戦——紫ローブの魔術師と覚悟の一歩
土曜日の朝だった。
カルデアの作業場は、昨夜より少しだけ明るい。演算装置トリスメギストスの復旧と同時に照明も戻り、白い蛍光灯がまたぶんぶんと唸っている。台の上には残り2つの霊脈石と、ギルベルトが宝物庫から取り出してきた——例の宝具が、ちんと置かれていた。
小型の金色の炉だった。手のひらに乗るくらいの大きさで、側面に細かい紋様が刻まれている。古代メソポタミアの職人が作ったと言われれば確かにそう見える。でも、どこをどう触れば動くのかが、まったく分からない。
リツカはそれを三分間、じっと見ていた。
ギルベルトも見ていた。
モーリスも見ていた。
三人が黙って、小さな金色の炉を囲んでいる。
「[serious]……余が先に触れる」
ギルベルトが腕を伸ばした。金色の長髪が肩から落ちる。鋭い金色の瞳が宝具を見据えて、指先で側面の紋様をなぞった。
何も起きない。
もう少し押してみる。
何も起きない。
ギルベルトが別の面を触る。また別の面を触る。宝具がぶるっと震えた。
「おっ」
三人が前に出た。次の瞬間、宝具がぶるぶるぶるっ、と激しく震え出した。台がガタガタ揺れる。ギルベルトが手を引いた。モーリスが「うわっ」と後ろに飛び退く。リツカも一歩さがった。
宝具は七秒ほど震えてから、ぴたりと止まった。
また沈黙。
「[sarcastic]……余の鍛冶師が使っていたものだ。余ならわかる」
「わかってないじゃん」
「[angry]黙れ」
「いや、俺だって触ってみるよ。どうせならガンって叩けば——」
「[angry]叩くなと言ったはずだ!!」
「触るだけだろ!!」
リツカが二人の間に割って入った。両手を広げて、笑いながら、少しだけ声が上ずる。
「[gentle]ちょっと待って、二人とも。叩いたら壊れるかもしれないし、えっと——」
三人でまた宝具を眺める。残り時間は絞られている。演算装置が復旧して、加工の算段は立った。でもこの宝具の使い方が分からないと、高速精錬の意味がない。
どうしようか、とリツカが思ったその時。
作業場の扉が、静かに開いた。
欠伸の音が先に入ってきた。
「はあ……朝から騒がしいのう」
紫のローブを羽織った青年が、分厚い古文書を小脇に抱えてゆっくりと入ってきた。白銀の長髪をゆるく後ろでまとめて、顎に青いマスクをだらりとかけている。左右で色の違う瞳——左が紫、右が銀色——が、半眠りのような目つきで三人を眺めた。マルセリウス・ヴァル。図書室で会ったことがある、飄々とした魔術師だ。
「[gentle]あー、その宝具ね」
マルセリウスが台に近づいて、宝具をひょいと覗き込んだ。
「[gentle]使い方、知ってるよ。たぶん。いや、きっと。……まあ、なんとかなるじゃろ」
ギルベルトが眉を寄せた。
「[cold]何者だ、そなたは」
「[gentle]通りすがりの魔術師です。図書室でずっと調べてたんだよね、炉の修理方法。そしたらちょうどいいものが見えたから来てみたわけじゃ」
リツカが前に出た。
「[excited]じゃあ、助けてもらえますか……!」
「[gentle]うん、いいよ。面白そうだし」
軽い。本当に軽い返事だった。でもマルセリウスが古文書を広げた瞬間、その言葉が変わった。ページをめくりながら宝具の紋様と照らし合わせ、側面の刻印を指でなぞって、起動の手順を淀みなく説明し始める。一言一言が的確で、迷いがない。
すごい、とリツカは思った。口に出た。
「[surprised]すごい……」
ギルベルトが腕を組んで、ほんの少し表情が緩んだ。強がりながらも、内心はほっとしているのが分かった。
こうして、連携作業が始まった。
役割分担はこうだ。リツカが宝具に魔力を供給し続ける。ギルベルトが宝具の炉を操作して霊脈石に熱を加える。モーリスが大きな手動のふいごを押して火力を調整する。マルセリウスが古文書を見ながら全体に指示を出す。
最初の五分は、うまくいった。
リツカが手のひらを宝具に当てて、令呪の刻まれた右手から魔力を流す。じんわりと温かいものが指先から流れていく感覚。ギルベルトが炉の紋様を操作すると、霊脈石がオレンジ色に光り始めた。モーリスがふいごをゆっくり押す。火力が上がる。石の表面がゆっくりと柔らかくなっていく。
いける。いけるかも。
その六分目に、モーリスが言った。
「[excited]これ、もっと強い方が早く終わるだろ!」
ふいごを限界まで押した。
ゴォォォォ!!!
炎が天井に届いた。
焦げ臭い匂い。天井に黒いしみがじわっと広がる。ギルベルトが「あっ」という顔をした。リツカが「あっ」という顔をした。マルセリウスが古文書から顔を上げて天井を見た。
「[angry]天井を燃やすな、この猪武者!!」
「[angry]うるせえ!俺は言われた通りやってるだろ!!」
「[angry]言われた通りとはどういう意味だ!!適切な火力と言ったはずだ!!」
「[angry]適切ってどのくらいだよ!!数字で言えよ!!」
「[serious]みんな、お願い、集中して!」
ぴたり、と二人が止まった。
リツカの声が飛ぶたびに、なぜか三人が動きを合わせる。この法則に、リツカ自身が一番驚いていた。
火力を戻して、作業を再開する。石が少しずつ、炉心の形に近づいていく。
しばらくして、マルセリウスがぽつりと言った。
「[gentle]そういえばこの工程、未来では自動化されてるんだよね。たしか三百年後くらいに、炉心専用の精錬装置が発明されて——」
手が止まった。
古文書を閉じて、遠くを見ている目になっている。
「[serious]マルセリウスさん、話は後で!!」
「あ、そうじゃったね。失礼」
また作業に戻る。
今度はギルベルトが炉の調整をしながら、おもむろに言い出した。
「[cold]この宝具は元々、余の王国で最も腕の立つ鍛冶師が愛用しておったものだ。名をナブ・ベルといって、余が十七の時に——」
「[serious]みんな、お願い、集中して!!」
「……了解だ」
モーリスがこらえきれずに笑った。ふいごを押しながら、肩が揺れている。
「[laughing]お前だけには言われたくないだろそれ」
「[angry]何が可笑しい!!」
「[serious]二人とも、お願い!!」
ぴたり。
またうまくいく。
これの繰り返しだった。バラバラで、うるさくて、天井に焦げ跡が増えていって——でも、確かに石は形になっていった。リツカが叫ぶたびに三人がまとまる。それだけが、この混沌をなんとか前に進ませていた。
数時間が経った頃。
マルセリウスが静かに言った。
「完成じゃな」
霊脈石が、炉心の正確な形に整っていた。青銀色の石が、複雑な曲線で削り出されて、完璧な形をしている。
「[excited]やったぞ!!」
作業台を拳で叩いた。台がガタンと揺れる。
「[cold]余の宝具の威力があってこそだ」
腕を組んで鼻を鳴らしている。でも口の端が少し上がっている。
リツカの目に、じわっと熱いものが来た。泣きそうだった。笑えてきた。両方が同時に来て、変な顔になっていると思う。
四人の歓声が、作業場に響いた。
——その直後だった。
マルセリウスが炉心を手に取った。しばらく眺めていた。表情が、すっと変わった。
さっきまでの飄々とした顔じゃない。
「一つ、言っておかないといけないことがあって」
声のトーンが変わった。全員が気づいた。作業場が静かになる。
「[serious]炉心の交換は、魔力炉の内部に直接入って、中心にはめ込む必要がある。炉の中は高温と魔力の嵐で満ちてる。サーヴァントが入ったら霊基が耐えられない。だから——入れるのは、人間のマスターだけだ」
静寂が落ちた。
ギルベルトの金色の瞳が、ゆっくりとリツカを向いた。
モーリスの赤い瞳が、リツカを向いた。
マルセリウスの左右色違いの瞳が、リツカを向いた。
三人の視線が、同時に集まった。
リツカは立っていた。
何も言えなかった。最初の数秒は、本当に何も言えなかった。足が床に貼りついたみたいに動かない。炉心の交換。高温と魔力の嵐。自分が、その中に入る。
体が、震えていた。
ゆっくりと、右手を見た。手の甲に刻まれた令呪の紋章。三画の、赤い印。
これがある限り、サーヴァントと繋がっている。一人じゃない。昨夜、暗い作業場で床にうずくまっていた時と、今は違う。あの時一人だと思っていたけど、違った。扉が開いて、二人が入ってきて——そういう人たちが、今もここにいる。
令呪を見つめながら、リツカは静かに決めた。
顔を上げた。
「[serious]行くよ。みんなを守るのが、ぼくの仕事だから」
声が震えていたけど、最後まで言えた。
モーリスが、リツカの肩を手のひらで叩いた。力強く。強すぎて、リツカが少しよろけた。
「[serious]絶対帰ってこいよ」
それだけだった。でもその一言に、モーリスらしいものが全部入っていた。
ギルベルトが宝物庫の空間から何かを取り出した。黄金の符だった。細かい魔術紋様が刻まれた、手のひらサイズの板。防護符だ。リツカの手にそっと押しつけた。目をそらしたままで。
「[cold]これで少しは持つはずだ。……帰れ。無駄に死ぬな、マスター」
防護符を渡す時、ギルベルトの指がリツカの手に触れた。そのまま、一拍だけ、手を離さなかった。リツカが気づいた。ギルベルトも気づいた。何も言わなかった。でも、その一拍が、長かった。
ギルベルトが手を引いた。目をそらしたまま、壁を見た。
マルセリウスがウインクした。
「[gentle]大丈夫。未来は見えてるから——たぶんね」
リツカは防護符を握りしめた。
扉を開けた。
内部から、赤い光が溢れ出した。熱が来た。顔に、腕に、全身に。魔力炉の奥から漂う灼熱の風が、リツカの髪を揺らした。
リツカは一歩、光の中へ踏み出した。