カルデアのおやすみ——英雄たちの大混乱デイオフ
カルデアへようこそ——歴史を超えた英雄たちが集い、世界を守るための謎めいた施設。
今日は珍しく戦闘の予定がない。マスター、フジマル・リツカはうっかり施設のインターホンで「みんなのための自由な一日」のアナウンスを流してしまい、たちまち絶対的な混乱が巻き起こる。
食堂では激しい料理対決が勃発。誰もが自分こそが最高の料理人だと主張するが、各英雄が知るのは自分の時代の料理だけ。結果は悲惨そのもの。アーサー王伝説の硬いパン、江戸時代の味噌汁、そして古代ギリシャの謎のシチューが一度にテーブルに並ぶ。マスターは一口ごとに顔をしかめるばかり。
廊下ではギルガメッシュが「今日は宝物庫の整理に最適な日だ」と言い、すべてを廊下に広げてしまう。廊下は完全に塞がれてしまう。苦情を言いに来たモードレッドが、誤って貴重な遺物を蹴ってしまい、王の激怒を招く。仲裁に来たマスターはギルガメッシュのコレクションについての一時間に及ぶ個別講義に閉じ込められてしまう。
図書館ではマーリンが「未来を教える」と約束して熱心な聴衆を集める。話は勢いよく始まるが、次第にマーリンは現実と創作の区別を見失い、最後は「なんとかなるさ
カルデアのおやすみ——英雄たちの大混乱デイオフ - 乱入騎士と最悪の金曜日
霊脈石の加工は、思ったより難しかった。
フジマル・リツカは作業台の前に座って、小さな石削り用のノミを握り直した。黒いショートヘアが額にかかっている。左頬のほくろが蛍光灯の下でちょこんと光る。
台の上には、昨日地下から持ち帰った霊脈石——正確には、霊脈石の原石を地道に整形したもの——が3つ並んでいた。青銀色の鉱石。触るとほんのり温かい。スタッフが「炉心の形に仕上げてください」と言い残して去っていった作業台には、ノミ、やすり、測定器、それから丁寧に整形する用のルーペが並んでいた。
金曜日の昼。残り時間は4日を切っている。
「[serious]まずここを0.3ミリ削る」
隣にギルベルト・ザハルが立っていた。金色の長髪を後ろで束ねて、金色の瞳がルーペごしに石を見ている。地下でぐしゃぐしゃになった甲冑はどこかに戻したらしく、今日は動きやすそうな上着を着ていた。それでも態度は相変わらずでかい。
「分かったよ」
リツカはノミの先を石に当てた。慎重に、慎重に。昨日の地下探索の疲れが少し残っていたが、手は丁寧に動かした。
コン。
「[serious]力を入れすぎだ」
「うん、ごめん」
また削る。コン、コン。少しずつ。石が思い通りの形に近づいていく気がする。こういう作業は嫌いじゃない。時間さえあれば。
時間さえ、あれば。
リツカはため息をこらえた。
その時。
バン!!!
「[excited]面白そうなことやってるじゃねえか!!!俺にもやらせろ!!!」
扉が壁に激突した。
リツカとギルベルトが同時に振り返る。
作業場の入り口に、一人の少年が立っていた。黒髪に所々赤いメッシュが混じった乱れ髪。燃えるような赤色の瞳。178センチの体から、ものすごい勢いと熱量が出ている。左足に古い傷跡があるのが見えた。
モーリス・レヴィア。リツカが廊下の奥で見かけた「赤い何か」が、これだったのか。
「[cold]……なぜそなたがここにいる」
「廊下でお前らが地下から戻ってくるの見たんだよ!何か面白いことやってんのかと思って!」
モーリスはずかずかと作業台に近づいた。赤い瞳が台の上の石を見て、ピカーっと輝く。
「うおっ、これが霊脈石か!なんか光ってる!すげえ!」
「[angry]触るな」
「どれどれ」
工具を手に取った。ノミだ。ぐっと握る。リツカが「あ、それ繊細な作業用で——」と言いかけた瞬間。
ガッッッコン!!!!
石が真っ二つに割れた。
パカン、と。きれいに。3日かけて整形した石が。
沈黙。
「[excited]割れた!すっごい!これ石ってこんな気持ちよく割れんの!?」
モーリスが目を輝かせている。
リツカはそれを見た。
「……あ、割れたな」
声が出た。それだけだった。
ギルベルトの目がゆっくりと閉じた。そして開いた。金色の瞳が、割れた石を見る。
「[angry]この愚か者が!!」
「はあ!?俺なんかしたか!?」
「余の宝物以上に貴重な石を何だと思っている!あれは3日かけて整形したものだぞ!!」
「そんなこと知らねえだろ!お前が先に説明しろよ!」
「手伝うつもりなら黙って見ていればいいものを、なぜそなたはいつもそう——!」
「うるせえ!俺は手伝おうとしただけだろ!ふざけんな!」
リツカは二人の間に割って入ろうとした。でも二人はもう作業場を飛び出していた。
廊下に出た瞬間、声が倍になった。
「[angry]そなたは昔からそうだ!!勢いだけで周りを巻き込む!!」
「[angry]お前こそ昔から偉そうにしてるだけで何も見えてないだろ!!」
「昔から!?」
「そうだよ!昔からずっとそうだろ!!」
メインコリドー——施設を東西に貫く、全長200メートルの主通路。白い壁と青い床灯が特徴の廊下が、今日は戦場になっていた。
ギルベルトが宝物庫から取り出した純金のトレーを持っている。盾代わりにしているらしい。モーリスは廊下に置いてあった予備の椅子を抱えている。何がしたいのか全く分からない。
スタッフが三人、廊下の向こうから走ってきて、二人を見た瞬間に方向転換して逃げた。
「また二人が……!!」
別の場所では「廊下封鎖してください!!」という声が聞こえた。
リツカは走りながら叫んだ。
「[scared]ちょっと待って!二人とも!時間が!時間がないんだよ!」
聞こえていない。完全に聞こえていない。
ギルベルトがトレーを前に出す。モーリスが椅子を持ち上げる。意味不明な攻防が廊下を転がっていく。二人の怒鳴り合いがエコーして施設中に響く。
「[angry]余の前でその口を聞くな!!」
「[angry]うるっさい!!ふざけんな!!」
リツカは走る。追いつく。また叫ぶ。また無視される。
廊下の突き当たりが近づいていた。
モーリスがギルベルトをかわそうとした。右に跳ぶ。左に跳ぶ。ギルベルトがトレーで追う。モーリスが走る。
壁際に突進した。
ドン!!!!
鈍い金属音が廊下に響いた。
モーリスの右肩が、壁面を走っている太いパイプに直撃した。トリスメギストス——カルデアの地下演算システム——の冷却パイプだ。パイプが大きくへこむ。
数秒の沈黙。
キーン、キーン、キーン——!!!!
アラームが施設中に鳴り響いた。
天井の照明がパッと消えた。
完全な暗闇。それから数秒後、緊急灯が赤く灯る。廊下が赤い光で染まった。
スピーカーから声が流れてきた。
「[serious]緊急警報です!トリスメギストスがオーバーヒートしました!再起動に12時間かかります!繰り返します、再起動に12時間——!!」
廊下が静かになった。
ギルベルトが、トレーを下げた。
モーリスが、椅子を床に置いた。
二人とも、壁を見ている。へこんだパイプを見ている。
「……やばい」
モーリスの顔から血の気が引いていた。初めて見る顔だった。さっきまでの怒鳴り声が嘘みたいに、静かになっていた。
リツカは立っていた。
赤い廊下の真ん中で。
頭の中で計算する。残り4日。作業に必要な演算装置が12時間使えない。霊脈石はあと2つ。加工は3日かかると言われている。12時間のロスで、残り時間は3日半。
ギリギリだった計算が、ギリギリじゃなくなる。
「……二人とも」
声が出た。思ったより静かだった。
ギルベルトとモーリスがリツカを見た。
「残り時間がどれだけあるか、分かってる?」
ギルベルトが口を開いた。
「[cold]モーリスが乱入してこなければこんなことには——」
「[angry]ギルベルトが追いかけてくるから壁に当たったんだろ!」
「そなたが勝手に——!」
「最初に怒鳴ったのはお前だろ!!」
二人がまた互いを指差す。
リツカは二人の間に立った。仲裁しようとした。口を開いた。
でも言葉が出なかった。
焦り。怒り。なんかよく分からない、泣きたいみたいな感じ。それが全部一緒になって、
「[angry]もういい!!一人でやる!!」
叫んでいた。
廊下が静かになった。
ギルベルトが黙った。モーリスが黙った。
リツカは二人に背を向けた。赤い廊下を歩く。足音が響く。作業場に戻る。一人で。
後ろで二人が何かを言っているかもしれない。でも振り返らなかった。
——
作業場は暗かった。緊急灯が赤く灯っているだけで、蛍光灯は全部消えている。
リツカは台の前に座った。
割れた霊脈石の破片が台の上に散らばっている。青銀色の欠片が、赤い光の中でくすんで見える。
ひとつ、ひとつ、拾い集めた。
(何やってんだろ、みんな)
怒りはまだある。でもそれよりも、疲れた。
リツカは拾った破片を小さな袋に入れながら、手が震えているのに気づいた。怒りのせいなのか疲れのせいなのか分からない。
(みんなを守りたいのに)
そう思っているのに。みんなのせいでうまくいかない。
そういう矛盾が、胸の中でぐるぐるしていた。
廊下の外で、足音がした。
ゆっくりとした足音が作業場のドアの前で止まった。
リツカは顔を上げなかった。ドアは開かない。でも誰かが外にいる。
数秒。
足音が遠ざかっていった。
——ギルベルトだったかもしれない。でも確認しなかった。
しばらくして、今度は別の足音。廊下の曲がり角のあたりで止まった。作業場の扉をちらっと見ているような気配がした。
それも、しばらくしてなくなった。
リツカは一人で、暗い作業場に座っていた。
台の隅に置いた小さなモニターが、赤い光の中で数字を映している。
——残り時間:52時間。
リツカはその数字をしばらく見た。
52時間。
「[gentle]……やるしかないよな」
誰もいない作業場で、小さくつぶやいた。
破片を全部集め終わって、袋を台に置いた。手はまだ少し震えている。
外の廊下はまだ静かだった。二人がどこにいるのか分からない。12時間後、演算装置が再起動したら、また作業が始まる。それまでに——何か、考えないといけない。
リツカは台に頬杖をついて、モニターの数字を見続けた。
赤い光が、薄暗い作業場をじわじわと照らしている。