うみねこのなく頃に 〜茶会は甘くて苦いお茶と共に〜
何故か六軒島に一堂が会する。魔女も家具も人間も、皆が無遠慮にくつろぐ茶会。……のはずだった。だが、始まってみれば菓子をくすねる者あり、薔薇の香りに噎せる者あり、とんでもなく不味い茶を淹れる者あり。大仰な笑い声が響くなか、真里亞は魔術道具で遊び始め、縁寿は姉の頭の角がどうにも気になって仕方ない。戦人は推理を放り出し、最後のケーキを巡るカード勝負に臨む羽目になる。そんなすべてをベアトリーチェは愉快そうに見つめていたが、この茶会にはほんの少し意地悪な企みが隠されている。誰かをちょっとだけ泣かせて、けれど少しだけ笑わせる、秘密の遊戯。騒がしく、支離滅裂で、時折ほろ苦い、六軒島の一日がこうして過ぎていく。
戦人とベアトリーチェの、どこかぎこちなくて、それでいて妙に近しい関係は変わらない。今回はそこに、ほんの少し胸騒ぎめいたロマンスも混ざる。甘い菓子を分け合い、偶然触れた手と手。だが、すぐに誰かがからかうものだから、その空気はあっさり壊れてしまう。いつもの、ゆるい六軒島の日常。けれど最後に戦人は気づく。この集まりはただの「茶会」じゃない。皆の笑顔の裏に、ベアトリーチェの小さな孤独が隠されていて、
うみねこのなく頃に 〜茶会は甘くて苦いお茶と共に〜 - 七姉妹のお菓子大戦争と、魔女が笑った理由
大広間の扉が、勢いよく開いた。
「[excited]失礼します!」
「「「失礼します!!」」」
七人の女性が、ずらりと整列する。
煉獄の七姉妹——ベアトリーチェに仕える家具たちだ。
先頭に立つのは、長姉のルシファー。髪をきっちりとまとめ、誇り高そうな目をしている。
その隣には、サラサラの黒髪を揺らす冷たい目つきのレヴィアタン。
さらに、幼い顔つきなのにどこか残酷そうなサタン。眠そうな目のベルフェゴール。
きらびやかなアクセサリーをつけた派手好きのマモン。
もぐもぐと、もう何か口を動かしている食いしん坊のベルゼブブ。
最後に、色っぽいため息をつくアスモデウス。
戦人は、七人がかりで頭を下げられて、ちょっとたじろいだ。
「お、おう。よろしくな」
声がちょっと裏返る。
ベアトリーチェは、扇子を口元にあててニヤニヤしている。
ルシファーが、一歩前に出た。
「[serious]本日は、我ら煉獄の七姉妹が、この茶会の給仕を務めさせていただきます。どうぞ、おくつろぎくださいませ」
おっ、ちゃんとしてるじゃねえか。
戦人がちょっと安心した、その瞬間だ。
「[serious]そして——本日の茶会の主役は、このスコーンでございます」
ルシファーが、銀のトレーに乗ったスコーンを高く掲げた。
ああ、うまそうだな、と戦人が手を伸ばそうとした——その手を、誰かが止める。
「[cold]待ちなさいよ、姉様」
レヴィアタンが、スッとルシファーの前に立ちはだかった。
「[sarcastic]また、そんなパサパサした小麦の塊をありがたがって。本日の主役は、当然、このマカロンです。この繊細な美しさがわからないなんて、蛮族と同じですわね」
レヴィアタンは、自分のトレーに乗った色とりどりのマカロンを、戦人の目の前に差し出した。
「な、なんですって!?」
ルシファーの顔が真っ赤になる。
「[angry]マカロンなんて、砂糖と食紅の塊じゃない! お菓子の基本は、このバターの芳醇な香りよ!」
「基本? 時代遅れもいいところですわね。今時、スコーンをありがたがるのは田舎の貴族だけですわ」
「[angry]田舎の貴族ですって!? この、このぽんこつ妹が!!」
二人の額が、ゴンッとぶつかりそうな距離で、バチバチと火花を散らす。
戦人は、目を白黒させた。
(な、なんだ!? いきなり喧嘩かよ!)
「[laughing]あらあら、お姉さま方ったら」
幼い顔のサタンが、無邪気な笑顔で割って入った——ように見えた。
「[gentle]スコーンもマカロンも、どっちも古くさいですよ。甘いものは、もっと罪深くなくっちゃ。ねえ?」
サタンは、自分のトレーから、真っ黒なチョコレートケーキを取り出した。
「おいしくて、身体に悪そうで、だからこそ最高。これが、サタンちゃんの得意な『怠惰のムース』でーす」
「[angry]はあ!? あんた、何よその真っ黒なの! 見た目が悪すぎるわ!」
「[angry]そうですわ! やっぱり一番は、この宝石のようなマカロンです!」
「[sad]えー、ひどいなぁ。味がわからないなんて、かわいそう」
そこに、眠そうなベルフェゴールが、のろのろと割って入る。
「[whispers]はぁ……うるさいなぁ……。お菓子なんて、食べられればなんでもいいじゃない……。そうだ、これは私の『怠惰のゼリー』。食べるのだるい人は、どうぞ……」
「[angry]なんでも良くないわよ!!」
「[angry]そうですわ! こだわりが大事なんです!!」
「[laughing]あっはっは! 貧しいねえ、みんな! お菓子の価値は、見た目のゴージャスさで決まるんだよ!」
金ぴかのアクセサリーをジャラジャラさせたマモンが、大きなフルーツタルトを掲げた。
「見なよ! 私の『強欲のタルト』を! 苺、キウイ、マンゴー、桃! 果物の宝石箱だよ! これに比べたら、スコーンなんてただの石ころさ!」
「[angry]石ころですって!? この成金女が!」
「[angry]なんですって!? 貧しい舌でよく言うわね!」
「[angry]もぐもぐ……もぐもぐ……!」
気がつくと、食いしん坊のベルゼブブが、争いをよそに全員のトレーからお菓子をつまみ食いしていた。口のまわりをクリームだらけにして、モグモグと頬張っている。
「[angry]あーっ!! ベルゼブブ、あんた何勝手に食べてるの!!」
「[angry]私のタルトが欠けてるわ!!」
「もぐもぐ……だっておいしそうだったから……」
「[angry]言い訳するなー!!」
「[laughing]うふふ、みんな楽しそうね。愛の口づけが足りないんじゃないかしら」
色っぽいアスモデウスが、投げキッスをしながら近づいてきた。
「[excited]私の特製『色欲のマシュマロ』を、あなたに食べさせてあげる——」
「[angry]うわっ、来るな変態! お前のだけは絶対にヤバいやつだろ!」
戦人は、思わず後ずさりした。
大広間は、阿鼻叫喚の戦場と化していた。
「スコーンこそが——」
「マカロンですわ——」
「怠惰のムースが——」
「強欲のタルトよ——」
「もぐもぐ——」
「愛が足りないのよ——」
七人の怒声が、部屋中にこだまする。
「[angry]ちょ、ちょっと待て、てめえら!!」
戦人は、耳をふさぎながら叫んだ。
「[angry]なんなんだよこの喧嘩は!! あ、あの魔女! お前の家具だろ、なんとかしろよ!!」
大テーブルの上座で、ベアトリーチェは優雅に紅茶をすすっている。
「[laughing]おーっほっほっほ。なにを言うか、このぽんこつ戦人」
「[angry]なにを、じゃねえ!」
「[gentle]家具が元気なのは、妾の管理が行き届いておる証拠じゃ。見ておれ、あれはあれで、実に面白い喧嘩じゃろ?」
ベアトリーチェは、まったく動じる様子もなく、ケーキスタンドのマカロンを一つつまんだ。
「[angry]面白くねえよ! つーか、なんでお前はそんなに冷静なんだよ! もしかして、これもお前のゲームか!」
「[sarcastic]ふむ。どうじゃろうな」
魔女は、ニヤリと笑った。
その瞬間、戦人の両腕を、誰かがガシッと掴んだ。
「え?」
振り返ると、ルシファーとレヴィアタンが、左右から戦人の腕をホールドしている。
「[serious]そうだ、いいことを思いつきました」
「[cold]ええ、そうですね。審判を決めればいいのです」
「え、し、審判?」
「[excited]そうよ! あんたが食べて、どれが一番おいしいか決めなさい!」
七姉妹全員の目が、一斉に戦人に向けられた。
「えええええっ!?」
「[serious]さあ、まずは私のスコーンからです。どうぞ」
「[cold]いいえ、まずは私のマカロンからよ。さあ」
「[gentle]サタンちゃんのムースも忘れないでねー」
「[whispers]ゼリーも……たべて……」
「[laughing]私のタルトを食べれば、みんな口をそろえて一番って言うよ!」
「もぐもぐ……あなたも食べる……?」
「[excited]まずは、私の愛のマシュマロを……あーん」
「[angry]いや、待て待て待て待て!!」
戦人は、じりじりと後退する。
だが、退路は七人に完全に囲まれていた。
「[angry]お菓子独占禁止ルールがあるだろ! 審判とか、無理に決まってる!」
「[serious]これは独占ではありません。審査です」
「そ、そうだとしても——」
「[cold]断るなら、ルール違反ということで罰ゲームですわね」
「[angry]罰ゲーム!? お菓子を食べられなくなるやつか!?」
「[laughing]もっと楽しい罰ゲームよ。私たちが考えた、とっておきの——」
「[angry]わ、わかった! わかったよ! 食えばいいんだろ、食えば!!」
戦人の顔がひきつった。
それからが、地獄だった。
まず、ルシファーのスコーンを一口。
バターが効いていて、まあ、うまい。
「[gentle]これは、なかなかうまいな」
「[laughing]でしょう!? さすが戦人、味がわかっている!」
「[angry]ちょっと! 次は私のマカロンよ!」
レヴィアタンが戦人の口に、ピンクのマカロンを押し込む。
サクッ、とろっ。甘い。
「う、うまい。うまいけど、ちょっと待て、口の中がまだ——」
「[excited]サタンちゃんのムースもいってみよー!」
待ってくれない。
真っ黒なムースが、スプーンで口にねじ込まれる。
甘さと苦さが、口の中で爆発する。
「[angry]う、うぐっ!?」
「これも食べて……あーん」
「[angry]変態のマシュマロはいらん!!」
「私のタルト! これが至高よ!」
「……もぐもぐ」
戦人は、次々と口に運ばれるお菓子を、必死に飲み込んだ。
スコーンは、バターの香りが良くて、外はサクサク、中はしっとり。
マカロンは、口に入れた瞬間に溶けて、甘い幸せが広がる。
ムースは、とろけるようで、チョコの深い味がした。
フルーツタルトは、果物がみずみずしくて、甘酸っぱい。
……うまい。全部うまい。
でも——。
「[sad]うっ……もう、食えねえ……」
五個、六個とお菓子を食べ続けるうちに、戦人のお腹はパンパンに膨れていた。顔色が、だんだん青くなっていく。
「[excited]さあ、どれが一番おいしかったか、言いなさい!」
「[cold]当然、私のマカロンですわよね?」
「[sad]ムースって言って……? 言わないと、泣いちゃうよ……」
戦人は、脂汗をダラダラ流しながら、七人の顔を順番に見た。
(どう答えても、他の六人が怒る……!)
「え、えーと、スコーンが、こう、バターが効いてて……」
「[excited]ほらね!」
「[angry]ちょっと、じゃあマカロンは口に合わなかったとでも言うの!?」
「ち、ちが……マカロンも、うまかった! 口の中で溶けて、すごく!」
「[smug]ふん、当然ですわ」
「[angry]あら、じゃあスコーンよりマカロンの方が上ってこと!?」
「[angry]そ、そうじゃなくて! ムースだって、あの、こう、苦くてうまいっていうか!」
「[sad]苦いって……やっぱりまずいんだ……」
「[angry]違う! うまい! うまいんだって!」
「[laughing]私のタルトを忘れてない?」
「[angry]タルトも! 果物がみずみずしくて最高だ!」
「じゃあタルトが一番なのね!?」
「[angry]そうは言ってねえ! うああああ、もう、わけわかんねえ!!」
戦人は、頭を抱えて叫んだ。
ベアトリーチェは、それを見ながら、お腹を抱えて笑っていた。
だが、まだ——決定的な笑い声ではない。
「[angry]おい、ベアトリーチェ! 笑ってねえで助けろ!」
「[laughing]無理じゃ、おーっほっほっほ! これはお前自身でなんとかせい」
すると、限界を迎えた戦人が、突然、半泣きで怒鳴った。
「[angry]もういい!! ぜんぶうまいんだよ! スコーンも、マカロンも、ムースもタルトも、みんなうまい! どれが一番とか、決められるか! そんなことしたら、もったいないだろうが!!」
大広間が、シンと静まり返った。
七姉妹は、一瞬きょとんとして、顔を見合わせた。
ルシファーが、レヴィアタンを見る。
レヴィアタンが、サタンを見る。
「「「…………ぷっ」」」
誰かが吹き出した。
それが、連鎖する。
「あはははははははははは!!」
「おっほっほっほっほ! ぜんぶうまい、ですって!」
「[laughing]もったいないー! あははは!」
七姉妹は、もう喧嘩をしていたことなど、すっかり忘れたように笑い転げている。
ルシファーが、涙を拭きながら言った。
「[gentle]そ、そうね……。確かにどれも、私たちが心を込めて作ったものだものね」
「[gentle]ええ。くだらないことで争ったみたいですわね」
「[gentle]じゃあ、今度はみんなで、順番に並べましょう」
あれほど激しかった喧嘩が、うそのように収まる。
七人は、素直にお菓子のトレーをテーブルに並べ直した。
戦人は、力が抜けて、その場にペタンと座り込んだ。
「はあ……はあ……びっくりした……」
その時だ。
「あーーっはっはっはっはっはっは!!」
大爆笑。
戦人が、びっくりしてそちらを見る。
ベアトリーチェは——腹を抱えて、ゲラゲラ笑っていた。
いつも持っている扇子を、バンバンとテーブルに叩きつけている。
「[laughing]も、もったいないだろうが、じゃと!? おーっほっほっほ!! め、目に、涙が……! ああっ、腹が痛い!!」
尊大も、高飛車も、意地悪も、何もかもが消えている。
ただ、心の底から楽しくて仕方ない——そんな笑顔だった。
金色の縦ロールが、笑いでふるふると揺れている。
目じりに浮かんだ涙が、シャンデリアの光を反射してキラリと光った。
「……」
戦人は、ぼんやりと、その顔を見つめた。
(なんだ……)
(なんだ、お前……)
(ちゃんと、笑えるんじゃないか)
胸の奥が、変にざわつく。
今まで、何百回と顔を合わせてきた。
ゲームで戦って、憎まれ口を叩き合って。
でも——こんな顔は、見たことがない。
いつもの意地悪な笑み。
余裕たっぷりの高笑い。
怒って、つんと横を向く顔。
それだけだと思ってた。
なのに、今——彼女は、こんなふうに笑うんだ。
(知らなかった)
戦人は、自分がじっとベアトリーチェを見つめていることに、気づかなかった。
「[surprised]……ん?」
笑いがおさまったベアトリーチェが、戦人の視線に気づいた。
「な、なんじゃ。人の顔をじろじろと。文句があるなら言うがよい」
魔女は、少しだけ頬を赤くして、扇子で顔を隠した。
「[gentle]……いいや」
戦人は、首を振った。
「[gentle]ただ、お前、そんなふうに笑えるんだな」
「[angry]なっ……!」
ベアトリーチェの耳が、カアッと赤くなった。
「[angry]ば、ばか者! 妾を誰じゃと思っておる! 笑うこともあれば、泣くことも——」
「[sarcastic]紅茶をまずく淹れることもあるんだろ?」
「[angry]おのれええええ!!」
魔女が扇子を振り上げる。
でも——さっきのあの笑顔が、戦人の頭から離れなかった。
「さて、と」
騒ぎがおさまったタイミングで、ルシファーがスッと戦人の前に立った。
「[serious]戦人様」
「な、なに?」
「[excited]お菓子の優劣はつかない、ということで決着しました。そこで次は——実力で勝負といきませんか?」
「実力?」
ルシファーは、どこからかトランプの束を取り出した。
「[excited]トランプ勝負です。負けた方が罰ゲーム——というのはどうでしょう?」
「の、乗った!」
戦人は、すぐさま食いついた。
「[excited]ただし、相手はお前一人じゃねえ。七人まとめてかかってこい! 俺が全員、コテンパンにしてやる!」
「[laughing]あら、それは面白いわね。みんな、聞いた?」
「ええ、聞いたわ。生意気ね」
「サタンちゃん、本気出しちゃうよ〜」
七姉妹が、不敵な笑みを浮かべて、戦人を取り囲む。
ベアトリーチェは、その様子をじっと見つめていた。
「[whispers]ふふ……。妾は、楽しみにしておりますよ。バトラ……」
それは、戦人にだけ聞こえるような、小さな声だった。
「え?」
戦人が聞き返そうとした、その時——。
バタバタバタ!!
廊下を走る、慌ただしい足音がした。
大広間の扉が、乱暴に開かれる。
給仕の嘉音だ。
「——お、お客様! 桟橋に、船が到着しました! 次のお客様が、いらっしゃいます!」
大広間が、ざわりとざわめいた。
「まあ、もうそんな時間?」
「次のお客様って、誰かしら?」
戦人は、トランプに伸ばしかけた手を止めて、窓の外を見た。
次の客——。
この島に、まだ誰か来るのか。
でも、その時、戦人の頭の中では、別のことがぐるぐる回っていた。
(バトラ、だって……?)
顔が、熱い。
(「楽しみにしてますよ」? なんでそんな、今、そんなふうに言うんだよ)
ちらりと、ベアトリーチェを見る。
魔女はもう、いつもの余裕たっぷりの顔に戻って、新しい客を待つ準備をしている。
戦人は、首をかしげた。
(なんでだ? なんで、あの笑顔が——頭から離れないんだ?)
大広間は、新しい客の到着という知らせに、どこか浮き足立っていた。
トランプ勝負は、一時中断。
茶会は、まだまだ、終わりそうになかった。