ヴェイル共鳴—シリコンと星光が交差する場所
量子プロセッサが黒曜石のような摩天楼の下で音を立て、古代の歴史がデジタル・アーカイブへと封印されたネオン輝く大都市エロリア。十六歳の天才スクラップ・メカニック、カエランは破壊された町で本来存在しないはずのものを発見する。共鳴装置だ。魔法と技術が不可分だった時代の遺物。初めはただの技術的好奇心に駆られた彼だったが、その装置が彼の神経経路内に何かを目覚めさせた時、全てが変わった。彼は聞くようになったのだ—膜の向こう側からの囁きを。エロリアの決定論的な世界とルミナス・レルムを隔てる理論上の障壁、その彼方から。
その囁きはリラのものだった。共鳴の守護者。彼女の存在そのものがエロリアの科学的教義に矛盾する。彼女がもたらした知らせは緊急を要するものだ。ヴェイル—魔法も技術も適切に説明できない熵的な力—が両世界の障壁を崩壊させているというのだ。その起源は不明だが、その影響は否定の余地がない。両現実が互いに出血し始め、存在そのものの基盤を不安定にしている。
懐疑的でありながらも、紛れもなく変化したカエランは、ありそうもない同志を集める。十七歳の戦士僧ソーレンはエロリアの境界を超えた隠された聖域で育
ヴェイル共鳴—シリコンと星光が交差する場所 - 尖塔庁の地下三層——四人で潜る、一度きりの賭け
Spliced Den──Conduit Wardの廃棄導管の底、地表から十二メートル下に潜む秘密の工房──の朝は、外の明かりとは無縁だ。
Ellaが天井から引いた違法分岐の電力ラインが、端末三台と作業灯を煌々と照らしている。その光の中に、四人が集まっていた。
Kaelanはケーブルの束を踏まないよう気をつけながら、作業台に向かうEllaの背中を見ていた。ツートーンの青紫ショートボブが端末の光に浮かんでいる。昨夜から、彼女はほとんど寝ていないはずだ。
EllaがObelisk Spire──Pellucid Mandate本部が最上階を占める、Eloria中枢区に聳える三百二十メートルの尖塔庁──の量子格子配線ログを三つのウィンドウに並べて開いた。
「センサーの死角が最大になる時間帯は、午前三時四十分から四十七分の七分間」
Ellaの指が端末を叩く。グラフが現れた。折れ線が急に落ちこむ箇所がある。
「この七分間、北基礎部の外壁排気口から侵入して地下三層に到達できれば、センサーには引っかからない。地下三層の魔法刻印残留ノイズが量子格子の精度を下げてるせいで、この死角が生まれてる」
「七分でどこまで行ける?」
Sorenが腕を組んだまま問う。白銀の長髪が薄暗い工房の中でも光を拾っていた。昨夜Ellaに手術してもらった右肩は、まだ包帯を巻いたままだ。
「地下二層まで余裕、地下三層は走り次第。だからKaelanと私が潜る。Sorenは地上でVitreous Guard──Pellucid Mandateが保有する武装治安部隊──二名の注意を引く陽動をやってもらう」
「了解した」
KaelanはLiraの共鳴リンクを通じて、彼女の気配が計画を確認しているのを感じた。
「Kaelan、緊張を下げることを意識してください。共鳴の周波数漏れは緊張と連動しています」
どうやって緊張を下げるんだ、とKaelanは内心で返した。緊張してる時に「落ち着け」って言われても、落ち着けるなら最初から落ち着いてる。
Kaelanは作業台に身を乗り出して、Ellaの画面を覗き込もうとした。
その瞬間。
ブッ、という短い音。
端末一台の画面が真っ黒になった。続いてもう一台。三台目。
Spliced Denが一瞬、作業灯だけの半暗闇になった。
Ellaがゆっくり振り返った。オッドアイ──左が金色、右が紫──がKaelanを見ている。感情が読みにくい顔なのに、今は感情がはっきりと読めた。
「電子機器の二メートル以内に近寄らないで」
「……ごめん、共鳴が」
「分かってる。だから近寄らないで」
Kaelanはそのまま壁際に下がった。三台同時フリーズ。完璧なタイミングで完璧な失敗だった。苦笑いと申し訳なさが顔の上で混ざり合う。
Ellaが端末を再起動し始めた。手慣れた動作だ。
その時、Sorenが短く鼻で笑った。
Kaelanはそちらを見た。Sorenが笑っているのを初めて見た。本当に一瞬だったけど、あれは確かに笑いだった。あの無口で表情の読めない戦士が。
Ellaが振り返らずに言った。
「Soren、笑いごとじゃないよ。明日これが起きたら全部終わり」
「……承知している」
Sorenの表情はもう元に戻っていた。でもKaelanには、その一瞬の緩みが妙に頭から離れなかった。
---
侵入当日。
午前三時三十八分。Obelisk Spireの北基礎部。
KaelanとEllaは外壁の排気口の前に来ていた。夜のEloria中枢区は、量子格子のネオン光が高層ビルの間を埋めて、どこを見ても明るい。その明かりが、むしろ影を濃くする。二人は影の中にいた。
Ellaが首元のマイクに小声で確認する。
「Soren、聞こえる?」
Kaelanのネックに巻き付けた小型振動器──Ellaが即席で作った連絡用デバイス──がかすかに震えた。長い振動。了解のサインだ。
三時四十分まであと二分。
Kaelanは共鳴装置をポケットの中で握った。緊張しないようにしろ、とLiraに言われた。でも無理だ。どう考えても無理だ。
Ellaが排気口のロックをハッキングで開けた。ほぼ無音で、三秒で終わった。
「行くよ」
三時三十九分四十五秒。
ネックの振動器が、急に短い振動を刻んだ。
早い。
Ellaが「早めろ」と解釈した。Kaelanも同じように解釈した。二人が同時に排気口に飛び込んだ。
暗い管の中を転がるように進む。外壁の分厚いコンクリートを抜けると、建物内の暖かい空気が来た。地下一層、二層と降りていく。Ellaの動きが速い。
Kaelanが地下二層のシャフト入り口に着いた瞬間、足の下の床がすっと揺れた。
エレベーターシャフトの昇降機が、動いた。
──上に向かって。
「え、ちょっと待っ──」
バンッ。
KaelanとEllaは昇降機の屋根の上に乗った状態で、シャフトの壁に挟まれた。昇降機は一段上で止まった。上にも下にも動けない。
十分間の監禁が始まった。
「Sorenの陽動が早かった。予定外の三人目のGuardがいたんだと思う。電力が一時的に揺れて、こうなった」
小声で、しかし淡々と状況を分析している。Kaelanは昇降機の屋根の上で壁に背中を押し付けながら、Ellaを見た。
「あんたの共鳴で昇降機動かせない?」
「機械系には使えるか分からない」
「やってみなよ。最悪落ちるだけだし」
「落ちるだけって最悪じゃん!?」
Ellaが小声でそれを言い切る真顔に、Kaelanは何と返していいか分からなくなった。最悪落ちるだけ。落ちたら地下三層のコンクリートに叩きつけられる。全然「だけ」じゃない。
Ellaがしばらくシャフトの壁の配線を手探りした。電力が通っているケーブルを探しているらしい。
「……あった。手動の補助回路」
三分後、昇降機が一段階だけゆっくりと下がった。下に、梯子の入り口が見えた。
EllaがKaelanを見た。
「七分のロス。センサーの死角があと何分か」
Kaelanは計算した。七分間の死角から七分引いたら、ゼロだ。
「……ギリギリ?」
「行くよ」
Ellaが梯子に飛び付いた。Kaelanが続いた。
---
地下三層に足が着いた瞬間、Kaelanの共鳴装置が震えた。
自発的に。Kaelanが何もしていないのに。
壁を見た。床を見た。天井を見た。
壁面全体に、何かが埋め込まれていた。量子回路の配線──Eloriaの現行技術の格子状パターン──と、それとは全く違うもの、魔法刻印の痕跡が、溶け合ったまま固まっている。二つが混ざり合って、一つの構造物になっている。
Kaelanの神経系の奥で、何かが引っ張られるような感覚がした。
(これは──)
Liraの声が届いた。
「痕跡は本物です」
Lost Core──両世界の均衡を保っていた始原の魔力源──が、確かにここにあった。そういう確信が、共鳴を通じて直接神経に流れ込んできた。言葉じゃない、証拠だった。
Kaelanが次の言葉を待った瞬間。
部屋の奥、暗がりから足音がした。
「よく来た」
Director Caspian Mourne──Pellucid Mandate長官、四十七歳──が、一人で立っていた。武器を持っていない。部下を連れていない。
ただ、立っている。
KaelanはEllaと並んだまま固まった。Mourneの顔を正面から見たのは、観測塔跡での挟撃以来だった。あの時と変わらず、冷徹な合理主義者の顔をしている。怒っているわけでも、威圧しているわけでもない。ただ、情報を処理しているような顔だ。
「ここに来ることは分かっていた」
Mourneが一歩前に出た。Kaelanたちとの距離は五メートルほど。
「Lost Coreを追うなら、俺と組め」
Kaelanは何も言えなかった。
「帳──the Veil──は自然現象じゃない。収斂──Convergence──を意図的に引き起こした者たちが、制御しようとして失敗した力だ。Pellucid Mandateはその制御手段を研究している。お前は共鳴適合者だ。その能力は鍵になれる」
Mourneの声は低く、淡々としていた。脅しでも懐柔でもない。ただ、事実を並べている。
「一人で動けば、あと二年で帳に飲まれる。俺と組めば生き残れる」
Kaelanは答えが出なかった。
嘘くさくない。それが一番怖かった。Mourneの言葉には、見え見えの嘘がない。信用できないのに、否定もできない。
Ellaが横でKaelanの袖を掴んだ。
「答えは今じゃなくていい。でも私たちはここから出るよ」
MourneがEllaを見た。何かを言いかけた、その時。
Liraの声が来た。
「Kaelan。このあたりはMembraneが極限まで薄くなっています。装置を鳴らして──特定の周波数で、今すぐ」
同時にEllaの指が動いた。端末をMourneの方向に向けて、何かを走らせた。
「通信端末ブロック。十秒ある」
Kaelanは共鳴装置を握った。Liraが言う周波数を頭の中で組み立てる。これは感覚の問題だ。理論じゃない。
鳴らした。
壁の一点が、変わった。
コンクリートが、そこだけ違う質感になった。膜みたいに薄い。向こう側に空間がある、そういう感じがした。
「Ella、先に」
Ellaが一瞬だけKaelanを見て、飛び込んだ。Kaelanがその直後に続こうとして──Mourneを振り返った。
Mourneは追ってこない。
「次に会う時は、答えを持ってこい」
Kaelanは何も言わずに飛び込んだ。
---
Obelisk Spireから数ブロック離れた路地に出た時、SorenがすでにそこにいてKaelanとEllaを見た。
「遅かった」
「あんたの陽動が十五秒早かったせいだからね」
「三人目がいた。計算外だった」
Sorenが珍しく弁解した。Kaelanはその言葉を聞きながら、シャフトの中での十分間を思い出した。
四人が同じ場所に揃った。路地はConduit Wardに近く、遠くから換気扇の低音が響いてくる。
KaelanがLiraの共鳴リンクを開いた。
「あそこで感知したのは、本物だよな」
「本物です。ただし──Lost Coreはすでにあの場所にありません。数日前に移送されています」
しばらく誰も喋らなかった。
「移送先は?」
「膜界図師の記録にある第二または第三座標だと思われます。ただし、その二つはまだ暗号が解けていない」
Kaelanは深く息を吐いた。
追いかけた。到達した。でも、なかった。
もう一個前に、誰かが動いていた。
---
Spliced Denに戻って、四人が思い思いの場所に落ち着いた頃、工房の灯りがいつもの橙色になっていた。
EllaがKaelanを見た。
「今日、地下三層でのあんたの共鳴、かなり強かったね」
Kaelanはしばらく考えてから答えた。
「怖かった」
Ellaの目が少し動いた。ほんの少しだけ、驚いた顔。
「……正直だね」
Kaelanは苦笑いした。格好つけてもしょうがない。
SorenがKaelanの隣に腰を下ろした。右肩の動きを確かめるように、ゆっくりと腕を回している。Mourneの提案について何か言うかと思って待ったが、Sorenは何も言わなかった。ただ、そこにいる。
その沈黙がSorenの返答だと、Kaelanには分かった。
Liraの声が届いた。
「今夜、よくやりました」
「一個も手に入らなかったのによくやったって言える?」
「全員無事です。それが今夜の成果です」
Kaelanはその言葉の重さをしばらく測った。
作業台の壁に、一枚の地図断片が貼ってある。第一座標──Obelisk Spire地下三層──の解読済みの座標が書き込まれた、その断片だ。さっきまでLost Coreがあった場所の印。今は空の座標。
その横に、EllaがすでにLaptopで第二暗号の解析を開始していた。
「いつ寝るんだ」
「Lost Coreが見つかってから」
「俺も手伝う」
Ellaが振り返らずに答えた。
「電子機器から二メートル離れて手伝って」
Kaelanは笑いそうになるのをこらえながら壁際に寄った。
工房は静かで、端末の冷却ファンの音と、遠くの導管が鳴る低音だけがある。Mourneの言葉が頭の底で、抜けずにいた。
──お前一人では二年保たない。俺と組めば生き残れる。
あの言葉をどう受け取ればいいか、Kaelanにはまだ分からない。分からないまま、第二暗号と向き合う夜が始まっていた。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。