セナ、もう一つの空 〜君が選ばなかった道で〜
大ヒット青春ドラマの主人公、白咲ハルト。彼は親友で空手部のエース、黒瀬レンのことが気になって仕方なかった。
ドラマでは、幼なじみの空澄セナと結ばれるハッピーエンド。でも、現実のハルトはもし、あの時レンと話していたら…って考えちゃう。ある日、撮影の合間にセナがこっそり教えてくれた。レンくんね、本当はハルトに助けてほしいことがあったんだってって。
それを聞いた瞬間、ハルトの頭の中にifの記憶が流れ込んでくる!中学の時、ケガで空手をあきらめかけてたレン。ハルトは大丈夫だって!お前ならできる!って毎日さけんで、ムリヤリ道場に引っぱっていく。感動の再起をとげたレンは、なぜかハルトにベタぼれ!お前だけは死んでも守るとか平気で言ってくる。
ちがいはそれだけじゃない。ドラマの悪役だった生徒会長の白石アキラまでもが、ハルトに俺はお前に興味があるって急接近。どうやらifの世界では、みんなハルトの行動で人生が変わっちゃったらしい。
ちょっと待って!俺はセナとラブラブのはずじゃ…でもレンもカッコいいし、アキラ先輩も気になるし!?
さらに大問題が。ハルトの目の前で、ドラマの世界(セナといる方)とifの
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セナ、もう一つの空 〜君が選ばなかった道で〜 - 四角関係、始動 — 悪役令嬢は二度、恋をする
夕暮れのハコスタ。スタジオCでの撮影が終わったのは、午後五時を少し回った頃だった。
「お疲れさまでしたー!」
スタッフの声が、がらんとしたセットに響く。
白咲ハルトは首を回した。今日の撮影はなんとか乗り切れた。でも、頭の片隅にはいつも、マリーナ通りで見た二重写しの光景がこびりついている。二日前の夕暮れ、レンがふたりに見えたあの瞬間だ。
(もう少しで撮影も終わりか)
ふと、そんなことを考えた。
ドラマ「アオハルリフレイン」の映画版。撮影は順調に進んでいる。ハルト演じる主人公は、最終的にセナ演じるヒロインと結ばれる。ハッピーエンド。大団円。
なのに。
(選ばなきゃいけないんだよな、俺)
カピ丸の言葉が、頭の中でぐるぐる回る。
セナがいる正史世界か。レンやアキラがいるif世界か。
どちらかを。
「――白咲」
突然、後ろから声がした。
振り返ると、そこには白石アキラが立っていた。
ドラマでは生徒会長役。つまり、主人公と敵対する悪役だ。アキラは長身で、いつも背筋がピンと伸びている。黒いストレートの髪は肩のあたりで切りそろえられていて、切れ長の目はいつも人を試すような光を帯びていた。唇には、深紅のルージュが完璧に引かれている。
「今日の撮影、悪くなかったぜ」
アキラはそう言って、口の端を少しだけ上げた。
「アキラ先輩……?」
ハルトはちょっと驚いた。
白石アキラは、同じ事務所の先輩俳優だ。でも、普段はあまり話しかけてこない。ドラマの中と同じで、どこか近寄りがたい雰囲気があった。
「付き合えよ。飯でもどうだ」
「へ?」
「メシだ。腹が減ってるんだろう」
アキラは有無を言わせない口調で言うと、さっさと歩き出した。
ハルトはあわてて荷物をまとめる。
(なんで急に?)
でも、断る理由もなかった。それに――アキラの背中を見ていると、なんだか逆らえない感じがしたのだ。
ハコスタを出たふたりは、アキラが手配したというタクシーに乗り込んだ。
車は港沿いの道を走り、やがてこぢんまりとした店の前で止まる。看板には「ラ・メール」と書いてあった。フランス料理のレストランらしい。外観はシンプルだけど、ドアの取っ手が真鍮でできていて、なんだかすごく高そうだ。
「ここ、めっちゃ高そうじゃないですか?」
「俺が奢る。気にするな」
アキラはこともなげに言うと、さっさと店に入っていった。
店内は静かで、テーブルクロスはまっ白。壁には抽象画がかかっていて、ろうそくの灯りがゆらゆら揺れている。他の客は二組だけで、みんなヒソヒソ声で話していた。
通されたのは、窓際の席。外はもうすっかり暗くなっていて、東京湾に浮かぶ船の灯りがぽつぽつと見える。
「お前、こういう店に来たことあるか?」
「あ、あんまり……いや、ないです」
ハルトは正直に答えた。
アキラはふん、と鼻で笑うと、ワインリストを手に取った。
「じゃあ、好きに頼め。ただし、料理は俺が決める」
「はあ……」
アキラは流れるようなフランス語で注文を始めた。ハルトはその様子を、ぽかんと見ていることしかできない。
(すげえな、アキラ先輩……ドラマの悪役そのまんまじゃん)
やがて前菜が運ばれてきた。見たこともない料理が、でっかいお皿にちょこんと乗っている。
ハルトがどうやって食べようか迷っていると、アキラがワイングラスを傾けながら、ふいに言った。
「――俺も、ifの記憶を持ってるんだ」
「……えっ」
フォークを取り落としそうになった。
「どういう――」
「言葉通りだ」
アキラはワインを一口含んで、ゆっくりと飲み込んだ。ろうそくの灯りが、切れ長の瞳に揺れている。
「if世界のカイセイ高校で、俺は生徒会長だった。本物のな」
「本物の……?」
「ドラマの役じゃない。実際に、生徒会室で権力を振りかざしてた。金も横領してたし、気に入らない教師はウソの噂を流して辞めさせた。最低なヤツだったよ」
アキラは淡々と言った。まるで他人のことを話すみたいに。
「でも、ある日、それがバレた」
「な、何に?」
「お前にだ」
アキラの目が、まっすぐハルトを捕らえた。
「お前は、生徒会室に一人で乗り込んできた。『アキラ先輩、これ、なんですか』ってな。証拠の書類を俺の机に叩きつけて、ガタガタ震えながらも、絶対に目を逸らさなかった」
(俺が……if世界で?)
ハルトはゴクリと唾を飲み込んだ。
「その時、わかったんだ」
アキラの声が、少しだけ柔らかくなる。
「俺は、誰かに『ダメだ』と言ってほしかったんだ。誰も俺を止めなかった。親も、教師も、生徒も、みんな俺にペコペコ頭を下げるだけだった。でも、お前だけは違った」
アキラはワイングラスを置いた。赤い液体が、ゆっくりとグラスの内側を伝う。
「お前は、『もうこんなことやめましょう』って言った。そして、『俺が手伝いますから、やり直しましょう』って。バカみたいに真っ直ぐで、バカみたいに熱くて――」
そこで、アキラは少しだけ間を置いた。
深紅のルージュが、ろうそくの灯りで濡れたように光る。
「あの日、お前に救われてから、ずっと――お前だけを見てきた」
ハルトは言葉を失った。
心臓がバクバクして、手のひらにじっとり汗をかいている。
「それって――」
「好きなんだよ」
アキラはあっさりと言った。
「お前のその、バカみたいに真っ直ぐなところが。誰にでも優しくて、誰も傷つけたくないって、自分だけ傷ついてるくせに、ヘラヘラ笑ってるところが」
「あ、アキラ先輩……」
ハルトは、どうしていいかわからなかった。
セナのことも、レンのことも、まだ整理できていないのに。ここにきてアキラ先輩までもが。
「――けどな」
アキラの声が、急に冷たくなった。
「お前の優しさは、残酷だ」
「……え?」
「誰にでも優しいってことは、誰に対しても本気じゃないってことだ。お前は空澄にも、黒瀬にも、たぶん俺にも、中途半端な態度を取り続ける。選べないからだ。誰かを傷つけるのが怖いから――その結果、全員を傷つけてる」
アキラの言葉は、刃物みたいに鋭かった。
ハルトの胸の奥に、ズブズブと突き刺さる。
(図星だ)
セナにも、レンにも、中途半端な態度を取り続けてる。
どっちを選んでも、もう一方が傷つく。
その現実から、ずっと逃げてきた。
「俺はな、お前に選ばれなくても構わない」
アキラは立ち上がった。
クレジットカードを一枚、テーブルに置く。
「でも、『選ばないこと』だけは許さない」
そう言うと、アキラは振り返らずに店を出ていった。
ハルトは、テーブルの上に残されたワイングラスを見つめた。
グラスのふちには、アキラの深紅のルージュがうっすらとついている。
(三人の想い――)
重い。
重すぎる。
ハルトは、両手で顔を覆った。
ハコスタに戻ったのは、夜の八時を回った頃だった。
静かな廊下を、ハルトはとぼとぼ歩く。足音だけが、やけに大きく響いた。
(どうすればいいんだ)
アキラの言葉が、耳の奥でずっとこだましている。
『選ばないことだけは許さない』
そりゃそうだ。
でも――どうやって選べばいい?
セナも、レンも、アキラも、みんな大切なのに。
「――ハルトくん!」
突然、声がした。
ハルトが顔を上げると、205号室の前に、亜麻色のふんわりした髪のセナが立っていた。手には、かわいい紙袋を大事そうに抱えている。
「セナ……?」
「あのね、今日すごく疲れてるみたいだったから、これ……お菓子、買ってきたの。撮影の合間に食べてほしくて」
セナはそう言って、ちょっと照れくさそうに微笑んだ。左目の下の泣きぼくろが、蛍光灯の下で小さく動く。
「あ、ありがと――」
「――撮影の後、話がある。空けとけ」
もうひとつ、声がした。
振り返ると、いつの間にかレンが立っていた。
黒い短い髪。藍色の鋭い瞳。今日は空手の稽古があったのか、道着姿だ。右膝のあたりが少しだけほつれている。
「レン!」
レンはハルトをじっと見つめてから、チラリとセナに視線を向けた。
セナも、レンをまっすぐ見つめ返している。
ふたりの間に、言葉はない。
でも、その沈黙が、やけに緊迫していた。
廊下の空気がピリピリして、ハルトは思わず一歩後ずさる。
「え、えっと、ふたりとも、今度で――」
その瞬間。
ブブブ、とスマホが震えた。
ハルトはあわててポケットから取り出す。
画面には、LINEの通知がふたつ。
セナから:『後で少しだけ時間もらえる?』
レンから:『今夜、空けろ』
同時受信。
「ちょ、ちょっと待って――!」
ハルトはパニックになって、スマホを落としそうになった。
その時、
ひょい。
小さな白い手が、下からスマホをキャッチした。
「ふっふっふ、モテモテだねぇ、特異点くん」
いつの間にか、ハルトの足元にカピ丸がいた。まんまるな黒目が、いたずらっぽく光っている。
「カピ丸! お前、こんな時に――」
「いやあ、三角関係ってやつ? いや、三人いるから四角関係か? 人間はめんどくさいのだ」
「笑い事じゃないんだよ!」
セナとレンは、カピ丸に気づいていない。
でも、ハルトが突然、自分の足元に向かって叫び出したものだから、ふたりともちょっとキョトンとしている。
「ハルトくん、大丈夫……?」
「なんでもねえ! 大丈夫だって! じゃあな!」
ハルトはスマホをひったくると、ほとんど逃げるように廊下を走り去った。
夜風が冷たかった。
ハルトはマリーナ通りのベンチに座って、ぼんやりと海を見ていた。
東京湾は真っ暗で、遠くに船の灯りがぽつんぽつんと光っているだけだ。
ベンチはドラマのロケ地として有名で、三番目のここは、主人公がヒロインに告白した場所だった。
(今は、俺が現実逃避する場所になってるけどな)
ハルトは苦笑いした。
セナからのLINE。レンからのLINE。
ふたりとも、話したいことがある。
(でも、俺は――)
アキラの言葉が、何度も蘇る。
『誰にでも優しいってことは、誰に対しても本気じゃないってことだ』
違う。
本気だ。
セナにも、レンにも、本気なんだ。
でも――そうやって、自分の優柔不断を正当化してるだけなのかもしれない。
「――ハルトくん!」
名前を呼ばれて、ハルトは顔を上げた。
セナが、息を切らせて走ってくる。
亜麻色の髪が潮風に乱れて、空色の瞳はうっすらと潤んでいた。
「セナ……どうしてここが?」
「わかんない……でも、ハルトくんならここにいる気がして」
セナはハルトの隣に、ちょこんと座った。
いつもの、柔らかくていい匂いがする。
「私ね、ハルトくんがずっと苦しんでるの、知ってたよ」
セナは海を見つめながら言った。
「レンくんのことも、アキラさんのことも」
「セナ……」
「私、ハルトくんが好き。誰にも譲りたくない。でも――」
セナの声が震える。
「ハルトくんの幸せが、私の幸せだから」
涙が、一筋、セナのほっぺたを伝った。
「だから……レンくんを選んでも、いいんだよ」
「――そんなこと言うな!」
ハルトは立ち上がった。
胸が張り裂けそうだった。
セナは、自分が傷つくのをわかっていて、そんなことを言っている。
「なんで、なんでそんなこと言うんだよ! セナはそれでいいのかよ!」
「いいわけないよ……」
セナは涙をぬぐいながら、それでも笑顔を作ろうとした。
「でもね、ハルトくんが苦しんでるのを見るほうが、ずっと辛いの」
「セナ――」
ハルトはセナを抱きしめようとした。
でも、手が震えて、うまく動かない。
そんな自分が、情けなくて。
「ごめん、ロマンチックなとこ悪いんだけど」
突然、カピ丸の声が頭の中に響いた。
「神社の鳥居の歪み、また大きくなってる。今度はなんか、人影みたいなのが見えるんだよね」
「……人影?」
「うん、こわいのだ。このままだと、マジでやばいかも」
セナはハルトの変化に気づいて、心配そうに覗き込んだ。
「ハルトくん、また……例の、ふわふわ?」
「あ、ああ……」
セナはハルトを守るように、ぎゅっと腕にしがみついた。
ハルトはセナをコウナン駅まで送っていった。
「じゃあね、ハルトくん」
「おう、気をつけてな」
改札をくぐるセナの背中が、やけに小さく見えた。
ハルトは一人、駅前のコンビニ「ポプラート」の明かりをぼんやり眺める。
「今日はやめときな」
カピ丸が、ハルトの肩の上にぽすんと落ちてきた。
「神社に行くのは、やめといたほうがいい。満月まで、まだ時間はある。でもね」
カピ丸の声が、いつもより真剣だった。
「キミのそのフラフラした態度が、世界の歪みを大きくしてるのは確かなのだ」
「……わかってる」
ハルトは夜空を見上げた。
雲の切れ間から、月がのぞいている。満月には、まだ少し足りない。でも、その光は妙に明るくて、不気味だった。
「俺はどうすればいいんだ……」
「誰かを想うことは、自分を大事にすることの裏返しなんだよ」
カピ丸はそう言って、ふわりと消えた。
ハルトはスマホを取り出した。
画面には、アキラからの未読メッセージ。
『今日の話、忘れるなよ』
そして、もう一枚。
ミナトザカ神社の写真が添付されていた。
鳥居の向こう。
暗闇の中に、たしかに――人の形をした影が、佇んでいる。
ハルトの手が、震えた。Noveliaとは?
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